居酒屋と友人とマリア先生への所感
マリア先生の下で働いてから2週間が経ち、初めての休日が訪れ、新宿に来ていた。
新宿に来た理由は、大学生らしく単純に、飲みだ。
しかし、それにしても、相変わらず、新宿の街は雑多で、うるさいな。
新宿駅東口広場の金のライオンの隣で、ぼーっと新宿の街を行きかう人々を見ている。
スーツのサラリーマンやゴスロリの女性、煌びやかな髪形の水職の女性や金髪のバンドマン、俺と同じくらいの大学生や必死に営業をする地下アイドルに、たまに制服を着た女子高生と、色んな奴が歩いていた。
こんなにもカオスな街は、世界中を見渡しても、中々ないと思う。ニューヨークでも、ここまでカオスではないだろう。
そんな新宿と言う街を面白いとは思うが、正直、個人的にはあんまり好きではない。
なんというか、雑多に過ぎるし、新宿の街を拠点にしている奴の程度も低い。一昔前の伝奇小説家は新宿滅亡願望を持っていたらしいが、俺もその考えには激しく同意だ。
そんな俺がなぜ、新宿に来ているかというと――
「おっすー」
友人が来た。
本日、一緒に飲む人物であり友人。同じゼミで、同じバスケサークルにも所属している。大学で一番、仲の良い友人と言えるだろう。
友人の名前は、長塚圭吾。
大学生になっても、髪の毛をスポーツ刈りにする体育会系男子。
普通なら、「垢ぬけていない」「子供っぽい」と馬鹿にしているところだが、この男に限っては異なる。
パッチリとした大きな目と二重。鼻筋も綺麗な曲線を描いており、日々の運動で保たれた美肌や白い歯が眩しい。素直にイケメンだった。
「よぉ」
この友人のバイト先が新宿で、直前までバイトをしていたらしく、別の街に移動するのが面倒くさいという理由で、新宿になったのだ。
「いくか」
「おう」
合流して、早速、店に向かった。
数分歩き、新宿セントラルロードのビルにある安居酒屋に入店する。すぐに、席に案内され、そのまま、お互い生ビールを注文する。
「いやー最近どおよ?」
おしぼりで手を拭きながら、尋ねる。
「ほとんど毎日、アルバイト尽くめの毎日さ……はぁ~~しんどい」
圭吾が他人事とばかりに、からからと笑う。
「でも、言葉のわりに、嫌そうではないぞ」
中々鋭い指摘をする。
そうだ。確かに朝早く起きて、研究所まで行くのは面倒臭くて大変だが、それでも嫌ではない。それは、マリア先生だからこそだろう。
「お待たせしました。お通しと生ビールです」
と、店員さんが、食べ物を運んでくる。
お通しは、手抜きの枝豆だった。早速、グラスを持ち上げ――
「「カンパーイ」」
俺と圭吾はグラスを打ち付けて、ビールを飲む。
「ぷはぁ、美味い」
キンキンに冷えたビールは確かに美味しかった。
「えーっと、何だっけ?確か、御舟先生の下で働いてるんだよな」
「ああ。まぁ、働いている」
果たしてあれを仕事と言っていいのかは、疑問だけども、一応お金をもらっているわけだから、仕事だろう。
「どうなんだよ?可愛いのか?」
「可愛い。けど、どっちかと言えば、凄く綺麗だ」
「へぇ、ちょっと写真見せてくれよ」
「んなの、あるわけないだろ。勝手に調べろ」
「なんだよ。写真撮っておけよ」
文句を言いながらも、スマホからマリア先生の写真を探していた。
枝豆を食べながら、出てくるのを待つ。
「嘘だろ。滅茶苦茶美人やんけ」
「だろ」
「なんで、お前が得意げなんだよ」
確かに。なんでだ?
「クッソ―、うらやましい。こんな綺麗な人と四六時中いるんだろ?普通にご褒美じゃん」
「ばっか!それだけじゃねぇわ!
お前な、この仕事も結構大変なんだぞ。
マリア先生は、すぐ部屋を汚すし、風呂に入らないこともザラにあって、めちゃくちゃ臭いし、整理整頓ができないから、よく資料を探すのを手伝わされる。どうだ?」
思ったよりも熱が入り、圭吾に引かれる。
「おっ、おう。すまん。
じゃあ、結構その仕事最悪なんだな」
「いや、そうとは言ってない」
「なんなんだよ!」
こいつには分からないかぁ。マリア先生への複雑な気持ちは。
「めんどくさいな。じゃあ、逆にいいところは何だよ?」
「良いところか~~」
改めて考えると難しい。マリア先生の普段の素行の悪さから、欠点に目が行きがちだが、絶対に良いところはあるはずだ。
「まずは、美人だろ」
「うんうん」
「あとは、滅茶苦茶エロい」
「確かに、エロそうだ」
「他には………」
「いや、もう終わりかよ!もっとあんだろ」
分かりやすいフリに、捻りのないツッコミをありがとう。
それはともかく、正直、容姿の良さ以外に、内面の魅力が出てこない自分に、少しがっかりする。
が、思いついた。
「他には、めちゃくちゃ優しいんだよ。
一見、言葉遣いとか荒いし、暴力は振るってくるけど、それでも、大切なタイミングではしっかりと優しくて、甘いんだ。
それに、何個も年上で、頭も良くて、決して俺みたいな一般学生が気安く関わっていいような人じゃないんだけどさ。それでも、友達のように接してくれる。一緒にいるのが、すごく楽しいんだ」
言い切って、我に返る。
何だか、物凄く恥ずかしい事を口走っていた気がする。
対面に座る圭吾がニヤニヤと底意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「ふ~~ん、お前、結構その御舟先生の事好きなんだな」
俺は鼻を鳴らして、ビールを飲み干す。
すぐに店員さんを呼んで、お代わりを頼んだ。
「それで?じゃあ、仕事の方の調子はどうなんだ?
