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異世界でB地区の神様になったけど、誰にも言えない  作者: フカヒレさん
第二章 アカデミーでは教えられない(乳の)話
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湯上りコミュニケーション

 

「ん――……?」


「良かった……気が付きましたか?」


 ゆっくり瞼を開けると、目の前にはこんもり双子の山がある。知ってるおっぱいだ。後頭部には温かく柔らかい枕がある。

 ぼんやりとした意識ではいまいち状況がつかめない。


「えっと……」


 どうやら休憩所らしい。窓は開け放たれ涼しい夜風が流れ込んでくる。


「強く頭を打ったみたいですから、気分が悪かったら直ぐに言ってくださいね?」


 山の向こうから覗くミルシェの顔を見たとき、混濁していた意識が急速に浮上するのを感じた。

 膝枕をされている。あの後気を失い、ミルシェに介抱されていたらしい。


「す、すまん! もう大丈夫だから!」


「まだ駄目です! 寝ててください!」


 起き上がろうとしたが額を押さえつけられ、俺の後頭部はミルシェの太ももに着地する。


「ホントに大丈夫だから……ほら、俺って凄い頑丈だし」


 未だ後頭部に疼くような鈍い痛みがあることはあるが、それも強いて言うなら程度だ。

 しかしミルシェは訴えを無視し、半ば湿ったままの俺の髪を撫でてくる。前回は無意識だったが今回は確実に分かってやっている。おのれ、恥かしい。


「……」


「……」


 風の波が休憩室の空気を三回ほど入れ替えた時、


「……ごめん」


 俺はようやく口を開いた。


「ミルシェのことを考えているつもりで、結局俺は俺のことしか考えていなかった」


 応えない。俺は黙って続けた。


「ミルシェの気持ちを無視してた。話さなきゃならないことも有ったってのに、それをしなかったのは俺だ。本当にごめん……」


 俺はもしかしたらミルシェを宝石か何かと勘違いしていたのかもしれない。財宝を箱に閉じ込めて鍵を掛けて、俺は厳しい顔で番人を気取っていた。なんて独りよがりの正義、独善だ。

 ミルシェが栗毛を左右に揺らす。


「謝らないといけないのは私です。ムネヒトさんが色々頑張っているのは知っていたのに、私は勝手に暴走しちゃって……は、恥かしいことまで……」


「いや、悪いのは俺だ」


「いいえ、私です」


「俺だ」


「私です」


 何度か自分の一人称を繰り返したところで、どちらからともなく笑いが零れた。


「じゃあお互い様ってことにしておきましょう? 私もムネヒトさんも、一緒にごめんなさいってことで」


「ああ、そうだな」


 鈴のなるようなミルシェの笑い声を聞きながら、俺はふぅっと短い安堵のため息をついた。その息が山彦のように跳ね返ってきたときは湯船での出来事を思い出し、顔に血が上る。


「それはともかくだなミルシェ……流石に裸で乱()してくるのはやりすぎだ。あやうく……んんっ! ともかく、けしからんぞ!」


 テンパりジジくさい説教になってしまった。


「それは……ごめんなさい……。私も、なんであんなことしたんでしょうか……はしたない姿というか……暴走というか……ご迷惑でしたよね?」


「……いやまあ、眼福ではあったな……」


「ムネヒトさんのエッチ!」


 エッチいただきました!


「勢いで酒なんて飲むからだ。未成年……二十歳未満の飲酒は体に良くないんだぞ? おまけにそのまま入浴なんてのはもっての他だ」


 十八歳未満のエロ本ほどじゃないが、二十歳になるまでお酒を一滴も飲まなかった者は恐らく少ないんじゃないだろうか? それこそ舐める程度なら結構な数になると思う。

 故にあまり強くは言えないが、まだ十六歳なのだから一応は注意しないと。


「へ? 私、お酒なんて飲んでないですよ?」


「いやだって、絵に描いたように酔ってたじゃないか」


「でも本当に飲んでないんです。確かにお酒の力を借りてしまおうかと少しは思いましたが……」


 嘘を付くような少女ではない。だったら一連の奇行はなんだったんだ?


