ムネヒト騎士団加入フラグ(転)
王都守護騎士団という組織は大きく分けて三つに分かれている。
まず第一騎士団、そして第二騎士団、最後に王宮騎士団である。在籍する人数のみを騎士団の規模と定義するなら、最大の派閥は第一騎士団であり最小は第二騎士団だ。
王都守護騎士団の総本部は王宮敷地内に存在し、それはまた王宮騎士団の本部でもある。
そして第一騎士団本部は縦の大通り【バーティカル通り】沿いに、第二騎士団のそれは横の大通り【トラバース通り】に存在している。俺はその第二騎士団の本部に居た。
リリミカと喫茶店でブラジャー談義をし、牢の中でレスティアとエア乳揉みをした翌日、B地区に帰ることなく移送されてしまったのだ。
第二騎士団の本部は元々は旅宿だった木造の建物を改築、増築して再利用しているらしい。その為か談話室やバーラウンジ、宿泊用の個室が存在し旅籠として在りし日の名残を感じさせる。
俺はかつてのロビーらしき場所で、第二騎士団の団員達に引き合わされていた。
「――そういうわけで、彼が本日より第二騎士団で預かるハイヤ・ムネヒトだ。短い期間ではあるが目を掛けてやって欲しい」
メリーベルの簡潔な説明が終わると、皆の視線が俺に集まる。団員は三十代前後の壮年男性で構成されており、数はやがて二十名。
この場における女性は、俺の右斜め前にいるメリーベルとエリアナしかいない。副官であるレスティアは諸事情により自宅待機を命じられた。まあ諸事情というのは、勿論俺のせいだ。
皆、声にこそ出さないが品定めするような、もっというなら疑うような目が俺に巻きつく。
アカデミーで挨拶したときは(リリミカを除いて)悪感情こそ抱かれなかったが、今回は明らかに非友好的な雰囲気だった。
「この時期に更正団員だなんて、本気ですか副団長」
第一声を発したのは三十代半ばの男性だった。その顔には見覚えがある。俺がレスティアを背負いゴーレムと対峙した時に、彼女の身を最後まで案じていた男だ。
短く切りそろえられた明るい茶色の髪と、深い緑色の瞳。決して大柄とはいえないが、引き締まった体つきだと思われる。
「狩猟祭の準備で忙しいというのに、新入りの教育や監視などとてもじゃありませんが手が足りません」
嫌われているというよりは邪魔者扱いされている。狩猟祭とやらが近く開催されるため、その準備に忙しいようだ。慢性的な人材不足とは聞いていたが、どうやら本当らしい。
「アザンさんの言う通りっすよ! 狩猟祭が終わるまで牢にでぶち込んで置けば楽じゃないっすか!」
「俺もゴロシュの兄貴に賛成でさあ! 今回こそボンボンの連中に泡吹かせてやるって気張ってんのに、ガキのお守りなんてゴメンよ!」
最初に声を上げた男はアザンの意見に賛同して声を上げたのは、二人の男だ。歳はアザンよりは若く見える。二十代後半から三十代前半だろう、この中では若手の部類だ。
三人が意見したことにより、無言だった団体がドヨドヨとどよめきに包まれる。
「アザン、ゴロシュ、ドラワットお前たちの言いたい事も分かる」
メリーベルが三人の男を制し、場を静めた。
アザンの次に声を上げたのがゴロシュ。その男を兄貴と呼んだのがドラワットか。
二人とも短い金髪であり、ゴロシュは本人にとっての左側にギザギザの剃りこみがあり、ドラワットは右側にそれがある。
実際に兄弟か双子か何かなのか、顔も声も非常に似ている。髪型の差異が無ければ見分けられる自信が無い。
「無論、皆に負担をかけるつもりは無い。これまで通り狩猟祭の準備に従事してくれ。彼は副団長直轄の衛生兵として働いてもらう。つまり、面倒はこの私が預かる」
どよめきの内包する雰囲気が驚愕に変化した。
俺だって驚きだ。てっきり一番下っ端として雑用三昧だと勝手に思っていたからだ。
「元はといえば私が言い出したことだからな。ならばこの私が世話をするのが自然だろう」
「しかし! 副団長こそ多忙ではありませんか! それに万が一この男が狼藉にでも出れば……」
アザンの瞳が俺を射抜く。仕方の無いことだが、レスティアやメリーベルへの信頼の百分の一も俺には無いらしい。それとも、何か印象が悪い前情報でもあるのだろうか。
「そっすよ! アカデミーに通ってる近所のガキから聞いた話じゃ、そいつかなりヤバイ奴らしいっすよ!」
おっ?
「それ俺も知ってるぜ兄貴! とんでもない女っタラシだそうでさあ!」
えっ?
「俺が聞いた話じゃ、第三魔法科の女生徒は全員そいつのペットにされてるって聞いたっす!」
あの。
「次は第三騎士科の女をつけ狙っているって話でさあ!」
いや。
「……ハイヤ・ムネヒト、あの二人はそう言っているがそれは事実か?」
振り返るメリーベルの目には疑惑と不信が同配分で含まれていた。
慌てて首を振るのは勿論俺だ。
「違う! 根も葉もない言いがかりだ!!」
いったいどんな噂が立ってんだよ!?
