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1  謎生物との出会い①

 よく晴れた空に、大きな影が生まれた。


 薬草園の手入れをしていた女性は顔を上げて、頭上を飛んでいった影を見送る。その拍子に額から汗が流れ、グローブを嵌めた手の甲で顔を拭った。


 あれは大きな鳥の姿をした守護精霊と、その隣を絨毯に乗って併走する魔術師だろう。仕事帰りなのか、並んで飛ぶ彼らは城門を越えると、王城三階の渡り廊下に着地していた。


 大地にあふれる魔力を感じ取り、魔術という形で放出できる魔術師たち。彼らは守護精霊と共に生き、高位魔術師であれば王城で働いている。


(……子どもの頃は、魔術師や守護精霊に憧れていたっけ)


 剪定用の鋏をポケットに入れて伸びをしながら、彼女は思った。

 魔術師になれるかなれないかは、先天的に決まる。遺伝の要素も強いため、両親ともに魔術の才能を持たない自分では最初から無理だと、彼女――リベカは分かっていた。


 魔術師にはなれなかったが、代わりにリベカは父親から教わった薬草の扱いにおける才能を伸ばして調薬師の資格を得て、こうしてアルテナ王国の調薬棟で仕事をすることができていた。







 薬草園の手入れを終えたリベカは荷物を背負い、調薬棟に戻った。


 騎士や魔術師たちが華々しく活躍する一方、調薬師たちの仕事は地味だ。見栄えよりも機能性と洗いやすさを優先させたモスグリーンの外作業用ローブは肌触りが悪くて、到底おしゃれとは言えない。これを着て薬草園で背を丸めて作業していると薬草たちと一体化する、ということで有名だ。


「あ、お疲れリベカ」


 調薬棟のホールで間引きした薬草をゴミ箱に捨てていると、背後から声を掛けられた。振り返ると、調薬用の白いローブを着た同僚の姿が。


 彼女はリベカと同じ十九歳だが、狭い調薬室で働かせるのがもったいないと思われるような溌剌とした美人だ。

 ぱっちりとした緑色の目に、ローブ越しでもよく分かる魅力的な体つき。つやのある黒髪はさくっと頭頂部でまとめるだけだが、飾らずとも彼女の魅力は存分に引き立っている。


「お疲れ。マティルデは、依頼の品はできた?」

「ええ、なんとか。今から配達に行ってくるけど、帰りに昼食を買ってくるわ。リベカは何かいる?」

「一応持ってきているけど、甘いお菓子があればデザートに食べたい気分かも」

「お菓子ね、了解。じゃ、後で代金よろしく」

「うん、ありがとう」


 配達に行くマティルデを見送り、リベカは外作業用の服を着替えるために休憩室に向かった。調薬師は地味な仕事だがその職務の内容上、個室で黙々と作業をするものなので、下っ端でも自分用の休憩室と作業部屋を与えられているのが魅力だ。


「今日の依頼は、騎士団と官僚から。先に官僚の方に手をつけて煮詰める間に、騎士団用の化膿止めを練って……」


 テーブルに置いたノートの予定を読み上げながら、リベカは着替えをする。


 モスグリーンのローブを脱いで先ほどのマティルデと同じ白いローブに着替える体は、凹凸があまりはっきりしていない。薬草園の手入れをするため、肌は貴族令嬢と比べるとほんのり焼けている。


 髪紐をほどくと、それまでは適当にまとめていたアプリコットピーチの髪がばさっと背中に広がった。毛先に癖のある髪は下ろすと肩甲骨の下くらいまでの長さで、女性調薬師の身内だけで愛用している薬草製髪油のおかげで傷みも少ない。


 紫色の目は目尻が少しだけ釣っていて、勝ち気な印象がある。残念ながら現在のアルテナ王国王宮では目尻が垂れた愛嬌のある目つきが人気らしいので、リベカはお呼びではないようだ。

 だが調薬師の仕事は薬を作ることなので、リベカは自分の美醜はどうでもいいと思っている。同僚のマティルデは華やかな美人で本人もパーティーなどが好きらしいが、リベカは逆だ。


(とにかく、堅実に地道に生きていければいい。偉い人の目に留まっても、面倒くさいことになるだけ)


 社交界にもパーティーにも興味のないリベカにとって、調薬室での仕事は天国だ。誰かの顔色を窺ったりお世辞を言ったりする必要もなく、依頼されたとおりに薬を作ればいいのだから。


 マティルデは王宮お抱え調薬師の中ではフットワークが軽い方で、他の同僚の大半は無口でおとなしい人が多い。お喋りしたいときにはマティルデと過ごし、それ以外のときは黙って作業をする。最高だ。


(……あ、そうだ。先に必要な薬草だけ持ってこよう)


 調薬は午後からするが、それに必要な薬草は今のうちに貯蔵庫から持ってきておいた方がいいだろう。


 白いローブ姿になったリベカは、午後に必要な薬草を取るために貯蔵庫に向かった……が、在庫担当によると必要なものがいくつか切れているようだった。


「悪いけど、薬草園から摘んできてくれるかな。リベカなら見ただけで分かるだろう?」

「ええ、そうするわ」


 こうなるなら先ほど手入れをしているときに摘んでおけばよかった、と思うが仕方がない。薬草採取用のケースと鋏を手に、リベカは再び日光の降り注ぐ薬草園に出た。


 地方都市で調薬師として活躍する父から直々に薬草の見分け方を教わったリベカは、よほどそっくりなものや囓ったり茹でたりしないと違いが分からないものを除き、たいていの薬草は見分けられた。これに関しては、この調薬棟のどの調薬師よりも得意な自信がある。


「モルモニと、ハギレグサ。それから念のため、シロシロ草も……ん?」


 必要なものを摘んでいたリベカは――ふと、こんもりと茂る薬草園に謎の物体が落ちていることに気づいた。


 それは、半透明でぷるぷるした見た目だった。リベカの膝下ほどの高さがあるハギレグサという薬草の株に埋もれるように、ぷるぷるの物体が落ちている。


(何、あれ……う、うわっ、動いた……!?)