「何故だか分かりませんが、後悔するくらいなら色々やっちゃえーって気分になって……そう思うとジッとできなくて……」


 謎の気分の高揚がミルシェの奇行の原因か。蔑ろにされ溜まっていたストレスが、リリミカの件で一気に発火したとすれば一応の説明は付くけど……。


「……ごめんなさい……」


 繰り返し謝罪してくるミルシェに、羞恥の微粒子が混在していることは俺でも分かった。冷静になり自分のしでかしたことを省みているのだろう。まともな貞操観念があって良かった。


「ミルシェが気にすることは無いって。喜びはしたけど(驚きはしたけど)


 正直言って極上の体験でした。実はありがとうって言いたい。


「ごめんなさい……本当に……その、ごめんなさい」


「いやだから大丈夫だって、それより湯冷めして風邪でも引いたら大変だ。早く家に……」


 そこまで言って気が付いた。ミルシェは髪を巻きつけたタオルに収め、あとは寝るだけの簡素な寝巻きを着ていた。俺は膝枕されて毛布を掛けられている。髪こそ半渇きだが服は着ていた。


「…………」


 そう着ているのである。丁寧に水滴を拭かれ、先日王都で購入した下着まで。


「……………………」


 呆然と顔をミルシェに向けると、彼女は赤い顔を軽く背けてごめんなさいと次の謝罪を紡いだ。謝罪と羞恥の種類を、俺は勘違いしていたらしい。

 視線を下に……仰向けの状態だから前に向ける。毛布に隠れたアレは温泉での一件が半ば尾を引いており、つまり――おやおや、野営の準備ですか? ってなっている。


「……………………」


「……ごめんなさい……その、()()()()()()()()()()……でも風邪を引いたら大変だし、気を失ってもいましたし……」


「……………………」


「あっ、あのっ! 牧場でも時々大きな毒蛇とかでますから! その度にマルやウメが踏んでやっつけちゃうんですけど……だから! ええと、見慣れてるんですっ! ……ってそれは違いますよね! あはははは……」


「……………………」


「あははは……」


「……………………生まれできでごめんなざい」


「そこまで!?」


 顔を隠し涙を見せないまま、俺は心の中でさめざめと泣いた。


 ・

 ・

 ・


「『聖脈』……それがここに……」


 隣のミルシェが呟く。俺は話し疲れた口を風呂上りの牛乳で癒している。

 休憩所にて俺達はタオルケットを肩から羽織り長机のような椅子、床几(しょうぎ)に腰を下ろしていた。

 俺はようやく立ち直り(深い意味はない)今まで話せないでいた諸事情を知る限り全て話した。隠していことを全て吐き出し、心境が軽くなるのを感じる。


「今のところ、この牧場を狙っているような奴は居なかった」


 少なくとも俺がアカデミーで見ている限りだが。


「けど油断は出来ない。ライジル達はあれだけ執拗に迫ってきたし、俺に気付いて警戒しているかもしれない」


 俺がこの世界に来る前からこの牧場を……ミルシェを狙っていた。サルテカイツとライジル達がかなり前から密約を結んでいたかは執事長の記憶にあった。


「ああ……だからムネヒトさん、私がクラスの男の子と話してると凄い顔で見てたんですね」


 いやそれもあるが、ミルシェの旦那候補に相応しいかを検分していたのが一番大きな理由なんだ……。


「牧場が狙われている……あまりピンと来ませんね……」


「『聖脈』の上で生活してるからと言っても、なんの実感ないしな」


 ミルシェにとっては牧場より自分自身を狙われた実感の方が強いだろうし、魔力のような物が地面の下を流れていてもその恩恵を顕著に感じたことが無い。見も蓋もない言い方をすれば本当にそんなものがあるのかと疑ってしまう。

