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長谷川が何かしたって

長谷川、クリアしたって

 ものが腐る、というのは微生物の働きによるところが大きい。有機物を構成するたんぱく質が分解されることによって変質するのだ。


「つまり、椎木(しぎ)の精神は腐敗してる?」

「誰が腐れメンタルだこの野郎。ってかちょっとヒいてんじゃねぇよ。腐ってねぇし」

「野郎じゃない。私は女」


 目の前にいるハリボテ美少女は、俺の言葉尻を捕まえるとそう主張した。

 長谷川はいつもズレている。

 こいつの生態をよく知らない男どもからすれば浮世離れした美少女にみえるようだが、その実態はただの変人である。

 美人は得をする、と言えばルッキズムのメリットを享受しているようにも見えるが、こいつの場合はデメリットも多々ある。

 例えば告白。

 人見知りで自己主張が苦手な長谷川は、押せばなんとかなると思っている人間が多いらしい。実際、呼び出されて告白されて、あまつさえその場で返答を求められたりすることがよくあるのだ。

 幼稚園からの腐れ縁で何かと風避けにされてはいるのだが、まぁ口下手でコミュ障のこいつがうまく角を立てずに断れるかと言えば否である。

 こいつが不機嫌なのも大半はよく知りもしない人間から告白されたことに起因する。

 残りは、まぁ長谷川だし多分妙なことに巻き込まれたりとか、そんなんだろう。

 ……長谷川だし。


「何かあったのか?」

「別に」

「じゃあイライラしてんのは生理ま――(って)ぇ! 蹴るな!」

「サイテー」


 気に入らないことがあると、長谷川はパサリとフードを被って外界と自分を遮断する。

 春らしい陽気の中で、制服にパーカーを合わせた姿は季節を無視したようにも見えるが、これが長谷川的にはメンタルを守る盾なのだから仕方がない。

 トレードマークとも言えるし、フードつきパーカーを着てなかったら逆に不安になる、まである。


「良いから話してみ。何かあったんだろ?」

「……………………うん」


 絞り出すように返されたことばに思わず唸る。元々俺は心情を読んだりするのが得意ではない。いくら長年の付き合いがあるとはいえ、あまり表情を表に出さない長谷川が相手だとなおさらである。


「何があった」


 仕方ないのでド直球で訊ねると、長谷川は小さなスクールバッグをごそごそとあさり、中から筆箱サイズのケースを取り出した。

 長方形で布張りのそれは、年季が入った高級品と言われても違和感のないつくりだった。

 パカリと開ければ、中には中に入っていたのは眼鏡。四角く大きなレンズの真ん中に(スジ)が入った、遠近両用のものだ。老眼が始まった男性辺りが掛けるデザインに見える。


「お前、ついに老眼――(って)ぇ! だから蹴んなよ!」


 俺の抗議を無視した長谷川に溜め息を一つ。


「んで、これ。どうしたの?」

「違う。拾った」

「どこでだよ」

「………………夢の中」

「………………ハァ?」


 長谷川が言うには、夢の中で変な洋館に迷い込んだらしい。なぜそこにいるのかも分からなかったが、夢ってのはそういうもんだろうし仕方ない。

 夢の中の長谷川は、何かに追われていたとか。


「近づいてきてるってのは分かるの。捕まったら終わりなのも」


 何かに追い詰められたり、大きなストレスでも抱えているんだろうか。俺は精神科医でもなければ精神分析ができる人間でもない。


()()は腕なの」


 長谷川のジェスチャーではどういう見た目なのかまったく想像つかなかったが、要領を得ない説明をまとめると、大量の腕だけが絡み合って人の形を作った化物らしい。それも、ところどころ腐り始めており、腐臭(ふしゅう)腐汁(ふじゅう)を撒き散らすものだとのこと。

