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短編集

訳あり令嬢と王子の結婚

作者: 神山 りお



「シェリル=ボーリング。お前との婚約を破棄し、リンダ=マーチャルと新たに婚約を結ぶ」



 学園の卒業式という華々しい場で、婚約破棄を言い渡したのは、この国の王太子マイラー。

 シェリルの反論など微塵も受け付けず、決定だと言い切ったのである。

 隣では、悲しそうな表情を一生懸命取り繕おうとしている少女がいた。この学園で知らぬ者がいない公認の浮気相手リンダである。

 性格の悪さが、今この時点で皆に確信という形で露見した。

 泣いているフリなのが分かったからだ。あまりの嬉しさに口から笑みが溢れている。その笑みを見た一部の者達からは、やはりなと苦々しい溜め息が漏れていた。

 リンダは庇護欲を唆らせる仕草や言葉遣いに長けていた。

 だが、その分、その庇護欲が全く効かない女性には嫌われていた。

 容姿や言動で騙されている男は、こぞってリンダの可愛らしさに嫉妬して嫌っているのだと都合良く解釈している。

 そんな男性達を、蔑みの目で見る女性達。リンダに恋をした男性達はもれなく、婚約者とは上手くいかず破局していたのだ。

 見目や言動に惑わされず、リンダの本質を見抜いた男性達は女性達に好かれ、良縁に恵まれていたのは意外に知られていなかった。





 ――その後。





 王太子マイラーは、ひと月の謹慎を言い渡されただけだった。

 しかも大したお咎めもなく、リンダと結婚する事になったのである。

 これには一部の貴族から反発はあった。だが、当時リンダの祖父が力のある伯爵だったために、表だって批判も反対も出来なかったのだ。

 国王陛下は2人の結婚には内心複雑ではあったが、どんな息子だろうとそれは可愛い我が子。周りに何を言われようが、男性側の不貞だけではとお咎めなしとした。

 しかも、あんなやり方で2人の仲を広められ、リンダとの結婚は承諾するしかないだろうと貴族達を説得したのだ。



 だが、体裁上全く不問ともいかず、シェリルとの婚約破棄を即座に撤回白紙とし、慰謝料を払うという形でこの騒動を早々に終息させた。

 勿論、慰謝料は王太子マイラーとリンダの実家の伯爵家両者が払う事となった。リンダや両親の伯爵家は納得がいかなかった様だが、2人の不貞は学園だけでなく、貴族の中でも噂として広まっていたし、あの場で婚約破棄を言い渡したのだ。