 日本の有名な神社には地脈や龍脈などがあると言うが、あいにく俺はそういう霊感には疎い。たまに参拝に赴いたとしても霊力? など実感したことは皆無だ。

 とはいえ実際にパルゴア……正確には貴族を隠れ蓑にした『夜霞の徒』が狙ってきた実例がある。


「もしかしたら、ハナ達の牛乳が美味しいのも『聖脈』のおかげかもしれませんね」


「影響がないとは言い切れないけど、それは違うと思う」


 ミルシェの言うとおり『聖脈』の影響で牧草や湧き水に不思議な力が宿っているのかもしれないが、それが最大要因ではないだろう。

 ハナ達の牛乳が最高に美味しいのはミルシェ、バンズさん、ミルフィさん、ハナ達、そして今まで牧場で働いてきたサンリッシュに連なる人達の頑張りゆえに他ならない。

 きょとんと次の言葉を待つミルシェには恥かしくて言えないけども。

 ある意味では『聖脈』の恩恵を一番受けているのは俺だな。美味い牛乳を毎日これでもかって飲めるし、もしかしたらこの温泉もその影響で効能とか凄いのかもしれない。


「本当に『聖脈』があるとするなら、きっと色んな連中が欲しがるだろうな」


 リスク回避を一番の目的とするなら、王国に土地を返納してしまうか、いっそ売ってしまうというのも一つの手だ。狙われる心配もなくなるし、莫大な財産を約束されるだろう。

 しかし――。


「牧場を手放す気なんて無いんだろ?」


 ミルシェは黙って頷く。

 あるいはそれは合理的な判断とは言えない。理屈では無く感情の判断に他ならないからだ。


「俺もだ。ここは特別な場所だからな」


 バンズさんにもミルシェにとっても、そして俺にとってもそうだ。

 だからこそ弱味になりうる。バンズさんが言ったように、大切な牧場でもミルシェに代えられる訳が無いのだ。ミルシェだって仮にバンズさんを人質に取られてしまえば牧場を手放す選択をするだろう。

 逆に牧場を護るために自分の身を投げ出しかねない一面もある。それぞれが自身の優先度を最後に持ってくる考え方は、悪意の付け入る隙になってしまう。


 だがだからこそ俺が居る。ミルシェ達の優しさが弱さになるならば、俺はそれを護ろう。

 理屈でも利益でもなくこの牧場を護りたいと彼女らが願うなら、俺はそれを支持するだけだ。


「ねえムネヒトさん」


「ん?」


「さっきの話でも続きでもありますが……特別なのは、この場所だけですか?」


「まさか。ミルシェもバンズさんもハナ達も、俺にとっちゃ皆が特別だ」


 好きなものに優劣や順位を付けるのは苦手だ。大事なものはいくつ有ったって良い。

 おっぱいだって同じだ。まさか乳首のみが重要だというワケがない。周りの乳輪、鎖骨の下から膨らむ造形、肌、乳腺、ガイノイド脂肪、クーパー靭帯、谷間や下乳にできる影までもが重要なのだ。

