70.思案【王都】
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私は、組合長室の扉の前で、崩れ落ちていた。
聞くつもりはなかったが、扉の前から立ち去る時、レティシアという名前が聞こえてきたので、立ち止まってしまったのだ。
私は、突然の出来事に頭がついていかない。
逃げられていたと思っていたカナリアでの生活は、公王の手のひらの上だったということだ。
(婚約式までに城に連れ戻されるのね…!)
私はわなわなと震える手を口元へ持っていく。
呼吸がどんどん荒くなった。
私が今回王都に呼ばれたのは、私のルカへの気持ちに疑念を持たれたからだった。
私は愕然とした。
どうしてあんなにふわふわとした気持ちでいたのだろうか。カナリアでの生活がとてもゆるやかな時間だったから、永遠に続くと思ってしまっていた。
(いけない。ルカがこっちに来るわ。)
私は急いでその場を立ち去った。
本部の部屋に戻ると、これからの事を整理する必要があった。
「まずは、ここから逃げなきゃいけないわ。魔術師組合は、公家と繋がっている。クロエと合流するためには…」
(ルカにガルシア領へ戻してもらって…そこからどうしよう?)
お金は今年ちょこちょことした依頼や、魔術師大会の賞金がある。当座の資金はなんとかなりそうだ。だが、クロエも私も、多くの人に顔がバレてしまった。いくら髪を切ってメガネをかけても、こんな美しい顔が目立たないわけがない。
逃げることはできても、隠れることはできるだろうか。
(一旦、逃げてみようかしら?クロエとの合流は、後でどうとでもなるわ。手紙なり…)
私はそう思って、窓を開けて本部の周囲を確認する。
正面から堂々と出てもいいが、どんな組合長の監視があるかどうかわからない。
ただ、周囲を確認して顔を上げた時、私は思考がぱたりと止まってしまった。
「ルカ…。」
窓の外には、空を飛んでいるルカがいた。
長い髪と魔術師のローブがバタバタとはためいているが、目は私から一瞬たりとも逸らさない。
「何をしているんだ?」
「ちょっと…空気を入れ替えようと思って…ルカこそ何をしているの?」
「レティシア、組合長との話を聞いていたな?」
「なっ…バレていたの?」
「組合長にはバレていないだろう。部屋の外に出た時に、フルーテの砂が少し落ちていた。簡単には落ちないが、顔のどこかを動揺して触ったな?」
私は、自分が公女であることを知ってなお、自分の事が好きだと言ってくれたルカを思い出し、どんどん顔が赤くなっていくのを感じた。
「…そうね。聞いていたわ。」
「逃げるつもりか?」
ルカの表情は読みにくいが、少し苦しそうに見える。
「…ええ。私、婚約しなきゃいけないんだけど、婚約したくないのよ。だから、逃げるの。」
「レティシア、俺の前からいなくならないでくれ。」
ルカは、出窓になっている窓の縁に腰掛け、私の顔を上から覗き込む。ルカの長い髪が私の肩にかかるほど近くにルカの顔がある。
「ルカの気持ちは嬉しいわ。私も…同じ気持ちだと…思う。」
私は、ルカの紫の瞳に吸い込まれそうになりながら、素直な気持ちを吐き出す。
ルカの魔術の感性は好きだ。
風と共に抱き上げられる感触も、ルカの体温も安心する。
エリー嬢とキスをしていた時は、怒りが爆発しそうだった。
過去を振り返って自分の気持ちを整理する。
「そうか。」
ルカは一言、そう言うと、そっと私を抱き寄せる。
ルカの表情はわからない。
「一緒にどうするか考えよう。」
「でも…スカーレットやパウラやジャンマルコに迷惑はかけられないわ。私はクロエと一緒にどこか遠くに逃げなきゃ…。」
「逃げても追いかけて来るぞ。魔力は癖のようなものがある。出力時の速さと量、使える時間、そういうもので判別できる。公王やオズワルドは探すだろう。」
「じゃあ!フルーテで顔を隠して、魔術も極力使わないわ。それに、黒い魔石を持っておくわ!」
私は、攫われた時に、黒い魔石をつけられ、捜索が難航していたことを思い出した。パウラがダンスのステップを覚えていたから、助かったのだ。
「それは…可能だと思うが、俺はもう逃げたくない。」
ルカが私を抱く力が強くなる。
「俺は…ずっと逃げていた。俺が引きこもっていれば、騒がしくなかったから…でも、レティシアと一緒にこれからも堂々と過ごしていきたい。」
私は、震えるルカの声を耳元で感じて、心臓がギュッと握りしめられたような感覚になった。
「…でも、どうやって?」
「婚約式はいつだ?」
「2ヶ月後よ。」
「魔術師試験の時期だな。」
そう言うと、ルカはようやく私を抱きしめていた腕を離し、向き合う形になる。
「少し待っていてくれないか?それまではこのまま普通に過ごしてくれ。」
「…わかったわ。信じる。」
「レティシアはどうして婚約から逃げている?」
「ヴァレンティン皇子は、きっと私をモノのように扱う、というか、人としては扱われない。そんな気がするの。」
私は、婚約に関するレティシアの記憶を引っ張りだしてきた。
「そうだろうな。ヴァレンティンは、美しいものを収集することに異常な執着をみせると聞く。レティシアもそのコレクションのひとつになるだけだ。」
私はそれを聞いて「ひー!」となる。
ヴァレンティン皇子にとっては妻さえもコレクションになり得るのだ。婚約したら籠の鳥どころの話ではないだろう。
「ルカに任せてもいいの?私に何かできることはある?私、これでも公女なのよ。」
公女として何ができたことはないけれど、はったりくらいは通用するだろうか。
「そうだな…レティシアの役割は、公王の手の中にあると思わせることだ。」
「…実質なにも出来ることはない、ということね。わかったわ。」
私からそれを聞くと、ルカは私をまっすぐにみて言った。
「レティシア、立ち聞きさせてすまない。順番が逆になったが…お前が好きだ。俺と一緒にいてほしい。」
そう言うと、おでこにそっと口付けが降ってきた。
フルーテごしに感触が伝わる。
見たこともない優しい眼差しと、ルカの態度に、私はカッと顔が熱くなった。
「は、反則だわ…。」
「ダメだったか?」
「ダメじゃないわ。ダメじゃないけど…カナリアの皆になんて言えば…。」
「愛し合っている、でいいんじゃないか?」
「それでいいの?いいのかしら?」
ルカはもともと純粋で素直な性格なんだろう。
それが、周囲の執拗な嫉妬に、拗らせてしまっていたから、偏屈で攻撃的になってしまっていただけだ。
きっとこれから、初めて見るルカの一面もいっぱいあるに違いない。
なにかスッキリしたようにきょとんとしているルカの顔をみながら、こちらまで嬉しくなって、笑ってしまった。
ようやく…!
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