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王子様、街へ行く

 成人の儀まで1ヶ月を切った、ある休日。僕は王都の貴族が多く訪れる店の並ぶ通りに来ていた。


 今の流行を見ておきたくなったのだ。

 

 ショーウィンドウを眺めながら、ディスプレイの服を確認していく。今年の秋は深い緑色が流行っているようだ。

 きっと成人の儀の他の参加者の衣装も、それに合わせた落ち着いた色合いが選ばれるのだろう。

 ただ、ドレスの色被りは避けたいだろうから、この緑色は避けるだろうし、成人の儀のあとのショーウィンドウはかなり様変わりするはずだ。


 そう思っていると、視界の右端を何かが素早く通り過ぎる。気になって後ろを向くと、小さな悲鳴が聞こえてきた。

 後ろに控えていた執事と目が合う。近くの騎士が1人、状況の確認に向かった。別の騎士に促されてその場を離れようとしたが、その瞬間騒ぎの真ん中に1人、その周辺に見張るように数人の少年がいることに気が付いた。僕より少し幼く見える。この距離でも、身なりがあまりよくないのがわかった。


「少し、近づく」


 騎士たちの静止を振り切り、歩み寄る。どうやら女性の服を少年が汚したようだ。

 女性は使用人のようだ。少々大げさにもみえる様子で謝り続ける少年にどうしたらいいのか困惑している。

 行き交う人も気にはしているが、立ち止まることはない。僕は、少額の紙幣を持って、周りにいる数人の少年のうちの1人に背後から声をかけた。


「君、これ、落としたか?」


 肩をびくつかせて驚いた少年が僕と手元の紙幣を交互に見る。そして、ポケットを探る仕草をすると、紙幣に手を伸ばした。


「ありがとう……」


 僕はその手を掴み、自分のほうに引き寄せた。


「スリはおしゃれじゃないな。それにここはちょっと毛色が違う、そんな方法じゃ人は集まらない」


 少年の顔が絶望に変わった。


 周りの少年が、僕の存在に気が付き逃げようとする。しかし、騎士たちの手によってあっけなく捕まった。


「離せ、オレ達がなにしたっていうんだ!」


 奥まった広場に連れていくと、開口一番、一番体格のいい少年が威勢よく叫ぶ。

 

「そうだな。スリ、でも未遂だしな」


 僕がそう言うと、少年が笑う。


「なんもしてないだろ? 離せよ」


「わかってるだろ? あの場所は貴族が多く訪れる場所だ。そして僕も貴族だ。貴族へのその態度だけで罪になることくらい知っているのではないか?」


 こんなことは言いたくないが、今後彼らが危険な目に合わないためには少し脅かしておいたほうがいい。

 そう思ったが、僕の考えは甘かったらしい。少年たちの目が烈火のごとく燃え上がった。


「なら、オレ達を牢屋に入れるなり、殺すなりすればいい!」


「そうだ、ボクらがなんでこんなことしてるかも知らないくせに」


「貴族がなんだ! どうせ、いつもうまい飯たらふく食って寝てるだけなんだろ!」


 口々に出る言葉は、教師の口からきく貧困や孤児の問題を生々しく感じさせるものだった。


 少し前にリーエと話していた、幼いころ自分の無力感を感じたり、孤独である人が自分自身を軽く見てしまうという話を思い出した。


 彼らにとって、自分たちの命はなくしてはいけないものではなくなっているのかもしれない。


 そして彼らはその一角に過ぎない。彼らに金銭を渡したところで解決する話ではないのだ。彼らの後ろには数十倍の彼らと同じ境遇の者たちが並んでいる。


「そうか。では、君たちはどうするのだ」


「は?」


「ここよりもっと人通りの多い商店通りでそこに集まった人々にやるための方法そのままで、あの通りでスリをしようとして、見破られてこのざまだ。もっといい方法があると言ったらお前たちはノるのか?」


 そこまで言うと、今までずっと黙っていた赤毛の少年が顔をあげた。おそらくリーダーだ。


「お前、何を考えてる」


「そのスリの技術。もっとおしゃれに使えるんじゃないかと思ってね。そしたら、安全に貴族からお金をもらえるだろうさ」

 

「だまされるか」

 

 視線をそらす赤毛の少年。背後の執事の抗議の視線をビシビシと感じながら僕は話を続ける。


「あぁ、別にやらなくてもいい。それならそれで、全員、憲兵に引き渡すだけだ。リーダーは君だろ? でも僕はその話をしない。平等に裁いてもらうさ」


 赤毛の少年の顔が曇る。この少年は周りの命を軽く見ることはできないらしい。悪役に徹するのもなかなかに心苦しい。


「わかった。詳しく話せ」


 赤毛の少年が言うとほかの少年たちもおとなしくなった。


「賢明な判断だな。よし、誰か、屋敷に戻ってこの子らが着られそうな服を持ってきてくれ。使用人の子供たちに支給しているものでいいだろう。あと、これも」


 胸元からメモ用紙を取り出し、持ってきてほしいものを書くと、近くにいた騎士へ渡す。

 騎士は困った顔しながらも承諾し城に走っていった。城を屋敷と呼んだのは少年達への配慮だった。


 荷物が届き、少年達に清潔なタオルで体を拭かせて着替えさせれば、貴族の前に問題なく出られるとまではいかないが、それなりに整って見えた。


 一番の大荷物だったケースから、いくつか道具を取り出して、少年達に配る。不思議な顔をしてそれを見つめる少年達の注目を集めて僕は言った。


「それじゃあ、手品の練習始めようか」



 ******


 数時間後、通りには貴族達の人だかりができていた。


 中心にいるのは少年達。見事な手品を披露し、拍手喝さいを浴びていた。彼らの前に置かれたかごの中には次々とおひねりが入れられ、その度に少年たちが手品を披露するのでかごの中のお金はどんどん増えていく。


「なぜ……」


 騎士の一人が小さく呟いた。しまったと思ったのか口をつぐむ。僕はそれに落ち着いた声を意識して返答する。


「スリができるってことは、手先が器用で周りを見れる力があるんだと思ったんだ。うまくいってよかった」


「殿下、あまりこのようなことをされますと……」


「僕は、この国をよりよくできればと思っている。だけど、僕には知らないことが多すぎるな。今日の僕はこんなことしかできなかった……」


 執事の苦言ももっともだ。今回はたまたまうまくいったが、今後彼らがこの手品を視線誘導に使ってスリをしないとも言い切れない。


「……まずは、子供たちが安心して食事をとれる場所を作らなくてはいけないな。そうだ、学校を作ってそこで昼食を出すのはどうだ? 彼らにはほかの子供たちを先導してもらおう」


「よきお考えかと……」


 執事の返答に少なからず安心を得ながらも、僕は帰路についた。


 おしゃれなアンジェリーナならきっとこうするだろうと思った故の行動なのは誰にも言う事はない。

次回最終話です!

8時すぎに投稿します。

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