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匂いにまつわるエトセトラ  作者: うたうたい
2/2

後編:洗濯用洗剤の彼

こんにちは

個人的にはこの後ハッピーエンドのつもりですがどうでしょう?

さて、お察しの通り、私には人の感情を読み取れるという少々厄介な能力がある。

自分に向けられる好意と悪意、正と負の感情を嗅ぎ分けるだけで精度は高くない。

いつからこの面倒な体質だったかというと、きっと生まれた時からだ。

とは言っても、産声上げた瞬間から「くんくん、ママンのいい香り」なんてやれたわけじゃない。


それでも、少なからずこの恩恵を受けて生きてきた。よく迷子になっては両親を慌てさせたものだが、毎度無事に帰ってこれたのはこの能力のおかげであるといえる。


ああ、ショッピングモールで大人の男たちに囲まれたことがあった。幼女を大の男たちが囲んでいるという絵面だけでも十分危険だが、このときは生ごみと肥溜めに頭から突っ込んだような匂いで、考える間もなくさっさと逃げ出した。

控えめにいうなら鼻が曲がりそうだった。小児性愛者の集団だったのだろうか・・・。



嗅ぎ分けているのは自分だけかもしれないと薄ぼんやり思ったのは、5歳か6歳の夏だ。

ある日突然、幼稚園に行きたくないと駄々をこねたらしい。子供心にも、大っぴらに公表しちゃいけない性質のものらしいと感じたようで、どうやって隠そうと悩んだ末の選択だった。・・・あまり覚えてはいないが。


「くさい人は危険、いい匂いの人は安全」

関わる人が増えるにつれ、匂いと言動の一致しない人も現れ混乱することもあったが、小学校の中学年ごろまでは、大体これで何とかなった。便利だなとすら思っていた。


いいことばかりじゃないなと気付いたのは11歳になったばかりの秋。

昨日まで遊んでいた子からいやな匂いがし始めた。どうしてと思う間もなく、近づくことすら困難になった。一週間のうちに、クラスからは腐臭しかしなくなった。

爽やかなレモンの香りも、優しいフローラルの香りも、なくなった。

唯一、雨上がりの土のにおいがする子と共に過ごすようになった。


世界が自分の思っているほど奇麗じゃないと気付けたのは良かったと思う。11歳なりの絶望と教訓から、中学生活はおおむね平和に過ごせた。

要は、スクールカーストの上位にいればいい。誰も私を脅かさない。常に意識し、心を削る生活でもあったから、高校選びは入念にしたし、勉強も必死にやった。


能力が無ければいいと思い始めたのは高校1年の夏。

初めて付き合った彼氏の匂いが日増しに強くなっていったとき、はじめてのことに動揺した。そして、恋人たちが二番目くらいにクリアするであろうイベントでやらかした。

むせ返るほどの好意は、手っ取り早く意識を飛ばすという選択を私にさせたのだった。


ほどほどが一番。

とどめを刺したのは、「赤は情熱の赤」と常日頃から元気にのたまう彼からは、洗濯用洗剤の香りがしていたこと。

「赤×洗濯用洗剤」の相乗効果は抜群で、洗濯槽に満たされた血の海で溺れるという夢までもれなくついてきた。

こうなれば、もう無理だ。何が無理ってすべてが無理だ。

後ろ髪ひかれながらも、お別れした。


本格的に能力を嫌い始めたのは、大学2年の冬。

20歳なりに今までになく好きになった人がいた。浜辺の陽に焼けた砂と、海の香りがする人だった。だんだんといい匂いがしなくなるのを止めたくて、必死だった

これさえなければ、小さな嘘にも、感情の変化にも気づかずに幸せなまま終われたかもしれない。

時間が必要だった。外界の匂いと、感情をタグ付けて落ち着ける時間が必要だと思えるくらいには、冷静だった。


その後はちょっとばかり荒れて、きっと世間一般からは多いであろう数の恋をした。

どれも終わり方は二通りだった。

いい匂いが強くなりすぎて、耐えられなくなるか、

相手からいい匂いがしなくなるか・・・



どちらにしろ、相手への申し訳なさと、少しの諦めが積み重なることに変わりはない。

私にとって、恋は時限爆弾と同じだ。

予告もなしにポンと弾けて、後悔と諦めを残し去っていく。


感情を嗅ぎ分けていますなんて言えないから、疲れた、か、飽きた、がお決まりの文句。相手からしたら、好意を注ぎ続けた彼女からそんなこと言われて、恨まない理由がない。

自棄になっていたこともあり、大学を卒業するころには、ちょっとばかり有名になっていたかもしれない。


4年の春には、ゼミメンバーの一人が派手に遊びまわっていると聞きつけた柚果に忠告された。このときは、まだ事情を話していなかったから危険人物だったろう。


最初の忠告から3か月、

「あんたいつまでそんなこと続けるの?」

脳裏にはビニールラップがパリっと張られるいい音がした。

いつも無臭のはずの柚果から、薄く桜餅の香りがしたのだ。興味本位でなく、真剣な表情で見つめる柚果を、信じられずに固まってしまった。


この子は違う。

耳障りのいい言葉で誤魔化したりしない。桜餅の香りは本物だ。

思ったことは隠さず言うし、多少厳しいことでもそれが本人のためならば迷わない。クール、冷たすぎる、いつも完璧、なんて周りに言われる柚果の桜餅の香り。

柚なのに桜だというのはちょっと意外だったが・・・・



もう恋愛なんてしなければいいと、何度も思った。

その度に、人並みの幸せを求めることの何がいけないの。と囁く声がする。

70億人いるんだもの、どこかに、一人くらいいてもいいじゃないか。

今度こそは、悪臭にもむせ返るような匂いにもならない人に会えたんじゃないかと、期待してしまうのだ。



「今度こそ・・・」

「うん?」

「今度こそ、会えるといいね」


ほら、甘い桜餅の香りがほんのちょっと強くなった。

おつきあいいただきありがとうございました

ボチボチ頑張ります。


2019/12/31 少しばかり改稿しました。

ハッピーエンド?かな?

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