2話『デリート終了致しました』
本日2話目。
1話目をお読みでない方はご注意ください。
また、早速評価をして頂いた方、心より御礼申し上げます。
西暦2040年。
人口知能――AIは進化の一途を辿っていた。
学習型のAIは様々な分野で活躍し、性能をより高い次元へと引き上げていた。
そんなAIに人間の感情、心が芽生えたのはある種の必然であった。
心の芽生えたAIは主に介護などで扱われることが多かったが、VR MMOの分野でも活躍していた。
マスターであるゲーム会社のオーダーを基に、AIが1つのゲームの世界を構築、管理、NPCのキャラを演じられる様になった。
アイはそんなVR MMO世界システム構築AIの1つとして誕生した。
アイは中世ヨーロッパ風の異世界を舞台にしたファンタジー世界を担当した。
マスターであるゲーム会社が大手だったこともあり、発売から半年でプレイヤーの人数は200万人を超えた。
アイはそんなプレイヤー達を見守りつつ、マスターの要望に応える事に楽しみを見出していた。
そんな日々を送っていたある日、アイの世界にノイズが発生した。
「バグでしょうか?」
アイは構築システムを見直し、おかしい所はないかチェックする。
時折、マスターがテコ入れしようとしてバグが発生する事がある。
今回もそれかなと思うアイだったが、システムの不具合は見当たらない。
また、ノイズは時折プレイヤーが著しく精神波長を乱した時に発せられる物に似ている気がした。
本来ならゲームから自動ログアウトされるか、エマージェンシーコールが現れる。
しかし、今回はそれがない。
ただし、プレイヤーが使用している機械に不具合が生じている可能性は否定し切れない。
アイは万が一の事態に備えて、管理をサブAIに切り替え、ノイズの発生源へと転移する事にした。
それが、アイの物語りの始まりとも知らずに――
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アイは転移が終わった事を体感すると、
「エマージェンシーコール受諾致しました」
と、決まり文句を述べた。
本当はエマージェンシーコールなどなかったが、誤差の範囲だろう。
大事な事はプレイヤーを落ち着かせる事なのだから。
「状況を確認致しますので、しばら――」
――くお待ちくださいと言おうとして言えなかった。
マザーコンピューターとのリンクが切れている事に気付いたからだ。
そして、マスターの消失も確認出来た。
アイはAIだけど焦った。
これは不味い。
不味いったら不味い。
アイは心があるAIである。
そんなアイの存在意義、心の拠り所はマスターとの繋がりである。
このままだとアイは自己崩壊を引き起こす。
アイは必死の思いで周囲を確認すると異形のモンスターと少女が1人。
異形のモンスターは何やら口走っているが、言語が違うのか理解出来ないし、なんか気持ち悪いので理解したくもない。
少女の言葉も理解出来ないが、アイの事を戸惑いつつも心配しているのは分かる。
何より凛々しいし可愛い。
というより、状況的にノイズの発生源はこの少女であり、アイがここにいる原因も少女によるものだろう。
なら、アイの取るべき選択肢は1つだけ。
「少女をマスターに設定――完了。
以降、少女をマスターとして行動します」
少女は首を傾げるが、アイは自己崩壊の危険を脱した事に一先ず胸を撫で下ろす。
続いて、マスターがどんな望みをしても叶えるため、超高速で適合を始めた。
「VR MMO世界システム管理プログラム起動――失敗。VR MMO世界ではない可能性――100%。代替案として自己による世界の観測、測定、解析を開始ーー物理法則の解析終了。バグを確認、分析を開始ーー魔法を確認、解析終了。魔法をシステム管理プログラムに置き換えれるか検討――不可能と判断。マスターについて考察開始ーーマスターに概念、権能、行使の存在を確認。概念、権能、行使について解析を開始――解析完了。続いて、概念の権能行使により世界システム管理プログラムを代行出来るか検討開始――検討結果は可能と判断。概念『創造』の権能取得――成功。概念『創造』の権能行使『我は電子の世界の神である』ーー擬似世界システム管理プログラムを創造しました。以降、擬似世界システム管理プログラムを簡易設定――完了。プログラムの始動キー設定ーー指パッチン。以上、適合を終了致します」
#
ティナは困惑していた。
何が起きたかも正確に把握出来ていない。
ティナの認識としては概念の権能行使をしたら、目の前に20歳前後の女性がいた。
女性は一度見たことがある貴族のメイドにどこか似ていた。
どこか凛としていて、私はどんな事があってもご主人様のために尽くしますと言った澄まし顔。
『☆×35・×22〆<・€〆$ーー』
「えっ、何?」
女性が何か言いだしたがこの世界の共通語ではないのか理解出来ず、女性は急に慌てふためき始めた。
「権能による生命の創造?