 ひとまず手を伸ばしたリベカだが、「それ」がすうっと動き始めたため思わずびくっとしてしまった。


 というのも、「それ」の動きがおかしい。

 普通なら密集するハギレグサを掻き分けて進みそうなものなのに、「それ」は――ハギレグサを貫通している。半透明の本体越しにハギレグサの葉が透けて見えるから、間違いない。


 明らかに普通ではない、「それ」。


(ま、まさか魔物!?)


 さっと全身の血が引いた。


 魔物は、邪気を吸って凶暴化した動物のことを言う。リベカも実物は見たことがないが、怪しげな魔術を使ったり普通の動物とは比べものにならないほどの運動神経を持っていたりするので、騎士や魔術師たちの討伐対象になっている。


 だがよく考えれば、魔術師による結界の張られた王城内に魔物がいるわけがない。それに魔物は基本的に、真っ黒な体を持っているという。


 リベカは深呼吸してからその場にしゃがみ、「それ」をじっと見つめてみた。そうしているとぷるぷるのボディが左右に揺れながら移動して――ハギレグサの森を抜けて、リベカの前にぽこっと出てきた。


「それ」はリベカが両手を広げて並べたくらいの身長で、反対側が透けて見える。ボールを上下に引っ張ったような形で、短いながら手足も生えていた。


 そして、その頭部――おそらく、だが――には、目と口らしきものがあった。目といっても小さなボタンのような黒いものが二つ、その下に楕円形の黒いものがあるだけだが。


(これ、結構……可愛いかも……)


 未知の生物の登場に戦々恐々としていたリベカだが、目の前にいる生物は案外可愛らしい顔をしており、癒やし系のマスコットのような風貌だった。


「それ」もリベカを認識しているのか、目(推定)でリベカをじっと見ている。


「……こ、こんにちは?」


 ひとまず敵意がないことを示すべく声を掛けるが、「それ」は何も言わない。瞬きもしないし楕円形も動かないので、もしかしたら目口ではないのかもしれない。


 だが、リベカが首をかしげると「それ」も長い胴体の中で首に該当するだろう部分をくにっと曲げて、同じような仕草をした。

 リベカがハギレグサの葉っぱを指でつつくと、その動きを目で追うように丸と楕円の位置が動いた。


(……可愛い!)


 思い切って「それ」の胴体に指を突っ込んでみたが、やはり貫通した。だが、なんとなくひんやりとした心地いい感触がある。


 これは少なくとも、魔物ではないようだ。何物なのかは分からないが、王城内にいるからにはまずい生物ではないはず。


(きっと触れたら、すごくぷるぷるして気持ちいいんだろうなぁ……)


「……何してるの、リベカ」

「ひっ!?」


 うふふ、と笑いながら「それ」の頭や体に指を突っ込んでいたリベカは、呆れたような声に思わず背中をびくっと揺らしてしまった。


 いつの間にかマティルデが帰ってきて背後に立っていたようだ。帰り道に売店で買ったらしい商品の袋を手にした彼女は、呆れたような目でリベカを見下ろしていた。


「薬草園のど真ん中に座り込んで、一人でぐふぐふ笑っているとか……見つけたのがあたしじゃなくて騎士だったら、不審者として捕縛されてたかもよ」

「し、仕方ないじゃない。ほら、マティルデも見てよ、このもちぷるる!」


 場所を空けてマティルデにも謎生物――今、もちぷるると名付けた――を見せようとする。もちぷるるも、きょとんとした様子でマティルデを見上げている。


 だがマティルデはすっと眉を寄せて、そして悲しそうな顔になった。


「……リベカあなた、もしかして暑さで結構頭をやられている感じ?」

「失礼な!?」

「だって、いきなりもちぷるるなんて言われても反応に困るし」

「いいじゃない、いかにももちぷるるって見た目でしょう?」

「……。……何のこと?」


(あれ?)


 そこでようやく、リベカは自分とマティルデの認識にずれが生じていることに気づいた。

 もちぷるるは短い足を使っててこてこ歩きリベカの隣を通ってマティルデの方に行き、彼女のブーツを貫通していった。


「……今、半透明な生物が通っていかなかった?」

「気味の悪いことを言わないでよ……なにそれ、新手の魔物?」

「う、ううん、違う、何でもないよ」


 ますます心配そうに言われるし、マティルデが明らかにもちぷるるを視線で追っていないことが分かり、リベカは瞬時に態度を切り替えた。


(……あのもちぷるるは、私にしか見えない……?)


 さっと見るが、もちぷるるはそのままリベカたちに背を向けて隣にある別の薬草の株の中に消えていった。

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