 もはや、"不貞"が噂などではなく事実だった証明を、己自身でしたのである。言い訳など無用であった。



 シェリル側の名誉毀損と不貞に対する慰謝料の正統性は、誰の目からも明らかで、支払いを拒否する様な事があれば、己の家名に傷が付く上に信頼を失うだろう。

 長引かせても、国民達からの批判は増えるばかりで今後に悪影響が及ぶ。早々に終結させた方が良い。

 そう国王陛下から下知を受け、リンダ側は渋々多額の慰謝料を支払う事になったのであった。





 婚約は白紙となり、傷心……というより憤慨したシェリルに、良くも悪くも縁談は次々と上がっていた。

 一昔前なら婚約が白紙になり、本来なら傷モノとなる所。

 だが、現在では婚約解消くらいで傷モノとはならない世になっていたし、今回は誰が悪者か明白だからである。

 王太子が仮に、隠れてリンダと"愛"を育んだとしても、婚約者がいる以上、どんな言い訳をしようが"浮気"である。

 愛を育む前に、婚約者には"誠意"を見せる姿勢があるべきだった。浮気相手のリンダも同様である。

 それなのに、婚約者には何もフォローせず愛だ恋だと省みなかった。それどころか、自分達は"純愛"だと触れ回り、シェリルを悪く吹聴していた。

 そのせいで、人気があった王太子マイラーの株は、今や底辺まで下がったのであった。



 王太子妃となったリンダは、陰で"悪女"と呼ばれ、人の婚約者や恋人を奪う、奪われる事を"リンダになった"と揶揄されている事を2人は知らない。






 ――それから二十数年。





 王太子マイラーは未だ王太子のまま。

 リンダは王太子妃のままであった。




 国王陛下は60を過ぎたが、まだまだ健在であるし、公務を引退する気はないのだから、王太子はまだ王太子なのである。

「いつになったら、隠居するのよ」

 リンダは、内心不服であった。

 てっきり、結婚してすぐマイラーが国王に即位し、自分が王妃となると思っていた。そのために受けたくもない妃教育を受けたのだ。

 なのに、蓋を開けて見れば、国王陛下が引退しないどころか王妃も健在。40を過ぎるのに王太子妃のままであった。

 王太子妃になり贅を尽くそうと算段していたのに、想像以上に王妃の目は厳しかった。

 ならば王妃になった時にもっと贅を尽してやる! と我慢していたが、残念ながら国王も王妃も病気一つしない。

 後継者の王子〈孫〉もいるのだから、とっとと引退すれば良いのにと日々思っていたのである。





 ◆ ◆ ◆





 一方。




 当時、婚約者を奪われ、憤慨していたシェリルは。





 盛大に婚約破棄宣言され、友人達の慰めがいたたまれなくなり、留学という形で隣国に逃げた。

 ほとぼりが冷めるまで、慰謝料で留学する予定だった。

 だが、その留学先でサイル=イゴールと出会ったのだ。

 彼も同じ様な理由で数年前に婚約を解消し、留学していた。

 境遇が似ていたため、すぐに意気投合し、自然の流れで気付いた時には恋に落ちていた。

 彼と出会うために、あの断罪は必要だったのだと思う程に。




 しばらくして、伯爵家の長子だった彼と国に戻り、結婚したのである。

 2人は一男一女に恵まれ、穏やかで幸せな毎日を過ごしていた。

 王族に関わらない生活が、こんなにも幸せだと思わなかった。そして、これからも夫婦共々、王族には関わらない様に生活していこうと誓っていた。





 だが、穏やかな日々は唐突に終わりを告げたのであった。





 それは、息子が18。娘が16となった時。





 イゴール家の愛娘ブリトニーに、熱烈にアプローチする人物が現れたのだ。




 眉目秀麗で金色の髪、碧眼。

 物腰も良く、穏やかな性格で、普通ならば文句のない相手である。



 だが、問題が一つだけあった。

 いや、そのたった一つが大きな問題なのである。




 では、何が問題なのか。






 その相手がこの国の王子で、件の息子だったからである。

 名はマイリーといい、まぎれもなくマイラーとリンダの子であった。




 それを聞いた衝撃や動揺はイゴール家だけでなく、王家も同様だった。

 親同様に恋愛結婚がしたいと、婚約者を作らなかったマイリーが、やっと結婚したい女性がいると報告してきたのだ。

 マイラー王太子夫妻はやっとかと素直に喜んだのも束の間、相手を聞いて絶句した。

 その相手が、王太子で夫の元婚約者、シェリルの娘なのだから。




「あの女の娘なんてあり得ない!!」

 当然、猛反対したのはリンダだ。




「あの女? 母上はイゴール家の夫人と何かあるのですか?」

「……な、何もありませんよ」

 だが、恋に溺れたマイリーの耳に母の言葉など入る事はなかった。むしろ、何故そんなに反対するのか理由を聞かれた。

 リンダは、ブリトニーが実は婚約者の座を蹴落とし、その座を奪った女の娘だからダメだとは口が裂けても言えない。



 ならばと、他を理由に諦めさせる事を考えた。

 爵位を理由に……だが、リンダは伯爵家だった。ブリトニーも伯爵家。しかも、血筋を辿れば侯爵家で身分は全く理由にならない。

 王太子妃教育を受けていないと言いたいが、リンダ自身が伯爵家の出で、王太子妃教育を受けていなかったのだ。それを例に挙げられてしまえば、終わりである。

 考えに考えたが、反対する正当な理由などなく、逆に何故反対するのかマイリーは不審に思い、とうとう自分で調査してしまった。





 ――結果。





 良好だった親子関係は今や険悪なモノと言ってもいい。

 自分の非ではなく、両親のやらかしで、想い人のブリトニーに避けられているのだと知ったのだから。





 だが、マイリーは両親とは違い、至極真っ当な性格であった。

 両親の事でブリトニーが自分を良く思っていない事も知ったし、ブリトニーの両親の気持ちも理解した。

 心を痛めたが、彼女の気持ちを尊重し距離を置いた。

 しかし、マイリーはブリトニーを諦められなかった。




 離れれば離れるだけ、想いは膨れるばかりでどうにもならず、ブリトニーやブリトニーの両親に正直に話し、何年も誠意を見せた事でやっとブリトニーの心を射止めたのであった。

 そして、念願の結婚を許して貰う事が出来たのである。




 ただ、イゴール夫妻からは2つ条件を出された。




 まず、浮気はしない。




 これは、当然だとマイリーは頷いた。

 したら、王族から降りるとまで言い切った程だ。




 ――そして、2つ目。





 王太子夫妻から、ブリトニーを守る事。

 マイリーはこれにも、勿論だと頷いた。

 





