怒った乙女は怖い(下)※
波がミルシェの接近を報せる。磁石の同極のように俺は離れた。
「……」
「……」
ミルシェが止まると俺も止まる。
「…………」
「…………」
ミルシェが近づくと俺は離れる。
「……なんで逃げるんですかぁ?」
「いやだって……」
恐怖を抱かずにはいられない。彼女にではない、俺自身に対してだ。
身に纏う物一切を脱ぎ捨たミルシェに対して冷静でいられる自信が無い。
だって生おっぱいだよ? そんなもの俺の前にぶら下げてみろ。猫にカツオ節、ムネヒトに乳だ。
最初この湯に入ったときミルシェと混浴する妄想をしたものだが、実際そのシチュエーションに陥るとヘタレてしまう。彼女を視界に収めることすら色んな意味で困難だった。
「とりあえず落ち着け! 娘さんが男の前に肌を晒すなんてのはな――」
「そんな言葉は聞き飽きました!」
強い語気に口を閉ざしてしまう。剣呑な光を目に湛えたままミルシェは、それに! と言葉を続ける。
「どうせリリの時もレスティア先生の時も最初はそんな事を言って、結局は押し切られたんでしょう!? 先生はどうか知りませんが、リリは押しが強いですもんねッ!」
「うぐ……」
図星だ。これは俺が受身の果てに招いた状況だ。いずれも彼女達の強い要望だったのは間違いないが、俺には正当な理由があったのか。そもそもおっぱいを触る正当な理由なんてあるのか。
強いてそれが有るのは、ハナ達の乳搾りをしているとき位だろう。
あの時二人が何を言っても、それこそ肌をさらけ出しても走ってその場から逃げれば追求は無かっただろうと思う。
では何故そうしなかったのか? 半裸の女性を置き去りにするのが躊躇われたから、話を最後まで聞くのがマナーだからと、後付の言い訳なんていくらでも出来る。
綺麗事を並べようと、俺は結局のところおっぱいを触りたかっただけだ。
「だ、だから……それは本当に悪かったと思ってる! 俺はもうこんな事――」
言おうとして、あまりに恥の多い台詞吐こうとしたことに気付く。
もう金輪際ミルシェと彼女達のおっぱいには触らないと誓って、誰が信じてくれる? いったい何度裏切った?
俺は三人も、誰にも触れられた事の無い乳房を欲望のままに汚してしまった。
何が世界中のおっぱいを護りたいだ。俺はとんでもない嘘吐きだ。
「――そうだ、うん、そうだよな……信じられないのは当然だ……」
「? 何を考えているか分かりませんが、別におっぱいを触ったこと自体を怒ってるんじゃないですよ」
「……え?」
思わずミルシェの顔を見る。琥珀色の瞳が妙な熱を――あれ? なんか変じゃね? ジト目というか据わってるというか……。
「確かにムネヒトさんが誰かとそういうことすると面白くありません。でも、私が一番面白くないのはソコじゃないんです」
なんかミルシェの今の目、見覚えがある。先日のB地区ログハウス完成飲み会で、酔っ払ったしまったバンズさんやモルブさん達の目に似ているような……。
「私の時は断固として拒み続けたのに! なんでリリ達にはあっけなく陥落いてるんですか!?」
飛んできたのはそんな抗議の言葉だった。かつてここまで怒った彼女を見たことが無い。
しかし明らかに正気じゃない。
「お、おい? お前まさか酒を……」
「お酒なんて呑んでません! ひっく!」
「ギャグみたいな酔い方してるじゃねーか!」
バンズさんが愛飲している麦の蒸留酒を思い出す。芳醇な琥珀色の液体が、そのままミルシェの目の色に思えてきた。
アルコール入れた後の入浴は危険なんだから止めとけって言うべきだったか!?
「さんざん! 恥かしいのを我慢して! 色々アピールしてたのに! なんでですかぁ!!」
「わぁっ馬鹿!? 立とうとするな! 見える見えるーッ!」
「知ったことじゃありませんッ! こうすればイチコロだって、教えてもらったんです!!」
「誰にだーッ!? 誰が何をミルシェに吹き込んでんだ!? くそったれグッジョブ!」
水しぶきと声を荒立たせた少女は、今や海の神ポセイドンだ。神の如き怒りと神の如きおっぱいを振りかざし、ばしゃばしゃ向かってくる。
完全に目を瞑り更に手で覆い、俺は後ずさる。乳の気配が迫ってくる。
「待った待った! 冷静じゃないなら尚更駄目だ! 後で絶対後悔するぞ!?」
悪酔いで突っ走りいい結果を得るなど、例外中の例外だ。
「やらずに後悔するより、やって後悔するべきです!」
「後悔するのが確実なんだから止めろって言ってるんだ!」
「やって後悔するくらいなら、盛大にやらかして大後悔します! ムネヒトさんも私と一緒に後悔してください!! 死なばもろともー!」
「物騒ー!?」
こりゃあかん。戦術的撤退だ。
「いったん風呂から上がってから話し合おう! そうしよう、それが良い!」
俺は遂にほうほうの体で逃げ出した。別にどこが痛いという訳でもないが、察してもらいたい。
そこで俺は愚を犯した。攻勢盛んな敵に対し――ミルシェは敵じゃないが――背を向けてしまった。
「逃がしません!!」
「ぎゃーーーー!?」
腰辺りにお湯と質量が衝突する。あわや転倒するところだったが、何とか耐えられた。しかし精神面に受けた衝撃は肉体の比ではない。
(抱き着かれたーッ!?)
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おっぱいと密着中
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再び警告を頂いてしまいました。皆様にはご迷惑を御掛けして誠に申し訳御座いません。




