あるバイト門番の単騎特攻
◇ カーマ視点 ◇
街の中心部に、一筋のか細い雷が走った。
どうやら、マワリ―さんは無事にやり遂げた様だ。
(やっぱり、あの人はカッコいいな)
俺は、飛び立つ前のマワリ―さん見せた、鬼気迫る表情を鮮明に思い浮かべながら拳を握った。
(俺も、覚悟を決めなくちゃな……)
トーマスが再び、敵を食い止めている中、メリサに治療を受けたアーチに、俺は歩み寄る。
「アーチ、アーリアとは会えたか?」
「……まぁね。……あんたにも、一応、礼は言っておくわ。ありがとう」
アーチは、そう言って、俺の目を見ずに頭を下げた。
「まだ、途中だろ。礼を言うのは早いぜ」
「そうね」
「でも、安心してくれ。……警備長は、俺達で助け出すからさ」
「……親父を……本当に出来るの?」
「……多分な……」
「自信持てよ! ……でも、今日のあんたには期待してるわよ!」
「任せろ! これは、首謀者と同じ部屋に住んでいた俺にしか出来ない事だ。必ず、成功させてみせるよ」
「ヘマするんじゃないわよ!」
アーチは、俺の肩を力強く叩くと、再び、右の戦場に向かって走り出した。
「トーマス! 俺達も行くぞ!!」
「おう! 【具現出力――疾風の刃】!」
トーマスは、俺の声に応じて、周囲の敵を振り払い、目の前の敵を片付ける。
そして、戻って来たトーマスと二人で、後方から魔法で援護していたメリサの元に向かった。
「えっ? ……何? 二人して……」
メリサは、急に近づいて来た俺達を見て、何かを感じ取ったのか警戒を強めていた。
「ああ、急で、申し訳無いんだが……今から、この場所を一人で受け持ってくれないか?」
「えっ!? ……嘘でしょ?……わ、私、回復役だよ?」
嫌な予想が当たったとばかりに、眉間に皺を寄せるメリサに、俺は説得を続けた。
「知ってるよ。けど、今は、それしか方法が無いんだ。お前にしか頼めないんだ!」
「……そんな事言われても、私だけじゃあ……」
メリサは、首を縦に振る事は無かった。
すると、隣で沈黙を続けていたトーマスが口を挟む。
「やれよ、メリサ。……正直、お前が一番、楽な持場だぞ」
「え? ……ふ、二人は何するつもりなの?」
「俺達で警備長を救い出す! ……その作戦には、俺だけじゃなく、トーマスが必要なんだ」
「カーマ君が、警備長を?」
「ああ。あの人が帰って来れば、俺達の勝ちだ。だから、頼む! 少しの間、この場所を守り抜いてくれ!」
「……わ、分かった。……少しの間、だけだからね」
俺達の熱意が通じたのか、メリサは、最後の一本となっていたワインを浴びる様に飲み干すと、剣を抜き、魔物に向かい合った。
「急げ、トーマス! 馬車に乗れ!!」
メリサの思いを無駄にしない為に、トーマスを馬車に押し込み、俺もゲホゲホの背に飛び乗った。
今にも、走り出そうとした時、後部座席のトーマスから、大声が発せられる。
「メリサ!! お前は、自分の役割を誤解している」
「トーマス?」
「お前は、只の回復役じゃない! 第三警備隊のタンクで、ヒーラーで、何よりアタッカーだ! 一人で全部こなして見せろ!!」
「うるさいから、早く行け!! そして、さっさと戻って来い!! 【具現出力――光の槍】!!」
メリサが怒号と共に放った光の槍で、目の前を塞いでいたオークが吹き飛び、道が開ける。
「行くぞ、ゲホゲホ!!」
「きゅううううー!!」
俺は、この機を逃す事無く、ゲホゲホを走らせた。
最終的な目的地は、前線の遥か遠くに見える、巨人達の足元だ。
警備長は、間違い無くあそこに居る筈だ。
だが、幾らゲホゲホの機動力であっても、魔物や亜人が蔓延る空間では、通り抜ける事すら、危険だろう。
