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1話『エマージェンシーコール受諾致しました』

 



 ティナは孤児だった。




 物心ついた時には既に親の名前や顔すら知らず、スラム街の一角にいた。


 孤児院なんて物はなく、その日の食糧も残飯漁りで食いつなぐ日々。


 犯罪に手を染め、中には体を売る子供達も中にはいたが、ティナが手を出す事はなかった。


 生きながら死ぬ事はしたくなかった。


 幸い、ティナは容姿に恵まれ愛嬌も良かった。


 残飯を漁る中で料理屋の主人達と仲良くなり、安定して食糧を得るようになった。


 中には10歳になって、条例で働いていい年齢になったら住み込みで働いてもいいと好意を見せてくれた店もあった。


 ティナはそんな人達に迷惑をかけないよう言葉を、文字を、常識を学んだ。


 と言っても学校や塾には通えないから、目立たぬ物陰から聞き耳を立て、気配を殺し、独学で学んだ。


 ティナが余裕を持って1日を生きれるようになった頃、ふとスラム街の子供達に目が行った。


 自分と同じ境遇の子供達。


 生まれや境遇が少し悪かっただけの子供達。


 それなのに街に住む人達とこんなに違うのは何故なのか?


 この世は弱肉強食で、こんな不幸はどこにでも転がっているだろう。


 だけど、それをすんなり受け入れるティナではなかった。


 ティナが感じていたのはふざけるなという憤りだった。




 不幸なら幸福になればいい。




 弱い者が生きれぬ世の中なら、弱い者でも助け合えば生きれる世の中にすればいい。




 そして、ティナは壮大な夢を抱いた。




 ティナは夢を叶えるために行動を開始した。


 まずスラム街の子供達に己の思想を、生きるための(すべ)を教え始めた。


 無論、残飯でスラムの子供達全員を賄える訳がない。


 数少ない残飯を幼い子供達に譲り、ティナは近くの山へと入る事にした。


 当然、山には野生の動物達がいる。


 10にも満たないティナだと、熊や猪どころか野犬と遭遇するだけで命を落とすだろう。


 山に入るのは危険だと親切な主人から忠告をもらったが、それでもティナは毎日山へと入った。


 山では独学する時に身につけた聞き耳や気配を殺す術が生きた。


 動物達を避け、危険を回避し、残飯で覚えた山菜を収穫した。


 収穫した山菜は料理屋の主人達に売り、その代わりに残飯以外の料理を持ち帰るようになった。


 それでも山菜だけでは子供達を養えない事に気づくと、ティナは動物達を狩る事にした。


 動物達の行動を覚え、罠を張り、動物達を狩り始めた。


 何度か罠にかからず、野犬と一騎打ちをしたがティナは素手で野犬すら狩った。


 ティナには魔法を使うための魔力がない。


 身体強化の魔法など当然扱えない。


 魔力がないのだから、魔法具すら扱えない。


 そもそも魔法具は高価なので、ティナが手に入れる事などあり得ない。


 それでも己の体の動かし方、敵の行動パターン、山での生き方を身につけ、毎日を懸命に生きてきたティナは権能に目覚め始めていた。


 この世に数多ある概念。


 世界の理の中にある概念を、魔法や物理法則すら無視して行使できる権能。


 本来、才能に恵まれた者が極限の修行の末に辿り着き、仙人へと至る境地。


 ティナは幼くしてその片鱗へと辿り着いていた。




 ぶっちゃければ、ティナは天才だったのである。




 ティナが働ける10歳になった頃。


 ユーリア大陸の東部に魔王が現れ、魔物が蔓延り始めた。


 幸い、ティナがいるのはユーリア大陸の西部に辺り、魔物による被害はなかった。


 しかし、魔王は瞬く間に大小様々な国を落とし、世界経済は極端に不安定になった。


 ティナがいる国でも軍備の強化や流通の不安定などかなりの影響があった。


 そんな経済では、料理屋の主人達もティナを雇う事が出来なくなった。


 悔し涙を浮かべ頭を下げる料理屋の主人達にティナは「気にしないで、いつもありがとう」と笑顔で応えた。


 そして、ティナはいつも通り白雛(はくすう)の子供達への元へと戻っていく。


 白雛の子供達はティナが名付けたスラム街の子供達の事だ。


 スラム街の子供達と蔑称で呼ぶ事は許さない。


 子供達はまだ何も知らない、飛び方すら知らない白い雛なのだからというティナの気持ちの現れでもあった。




