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異世界でB地区の神様になったけど、誰にも言えない  作者: フカヒレさん
第三章 騎士道とは乳を護ることと見つけたり
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未来(おっぱい)を作る者たち(上)

 

 それから俺達はわざと道を逆に歩いたり回り道したりして、大通りに面した、しかし入り口は路地裏のほうにあるという作りの喫茶店に来ていた。

 見た目以上に重いドアを開けると、ちりんちりんと俺達の来店を告げる鈴が鳴る。


「いらっしゃいませ」


 その鈴の音と共に俺達を迎えたのは、カウンターに佇んでいる初老の男、おそらく店主だろう。ほとんど真っ白な頭髪と、立派な口髭を持つ60代前後の男性で、定規でも入ってるのかと思うくらい背筋が真っ直ぐだった。


 店主以外に人は居らず閑散としていたが、寂れているという印象は受けない。良質な木で出来た机や椅子は並べてあるだけで絵画にも見え、店全体が一つのアンティークのように感じた。

 俺とリリミカは一番奥のテーブル席、【トラバーズ通り】に面した窓際に腰を下ろす。主要道とはいえ、時間帯的か王都中央広場からかなり離れているからか、人の姿はまばらだ。


「ふーっ、これで大体の買い物は終わりね」


「だな。やっとコイツを下ろせる……」


 件の種袋を床に置き、ほっと一息して空腹に気付く。そういや昼食もまだだったな。

 リリミカも空腹だったらしく、軽食とコーヒーと紅茶を注文してから買ったものの整理を二人で行う。


「あっそうだ。これ渡しとくわね」


 リリミカはその途中で手を止め、今時は見なくなってしまったテレホンカードのようなものを俺に渡してくる。それが何か俺には予想が付いた。


「さんきゅ。手間かけて悪かったな」


 白磁の小さな板には俺の名前が刻まれてあり、裏には後見人バンズ・サンリッシュと書かれてあった。ポワトリア王国の無期限滞在許可証だ。


「いいわよこれくらい。でも、それしか用意できなかったわ。住民票となると、出身地とかまで調べないとならないから」


「むしろ助かったよ。俺ももう不用意に日本人なんて言うつもり無いし」


 クノリ家の始祖が日本からの召喚者という話は極一部のものにしか知らない情報だ。俺の存在を利用し、王国有数の大貴族に対する楔にするということが、無いとも限らない。


 冒険者登録程度なら出身地調査など必要ないが、王都における住民票の獲得となると容易ではないらしい。初めてミルシェと王都に足を運んだ時に警備が厳しいのは知っていた。

 クノリ家の権力を使えば可能だとは言っていたが、彼女らに要らぬ苦労は掛けたくないし、弱みになるような嘘を付くべきではない。

 特に王都民になる理由も無いし、今のまま牧場に住まう者で十分すぎる。


「いっそ、ムネヒト・フォン・クノリって改名すれば住民票も簡単なんだけどね」


「俺が貴族ってガラか? 役者不足も甚だしいって……。そもそも名前なんて変えられるのか?」


 許可証をポケットに入れながら、冗談めかしてそんなことを言うリリミカに苦笑いで返す。


「王都民ならタダとは言えないけど、割と簡単よ? 王都には色んな事情の人が集まってくるし、冒険者では意図的に偽名を名乗る者だって居るわ」


 へぇ……と頷き、先に運ばれてきたコーヒーを一口啜る。この世界の文明レベルを侮るワケではないが、例えば戸籍などという物が一般的とは考えづらい。

 それに冒険者をやるなら、なんとなく偽名でやってしまうという気持ちも分かる。謎の腕利き冒険者、正体は不明とか鉄板のカッコよさだ。


 もちろん、そんな不真面目な理由で偽名を使うヤツがいるかどうかは別だけど。


「話は変わるんだけどさ」


 紅茶のカップを受け皿に戻し、リリミカはそう切り出した。


「実はさ、ムネっちの力を借りたくて……迷惑じゃなければ良いんだけど……」


 彼女には珍しい歯切れの悪い言い方だ。


「水臭い事を言うなよ。俺に出来ることならなんだってしてやる」


 リリミカはぱっと眉を開く。


「そっか! じゃあハイこれ!」


 収納袋から何かを取り出し、反射的にそれを受け取ってしまう。


「おう、どれどれ――……」


 ブラジャーだった。


「……………………」


 手触りからして安物じゃない。色は白とピンクの中間で、カップの淵には花の刺繍があしらわれており、ワイヤーも内蔵されている。ホックの数は三つ、こんもり膨らんだ布は豊かな人向けを表していた。


