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21 見つけたもの②

「ぐっ……!」

「イ、イザーク様!?」


 慌てて彼の背中を支えるように腕を回し、リベカは腹を押さえるイザークを抱えるように抱き込んだ。


(イザーク様、今、殿下に殴られて――)


 腹部を押さえていることからして、殴られたのは腹のどこかだ。命中したのが胃などであれば、吐いてしまうかもしれない。


「イザーク様、しっかり! ソファに行きましょう!」

「っ、大丈夫だよ、リベカさん……」


 何度か大きく深呼吸してから、イザークは顔を上げた。リベカもこわごわ顔を上げて――そして、驚きで息を呑んだ。


 イザークを殴ったパスカルが、呆然と立っていた。だが、その目尻がじわっと潤み、やがてぽろぽろと大粒の涙が流れ落ちていったのだ。


「……。……なぜ、黙って殴られた、イザーク。おまえなら、やすやすとかわせただろう」

「……さあ、なぜ、でしょうね」


 イザークは苦笑いし、リベカに「大丈夫だよ」と優しく言うと、その手を借りてゆっくり立ち上がった。


 パスカルは涙をこぼしながら呆然とイザークを見上げていたが、やがて顔をゆがめるとその場にしゃがみ込んでしまった。


「……もう、もう分からない。分からないんだよ、イザーク……俺は、どうすればいいんだ……? もう、分からなくなってしまったんだよ……!」

「……殿下」


 イザークは口元を手の甲で拭い、しゃがみ込んだパスカルと視線を合わせるように床に膝をついた。


「……僕は以前、リベカのおかげで自分の生き方に自信を持つことができました」

「イザーク様……」

「あなたはどうですか、殿下。あなたは……何のために、成人の儀を迎えたいのですか?」


 ゆったりと問われて、パスカルはきっと顔を上げた。涙で目元を腫らした彼は、憎らしげにイザークを見ている。


「……俺を愚弄するつもりか!? 俺の努力は、おまえが一番よく分かっていると思っていたのに……!」

「そういうことを言いたいのではありません。僕は、あなたの努力はよく知っています。ですが、あなたはどこか虚ろだと思うのです」

「虚ろ、だと……?」


 男二人の問答の場面から少し距離を取ろうと後退したリベカは――ふと、先ほどまで自分のそばにいたエレメントがまたデスクに上がっていることに気づいた。


 そそっと寄ってみると、エレメントはまたしてもデスクの上の手紙を足で踏む仕草をしている。それは美しい花柄のレターセットで、「最愛の息子・パスカルへ」という宛名書きから、第二妃が息子に宛てた手紙だと分かった。


(……エレメントは、さっきからこの手紙を踏む仕草をしている。でも……足蹴にしたいのではなくて、ひょっとしたら別の意図があるの……?)


 エレメントは人間の言葉が分からないし、意思疎通もできない。だが、感情自体は人間が持つものと大差ないようだし、契約者とはきちんとした絆でつながっている。


(……待って。このエレメントがよく脱走するのも、殿下が第二妃様のところに行く日だった……)


 メイツ大臣は渋い表情をしていたが、もしエレメントが言いたいのが「母親の離宮に行くな」ではなかったとしたら?


 そしてこれまでの経験上、エレメントが脱走をしていた日に共通していたのは――


「……俺は、成人の儀を受けたい」

「そうですね。……それは、何のために?」


 イザークの声が、力強さを持っている。


 もしかすると……彼も、何かに気づいたのかもしれない。

 なぜ、パスカルのエレメントが成体になれないのかについて。


 イザークに問われたパスカルは、不満そうな顔ながらもう泣いていない様子だ。


「……俺が王家の一員として認められなかったら、母上にとって不利なことになる」

「あ」

「……リベカさん?」

「殿下、イザーク様。エレメントが――暴れています」


 ほら、とリベカが示した先。デスクの上に乗っていたエレメントが、短い両手足をじたばたさせていた。まるでだだをこねているかのような、すねているかのような――何か言いたそうな仕草。


(そう、エレメントはずっと言いたかったのね)


 エレメントにとって、意思表示できる行動はかなり少ないし、あの顔から感情を読み取ることも不可能だ。


 それでもなお、脱走や踏みつけなどの所作でエレメントがパスカルに伝えようとしていたのは――


「……殿下。あなたが成人の儀を迎えたいという気持ち。そこに――あなた自身の気持ち、あなた自身の意思はないのですか?」


 イザークが静かに問うた途端。


 ぱちり、と瞬きしたパスカルの赤かった顔が白っぽくなり、どんどん血の気が引いていく。調薬師としてリベカがそわそわするくらいの貧血具合だ。


 だが徐々に彼の頬は血色を取り戻し、もやの掛かっていた目に輝きが生まれてきた。


「……俺の、気持ち」

「そうです。……残された日数は、少ないです。ですが……僕たちはいつでも、殿下の味方です」


 イザークが微笑んで手を差し伸べると、おずおずとその手に掴まってパスカルも立ち、「俺の……意思」と反芻した。


 そして彼はずびっと鼻をすすると、服の袖で勢いよく目元をこすった。


「……分かった。考える。残り日数が少なくても、前日まで分からなくても……絶対に投げたりしない」

「ええ、その調子ですよ」

「ああ。……その、すまない、イザーク。さっき、腹を殴って……」

「はは、あれくらいどうってことないですよ。幼少期よりは強くなったと思いますが、僕を殴り倒そうなんて百億年早いです」

「くっ……」

「それから、殿下。リベカさんにも」

「……ああ」


 イザークに促され、パスカルはリベカを見た。

 彼はくしゃりと顔をゆがめると、ゆっくりと頭を下げた。


「……リベカ、そなたにも怖い思いをさせた。本当に……すまなかった」

「……いいえ。殿下が元気になられたようなら、何よりです」


(……うん、きっと大丈夫)


 リベカの隣で、暴れるのをやめたエレメントがとてとてと窓辺に向かい、柔らかい日差しを気持ちよさそうに受けていた。

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