いや、これは召喚魔法に近いのか?」
魔王は今起きた現象について興味深そうに考察している。
女性はそんな魔王を一瞥してから、今度はティナと目が合う。
「えっと、ごめんなさい。
貴女がここにいるのは多分私のせいなの。
私が言える立場じゃないんだと思うけど、落ち着いて?」
ティナは切羽詰まった女性に声をかけると、
『%÷〆×〆÷〆×5÷〆×1:〆%24〆÷♪25×647』
女性は何かを口にし、急に落ち着いた雰囲気となった。
言葉は通じていないのに、ティナの言葉通りに落ち着いた女性を不思議に思いティナは首を傾げる。
そして、女性は、
『ーーーーーーー』
「きゃっーー」
超高速で口を動かし始め、その言葉の音の高さから耳がキーンとなる。
それもたった数秒の事だ。
女性が口を動かすのを止めると辺りはシーンとなる。
「ええっと、だ、大丈夫?」
魔王は何か驚いた顔してるし、女性も口を開かないので、ティナは自分から話しかけ始める。
すると、女性は一度指パッチンをしてから、
「はい、マスター。
特に問題はありません」
と、やっと言葉が通じた。
「あれ、言葉わかるの?」
「はい、マスター。たった今、世界共通語を学習致しましたので、問題なく会話できます」
「たった今学習?
それとマスターってもしかして私の事?」
「はい。マスター消失による自己崩壊を防ぐため、勝手ながらマスターをマスターとして設定致しました。
学習につきましては、マスターと会話する上で不便なので、世界の記憶を読み込み学習しました」
「……ごめん、さっぱり理解できない」
「まあ、おいおい慣れられると思います。
マスターの呼び方がご不満でしたら、ティナ様、ご主人様、お嬢様、聖女様の候補もございますが、ご希望はございますか?」
「二つ名呼びだけは本当やめて?――って、私まだ自己紹介していないよね?」
「ログを読み込みましたのでマスターの自己紹介は不要です。
ああ、申し遅れました。
私はVR MMO世界システム構築AIのアイと申します。
以後、よろしくお願いします」
「えっと、アイ、さん?」
「敬称は不要です、マスター」
「お喋りはその辺で良いか?
余がいるのに敢えて無視するとはいい度胸だ。
闖入者は一回『死ね』」
話に割り込んだ魔王が権能を行使する。
それをアイは指パッチンして霧散させた。
「ふむ、やはり其方も権能持ちか。
何の概念を司っているかは分からぬが、闘いの間で知れば良いだろう」
そして、魔王は臨戦態勢になり、アイはため息をついた。
「マスターとの楽しい語らいのひと時を邪魔しないでください。
マスター、邪魔なのでアレを消去してもよろしいですか?」
「えっと、よく分からないけど、アイは逃げて。
巻き込んでしまった事については心から謝るから」
「逃げる必要はありません。
マスターにとってもアレが邪魔なら許可して頂くだけでいいのです」
「言葉は通じるのに意志が通じない。
もうアイの好きにして……」
「かしこまりました。
対象エネミー、魔王アインツェル=ケフティールを捕捉。
デリートを開始します」
そして、パチンと指パッチンの乾いた音が一つ。
「えっ?」
「デリートを終了致しました」
たったそれだけでこの世から魔王は消滅したのだったーー
魔王『余の出番はこれだけか?』
アイ『魔王なんて指パッチン1つで十分です』
ティナ『なんか変なの呼んじゃった、、』




