63.マルクスの魔道具店
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「ああ、すっかり埃がかぶっとる。どこに置いたかも忘れてしまっておったわい。」
マルクスおじいさんは手に小ぶりな箱のようなものを持って、奥から戻ってきた。
「懐かしいのぉ、ジャンマルコとルカがヘレナから逃げるためにこれを使ったり、ルカにいいよるおなご達を撒くために使ったり…。昔は大活躍じゃった。もう使わなくてよくなったことも嬉しいよ。」
おじいさんは、そういいながら私をちらりと見る。
(待って。おじいさんは私をルカの恋人か何かだと勘違いしているわ。)
咄嗟に否定しようとしたが、「違う」と言う言葉が喉に詰まる。私の中で「このご隠居のおじいさんが勘違いをしてくれるくらい、いいんじゃないかしら?」とむくむくと自分の中の欲望が首をもたげる。
(でも、これだときっと今までルカを傷つけて来た人たちと一緒ね。)
私は否定の言葉を口にしようした時、ルカが「あぁ、もう必要なくなった。」と口にした。
そして私が準備した否定の言葉の行き場がなくなってしまった。
「そうか、そりゃあよかった。ほっほ。ところで、これを使うのに条件をつけてよいかのぉ?」
「条件?」
ルカと私は同時に訝しむ。
「わしも隠居生活が長くなったがね…お嬢さんの手にあるものが気になるのじゃ。」
私は自分の手にあるものへ視線を落とす。
「ヴァーミリオンの日記…」
そう。私は日記の手を離さずにルカに連れられたせいで、日記も移動魔術の範囲に入ってしまったのだ。そして、私の手の中にある。
「ほぅ…!ヴァーミリオンの日記か…!それはギルバートが持っていたのではないか?なぜここにある?」
おじいさんの目が警戒したように細まる。スカーレットのお祖父さんとも旧知の仲なのか、少し心配の色も見え隠れする。私たちはマルクスおじいさんに事情を説明した。
「ほっほ。お前さん、ギルバートの孫娘も弟子にしたのかい?昔のルカとは大違いだ。」
マルクスおじいさんはそう言いながらも日記に釘付けだ。
「その昔、わしもガルシアの秘伝書については興味があった…。お互いに若かりし頃じゃったが、ギルバートに見せてくれと頼んだが、なぜか顔を真っ赤にして断られたよ。その日記は秘伝書の原本じゃな?」
(顔を真っ赤にして…?)
私は引っかかるところがあったが、聞かれたことに答える。
「ええ。これを見せることがその小箱の魔術具を使わせていただく条件と言うことですか?」
「ヴァーミリオンの日記であれば、おそらくわしは読めんじゃろう。ギルバートは遠い異国の言葉で書かれていると言っておった。今は良いから、もしお嬢さんが翻訳できたら、それを読ませてくれんかの?この年になってもお宝に興味があってね。」
「それだと後払いのような形になりますし、もしスカーレットやギルバートさんがダメと言ったらお渡しできませんが、それでも大丈夫ですか?」
「あぁ、よかろう。ギルバートにも手紙を書こう。」
「わかりました、それで大丈夫です。」
「話はついたか?さっそくそれを使わせてくれ。」
「あぁ、そうじゃな。これはフルーテと言って、土魔術と水魔術が構成されている、変装用の魔術具じゃ。」
「だから青金魔石と金剛魔石が付いているのね。」
「そうじゃ。構成理論は単純ではない。最初は土で肉付きなどを調節できるものを作ろうと思ったんじゃが、どうしても肌馴染みがよくなく、すぐバレてしまう。土魔術で限界を感じた時に水魔術を少し混ぜてみたところ、多少肌馴染みが良くなった。当時はレミリアと一緒になって改造につぐ改造を重ねておったなぁ…。」
「じいさん、昔話になっているぞ。」
「あぁ、すまんすまん。それで、できあがったのがこれじゃ。この砂をこの箱の中に入れて、ボタンをおす。この砂は粒子が細かくて白っぽい砂であればなんでもよいのじゃが、シートン領付近でとれる砂岩の砂が一番適している。そして、水を砂の1/3量じゃ。」
おじいさんはそう言いながら料理をするように材料を混ぜていく。
「本当は肌の色に合った魔獣の血液が一番よいんじゃが、お嬢さんの肌は陶器のように白い。水が一番よいじゃろうな。そして、蓋をして、ボタンを押す。すると、ドロドロとした物質になる。」
おじいさんが蓋をあけると、硬めのスライム状のファンデーションと形容すべき肌色のぷるぷるした塊が完成していた。
「これを、顔に貼り付け、自分のなりたい顔を思い浮かべるのじゃ。やってみなさい。」
そう言っておじいさんは、私にその肌色のスライムを渡した。
(誰の顔を思い浮かべたらいいかしら…?)