だから、俺達の出せる最高速度で、警備長を迎えに行く。
その為には、助走が必要だ。
俺達は、真っ直ぐ警備長の元に向かわずに、壁の外周沿いを半時計回りに走り出した。
ゲホゲホも、俺の考えを分かっているのか、焦る事無く、じっくりと速度を上げ、裏門の前を通過していた。
「トーマス、準備は良いか?」
ゲホゲホの引く馬車は、順調に加速を続ける中、正門の前を目前に控える俺は、後部座席で身を乗り出しているトーマスに確認していた。
俺の立てた警備長奪還作戦には、もう一人、仲間が必要だ。
「ああ。だが、本当にあいつは、いるんだな?」
「ちゃんと、良い漢になって、待ってる筈だ」
そうこうしている内に正門に差し掛かる頃、目の前には冒険者の一団と、魔物達が戦っている凄惨な現場を目の当たりにする。
「どうやら右側は、俺達の持場より激戦らしいな」
「左もメリサが一人で堪えてんだ。早く行こうぜ。……それにしても、あいつは、何処にいる?」
珍しくメリサを気に掛けるトーマスは、身体を半分程、車体から乗り出しながら捜索を続ける。
冒険者達の築く防衛線に近づきながらも、馬車の速度を落とさない様に戦場の合間を縫って躱し、そして、お目当ての人物を見つける。
「居たっ! 壁沿いのあそこだっ!!」
ようやく見つけた長身の男は、濡れた長髪を掻き揚げながら、引っ越し屋のガバガと共に、重傷者を運び終えている所だった。
「セルド!! 約束通り迎えに来たぞ!! 乗れっー!!」
馬車をギリギリまで壁沿いに寄せた俺は、セルドに呼び掛ける。
「カーマ! ゲホゲホ! トーマスまで!」
セルドは俺達を見つけると、ガバガの隣で、自らの存在を主張する様に手を振り出した。
「セルド!! 俺の手に捕まれー!!」
身を乗り出していたトーマスが、セルドに向けて、目一杯手を伸ばす。
「おうっ! ……ガバガ、ありがとな! お互い、無事に生きてたら、後で乾杯でもしようぜ!」
「乾杯だけじゃねぇ、朝まで飲んでやるよ! だから行って来いよ! そして、ブチかまして来いよ!!」
ガバガに背中を叩かれたセルドは、トーマスの伸ばした手に向かって走り出した。
「セルド! 跳べー!!」
「おらぁああーー!!」
叫びながら馬車に向かって跳び込んだセルドを、トーマスが両手でがっしりと受け止める。
「成功だ!! カーマ、配置に着くぞ!」
セルドを車内に引き摺り込んだトーマスが、次の動きに備えて動き出す。
「ああ、セルドは、ゲホゲホの手綱を引いてくれ!」
「きゅう!」
俺は、乗り込んだばかりのセルドと代わり、トーマスと共に車両後方の荷台に腰掛ける。
「わ、分かったけど、急に何すんだよ?」
「俺達で警備長を助け出す。やり方は、直ぐに分かる筈だ。……【憑依――ゲホゲホ】!!」
「きゅうううーー!!」
ゲホゲホの足元に炎が灯り、一段と速度を上げながら、正門前を通過する。
正門前を爆速で走り抜けた際、亜人と引き続き交戦中のルートさんに、変な目で見られた気がしたが、多分、気の所為だろう。
「カーマ、分かったぜ!! つまり俺は、ちり紙を用意してれば良いって事だな?」
「そういう事だ! 後一周で、最高速度に上げて、敵陣に突っ込むぞ!!」
「…………なぁ、お前ら? 失敗したら俺達はどうなる?」
「間違い無く、即死だな」
作戦を把握したセルドの問いに、間髪入れずにトーマスが答える。
「だよな。……だったらよー、こんな時だからこそ、最後に皆で、奇跡の爆乳を揉んでおかないか?」
「お前な……こんな時に――」
「良いだろう!」
セルドの馬鹿げた提案に、トーマスは考えるまでも無く乗り気の様だ。
