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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第一章 あるバイト門番の燻り
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あるバイト門番の就活

「すみません、就職先を探しに来たのですが、こちらで間違いありませんか?」


 とりあえず、慣れない土地での不安を払拭する為、受付らしきカウンターにいるお姉さんに尋ねてみる。


「こちらで大丈夫ですよ、就職の方ですね。……私、担当のアーリア・バーレルと申します。宜しくお願いしますね。……それでは、早速ですが、お名前と経歴、属性、それと、ご希望の職業があれば、こちらの紙にご記入頂いても宜しいですか?」


「分かりました」


 俺は、手渡された用紙をアーリアさんに言われるが儘に記入していく。


 勿論、希望の職種は騎士団だ。


 それにしても、アーリアさんといい、さっきの門番といい、この町の女の子のレベルが高く感じるのは、気のせいだろうか。


 アーリアさんは、長めの金髪を後ろで一つに結んだ、クリっとした碧目の綺麗な顔立ちの美人である。


 俺が少し見上げる程の背丈と、カウンターに乗っかっている主張の強い胸元に、勝手に圧倒されてしまった。


「それでは、こちらが現在、カーマさんに紹介できるお仕事の一覧になります」


 俺は、アーリアさんから受け取った四件の資料に一つずつ目を通していく。


【独立応援!! 冒険者ギルド隣の人気飲食店、ヤニー亭 ウエイトレス・厨房 見習い募集中!!】


 ぱっと見ただけだが、俺の求める仕事と違う事だけは、直ぐに理解する事が出来た。

 俺は、騎士になるんだ、こんな仕事に用はない。


【未経験歓迎! 出来高制 勤務地 ロムガルド周辺 魔物の死骸撤去】


 これも違う。


【転勤なし 有力貴族様のお屋敷での簡単な清掃 愛犬のお散歩係】


 違う。


【火属性限定求人! 人柄重視の採用 新進気鋭の鍛冶工房 ビックリクラフトで火起こしをする簡単なお仕事】 


「ちっがーう!!! 何だよこれ! お姉さん、他の人の求人と間違えているんじゃないですか? 俺が希望した通りの仕事が何一つ無いじゃないですか!!」


 俺は、すっかり興味の失った資料をアーリアさんに突き返しながら悪態をつく。


「いえ、こちらは紛れもなくカーマさんへの紹介求人ですが……」


「え、そんなっ……四件ってそんな訳が……」


 俺は、現実を受け入れられず言葉を失う。


 王都であんなに有名な騎士団の募集が無い筈が無い。

 それに俺を始め、この春に学園を卒業した生徒達が、就職を控えている筈だ。

 ここで、俺の脳裏に有る考えが(よぎ)る。


「もしかして、俺が田舎の出身だからって、希望の仕事が紹介出来ないとか、そういう事を言ってるんですか?」


 俺は、足元を見られている気がして、語気を強める。


「……いえ、先程も言いましたが、あなたに紹介出来る仕事は、これだけです。……そもそも、この春に就職を控えていた、真面な学生達は、もうとっくに内定先を決めているんですよ」


「……そんなっ」


 だんだんと口調が強くなってきたアーリアさんから、まさかの事実を告げられる。


「いるんですよね~。こういう、自分が無知な人に限って、相手の意見を聞けない馬鹿みたいな男って!」


「す、すみません……」


 何故か先程から口調だけでなく、顔まで怖くなったアーリアさんに捲し立てられる。


 カウンター越しに謝ってみるものの、アーリアさんの勢いは止まらない。


「あんたみたいなのって、大概、地元を出てくる時にも、でっかい口叩いて都会に出て来た、イきりニートなんでしょ!! どうせ彼女だって出来たこっ――」


「もうやめてっ!!!」


 お姉さんから鋭い角度で放り込まれる的確な悪口を、途中で何とか遮る。


 今はまだ職探しをしているだけだ。


 俺には働く意思がある、決してニートじゃない筈だ。


「けっ! ……とりあえず、あんたみたいのに紹介できる求人は無いからとっとと帰りな! このチビニート!」


「くっそー! 覚えてやがれ! この性悪女が!」


 俺はいかにもな捨て台詞を吐いて、この場を逃げる様に立ち去る。


 扉の前で、帰り際にもう一度案内所の中を眺めると、受付嬢達がいるカウンターの中は、来客用のスペースと比べると段差の上に作られている事もあり、小上がりの高台になっていた。