「ちょ!? そんなに広げないでよ! 誰か見てたらどうすんの!?」


「だったらこんな所でこんなもの渡すなよ!」


 慌てて手を下ろし、一応辺りを見回す。


「……それ見てどう思う?」


 どうって……とりあえずはリリミカやミルシェのでは無い。理由は真逆だけど。


「言っとくけど、胸をチラチラ見てんのバレバレだからね」


「…………」


 気まずくて再びブラに目を落とす。


「F70だな……バストは93センチ前後ってとこか」


 FっていうのはもちろんFカップの事であり、70というのはアンダーバストのことである。

 ここのサイズが70±2.5センチ(67.5センチ~72.5センチ)であり、バストがFカップ、アンダーとトップとの差が約22.5センチ……つまり93センチ前後の女性用ということになる。見事な巨乳様だ。


「……凄い、ズバリ的中よ。サイズタグは付けて無いのに、よく分かったわね……。それとも、また妙なスキルでも使ったの?」


「いや、俺は一目でブラのサイズを見抜けるんだ。おまけに手に取れば間違えようもない」


「そ、そうなの……」


 しまった微妙に引かれてる。これは女性用ファッション雑誌を購入し、下着のページに付箋紙を貼って研究している所をクラスの女子に見られた時と同じだ。


 ピコン。

 このタイミングで本当にスキル解放!?


『乳分析』

 ・対象のバストデータを分析し、近くにある乳首の反応をマーカーする。(男は青、女は赤、人類以外は黄色)

 また任意の乳首を探索する。発動には条件あり。探索範囲は使用者のレベルに依る。

 ブラジャーの正確な情報を分析する(ショーツには使用不可)←(New)


【リリミカから渡されたブラジャー】

 規 格 F70

 材 質 上級魔伝綿20%、上級魔伝絹80%

 他材質 加工ミスリル

 備 考 『仮想自動調整機能』魔付加状態

 着用数 0回


(生々しいわ最後! どこで使うんだよこのスキル!?)


「どうしたの? なんか凄い顔してるけど……」


「あ、い、いや……その…………俺につけろと?」


 冷静さを欠いていたとはいえ、この返しは無い。


「なに? アンタ女性下着を装備するタイプのおっぱい王国民なの?」


「そういうお前は、人の居ない喫茶店でブラを渡すタイプの大貴族なのか?」


 マスターには悪いが、この店がガランとしていて良かった……。


「もちろん、女の子につけてもらう為に決まってるじゃない。これはクノリ家が経営しているランジェリー・ショップの新商品よ」


「へー……」


「でも欲しいならそれはあげるわ。ホックを外す練習にでも使えば?」


「余計なお世話だ!」


 自慢じゃないが俺は片手で、更に目隠しをした状態でも外すのに三秒も要らないぞ! 実践経験は皆無だがなァ!。


「ムネっちなら分かると思うけどさ、ブラジャーってとっても大事なのよ」


「もちろん知っている」


 乳房を護る最終防衛ライン、ブラジャー。胸を隠すのみならず、胸を支えたり形状を維持したりと女性にとって必要不可欠なマストアイテムだ。


 そして、時には男をその気に武器にもなる。俺もいわゆる勝負下着というエッチなのも好きだが、強いてどちらかと言えば過度にエロい下着より、日常に潜むエロさの方が好きだ。『今日はここまで脱ぐつもりじゃなかったのにー!』という女の子の不意を突く様な、可愛らしくも着飾らないようなブラだ。


「これは今までに無いシステムを組み込んだ画期的なブラよ。なんと、自分で持ち主に合わせて最適なサイズに変化するのよ」


「――なんだと……!?」


 あわやコーヒーカップを取り落とすところだった。


「布の関係からさすがにAからKまで網羅できるほどは無いけど、AからC、DからF位までならカバーできるの。更にカップも色んな形に合わせて自動で変化するわ」


 絶句だ。

 ブラジャーは初代クノリが日本から伝えたものだと聞いていたが、今やそのポテンシャルは既に元祖を上回っているのではないか。

 たとえば同じAカップといってもそれは勿論千差万別、一つとして同じおっぱいは無い。


 アンダーバストの差異、背の高い女子、低い女子、ふくよかな女子、華奢な女子などだけではなく、バストの形状も違う。云わばお椀型、釣鐘型、ロケットおっぱいなど、あえて人が命名した形状を用いるならそれほどの種類がある。


 更に言うなら人の体型は変わるのだ。成長、ダイエット、姿勢、気候などでも同じ人物ですら昨日と全く同じおっぱいではない。現にミルシェは初対面のときから1センチ成長したし、クノリ姉妹に関しては4センチも増量した。


 その変化全てに対応する下着などあるわけない。とはいっても常にオーダーメイドでブラを作成し続けるというのも現実的ではないだろう。


 だがそれを叶える物がこれだというのか。これはまさに、究極のブラジャーの一つだ。


「でも、それはまだ残念ながら試作品よ。実用化にはほど遠いわ」


「何か問題があるのか?」


「私達が目指すのは単にピッタリのブラジャーじゃない。サイズだけじゃない、可能性を……夢を叶えるブラジャーを作りたいの」


 リリミカは話してくれた。

 彼女が目指すのは今のバストに最適なブラジャーというより、身に付ける者にとって理想とするバストにピッタリの物。現在ではなく先を見越したブラジャー。

 それは矯正に似て非なるもの。彼女達のおっぱいの可能性を自然に引き出していく下着だ。


(――――不可能だ)


