13 王妃との出会い③
王妃との面会は四半刻ほどで終わり、その後リベカとパスカルが交代して王妃と第二王子が話す時間が設けられた。
王妃が本城に帰る、ということでリベカも出てきて見送りをしたのだが、王妃はパスカルと並ぶリベカを見て、つと眉を動かした。
「……リベカ・ヴィンケル。わたくしの予想以上に、あなたはしっかりした信頼できる女性だと思います」
「もったいないお言葉、ありがとうございます。先ほどの面会での度重なる無礼、お詫びします」
リベカは頭を下げて言うと、頭上で王妃が小さく鼻を鳴らす音が聞こえてどきっとした。
だが「顔をお上げなさい」という命令に従ってこわごわ見上げた先には、王妃の穏やかな顔があった。
「……あなたは一般市民階級出身で、確かに礼法にもぎこちないところが多々見られました。……しかし、あなたが自分にできる限りの礼を尽くそうとしている気持ちが十分に伝わってきました」
「……」
「持たぬ者が持つ者と同じ段階にまで到達しようとするのは、不可能です。……あなたはその不可能を抱えた上で、持たぬ者として最大限の努力を尽くしました。わたくしは、そんなあなたの姿勢がとても好ましいと思っていますよ」
そう言うと王妃はきびすを返し、侍女を伴って玄関ホールを出て行った。玄関前で待機していた兵士たちがすぐに王妃を囲み、その姿は本城の方へ消えていく。
リベカとパスカルはしばし、どちらも呼吸を忘れていた――が、二人ほぼ同時にはあーっと大きく深呼吸した。
「……ああ、驚いた。まさか王妃殿下があそこまではっきりとそなたを褒めるとはな」
「い、いえ、王妃殿下がとても寛大な方でよかったです。お話中もとても優しくしてくださいましたし、王妃殿下がパスカル殿下のことを気に掛けてらっしゃることもよく分かりました」
王妃、というだけでなんとなく怖くて威圧感のあるイメージを抱えていたが、実際に話をした王妃はとても寛大で、柔軟な考えを持つ愛情に満ちた女性だった。
だがパスカルはぎょっとした様子で目を丸くした。
「え、そうなのか!? 王妃殿下、俺と話しているときはぐちぐちぐちぐち言ってくるんだぞ! やれイザークに仕事を丸投げしていないか、やれ離宮の使用人にも気を遣っているか、やれリベカを泣かせていないかとかってな。さては王妃殿下は、リベカが気に入ったな」
「そ、それはないと思いますよ」
「いや、あるな。……そなたは平穏を愛しているようだが、味方を作っておくのは悪いことではない。王妃殿下に気に入られたのなら、それはそれでいいことだと受け取っておくといい。……今日は本当にありがとう、リベカ」
夕日を横顔に浴びるパスカルに笑顔でそう言われたので、リベカも微笑んで頷いた。
パスカルの部屋まで同行した後、リベカはイザークの部屋に行って今夜分の薬を準備してから、離宮を出ることにした。
(殿下は、「もうすぐイザークが帰ってくるはずだ」とおっしゃっていたけれど……やっぱり会議が延びてしまったのかしら)
できれば今日中にイザークにも報告したかったが、リベカ一人では本城に行けない。
残念に思いながらも荷物をまとめ、離宮の兵士に挨拶をして調薬棟に戻ろうとしたリベカだが――
(……あっ。あれってもしかして、イザーク様?)
調薬棟の方へ向かおうと方向転換した際、離宮と本城をつなぐレンガ道でイザークの銀髪が見えた気がした。この付近ならパスカルの離宮の管轄内なので、リベカ一人で歩いても注意されることはない。
そちらに足を進めると、やはりもう既に見慣れた銀色の髪と黒のローブが確認できた。
(……あ、でも誰かと一緒だ。話し中なのかな)
それなら少し離れたところで待っていよう、とリベカは青々と葉を茂らせる木の陰に身を寄せた。
「……ですな。イザーク様のお噂は、かねがね――」
男性の声がするが、イザークの声は聞こえない。仕事関連の話なら聞かないようにするべきだが、どうも相手の男性はイザークの才能などを褒めているようだ。
(でも、イザーク様の声はうまく聞こえないし、あまり嬉しそうでもないような……)
「……ええ、そうでしょうとも。しかしですな、今のままではもったいないでしょうに」
(もったいない?)
リベカの疑問に答えるかのように、声の大きな男性がわざとらしささえ感じられるため息をついたようだ。
「レーンデルス伯爵家のご令息で、魔術の才能豊か。しかもこれほど凜々しいのですから、もっと真面目に生きてみてはいかがでしょうか?」
「…………なのか」
どうやらイザークが声の調子を上げたようで、それまではほとんど聞こえなかった彼の声がわずかに聞こえた。だが、どうにも苛立っているような口調だ。
「いえいえ、そういうわけでは。しかしですな、あなたはまだ若い。これから未来もあるというのに、軽薄な態度だと損をするでしょう。せっかく才能にあふれてらっしゃるのですから、今後の生き方を改めた方がご自身のためになるでしょう。失敗して後悔なさってもいけません」
「……だな。……する」
イザークの短い返事の後に、彼が男性と別れて離宮の方に向かったのが分かった。
だが、木の陰に立つリベカは彼を追う気にはなれなかった。
リベカの位置からは、去りゆくイザークの後頭部がちらちらと見えるだけだ。だが――きっと今、彼の顔は険しくしかめられているのだろうと容易に想像できた。
あの男性とイザークがどういう関係なのかは分からないが、イザークは明らかに機嫌を損ねていた。
(相手の人、イザーク様を諭そうとしていたのかもしれないけれど……あれって迷惑よね)
どう考えてもイザークが相手の言葉をありがたがっているようには思えなかったし、相手の男性もイザークを励ましているようでその実、今の彼の振る舞いを悪しと判断している。
「……そんなの、本人の勝手じゃない」
呟いた後、リベカは離宮に背を向けた。
報告は、明日した方がいい気がした。