 男の夢や希望は勿論だが、おっぱいには人生の大事な教訓も詰まっている。なんて素晴らしいのか。


「私()……ですか……」


 苦笑いを浮かべやや俯くミルシェに小さく胸が軋む。

 心苦しいが彼女の熱病が癒える気配は無い。俺個人の気持ちを言うなら、ミルシェのような子に一定以上の感情を向けられるのは嬉しい。男冥利に尽きるというヤツだ。

 だがやはり許容できん。

 例えば俺がミルシェの父親だとすれば、俺のような男にミルシェはやらん。


「ああ、何時か絶対にミルシェにとっての特別中の特別が現れる」


 多分それは俺じゃない。俺であってはならない。敢えて表現するなら、俺はミルシェにとってのAカップのブラジャーだ。彼女には彼女にあったサイズが存在するのだ。

 ミルシェがやや拗ねたように顔を此方に向けてくる。


「じゃあ私が……ムネヒトさんの言うような男の人とそういう関係になったら、祝福してくれますか?」


「そりゃあ、もちろん――……」


 言われ俺は想像してみる。

 イケメンで実力も経済力も有り性格も良くて、牧場の仕事にも積極的に関わってくれるような王子様のような男。

 そういう男がミルシェと手を繋いで何事かを楽しげに話している。そういう恋人としての時間を重ね、いつしか夜景の綺麗な場所で二人は見つめあい、やがて唇を――……。


「――ふふふっ!」


 俺を現実に引き戻したのはミルシェの笑い声だった。


「今はその表情だけで十分です」


「――――ぬぅ……」


 くすくすと笑顔を浮かべている彼女に対し、俺は俯いてしまった。見透かされたような気恥ずかしさが、憮然とした頬に火を灯す。ええい、クソ……俺はどんな顔してたんだ。確かめる方法など無いが、ミルシェの楽しそうな顔がどんな鏡より説得力がある。


「……髪まだ湿ってるじゃないか。どれ、拭いてやるからジッとしてろ」


「え? そんな、悪いですよ」


「良いから良いから」


 断ろうとするミルシェを制し乾いたタオルを手に彼女の後ろに回る。恥ずかしくて隣にいるのに耐えかねたからだ。ミルシェはそれに気付いたのか、含み笑いをしながらお願いしますと言ってきた。結局、俺の負け逃げじゃないか。


「……明日、リリとまた話してみます。このままじゃきっと良くありません」


 水気を吸って重くなった栗色の髪をほぐしていると、ふとミルシェが話し出した。


「そうか。俺も話さないとな……ミルシェとリリミカとレスティアと俺、皆が納得する結論はきっとある」


 微妙にシリアスチックだが、所詮おっぱいの話である。もちろん俺にとっては真面目な議題なのだけれど、第三者からはどう思われるかを全く察し得ないほど鈍感でもない。


「明日はアカデミーも休みですから、リリの家に行かないと……クノリ家のお屋敷は王都ありますし、ついでにお買い物とかもしたいですね」


「そうだな。じゃあ何か甘い物でも……ん?」


 栗毛のタオルの中で揉みながら視線を落とすと、ふとミルシェの首元に黒い点の様なものがことに気付いた。最初はホクロかと思ったが何か動いている。


「どうかしましたかぁ?」


「いや何か……ごめん、ちょっと動かないでくれ」


 異世界製の寄生虫か? おもむろに指を伸ばし摘んでみる。


「うおっ!?」


 チクリと刺す様な鋭い痛みと灼熱感、慌てて手を引っ込め指を見る。

 黒いミミズのような何かが俺の指でのたうち回り、やがてジュウと煙を出して消えてしまった。


「……変な虫だな」


 もはや手に残るのは僅かな灰のみで、それを息で吹き飛ばしながら呟いた。ミルシェのうなじを改めて見てみる。ダニとかならば噛まれた跡が残るものだが、そこにも何も無かった。


「やっぱ異世界(ここ)には妙な生き物がいたりするんだな。ミルシェ、いつ刺されたか覚えて……おい、どうした?」


 伝染病など体調不良があれば大変だと思い訊ねて見ると、彼女は俯いて応えようとしない。


「あの……ちょっと待ってください……えっと……そのぅ……」


 持っていたタオルに顔を埋め、くぐもった声を発した。垂れる髪から見える耳が異様なほど赤かった。


「きゅ、急に恥かしくなってきまして……ぁぁあ……うわぁー……ぅぅ……」


 くしゃくしゃにしたタオルから聞こえてくる声は弱弱しい。今更ながら自分のやった暴挙に理性が追いついたらしい。

 身体ごと小さく縮め、太ももと上半身でおっぱいを挟むようにミルシェは悶え続けた。


「やれやれ……」


 俺はやれやれ系主人公を気取りながら、ミルシェが落ち着くまで待った。脇の横からはみでた着衣乳をチラチラしながら、残りの牛乳を飲んでいたのは内緒だ。主人公にはほど遠い。


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面白いくらいに喉が痛いです。

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