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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第一章 あるバイト門番の燻り
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あるバイト門番の儀式②

「たっだいま!!」


 開かれた脱衣所の扉から、アーチが元気な声と共に顔を覗かせていた。


「姉御か? どこ行ってたんだよ?」


「何処って、助っ人を呼びに行ってたんだよ!」


「「「はぁ?」」」


「それじゃあ、入場頂きましょう! 葡萄(ぶどう)踏みの達人、助っ人のゲホゲホ君です!!」


「ゲホゲホ?」


「きゅうううー!!」


 アーチが扉を全開にすると、ゲホゲホに跨ったアーチが、浴槽目掛けて突っ込んできた。

 そのまま、俺の元に飛び込んだゲホゲホの衝撃で、浴槽から溢れた葡萄(ぶどう)達が、風呂場に散乱する。


「あぁー!! 俺の十万が飛んでいく!!」


「セルド、ちょっとぐらい我慢しなさい! ゲホゲホなら十人力よ!」


 アーチはゲホゲホに振り回されながらも、何とかしがみ付いて、浴槽の中を練り歩いていた。

 ゲホゲホが加勢した事もあり、葡萄(ぶどう)はどんどんと潰れて、果汁が溜まっていく。


 この調子なら、案外、簡単に完成まで持っていけそうだ。


「アーチ。何で、ゲホゲホ連れて来たんだよ?」


「あんたが、置いて来るから可哀そうだったのよ! それに、馬車から離して、一緒に散歩したら、あたしに付いて来る様になったから可愛かったのよ!」


「そうか、お前の気持ちも考えずに、ごめんなゲホゲホ」


「きゅうううーー」


 ゲホゲホを(なだ)めながら、皆で足踏みを続ける事、三十分程経っただろか。

 気付けば、足の感触は、個体から液体に変わっていた。


「そろそろいいんじゃないか?」


 トーマスが、一足先に浴槽から上がり、状態を確かめる。


「そうだな。じゃあ、一度試飲してみるか! ワインに詳しい奴いるか?」


「飲んだ事はあるが、詳しくは無いな」


「俺も」


「あたしも正直、味の善し悪しは自信ないや」


 セルドは、試飲役を探しているが、掛かっている金額が金額な為、責任が重大な事もあり、簡単に名乗り出る者は居なかった。


「じゃあ、皆が思う、一番ワインに詳しそうな奴に試飲を頼んでみようぜ!」


「だな。ってなると、やっぱり、あいつだよな……」


 トーマスは、脳裏に俺と同じ人物を浮かべているのか、余りいい顔をしていない。


「まあ、メリサだろうな」


「だろうな。大体、ワインに詳しい奴なんて、一人しか知らないからな」


「俺も、自分で判断するよりも、メリサの意見を聞くべきだと思ってた所だ」


「なら、あたしが呼んでくるよ。部屋に居ると思うし」


「頼んだ姉御」


「アーチ、お前、ちゃんと足洗ってから行けよ!」


「分かってるって!」


 俺の忠告通り、アーチは風呂場で足を洗った後、メリサを呼びに行き、再び風呂場に戻って来た。


「や、休みの日に、風呂場で、な、何やってるんですか?」


 突然アーチに連れてこられたメリサは、風呂場に足を踏み入れると、紫色に染まった浴槽を見て、呆然としていた。


「分かんないのか? 見ての通り、ワイン作りだ」


「せ、セルドさんの仕業ですか」


「仕業って言うなよ。ただ、メリサに手伝って欲しい事があってな」


「ア、アーチさんに呼ばれて来てみれば、トーマスも居るのね」


「居ちゃ悪いのかよ?」


「別に、ちょっと空気が不味いだけだよ」


「そんな嫌がんなよ。今回はお前の好きなワインが飲めるんだから、我慢しろよ」


「えっ? 飲んで良いの?」