 それからの数年は瞬く間に過ぎていった。


 白雛の子供達の何人かは一緒に山に入れるようになった。


 その中でもティナの信者と呼べるアリシアはティナに続き権能に目覚めた。


 白雛の子供の1人をスラム街のボスの一派が売ろうとして、逆にその一派を叩き潰した。


 その勢いでスラム街も手中に収めた。


 ある日、街の貴族に一目惚れされたが、気に食わなかったので断った。


 その貴族の親からスラム街を収めた腕を見込まれ、養女にならないかと声をかけられた。


 その際、「私には63人の弟と妹がいますが、弟達も養子に出来ますか?」と質問した所、無理だと言われたので断った。


 アリシアにその話を伝えた際に、貴族の目がいやらしかったとつい漏らしてしまった。


 翌日、貴族街に全裸で横たわる瀕死の貴族の姿があったと噂になった。


「褒めて、褒めて!」とアリシアを含めた何人かの子供達が目を輝かせていたので、頭を撫でつつ注意をした。


 数日後、貴族が軍を動かしてスラム街の粛清に乗り出した。


 けれど、国王が「この非常時に軍を動かすな、馬鹿者が!」とキレ、貴族を罷免した。


 ティナ、15歳の春。


 魔王はユーリア大陸の中央部まで征服し、その脅威は目の前まで迫っていた。


 #


「お姉様、行かれるのですか?」


「ええ、行くわ」


 ティナはアリシアからの問いにそう答える。


 行き先は討伐軍。


 自国の軍だけでは魔王や魔物の侵略に耐えきれず、国は国民から兵を徴収し始めた。


 無法地帯であるスラム街にはそこまで強制力はなかったものの、討伐軍の存在を知ったティナは志願を決意した。


「何もお姉様が行く必要はないかと思いますが?」


「そうかもね。

 ただ、私が行きたいの。

 魔物が侵略すれば、貴方達みたいな子供が増える。

 その現実を知りつつ、何もしないなんて出来ないわ」


「はぁ、やっぱりお姉様はお姉様ですね」


「ええ、私は私だから。

 アリシア、留守は頼んだわ」


「はい、お任せください。

 あっ、でも弟達へはキチンとお姉様が説明してから行ってくださいね?」


「えぇ、と、それもお願いしていい?」


「駄目です」


「どうしてもダメ?」


「可愛らしくお願いしても駄目なものは駄目です」


「そっかー」


 と、2人はやりとりを交わし、気づけば2人とも笑い出していた。


 #


 泣き叫ぶ子供達を宥めてから討伐軍に参加したティナの活躍は凄まじい物があった。


 ティナはスラム街からの参加者との事で、討伐軍の特攻役、捨て駒として魔物との最前線に配置された。


 その最前線でティナは目に付く魔物を殲滅し、また傷ついた兵士を癒して行った。


 当初、その戦果について、討伐軍の上層部は自分達の手柄としていた。


 しかし、ティナの躍進は留まる事を知らず、『戦乙女』、『聖女』、『勝利の女神』、『荒ぶる少女』と言った、本人に些か羞恥心を覚えさせる二つ名とともにティナの知名度は広まって行った。


 そして、魔物の侵攻が留まったのをキッカケに、各国から最大戦力が投入され、魔物達を押し返して行った。


 このまま魔王の脅威を退ける事が出来ると人々が希望を抱いた時、魔王は最前線へと舞い降りた。


 #


 最前線のベース地。


 戦士達が休憩を取っている時、最初に異変に気付いたのはティナだった。


「アハト! プロテクト!」


「はあ、どうした?」


 突然名前を呼ばれた魔導国の宮廷魔導師は首をかしげた。


「いいから早く!」


「お、おう、『プロテクト』」


 アハトが言われるまま防護魔法を張ると同時にその場に破壊の暴風が吹き荒れた。


「っーーーー」


「うおっ!」


 破壊の暴風はプロテクトをぶち壊し、暴風は容赦なく戦士達に襲いかかった。


 あちこちで悲鳴が溢れ、暴風が収まった時には屈強な戦士達の姿はなく、死屍累々となっていた。


 ティナは唇を噛み締め、


「概念『癒』の権能行使。

『傷ついた戦士達に癒しを与え給え』」


 己が持つ権能を行使する。


 戦士達を白い光が包み込み、たちまち戦士達の傷を治した。


 所々で『聖女様!』、『ティナ様!』と歓喜の声が上がるが、


「みんな逃げてください」


 当の本人であるティナはその声を無視して、撤退を促した。


「どうした、ティナ?