 成長の速度は個人差で違うだろうし、おっぱいの伸びしろだって人それぞれだ。ブラを作った事もつけたこと無い俺ですら、それくらいは分かる。


 けど、なんだ。この胸を打つ高揚感は。


「でも結局、出来たのは未完成の魔術付加のみ。それでも画期的なのには変わらないけど……」


「なるほど。この仮想自動調整機能ってやっぱり凄いんだな……」


「……――信じられない、そこまで見抜くなんて……仮想とはいえ、技術保全の為に分析妨害だってしてるのよ!? 中級魔術程度じゃ付加の有無すら判別できないのに!」


 青い瞳を目一杯見開き、称賛とも驚愕とも付かない声をあげるリリミカ。

 なんか、俺のしたかった異世界チートと違うなぁ……。


「机上の空論未満の絵空事よ。そんなの上手く行くわけない。今の体型に合わせるだけで一苦労なのに、明日の姿に合わせて進化するブラなんて、ありえない。私だって、本気で上手くいくなんて思ってなかったかもしれない」


 アンタと出逢うまでは、とリリミカは言った。


「お姉ちゃんや私のおっぱいは生まれ変わった。自分の身体だもの、この変化がとんでもないことだってのは分かる」


 癒せないはずの傷を癒し、バストの可能性を引き出す俺のスキル達。それは神の定めた摂理を覆す力だ。

 ならばその力は独占して良いのか? 文字通り俺の手の届く範囲のおっぱいだけ救えば良いのか? おっぱいに悩みを持つ乙女達は全て、俺に頭を下げて媚を売って、色、金、地位などの贅を尽して俺のご機嫌を取らなきゃならないのか?


 そうじゃないだろ。俺が歩むべきおっぱい道は、断じてそういう物じゃない。


「この開発に協力して欲しいの。勿論、報酬は支払うわ。それこそ、ムネっちの望むだ――キャッ!?」


 俺は無意識のうちにリリミカの手を掴んでいた。彼女の手は熱かったが、俺の手だって負けないくらい熱いだろう。


「報酬なんて要らない」


 俺は感動していた。自らに与えられた恩恵を、他の少女達にも与えようとするリリミカに。その高潔さに。


「ただ働きで良い! どうか、俺にも協力させてくれ!!」


 乙女達を護り共に成長し、そして導く、未来を創造するブラジャーを俺は創りたい。


「お前と俺なら出来る。いや、俺達にしかできない! やってやろうリリミカ!」


「――――ムネっち……!」


 これはまさにブラジャーのイノベーションだ。

 良かった……もしかしたら、俺が直接手を下さなくても女性達のおっぱいを護れるのかもしれない。彼女らはいずれ運命の相手と出会うのだから、無差別に触りまくるのは良くないだろう。


 でも、やっぱりおっぱいは触りたいなぁ……。

 そうだ。例えばブラ開発の為と言って合法的に揉んだりするのはどうだろう?


 ・


『試作品の付け心地はどうだ?』


『完璧! まるでノーブラのようなフィット感、羽を纏うような軽さよ! これなら行けるわ!』


『ははは、そうかそうか。だが、それは完全なブラでは無いんだよ』


『は? どゆこと?』


『俺の目指す物は……コイツさ!』


『きゃあっ!? ちょ、ムネ、ゃん!』


『この俺の手こそが究極のブラジャーなのだ! どんなサイズだろうが形だろうが完璧に護ってみせるぜ!』


『だ、だったらちゃんと隠しなさいよぉ……丸見えじゃないバカ……』


『おやコレは失礼。まあリリミカのなら、人差し指位でちょうど良いな』


『やぁ……せめて中指も使ってよ……一本だけじゃ、ちょっとはみ出しちゃう……あっ!? クリクリってしたらダメだってばぁ……』


『ぬーひひひ……』


 ・


「ちょっとアンタ、人様に出せないような顔してるんだけど大丈夫なの?」


「――ハッ」


 なんの話だっけ? 俺の魂をブラジャーに固定させるとかいう計画だっけ?


「ま、どうでも良いんだけどさ……手、いつまで繋いでんのよ……?」


「! わ、わるい」


 手を引っ込め二人して無言のまま数秒、中身の入っていないコーヒーカップを口に付けて傾かせる。


「おほん……よし、話は決まったな。じゃあ早速、見せてくれ」


「試作品はそれを含めごく僅かよ。でも見たいなら今からでもお店に――」


「違う。俺が見たいのはお前が今身に付けているブラジャーのことだ」


「……はぁ!?」


閲覧、ブックマーク、評価、感想、誤字報告など誠にありがとうございます!

ロボット掃除機買いました。働き者ですね

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