「おいっ! 性悪女! お前、そんな台の上に立ってる癖に、俺にチビとか言ってんじゃねーぞ! 降りて来い!」


「うるせぇなー、さっさと帰れよ!」


「くそっ! 誰が二度と、こんなとこ来るかってんだ!!」


「またのご利用お待ちしてます。チビニート様」


「うるせぇ!!」


 こうして俺は、何の目的も果たさないまま、職業案内場を後にする。


 綺麗なお姉さん、改め、都会の性悪女によるメンタル攻撃に、精神をボロボロにされた俺は、就職先を決める事も出来ず、真っ直ぐに宿屋に駆け込む。


 周辺で一番安い宿屋に入り、一人で明日からの作戦会議を始める。


「くそっ……他の奴らは、事前に就職先を決めてる何て、村では聞いた事ねぇぞ。どうなってやがる……」


 目先の焦りから、つい独り言を口走ってしまうが、実際の所、直ぐに住み込みで入隊出来ると思っていたので、練って来た計画はあっという間に崩れ去った。


 それに、いつまでも宿屋暮らしが出来る程、懐に余裕はない。


 村を出る為に貯めてきた手持ちは、ロムガルド中央銀行に貯めている分を合わせても、七万ローム程だ。

 この宿屋でも一泊、六千ロームは掛かる事から、早急に動かなければ。


 決めた。

 背に腹は代えられない、明日、もう一度職業案内所に行ってみよう。


 もしかしたら、明日はちゃんとした受付嬢が居るかも知れない。


 そんな淡い期待を胸に、落ち着かない宿屋で一人寂しく床に就く。


 翌朝、窓から入る眩しい朝日で目を覚ました俺は、宿屋の食堂で朝食を食べ、昨日の忌々しい記憶が残る案内所の前に来ていた。


 早い時間ならあの性悪女はいない筈だ。

 そんな根拠の無い仮説を信じて、昨日よりも重く感じる扉を開ける。


「……あっ!」


「……あっ、昨日の」


 終わった、あの性悪女と完全に目を合わせてしまった。


「就職を希望の方は、こちらの窓口になりまーす!」


 何故か語尾を伸ばして来た性悪女に、若干腹を立てながらも、平静を装い話しかける。


 ここは、一先ず、初対面の体で話し掛けてみようと思う。


「あのー、わたくし、カーマ、と申しますが、就職先を探してまして……」


「はいっ、存じております。昨日、途中でお逃げになった、情けないお客様でお間違いないですか?」


 この女、本当にころ――いかん、いかん。


 今日だけは、何とか耐えきって職を手にしなければ。


「昨日は、すいませんでした、私が子供な対応をしてしまいました」


「いえいえ、こちらとしても、田舎を飛び出してきたばかりの、私の一つ下にしては、随分幼稚なカーマ様に、大人げない対応してしまいました。…………で、要件は何よ?」


 俺の精一杯の敬語に対して、性悪女は所々に煽りを重ねてくるが、今回は相手にしない。


「俺に紹介出来る仕事をもう一回見せて貰えないか、次に騎士団への求人が出る時まで、今やれる仕事をしたい」


「……分かったわ、ちょっと待ってなさい」


 相変わらず怖い顔のまま、性悪女が資料を探しに行ってくれた。


「とはいえ、昨日と状況はそんなに変わらないわよ、まぁ、この求人が増えたぐらいかな」


 性悪女は、そう言いながら一つの資料を机に並べる。


【即日採用可 アットホームで和気あいあいとした風通しの良い職場です。ロムガルドの正門と裏門を警備する簡単なお仕事 独身寮完備 正規雇用実績豊富!】


 他の資料達と違い、かなりボロボロな紙きれという事は若干気になるが、条件は悪くない。


 むしろ、門の警備は街の安全を守るという意味では、希望した職種に限りなく近い仕事だと思われる為、願ったり叶ったりな状況だと言える。


「これを俺に紹介して下さい!」


「……確かに、あんたの希望に近いのも分かるんだけど、この求人は個人的にもお勧めしないよ。それに正規雇用じゃないって事もあるし……」


 俺の決断に対して、性悪女は、何故か待ったを掛ける。


「アルバイトでも、毎月ちゃんと給料が出るなら、俺はそれでいい。それに騎士団の求人が出た時、その方が楽に辞めやすそうだし……」


「確かに、あんたの言う通りではあるけど、騎士団の応募はちょっと特別でねー」


「特別って?」


「応募時期は大体、半年に一度なのよ。つい先週、選考を終えたばかりだから、次の募集は半年後までは無いって思ってて。それに、選考法も特別なんだけど……」


「分かった。それに、選考法はその時でいいや。どうせ、実力を試されるって事は分かってるんだから。要は、この半年で、バイトしながら修行を重ねれば良いって事だろ?」


「それはそうなんだけどね……」


「俺なら大丈夫だって! 駄目そうなら、また相談しに来ればいいんだろ?」


「分かったわよ、そこまで言うなら私は止めないわ。この仕事、あんたに紹介するよ」


「ありがとう!」


 俺は、何だかんだ親切に対応してくれたアーリアに感謝し、紹介所からの正式な連絡を待つ事にした。

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