「トーマス、お前まで!」
「カーマ、死んだら一生、揉めないんだぞ? それでもお前は揉まないのか?」
「……分かったよ! 俺もせっかくだし、やるよ!」
「……やるよ……じゃねーだろ? 揉みたいです! って、腹から声に出して言ってみろ!」
提案しておきながら、何故か俺に厳しいセルドは、馬車の中で俺を捲し立てた。
まぁ、こんなやり取りが出来るのも、最後かもしれないから、一回位、乗ってやろう。
向かい風が吹き荒れる中、大きく息を吸って、宣言する。
「俺は、奇跡の爆乳を、揉みたいです!!!」
「「おぉーー」」
二人が、俺の宣言を聞いて拍手をくれている中、視界の淵では、一人で懸命に戦うメリサの姿が目に入った。
しかし、その顔には、いつもの可愛らしい笑顔は無く、地面に転がったオークでも見る様な目で、こちらを睨みながら、何かを訴えていたが、多分、気の所為だろう。
無事にメリサの奮闘する左の戦場を越えた所で、俺達はさらなる加速を行う。
「カーマ、合わせろ! 【具現出力――暴風】!」
「ゲホゲホ、頑張れよ! 【具現出力――火炎噴射】!」
トーマスが馬車の後方に発生させた暴風に向けて、俺が火炎を噴射する。
すると、ゲホゲホの引く馬車は、今までに無い程の爆発的な加速を見せた。
「「「うおおおおおおー!!!」」」
俺達は、馬車に捕まりながら、全身に吹き付ける激しい向かい風を堪能する。
「行け―! 風の如く!! 馬界の戦士ーよ!!」
トーマスが知らない歌を熱唱する中、混合出力を使った加速で、あっという間に裏門の前を駆け抜けると、俺達は手に大量のちり紙を持って、猛烈な向い風が吹き付ける車体の外に、手を伸ばす。
「「「うおおおおおおーー!!!」」」
大量のちり紙に吹き付ける猛烈な向かい風は、俺達の手の中で、確かな奇跡を起こしていた。
「「「これが、奇跡の爆乳だぁー!!!」」」
「きゅうううーー!!」
ゲホゲホが俺も混ぜろと言わんばかりに、甲高い声を上げる頃、目の前には、もう一度、右側の戦場が差し迫っていた。
「トーマス、そのまま荷台で加速を頼む! セルドは、俺と変わって後部座席に! ゲホゲホ! 俺達を信じて、誰よりも早く平原を駆け抜けろ! 行くぞ、お前ら!!」
「「おう!」」
「きゅう!」
俺は、セルドと代わってゲホゲホの手綱を握ると、進路を壁沿いから、右に転換する。
右の戦場を迂回して、中央の最前線にいる警備長まで、最高速度で一気に駆け抜ける。
これが、俺の考えた唯一の突破法だった。
だが、そんな最善策の中で、一つ気になる事もあった。
「セルド! お前が警備長を直接助ける事になる筈だ。かなりの重さだが、片手一本で行けるか?」
「カーマ、今更何言ってんだよ。何の為に俺が、早朝に特訓を積んで来たと思ってる? ……何の為に、俺がクソ重たいあの人を、壁の上で持ち上げて来たと思ってんだ! ……警備長の言葉を思い出せっ!!」
「特訓の時、警備長が何か言ってたか?」
「地道に積み上げて来た物はな、時として、無理を無理やりに変えるんだよ! 今がその時なんじゃねーのか!!」
「だな! セルドの言う通りだ。だがな、くれぐれも無理はすんなよ」
「ああ。後は、先輩の俺に任せて、お前は前だけ見てな」
俺は、セルドに言われた通り、爆走を続けるゲホゲホの舵取りに専念した。
迫りくる魔物達の襲撃をゲホゲホと共に掻い潜り、そして、巨人族が待っている目的地を肉眼で捉える事に成功する。
相手の数は、一体でも圧倒的な威圧感を与える巨人が八体。
そして、その足元では、紫色のドームが、一際不気味な光を放っていた。




