王子様、悪女を思い出す
短期連載です。
よろしくお願いします!
「おしゃれじゃないね!」
姿見の前に立った僕がそう言うと、後ろに控えていた服飾師のリイドが膝から崩れ落ちた。
質のいい布に施された丁寧な縫製、体のサイズぴったりに作られ、着心地のよさは今まで呼んだ服飾師の中で一番だ。さすが前任の推薦なだけある。
それに、リイドの着る服を見てわかる。この男の服への熱意はなかなかだ。
「……どのようにお直しいたしましょう」
恐る恐るこちらをうかがっているリイド。僕は近くにいた執事へ目をやる。有能な執事であるその男は僕の視線だけで僕の描いたデザイン画をリイドに渡す。
「君はおしゃれじゃないけど技術は確かなようだ! そのデザインに忠実に服を作ってくれ!」
「……流行などは取り入れなくてよろしいのですか」
デザイン画をじっくりと見たリイドが困惑した様子で尋ねてくる。
「ん? 誰に言っているんだい?」
僕がそう言うと、リイドの顔から血の気が引いていく。さすがにかわいそうに思えて、怒っているわけではないと言葉を続ける。
「流行は、取り入れるものではないよ。僕にとってはね」
僕はリイドのほうを一度見て、使用人たちが持っている僕のためにあつらえられた服、1つ1つ指さしていく。
どれも流行の最先端を取り入れた服ばかりだ。しかし、僕からしてみればもう古い。
「僕の。いや、この国の王太子の着た服が、身につけたものが、流行になる。そうだろう?」
そこまで言うとリイドは理解したようだ。大きく何度も頷いている。
「僕はこれから流行をつくる。君にはその片棒を担いでもらおうと思ってね?」
リイドの困惑した目が激しい熱意に変わった。やはり僕の見る目に狂いはなかったようだ。
「王城に工房を作ってある。自由に使って構わない。必要なものがあれば、そこの使用人に言ってくれ」
「はっ、はい! お任せください」
リイドの顔にはすぐにでも工房に籠って作りたいと訴えている。
「期待している」
僕の言葉を聞くやいなやリイドは部屋を飛び出していった。世話を指示した使用人も焦って後を追う。
「うむ、いい服が着られそうだな」
僕が執事にそう言うと、執事は静かに笑った。
「王太子殿下は、このような時は素晴らしい王太子となられますので」
「なんだ、それは……」
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我が国、ルレゴート国は100年前、1人の女性によって滅亡しかけた。
傾国の美女、アンジェリーナ。
アンジェリーナは美しい容姿と侯爵家令嬢という身分、類まれなる話術と強い魔力を持って、国の将来を背負った貴族の若者たちを篭絡し、魔族を引き入れ国を乗っ取ろうとした。
しかし、そこに聖女が現れ、アンジェリーナが悪女であることを突き止めた。そして王子とともに罪を告発し、多くの若者たちと国を救った。
アンジェリーナは処刑され、国に平和が訪れた。
この話は戒めとして語り継がれていて、学園でも習う話だ。
そんな、この国屈指の有名人、稀代の悪女、アンジェリーナ。
それが、僕、ルレゴート国現王太子、セレスト・フォン・ルレゴートの前世だ。
前世の記憶など、物語の中でしか見たことがなかった。しかし、12歳の誕生日、僕を祝いに来てくれた侯爵令嬢の着飾った姿を見て思い出したのだ。
かつて、私も、おしゃれをしていたと。
ドレスに身を包み、きらびやかな宝石を身につけて、社交界に咲く貴族の少女だったことを。