 大反対する両親マイラー王太子夫妻を余所に、祖父の国王夫妻の許可を得て、無事マイリー王子はブリトニーと結婚する事が出来たのだった。




 彼のその誠意と熱意、行動力が真実だと分かったのは、2人の結婚式の時である。

 彼は、ブリトニーへの愛の証として、結婚式の場でこう宣言をしたのだ。

 この結婚を機に――。




「父と母。マイラー王太子夫妻を隠居させる」と。




「「なっ!!」」

 マイラー王太子夫妻は絶句である。

 国王夫妻に説得され、苦汁を飲み込み息子マイリーの結婚を許可したのだ。なのに、この宣言。

 ブリトニーもブリトニーの両親も当然驚愕していた。

 全く知らなかったのである。

 マイラー王太子夫妻は息子を黙らせたかったが、護衛隊に制され全く近付く事が出来ない。ならばと、国王夫妻に助けを求め視線を送ったが、無視されてしまった。

 むしろ、マイリー王子が宣言する事を知っていた様に見えた。

 国民にあまり人気がなく、ずっと2人の行動に苦言を呈してきた国王が、良い機会だと見限ったのかもしれない。

 そうとは知らないリンダは、騙し討ちだと憤慨したが、もはやどうする事も出来なかった。





 挙げ句、自分達がやった過去の話まで改めて言われ、リンダはやめてと叫ぶ事しか出来なかった。

 しかし、そんな事で止めるマイリー王子ではない。

 母リンダ王太子妃の言葉でやめるくらいなら、初めからブリトニーとの結婚を諦めていた。

 ブリトニーと結婚したいからこそ、王家の"膿"を今、ここで出し切ろうとしているのだ。



 両親である王太子夫妻のしでかした過去の出来事を国民に説明し、ボーリング家に謝罪した。

 そして、それを踏まえて自分との結婚を承諾してくれたブリトニーと、イゴール家に礼をしたのだ。



 国民は、王子自ら王家の恥を直々に謝罪し、国民に理解を求める姿勢に感涙した。

 これこそ、苦境を乗り越えた【純愛】【真実の愛】だと。



「マイリー殿下!!」

「誠実なマイリー殿下こそ国王に!!」

 兼ねてよりマイラー王太子夫妻を良く思っていなかった国民は、沸きに沸いた。

 親がした事を謝罪し、誠意を見せた若き王子に心を打たれ、将来性を感じたのだ。

 元より略奪愛で不人気だった王太子夫妻。親の人気がないために、息子の誠実さが引き立っていた。

 マイリー王子が成人しているのならば、希望に満ちた若い王子夫妻の方がいい。国民から根強く不評不満を残していた王太子夫妻のツケが、今ここで払われる形となったのだ。

 そして、次期国王夫妻と認め祝福したのである。




「因果応報ですよ。父上、母上」

 国民の心を掴んだマイリー王子。

 マイラー王太子は自業自得だと諦め、リンダは悔しさのあまり卒倒したのだった。





 その後。







「王太子の座は我が孫マイリーに変え、マイラーの王太子は返上。代わりに1代限りの公爵の爵位を与える」

 国王陛下のお言葉により、正式に王太子夫妻は次期国王夫妻の座から降りる決定を下されたのであった。






 この瞬間――。

 長年、心の隅に蟠っていた国民〈貴族〉の燻りは消え、歓喜に沸いた。

 そして、ブリトニーの母、ボーリング家の名誉はこれにて完全に回復したのである。

 



「こんなのオカシイわ!! 何故、このわたくしが王家から追い出されなければならないの!?」

 リンダ王太子妃は、最後まで納得出来ないと喚いていたが、今更覆せず、王都から大分外れた別邸に連れて行かれた。

 これには、ブリトニーの母は複雑な思いであったらしい。

 リンダがマイラー王太子を誘惑しなければ、夫とは出会えなかった。そして、愛娘のブリトニーとも会えなかった。

 だからといって、リンダのやった事は許せるモノではない。

 素直にリンダの隠居を喜ぶには、複雑な心境だったのである。




「これで、私の"愛"が本気だと信じてもらえたなら嬉しいな」

「愛がかなり重い気がしますけど……」

「"深い"って言ってくれるかな?」

 少し……いや、大分重い気がするが、それさえも気にならないくらいに、ブリトニーは誠実で優しいマイリー王子を好きになり、王妃教育も頑張るのだった。

 彼をこれからも支えていきたいと、心から思ったのである。






 そして。




 数年。




 祖父である国王夫妻はあっさりと引退し、マイリー王子に国王の座を譲ったのであった。

 これにより、ブリトニーはリンダがずっと切望していた王妃となったのである。




 マイリーは国王となった後も父マイラーとは違い、貴族や国民から絶大な支持を得、ブリトニーは世の女性達の憧れの的となった。

 マイリー夫妻は引退した国王夫妻やブリトニーの両親は勿論、貴族からも支えられ、国民に寄り添い国民に愛される国王夫妻となったのだった。




 マイリー、ブリトニーの名は、歴代最高の支持を得た国王夫妻として、その名を刻んだのである。




 








 







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