「ああ、是非、俺のワインを飲んだ感想を聞かせてくれないか?」


「分かりました!」


 ワインが飲めると知ったメリサは、トーマスを睨んでいた顔を豹変させ、明るい笑顔を浮かべていた。


 最近分かった事だが、メリサはお酒で釣ってしまえば、第三警備隊の中で、一番扱い易い人間なのだ。

 今回も、味の保証は無いが、タダでワインが飲めるなら、これ以上、文句は口にはしないだろう。


「カーマ、そこの風呂桶で、試飲用に掬ってみてくれ」


「了解!」


 俺は、セルドに言われるがまま、床に放置されていた風呂桶を使って、少量のワインを掬い、メリサに手渡す。


「ありがとう、カーマ君。それじゃあ、頂きます」


 皆が食い入るようにメリサの様子を見守る中、風呂桶を傾けて回し、匂いを嗅いだ後、恐る恐る口を付けると、そのまま、入っていた分を全て飲み干した。


「どうだ?」


「……あれ? ……何か、これ? ……」


「どうだった?」


「遠慮しないで、メリサがヤニー亭でキープしている物と、比べてみてよね!」


「どうしたメリサ? 口に合わなかったか?」


 メリサは、大好きなワインを飲んだ筈なのに、どういう訳か浮かない顔をして、首を傾げていた。


「いや、これ、味とかの前に、……凄いジャリジャリするんですけど……」


「どういう事なの?」


「アーチさんも飲んでみて下さい」


 メリサに促されて、アーチも浴槽に溜まったワインに、自ら口を付けると、メリサと同様に首を傾げていた。


「うーん……確かに、ジャリジャリするわね」


「ジャリジャリってどういう事だよ?」


 セルドは、十万ロームを掛けたワインの行方を気にしているのか、真面目な顔つきで二人に問いかけるが、返答は無い。


「どういう事だ? 浴槽の底に果実の茎や皮が溜まっているなら分かるが、カーマが掬ったのは、上っ面の筈だぞ」


 その後、疑問を解決する為に、全員で試飲してみるが、皆の感想は変わる事が無かった。

 だが、製造過程を思い返していた俺には、心当たりがあった。


「なぁ、アーチ。一つ良いか?」


「何よ?」


「お前、もしかしてだが、ゲホゲホを室内に連れて来る時、足を洗ったか?」


「きゅう?」


「え? ……洗った様な、洗って無い様な……」


 アーチは、俺の質問の意図に気付いたのか、明らかに動揺を隠せていない。


 アーチの事だから、隙を見せれば、また、女子寮が火事になった時の様に言い逃れを始めるだろう。

 それで、犯人に仕立て上げられるのだけは避けたい。


「カーマ、急に姉御を疑って、どうしたんだよ?」


「どうしたも何も、俺は普段から、ゲホゲホを寮に入れる時は、濡れ雑巾でしっかり足を拭いてから中に入れてんだよ。つまり、このジャリジャリは、ゲホゲホの足に付いてた砂じゃないのか?」


「な訳ねーだろ! 姉御はそんな馬鹿じゃねーって!!」


「そ、そうだよ、カーマ君。飲み物を作ってるのに、そんな事、アーチさんが、する筈ないよ!」


「じゃあ答え合わせと行こうか。どうなんだよアーチ?」


 アーチは、俺の問いかけに、堂々と答えて見せた。


「安心しなさい、勿論、洗って無いわよ!」


「やっぱり、お前の所為じゃねーか!!」


「すみませんでした!! セルド、許して!」


「ふざけんなよ! 俺の十万をどうしてくれるんだ!!」


 とうとう自白したアーチは、十万の重みに耐えかねたのか、珍しく土下座をするも、セルドは、憤りを抑えきれない。


「で、でもね、セルドさん。このワイン、ジャリジャリ以外にも問題があると思うんだけど……」


「どういう事だよ? もしかして、姉御を庇ってんのか?」


「ち、違います。ただ、皆ジャリジャリを気にしてて、気づいて無いかも知れないけど、そもそもこれ、寝かして無いから、アルコールが無くて、ただの葡萄(ぶどう)ジュースになってますよ」


