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2  謎生物との出会い②

 なんとかマティルデにはごまかし「確かにちょっと疲れたかも」と言い訳して、リベカは頼んでいた菓子を受け取って代金を払うと、自分の休憩室に向かった。いつもなら昼食は仲間と一緒に食べるのだが、今はそういう気分ではない。


「……あれは、何だったんだろう……?」


 持参したパンを食べながら、リベカはペンを執ってノートの隅っこに先ほど見たもちぷるるの姿を描いてみた。


 煮詰めた薬草汁のように透明で光沢のある体に、短い手足。目(推定)はくりくりっとしていて可愛らしい。身長はリベカの膝下ほど、ハギレグサよりも少し高いくらい。


 どう考えても魔物ではないし、かといって魔術師たちが従える守護精霊でもない。守護精霊は魔術師によって姿が違うが、どれも何らかの動物の形を取っているものだ。


「やっぱり駆除対象? でも、悪意とかは全然なかったし、ほぼ無色透明だったし……」


 あんなに可愛い生き物――かどうかも分からないが――を駆除するのは気が引ける。それにマティルデには見えないようだったし、あの後調薬棟の前でうろうろしているもちぷるるを見かけたが、付近にいた他の調薬師たちも気づいていない様子だった。


(あれはもしかして、私にしか見えないの? そうだったら、「これは何物ですか」って尋ねても変な人扱いされるだけだ)


 それにあのもちぷるるは触れられないので、捕まえて騎士団や魔術師団に連れて行くこともできない。たとえ通報しても、彼らが来る前にもちぷるるに逃げられたら――下手すると、しょうもない嘘をついて職務を妨害したと言われるだろう。


(……もしまた見かけるようなら、魔術師団には連絡しておこうかな)


 実際、薬草園の手入れをして疲れたリベカが見た幻かもしれないので、ひとまずもちぷるるの件は置いておくことにした。














 ……もちぷるるの件は保留にしておくことにしたリベカだったが。


「……なんでここにいるの?」


 場所は、リベカ用の調薬室。フラスコや試験管、鍋などが並ぶ作業部屋。

 おととい薬草園で遭遇したもちぷるるがなぜか、調薬室のテーブルの上にちょこんと座っていたのだ。


「……君、物体は貫通するんじゃなかったの?」


 抱えていた荷物を下ろして尋ねるが、もちぷるるは首をかしげるだけだ。そんな仕草をされると全てを許してしまいそうだが、そうはいかない。


「悪いけど、降りてねー……あれ、触れない」


 抱えてテーブルから下ろそうとしたが、リベカの両手はもちぷるるを貫通してしまった。本人(?)は悠々とテーブルに座っているというのに。


(こいつはもしかして、自分の意思で物体を貫通するかしないか決められるのかな……?)


 だとしたら、鍵を掛けている調薬室のドアを突破した理由も分かる。邪魔なドアや壁、リベカの手などはスルーして、座りたいテーブルにはきちんと座ることができる。なんと都合のいいもちボディなことか。


「君のことはねぇ、場合によっては魔術師団に報告する予定なんだよ」


 もちぷるるを移動させることは諦め、これから使う道具を出しながら語りかける。


「無害なのはなんとなく分かるけれど、もしかしたらもあるからね。君は可愛いけれど厄介ごとは勘弁だから、できればお引き取り……こらこら、それに触れないの!」


 一瞬目を離した隙に、もちぷるるはリベカがテーブルに置いた薬草入りのケースの方にとことこ歩いていた。止めようとしたけれど当然手はもちぷるるを素通りするので、薬草ケースの方をひょいっと持ち上げることにした。


(……表情は変わらないけれど、なんとなく不満そうな気配を感じる)


「だめってものは、だめー! これは今から私が薬作りに使う、大切な道具なの!」


 多分言葉の意味は理解されていないだろうと思いながらも説き伏せると、もちぷるるは観念したようにてこてこと歩き、元の位置に腰を下ろした。


(……邪魔しないのなら、もういいかな)


 魔術師団に通報するにしても、今はまず仕事を仕上げたい。


 まずは鍋に水を入れて、火に掛ける。水が沸騰するまでの間に、貯蔵庫から持ってきた薬草を刻んだりすり下ろしたりして、準備を進める。


 てきぱきと作業をするリベカを、もちぷるるはじっと見つめていた。あれ以降薬草ケースに手を伸ばすことも調合室内をうろうろすることもないので、リベカは半透明の生物のことはいったん置いておき、薬草の調合を続けた。


 水が沸騰したら、そこに薬草を投入する。さっと湯に通すだけのものはすぐに揚げてざるに乗せ、茹でるべきものはしっかり茹でる。


 茹でたり薬草を刻んだりしていると、部屋の中に独特の匂いが満ちてくる。リベカはこの青臭い匂いが結構好きだがそうでない人も多いので、作業中は真夏でも窓を閉めるようにしている。


 湯通しした薬草を鉢に入れて乳棒ですり潰していたリベカは――ふと、先ほどの位置にもちぷるるがいないことに気づいた。


(えっ、どこ? ……あ、ああ! あんなところに!)


 どこに行ったのかと思いきや、もちぷるるはなんと、ぐつぐつ煮え立つ鍋の縁に腰掛けていた。


「ちょっと、熱くないの!?」


 人間なら火傷するような熱さのはずだが、もちぷるるは顔色を変えずに座っている。見たところ、半透明のボディが溶けた様子も暑がっている様子もない。


 しかも……もちぷるるは顔を上げ、体をゆらゆら揺らしている。リベカの推測だが、どうにも――楽しんでいるようだ。


(何が楽しいの? ……あれ? ひょっとして……)


「湯気、好きなの?」


 乳棒を置いて尋ねるが、当然返事はない。だが試しに扇でもちぷるるの方に湯気を送ってみたところ、ますます楽しそうに体をぷるぷるさせた。


(そういえば、このもちを最初に見つけたのは薬草園だし、さっきも薬草ケースを触りたがっていた。今も湯気を浴びて気持ちよさそうだし……薬草が好きなのかな?)


 もしかすると、薬草園にのみ現れる精霊のようなものかもしれない。魔物がいるのなら、こういうものがいてもおかしくないだろう。


「……ま、いっかな」


 リベカも忙しいし、もちぷるるは特に害があるわけでもない。

 リベカは横目でもちぷるるの様子を観察しながら、薬草をすり潰す作業を再開させたのだった。

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