 てか、さっきのは一体何だ?」 


「アレは私じゃないと無理です。

 アハトも他の人と一緒に撤退してください」


「アレ?」


 アハトは疑問に思いながら、ティナが見つめる先を凝視してやっと気付いた。


 目が、意識が、認識が全力でソレを拒んでいた事に。


 等しく破壊と死の権化。


 ソレこそが人々が魔王という存在だと言う事に。


「概念『活』の権能行使。

『怯える小鳥達に羽ばたくための勇気を』」


 ティナが権能を行使して、そこでやっとアハトは呼吸を忘れ、精神が壊れ始めていた事に気付いた。


「す、すまん、助かった」


「いえ、お気になさらず。

 それより早く撤退してください」


「ああ、情けないがそうしよう。

 ……ティナはアレに勝てるのか?」


 アハトの問いにティナは苦笑して、


「アリシアに『後はよろしく』と伝えてください」


 と、答えた。


「……そうか」


 アハトはため息を漏らし、戦士達を引き連れ戦場を後にした。


 #


 その場から戦士達が撤退した後、


「さて、お待たせ致しました」


 ティナはソレに声をかけた。


「よい。

 有象無象を蹴散らすのは楽しいが、強き者との闘いに紛れるのは興醒めだからな」


「……先程から思ってましたが、意外に知性があるんですね」


「はっ、余を侮辱するか?

 一回『死ね』」


「いいえ、私は『生きます』」


 ソレから発せられた何かをティナは霧散させる。


「ふむ、キーワードによる権能の行使。

 差し詰め其方が司る概念は『生』

 先程見せた『癒』と『活』は概念の派生行使と言ったところか」


「それを言うなら、貴方が司る概念は『死』

 先程の暴風は『死』から派生する『破壊』を魔法の暴風に上乗せしたと言った所ですかね」


「ふっ、正解だ。

 褒美に余の名を教えてやろう。

 余の名はアインツェル=ケフティール。

 魔界の王なり」


「私の名はティナ。

 ただのティナ」


「ふむ、ティナか。

 その名、しかと覚えたぞ」


「別に覚えてくれなくて構いません。

 ――そろそろ行きます」


「ティナよ、命を賭してかかってくるがいい」


 その言葉を皮切りに両者は激突し始めた。


 #


『生』と『死』


 相反する概念を司る両者の激突は熾烈を極めた。


 魔王の攻撃をティナが防ぎ、余波で周囲の環境が壊れる。


 ティナも攻撃するが剣が闘いに耐えきれず、壊れる度に剣を『再生』させた。


 そして闘いの天秤は――魔王に傾いて行った。


 元よりティナは勝てる気がしていなかった。


 ティナにとってこの闘いは最初から時間稼ぎだった。


 戦士達を遠くへ逃がし、1人でも多く生き残らせるため。


 魔王を出来るだけ消耗させ、アリシアに望みを繋ぐための負け戦。


 それを魔王も薄々分かっているのか、


「ふはは、良い、良いぞ!

 ティナ、余をもっと楽しませろ!

 でないと先程の者達を直ちに殺しに行くぞ!」


 と、ティナを挑発した。


 権能の行使は精神を磨耗させる。


 精神を、心が折れない様、ティナは歯を食い縛り魔王の攻撃を捌いていった。


 そしてーー


 #


「はぁはぁ、概念『再生』の権能、行使。

『私に、もう一度、闘う力を』」


 幾百、幾千の攻防の末、ティナは折れた剣を再生しようとするが、剣は再生しなかった。


 派生した概念を行使するほどの精神力がティナにはもう残っていなかった。


 ティナは力尽き、膝を地面に着き、剣を手放した。


「ふむ、ここまでか。

 人間にしてはよくぞここまで余を楽しませた。

 最期に遺言を聞いてやろう」


 ティナを見下ろす魔王を前にして、ティナは瞳を閉じる。


 瞳を閉じれば思い浮かぶのは白雛の子供達。


 そして、精一杯駆け抜けてきた日々。


 万感の思いが胸中に溢れ、最後に胸に宿るのは幼い頃に抱いた――自分の夢。


「……死ね、ない」


「むっ?」


「私は、まだ、成し遂げて――ないっ!」


「ほぅ」


 拳を握り締め、


 膝に力を入れ、


 震えながらも立ち上がるティナを、


 魔王は心の中で賞賛した。


「それで、そこからどうする?」


 ティナにはもう派生する概念を行使出来る精神力は残っていない。


 逆に言えば、まだ司る『生』の権能は後1回ぐらいは行使出来た。


 故に、ティナは最期に思いを口にする。


「概念『生』の権能行使」





『生まれ落ちよ、産声を上げよ、人々に愛を、世界は幸福で満ちよ』





 ティナが心で願っていた事。


 その抽象的で権能の行使が難しい祈りは、


 物理法則を、魔法を、世界を超越し、





「エマージェンシーコール受諾致しました」





 この世に1体のAIを召喚させた。






??『あれ、私の出番はこれだけですか?』

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