「「「え?」」」


 俺は、慌ててワインを掬い飲んでみると、口にはジャリジャリした感触に遅れて、葡萄の甘味と酸味が口に広がるが、ワイン特有の苦みは感じられなかった。


「ホントだ。普通のジャリジャリする葡萄(ぶどう)ジュースだ」


 俺の再確認で、メリサの告げた事が逃れようの無い真実になってしまい、唖然としているセルドは、静かに膝をついて、天井を見上げていた。


「お、終わった。今月も借金生活か……」


「わ、私も、聞いた事しかないですけど、ワインって、熟成させるのが大事なんじゃないですか?」


「あっ、そういや発酵とか、諸々、踏んでたら全部忘れてたわ! セルドすまん!」


「お前もか、トーマス!!」


 これ以上、取り乱しているセルドは見ていられないので、何とか、助け舟を出さなければ。


「でもよ、トーマス。ここで、このまま熟成させる事は出来ないのか? せっかく作ったんだし、数日ならフェイさんも許してくれるだろ」


「そ、それもそうだな。トーマス、熟成はどれくらい掛かりそうだ?」


「うーん、……記憶が確かならば、大体一年って所かな?」


「絶対、無理じゃねーか!!」


「か、完全に終わった。俺の汗と涙の十万が……」


 セルドは、浴槽に写る、ワインになり損ねた葡萄(ぶどう)の残骸を見て、目に涙を浮かべていた。

 俺も、人の金とはいえ、ここまでワイン制作に始めから関わると、責任を感じてしまう。


 俺が見ていて感じたセルドの誤算は、大きく分けて、二つあると言える。


 一つは、セルド自身の知識不足。

 トーマスに頼らずとも、自分で製法を把握出来ていれば、俺の出した浴槽で作ろうという愚策を却下出来ていたのだから。


 二つ目は、恐らく、仲間の選別ミスである。

 まず、どこからでも、問題を運んでくるアーチをメンバーに選んだ時点で、何を作っても、途中で大きな失敗は避けられないからだ。


 あくまで、他人事ではあるが、セルドの成功に懸ける思いを知ってしまった分、俺にも何か出来る事をしなくては。


 今度、新製品を開発する時は、アーチを出来るだけ遠ざけるくらいの手助けはしてあげようと思う。


 俺が失敗を糧に、決意を新たにしていると、浴槽の前では、敗北を確信したセルドをアーチが慰めていた。


「まあ、楽しかったから良いじゃない! 来月また良いの出来るわよ!」


「半分は、姉御の所為なんだぞ!」


「まあ、悪かったって! だからさ、せめて、このワイン(仮)を有効活用してやろうよ!」


「有効活用?」


「うん! あたしこの前、カッタルに聞いたんだけどさ、ワインって美容にも良いらしいって評判なのよ」


「だから、何だって言うんだよ。これはワイン(仮)なんだぞ」


「せっかく、浴槽で作ったんだから、これで、ワイン風呂(仮)を作ってみようよ!」


「出来るのか、そんな事?」


「分かんないわよ、そんなの。所詮、あたしの思いつきなんだし。でも、面白そうだから、やるに決まってんでしょ!」


「そうだな! せっかくだし、やってみるか!」


 ワイン作りの事は吹っ切れたのか、セルドはこの紫に染まった浴槽で、新たな挑戦を始める様だ。


「カーマ、手伝え! 【具現出力(ぐげんしゅつりょく)――放水アクアシャワー】!」


 セルドは、浴槽の三分の一程になっていた、ワイン(仮)に水を足して、水量を調節する。

 となれば、俺のやる事は一つだ。


「任せろ。【具現出力(ぐげんしゅつりょく)――【着火(ファイヤー)】!」


 右手の人差し指に火を灯した俺は、浴槽の底に敷き詰められた、火の魔石に点火する。


 魔石は、一度作動すると、誰かが止めるまで一定の火力を保ち続けるので、このまま時間が経てば、良い具合に温める事が出来るだろう。


「セルド、火の番は俺がやっとくから、お前は、皆を呼んどいてくれ!」


「ああ、火の番は頼んだぞ! 警備長とかに声掛けてみるわ!」


 吹っ切れたセルドは、紫に染まった足をしっかりと洗い流してから、他の皆と一緒に風呂場を後にした。

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