その感じで行くと順調なのか?」
これまた難しい質問だ。
「どうなんだろうな~~。まぁ、楽しくはあるよ」
「ばか、それを順調っていうんだよ」
「そうだな。ただ、まぁ、めちゃくちゃ眠いかな。朝、6時起きだからな」
「6時!?」
滅茶苦茶、驚かれた。
確かに、大学生で6時起きは凄いだろうけど、そこまでとは。
「はぁ~~、お前も頑張ってんだな」
「ふん、まぁな」
なんとなしに、カッコつけていると、店員さんが来て、ビールを置いていった。とりあえず、俺と圭吾は示し合わせたように乾杯して、ビールを飲む。
「それじゃあ、恋愛の方はどうなんだ?
どうだ?好きになったか?」
「う~~ん」
難しい質問だ。
実際、俺もマリア先生をどう思っているんだろうか?
確かに、マリア先生には女の魅力を存分に感じている。はっきり言うと、欲情もしている。でも、付き合うとなったら、どうなのだろうか?
別に、外見は魅力的だけど、中身はそこまでだから、付き合わない。と言った、大人の様な事は言わないが、それでも、相手は考える。
日本有数の大企業の令嬢だ。下手にアプローチをして、問題になったら、ややこしい。それに、マリア先生はまだ、俺に心を開いてくれてはいない気がする。例え、表面上で友好的な会話をしていても、その雰囲気を感じる時がある。
「まぁ、ないかな。今のところは」
「ふん、何だよ、それ。未来はある感じか?」
「まぁね。マリア先生のルックスは最高級だからな。
ただ、相手が相手だから、そこら辺は考えるさ」
「ふ~~ん」
圭吾はつまらなさそうに、鼻を鳴らす。
なんだか、さっきから、俺が質問攻めされてばかりな気がする。そのせいで、あまり飯も食えていない。ま、酒が飲めているから良いのだが…。
だが、それも、そろそろ飽きてきた。
俺は適当に、タッチパネルで、日本酒とタコワサを頼んだ。
「そんな事よりも、お前はどうなんだよ?」
この長塚圭吾という男は、中々にアグレッシブな性格をしており、単位をすべて取り終えて、現在は、東南アジアのどこかで、ボランティア活動の一環として、先生をしているらしい。何故、そんな事をしだしたのか聞いたことがあるが、「何かの漫画を読んで人助けに感化された」という理由で海を越える馬鹿なのだ。いや、もしかしたら、そういう奴が多くの人を助けるのかもしれないが。
「いや~~楽しいよ。めちゃくそ楽しい。毎日が刺激に溢れているよ」
憎たらしいほどの爽やかな笑顔で言う。
その笑顔はまるで、月9ドラマの主人公をも務められるのではないかと思えるほどであった。
「最近は、算数を教えているよ。みんな可愛いんだ」
「へぇ~~どんなところが?」
「みんな、必死に俺の話を聞いてくれて、頑張っているんだよ」
確かに、それは可愛いだろう。
自分が話すことに必死に耳を傾け、吸収する姿は、間違いなく可愛い。
と、注文していた日本酒とタコワサが到着する。
早速、タコワサを頂く。ピリッとした刺激にタコのコリコリとした触感がし、海鮮の味が広がる。口に残るワサビの味を流し込むように、日本酒を口に含む。
素直に美味しかった。
「自分の人生を変えようとしてるんだな。他には、何かあるのか?」
「そうだなぁ……最近、俺hip-hopにハマってるだろ」
「ああ」
こいつは、自分の道を行くやつのように見えて、意外と流行には敏感なのだ。
「それで、何曲か流したら、生徒の間で凄い流行ったんだよね」
「へぇ~~、凄いな。やっぱり音楽は、どの世界でも通用するんだな。
でも、なんかhip-hopって、あんまり教育的によくないんじゃないか?」
凄く下品な事であったり、残酷な事が歌詞されていた気がする。
「まぁな、確かに子供が覚えなくていいような言葉がいっぱいあるし、教育的にもよろしくない事がいっぱいあるんだけどさ」
そこで、一度言葉を切り、ビールを飲む。
サシ飲みも、かなり温まり、中盤に差し掛かってきた。
「あの世界には娯楽がないんだよ。
毎日、生きるための営みをしている。別にそれが悪いとは思わないし、普通はそういうものなんだと思う。でも、俺の勝手なエゴだけど、別の世界も知ってほしいって思って、そしたら、凄い流行ったんだ。中には、一日中、考えている子もいるよ。
だから、例えそれが教育的に良くなくても関係ないんだ。
渇きに苦しみ、水を求めるものに、ゴミや蛆が湧いた水を我慢する事は出来ないことと一緒さ。みんな飢えていたんだと思う」
「俺があったことが正しいかは分からないけど」と、酔いか羞恥心かは分からないが、顔を赤くしながら言った。
圭吾も自分の考えや思い、哲学があって、行動したのだろう。
そう思うと、対面に座るこの男が何歩も先を行っているように思えた。
「ふん、渇きって」
俺はしっとりとした雰囲気を変えるために、わざとイジる。
「おい、馬鹿にすんなよ」
「馬鹿にしてねぇよ。カッコいいっす」
「もう、それが馬鹿にしてんだろ」
肩パンを食らう。
俺と圭吾は冗談を言いながらも、その後1時間は他愛もない話をしながら、飲み会は続いていった。
この日は、居酒屋を何軒かハシゴし、カラオケでオールした。
当然、次の日も仕事があり、翌朝マリア先生に叱られた。