二人の言葉を皮切りにあちらこちらから、聞きたくもなかった世評が花を咲かせて行く。
「女生徒の座った椅子を持ち帰りコレクションしてるってのも!?」
「それもこのハイヤ・ムネヒトの仕業らしいぞ!」
何フェチだ!? そんな事してねぇよ!
「夜な夜な生徒を保健室に連れ込んで、健康のためとか言ってヤラしい行為に勤しんでるのも!?」
「それもこのハイヤ・ムネヒトの仕業らしいぞ!」
ニアピンだけど、そんな事してねぇよ!
「一目でスリーサイズを見抜いて、すれ違い様に耳元で囁いくってのも!?」
「それもこのハイヤ・ムネヒトの仕業らしいぞ!」
俺が見抜けるのはバストサイズだけだし、そんな事してねぇよ!
「巨乳な友人のバストデータを十年間毎日書き溜めてるってのも!?」
「いや、それは確かリリ何とかって奴の仕業だ!」
何やってんだリリミカァ!
「いい加減にせんか貴様ら! 騎士が噂話に左右されてどうする!?」
副団長の大喝は、砂漠の熱風のようにゴシップの雑草を焼き尽くしてしまった。
「ともかくだ、この男は私が判断する。もし私に狼藉を働こうものなら、その時改めて処断すれば良い」
「し、しかし――」
「良いんじゃないの? メリーベルちゃんのやりたいようにさせてやろうぜ」
なおも異を唱えようとするアザンにどこからか待ったが入った。声の出所が分からず視線をさ迷わせるが、先にその本人が姿を見せる。
ラウンジに設置してあった古いソファから身を起こす人影がそれだ。無精ヒゲと、藁のような髪を雑に束ねた壮年の男は欠伸をかみ殺しながらノロノロ立ち上がった。年のころはバンズさんと同じ程度で、この中では最年長に見えた。
「ジョエルさん! 貴方またそんな所で……」
「いやゴメンゴメン。昨日夜更かししちゃってさ、ちゃんと聴いてたから勘弁してよ」
薄ら笑いを浮かべながらジョエルと呼ばれた男はアザンの隣に立ち、彼に肩を組む。
「アザンも分かってるだろ? メリーベルちゃんは言い出しちゃったら聞かないんだから、気にしすぎても禿げるだけよ?」
彼は妙に生温い息と意見を吹きかけると、アザンは露骨に顔をしかめた。
「酒臭ッ……ジョエルさん! しかし、彼は……」
「お前はしかしの虫かぁ? 肩の力を抜けっての。それに、ハイヤくんが噂通りの人物なら俺らの手に余る。万が一の場合、対抗できるのは団長か副団長のみだっての」
噂通り、か。先程までの噴飯物の風評ではなく、恐らくは俺が参加した戦闘の事を言っているのだろう。この中の何人が俺の事を知っているが分からないが、この一見くたびれた男は幾分かは知っているらしい。
「まずはちゃんと話しをしてみないと。お前らは本人の言い分も聞かないで、信頼できるかどうかが分かる能力でも有るのか? 俺にゃあ無いね」
「……――」
からかうような、しかしチクリとくる言葉だった。俺にもだが第二騎士団の男達にも刺さったらしく、皆一様に口を閉じてしまう。
「あっはっはっは! ま、のんびり行こうや! 十日間ってのは、仲良くなるにも敵対するにも充分な時間さ。出来ることなら仲良くなりたいけどね」
そう言って笑い、バシバシとアザンの肩を叩く。叩かれている方は不機嫌とはいかないまでも、まだ納得できないらしい。
ジョエルさんはニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべているが、茶色い目は俺を縫い付けたまま動かない。恐らくこの中で俺をもっとも警戒しているのは彼だ。
こういうキャラのお約束で、へらへらしているように見え人一倍思慮深い。軽薄ではなく軽薄を装っているのだ。
「……出来れば俺も仲良くしたいと思ってる。短い間だけど、どうか宜しくお願いします」
そう言って俺は頭を下げた。一からの、いや邪魔者扱いされているからマイナス好感度からのスタートだが、めげる訳にはいかない。俺の評判がそのままバンズさんやレスティアの評判に繋がる。
下手なことをするつもりは無いが、気を引き締めないと。
「おうよろしくな! ところで聞きたいんだけど……」
「へ?」
「あのサンリッシュ牧場の娘と、クノリ家の次女とで二股してるって噂もあるんだけど、それホント?」
……実は本当にただのヘラヘラしたおっさんなのかもしれないけど。
邪魔者扱いからアイドルに近づくストーカーへと昇進した俺は、皆の視線から逃れるのに苦労した。
モテモテだな、二人とも……。
閲覧、ブックマーク、評価、感想、誤字報告など誠にありがとうございます!
蒸し暑さがましてきました。もうじき梅雨でしょうか?