 不快感MAXなクリーチャーである。


「はじめは椎木に擬態してたの」


 大真面目な長谷川だが、腕だけじゃどんだけ頑張っても擬態とか無理だろ。

 つーか、なんで俺なんだよ。


「ギリギリで逃げた私は逃げ道を探していろんなところを探索するの」

「……」


 急にホラーゲームっぽくなったと思ったのは間違いではないだろう。

 細い隙間に落ちている鍵を取るために針金を探したり、変なメダルを集めて石像のくぼみに嵌めたり、鎖を切断するための道具を探したりしたらしい。

 銃とゾンビが出てきたり、真っ青な体表の奇行種みたいなのは出てきたりはしなかったらしいけれども、有名タイトルなんかと大差ない気がする。

 だいたい謎解きとかパズルが必要な洋館ってなんだよ。住みにくすぎるだろ。


「んで? この眼鏡は?」


 ()れた俺の問いかけに、長谷川は表情を固くした。


「ピエロの石像の謎を解いたときに手に入れたの」

「……夢の中で?」

「夢の中で」

「じゃあ何で持ってんだよ」

「そこで目が覚めたから……?」


 そりゃ普通に怖いわ。


「親父さんのだったりとか、誰か心当たりは?」

「ない」

「家族の誰かが、他の誰かのを預かったって可能性は?」

「……それも、ない」


 長谷川は一人っ子だ。両親に聞いてみたが、逆に怪訝な顔をされてしまったらしい。祖父母のことはきちんと聞いたことないけれども、少なくとも一緒には住んでいないのは確かだ。


「どうしよう」

「わからんけど、枕元に置いて寝とけ。続きからプレイできるかもしれん」

「……プレイ?」

「ああいや、夢の中で続きから再開するかもしれんから。その眼鏡も何かの謎解きに使うんだろ?」

「……多分?」

「んで、腐れ腕が問題なら何か道を塞げるようなもんとかも用意すれば時間稼げると思うぞ。棚とか倒したり、ドアにつっかえ棒を掛けたりな」


 どちらかというと、ホラーゲームあるあるみたいな感じになったが、どうしたら逃げやすいか、とかそういったヒントみたいなのをひとしきりレクチャーして別れた。

 本当かどうかわからんけども、長谷川だしなぁ。

 こいつは妙なものに縁があるのだ。霊感少女とかではないが、深く考えるだけ無駄だと思っている。

 俺のことばをメモまでしてる辺り、長谷川が如何に悪夢に(うな)されていたのかがうかがえる。

 翌朝になって、トーストを齧っていると知らない番号から電話が来た。

 出ると、


『椎木、助けて!』

「なんだよ」

『深刻なエラーだって言われて洋館から出られなくなっちゃった。夢からも出られない』

「じゃあなんで電話できてんだよ」

『途中でスマホ手に入れたから』

「じゃあそのスマホのGPS使って場所特定して送れよ。あと警察に連絡」


 ホントに位置情報が送られてきたので、学校が始まる前に迎えにいくことにした。

 いやまぁ、乗りかかった船と言うか。長谷川だしな。

 ちなみに町の外れにある廃病院だった。移動距離を考えると遅刻も視野にはいるが、仕方ない。ボロッボロの病院は長谷川が言うような謎解きとか変な鍵が掛かった部屋はなく、がらんとしていた。

 長谷川が閉じ込められていた部屋も、単純に倒れた廃材でドアが塞がれてただけだった。

 全身がホコリまみれで、臭いも酷い。トレードマークであるパーカーの一部には例の化物のものとおぼしき腐汁の手形ができてたりしたが、深くは考えないことにした。いくら長谷川が相手だとしても、女子相手に臭いと告げることがマズいことくらいは分かっているのだ。

 自転車の後ろに乗っけてえっちらおっちら長谷川の家に向かう。羽根みたいに軽い、とは言わないが華奢なので大した労力でもない。掴まるところにこまっているのか、裾を引いたり背中に手を当てたりと落ち着かない。


「腰に手ェ回しとけ。短くて届かないなら別だけど」

「うっさい」


 家まであと五分程度だろうか。信号待ちで止まっているときにポケットのスマホが震えた。

 後ろに乗っているはずの長谷川からだった。


『ギリギリクリアできた。ありがと。完全に遅刻だけど』


 俺の腰に回された細い腕から、鼻を刺す腐臭が漂った。

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