私はこちらに来てから出会った人はそんなに多くはない。クロエやスカーレットだと王都に知り合いがいてもおかしくないから避けた方がいい。パウラは少し幼すぎる。
うーんと唸りながらスライムを顔に貼り付けると、おじいさんが助言をしてくれた。
「バランスを変えるだけでも別人になれよう。目を変えるのは難しくてな。おすすめは鼻の高さと頬周り、顎周りに肉をのせるイメージじゃ。」
(なるほど…。鼻の高さ、頬周り、顎周り…)
「できたわ!」
私は、言われた通りに肉付きを考えながらスライムが肌に馴染むのを感じた。
「うーむ。バランスが悪すぎるのぉ…。」
鏡を見せてもらうと、レティシアの細身の体型に、二重顎でどっぷりとした顔が乗っていた。あまりにも違和感を感じ、すぐに次に挑戦する。
「今度はどうかしら?」
「レティシア、それは美しすぎる。」
「…そ、そうかしら。」
今度はルカが私をみながらそう答えた。
変装に対しての評価だと思うが、そのいいようにすこしどきりとしてしまう。鏡を見ると、レティシアは確かにもともと超弩級の美人顔だったが、噛み合わせや癖からくる微妙な左右差がフルーテによって解消され、ちょっと恐ろしい感じの美人に仕上がっていた。
「バランスが難しいわね…今度はどうかしら…?」
「もう少し造形を落とせ。普通の人間はそこまで美しくない。」
「これならどう?」
「ダメだ。他のやつの注目を必要以上にあびる。」
「注目は浴びたくないわね。」
ルカと問答を繰り返しているうちに、だんだんと変装らしくなり、バランスのよい一般人の顔が完成した。
「いいだろう。これでいこう。」
やっとルカの合格がでたところで、ゴーレム達がお茶を持ってきてくれた。
「完成したかな?なかなか時間がかかっておったが…。おお、バランスがよいな。もう少し鼻を低くしてかわいらしくしても良いと思うが…」
「さっき試したがダメだ。」
「ほっほっほ。そうじゃな、あまり可愛くして注目を浴びるのは嫌じゃろうな。」
おじいさんが、先ほどのルカと同じことを言うので、やはり男性からみる美醜と女性からみる美醜は異なるのだろうと納得する。
「そういえば、お前さんたちはなぜ王都にきたんじゃ?」
「ばばあに呼ばれた。本当はレティシアだけだったがな。」
「ほう?もしかして、あの黒い魔石についてかな?」
「ああ、その通りだ。じいさんも知っているのか?」
「わしもそれに参加することになっている。お前さんは呼ばれんかったのか?おかしいの…ルカほど緻密な魔術操作ができるやつがおるとは思えんからね。何かを解明しようと思ったらお前さんがいた方がよかろうがね。」
「結局ついてきたから一緒だ。何か裏がありそうだったんでね。あとで調べるとするさ。」
(そんな理由でついてきたのね。)
私は、私の知らない顔のルカを見て、少し頼もしさを覚える。特にクロエを置いてきてしまったことで少し不安を感じていたのだ。
ルカの表情をじっと見つめていると「どうした?」と言ってルカが首を傾げた。
「…心配してくれていたのかと思って…。」
「そうだが?」
「ありがとう…。」
そういうと、ルカはまたそっぽを向いて「守ると言わなかったか?」とため息をついた。
(ふふ…かわいいところも…ってちょっと待って…!)
「守るって…あの時のこと覚えて…!」
私は、その言葉と同時に、あの時のルカの上気した顔と、ひどい色気と、抱かれた体温を思い出して、顔が赤くなるのを感じた。
ルカ視点では、いろいろと波風立っております。
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