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章は舞台に上がると、不思議と心はまた落ち着いた。
まな板の上の鯉といった心境か。
いつもは観客席から見てるはずの光景が逆転する。
アーティストや芸能人が見ている世界は、こうも眩いものなのか。
悪くない。
それにほぼ、強制的ではあるが、歌っている人達に対し、温かな拍手やリズムに合わせての腕振りが、応援されているようで心強く感じる。
章は五人がけの長椅子に腰かける。
世界に陶酔しようとしていた気持ちを、戦闘モードに切り替える。
身体は出場者の応援をしながらも、頭は歌の出だしの歌詞を何度も復唱していた。
(誰だ!誰だ!誰だ!空の彼方に躍る影)
とうとう、次の番が章となった。
椅子から立ち上がり、歌う出場者の後ろで応援する。
さらにオーバーリアクションで、笑顔、楽しそうに取り組む。
が、歌の途中で出場者が歌詞を忘れてしまい、固まってしまう。
章は一瞬、血の気を失う。
しかし、完全停止した出場者を観客席に座る仲間(出場者)が拍手をして盛りあげる。
一度諦めようとした彼女は、周りのみんなに助けられて歌い続ける。
章は、いいなと心強く思った。
そして自らも奮い立たせる。
熱唱後、マイクが章に手渡された。
一礼をし、マイクを受け取ると右手で握りしめた。
「109番っ!ガッチャマンのうた!」
堂々宣言だ。
周りから、その選曲に笑いが起こる。
よし、つかみはOKだ。
後ろに控えるバンドの方へ振りむき、それっぽく頷く。
前奏がはじまる。
と、同時にかねてより予定である帽子を脱ぎ、スキンヘッドを御開帳する。
つるりと頭を撫でる。
またまた笑いが起こった。
いいぞ!
章は最高の雰囲気にテンションが上がり歌いだす。
「誰だ!誰だ!誰だ!」
瞬間、まずいと思った。
肝心の出だしで音を外したのだった。
しかし、プロのバンドマン達は、章のミスに演奏を合わせすぐカバーしてくれた。
「空の彼方に躍る影!白い翼のガッチャマン!」
右手をまっすぐ伸ばし片膝をつき、ポーズを決める。
よし、よし。
「命をかけて飛び出せば 科学忍法 火の鳥だ 「飛べ」飛べ飛べ ガッチャマン 「行け」行け行け ガッチャマン」
タテノリでジャンプをする。
「地球は一つ 地球は一つ おおう ガッチャマン『ありがとうございました(終了のアナウンス)』」
あと少しで一番を歌い終えるところで、40秒、終了となった。
歌に夢中になっていたので、後ろの方にマイクを渡すのを忘れて、ディレクターに促され、慌ててマイクを渡し、周りに一礼をして舞台を降りた。
舞台下の司会者から感想を聞かれると、
「やるだけ、やりました!」
章は得意満面に答えた。
事実、彼はやり遂げた満足感でいっぱいだった。
年を重ねてから、久しく忘れていた興奮と高揚感。
それからモニターで自分の歌唱する映像を家族と一緒に見る。
自分の姿を見るのは、少し気恥しかったが、周りからも笑いがあったので、これはいったなと章は自信が確信に変わった。
すれ違う人からは、
「良かったですよ」
と、声をかけられ、すっかり章はその気になっていた。
家族が帰ってからも、250組が歌い終わるまで、章は緊張しながらその時を待った。
そして、ようやく結果発表を迎える。
しかし残念ながら、章の109番は呼ばれなかった。
発表直後は信じられなくて打ちのめされた気持ちだった。
悔いはないが、正直、受かりたかった。
仕方ないでも、激しい気持ちの葛藤が章は揺さぶる。
むなしく帰路につくが、またいつかとリベンジを誓う。
家族からも励まされ、その想いは強くなる。
章の長い、のどじまんの一日が終わった。
完
2012→2020
こんなときだからこそ。




