第一章 第三話
「はぁ。いいわ、もうわかった。私はその聖女様の生まれ変わりとやらでいいです。確かそういう系の空想小説が好きな子とか、同じクラスの子にもいたし、あなたみたいにその手の物語が好きな人は好きなんでしょうね」
恥ずかしい話、私は小説とかアニメとかはあまり興味が無い方だった。
どちらかというと、友達とする恋バナだったり、大好きなあの人に振り向いてもらえるための自分磨きとか、リアル重視がメインの生活だった気がする。でもクラスの誰かが言ってたけど、『リアルより妄想の方が本体なんだぜ?』とかなんとか……(いまだによくわからないけどね)
もし、私がそういう空想小説とか寝る前の妄想?とかが好きだったら、あまり現実を直視せずに、少しは上手く現実逃避とか出来たのかな?
そうしたらこんな風に……まぁ、いまさらよね。
「じゃあ、私は帰るわね」
さて、あの家には"もう二度と帰らないもの"と思っていたけど、さすがにこの気持ちのまま"今日する筈だった行動"はとてもとれそうもないし……
「さぁて、またこっそりと、家に帰りますか……」
ーーあぁ、また振り出しに戻っちゃったな……
実は"あの日"以降、私は夜な夜な家を抜け出しては、夢遊病の様に人気の無いところを転々と彷徨っている。
何で彷徨っていたかと言えば、結論、ただの現実逃避をしたかったと思うのだけれど、それが果たして出来ていたかと問われれば自分でもいまだにわからない。
だけど、結果的に"ここ"を見付けれたから"意味"はあったのかもだけど。
「今立ったら危ないよ」
「え?」
ーーそれは突然の言葉だった。
私は帰宅する為、ビルの屋上の縁から離れようとして、重い腰を上げた矢先だったと思う。
私の隣、やや下の方から、そんな声が聞こえたと思った刹那、強烈な突風を背中一面に受けた気がした。
「ーーぁ」
次の瞬間、何故かビルの屋上から落ちていくシーンが私の頭の中で駒送りされている光景が断片的に、昔の映写機の様にゆっくりと流れ出していた。
ーーあぁ、私はあそこから落ち……ちゃったのね、、
……結局は遅かれ早かれこうなる運命だったのだ。なので、嘆くことなんて何一つ無いんだけどね。だって、今日は"こうなる為"にここへ来たのだから。でも……ただ一つ、そう、ただ一つ心残りがあるとするのならば、あの美少年、『ハク君』と、もう少しお話してみたかったなぁ。あーあ、それにしても私にはお似合いの最後だよ。それこそ最後の最後まで自分の思い通りに行かない人生。私が想像してたものと、他人が想像してたものが、何一つ、噛み合わなかった世界。私が私を諦めてしまった世界。
さようなら、お父さん、お母さん、お兄ちゃん。三人はとても優しくて自慢の家族でした。私が勝手にそこから脱落しただけだから、私の事なんてもう気にしないで、自分達の幸せを優先してね。
さようなら、友達だった人達、クラスメート、そしてあの人。みんな大好きだったんだよ、あの日あの時までは。
はぁ、最後の最後にまで嫌なことは思い出したくないや。
……あれ?
それにしてもいくら最後の瞬間だからって、時間の流れがゆっくり過ぎやしない? いまだにハク君が座っていたビルの屋上の縁がまだ近くに見えるし……ってハク君がいない!?
「今立ったら危ないって言ったのに」
「きゃーー!?」
ビルの屋上から落下してる最中の人に、話しかける人なんてこの世の中にいます!?
……って、あれ? 何で私、空中で静止してるんだろ?
いくら脳が最後の瞬間だからって脳内麻薬をドバドバ放出させてる?からって、余りにもリアルなんだけど?
「どうしたの?」
「いやいやいや、この状況でそのセリフはおかしいでしょ!?」
「ふーん」
ふーん。って、何よ!?
それよりこの状況は一体どういう事なの!?
浮いてる? 時間が止まった? それも私とハク君で?
「ふーん。じゃなくて、この状況はどういう事!?」
「この世界の理から切り離しただけだよ」
「ーー!?」
私、ついに頭がおかしくなっちゃった?
「このまま理を戻して転生する? それともこのまま"ボク達の世界"に転移する?」
いやあぁぁぁ!! この子、マイペース過ぎるーー!!
「そ、その二択しかないのぉ!?」
「うん」
うん。て、おい!
「て、て、て」
「て、て、て?」
「……て、転移の方で……」
「うん。わかった」
ーーそのセリフを最後に私の景色は暗転した。
今思えば、この一連のやり取りさえ、"前世の私が仕組んだもの"だったのでは? と、悩ましく思う、今日この頃なのであった。