大きくなりたいのです
「……は、話が全く分からないんだけど……」
半裸のレスティアから目を反らし状況整理に努める。とりあえず、今まで起きたことを時系列で整理してみよう。
ポーションを作ってるとノーラからエロ小説を受け取った。ミルシェとそれを音読していると、入ってきたレスティアに胸を触ってと懇願される。
いや何一つ分からん。状況を整理しても気持ちは整理されない。
「とりあえず前を隠して、まずは何故そんなことを言うか教えてくれないか?」
「……はい」
レスティアは言われたとおり素直に従う。シャツの合わせを閉じるだけでボタンを留めないところに、艶かしさを感じるがそれは仕方ない。
「単刀直入に言います……私の胸を大きくしてください」
「はい?」
やがて口を開いた彼女の弁は、俺の困惑を深くするだけだった。
「見ての通り、私はその……小さいです……」
恥かしそうに消え入りそうな声で呟く。俺は思わず腕に隠された胸に視線を投げた。
起伏など僅かに――というより、パッドの為に本来より大きめのシャツを来ているからか、ほとんど見受けられない。
巨乳というカテゴリーはおろか、平均にも届いていないだろう。有り体に言えば貧乳というヤツだ。勿論、俺はちっぱいも愛してる。
「ハイヤさんには胸を大きくする力があります! そう思ったからこそ、こうして恥じを偲んでお願いしているのです! どうかお願いします!」
「いろいろおかしいだろ!? 俺にそんな力なんて無いから!」
ばっと、頭を下げる代わりに閉じていたシャツの合わせを露出狂よろしく開く。再び露わになる年上の女性の肌に顔に血が上る。手で顔を覆いつつも古典的に指の隙間から遠慮がちにみることを忘れない。
「いいえ、私には確信があります! ニホン人に揉んでもらえれば、胸は大きくなると祖先が言い残しているのです!」
「またご先祖様か!? もうちょっと役立つこと言い残せよって……ちょっと待ってくれ。今、日本人と言ったか?」
その言い方だと、日本という言葉を知っているみたいじゃないか?
「……はい、確かに言いました。それともニッポンと言う方がお好みですか?」
「――!」
俺にしては珍しく胸から視線も意識も外し、レスティアの青の瞳を真っ直ぐ見つめた。彼女もまた俺の目を真っ直ぐ見つめている。根拠は無いが、嘘など付いていないと直感する。
「答えから申し上げましょう……クノリ家の始祖は、ニホン人だと言われています」
今度こそ俺は驚愕した。そんな馬鹿なと一笑に伏すには、あまりに衝撃が大きい。俺こそ日本人で生きるの証人なのだから、嘘だなどという事は出来ない。
「――始祖は当時見たことも聞いたことも無い技術や理論を以って、人の世を大いに発展させたと言い伝えられています。その時の功績が称えられ、王国で最も古い貴族の一人になったとも」
「本当……なのか?」
「はるか大昔、それこそ建国当時の話ですから正式な記録などは残っては居ませんが……。もしあったとしても、家名を高めるための示威行為としか私は思わなかったでしょう」
何と言っていいか分からない俺にレスティアは昔話を聞かせてくる。その異世界人がもたらした物は数多く、主なものにトイレや冷蔵庫、製紙技術に、数学、バストカップの基準制定、ブラジャーなどがあるらしい。どれもこれも凄いが特に最後の方に関してはブラボーと叫びたい。
「正直、私は信じていませんでした。異世界からやってきた異邦人が私達の祖先なんて、とてもとても……ですが、そのニホンから来たという貴方が現れました」
思い出になりつつあるファーストコンタクト、あの時の面接を思い出す。俺が日本出身だと言ったときのレスティアの顔は疑わしげなものだった。だがそれは知らない土地だったからでは無く、知っていたからこそあの表情だったのか。
「最初はソレも信じることは出来ず、むしろ怪しいと思いました。あるいはクノリ家の正当な子孫と嘯いて、莫大な遺産を狙ってきた者とすら疑いました」
なるほど、疑うのは当然かもしれない。ミルシェもバンズさんも、あるいは街の人でも日本という国を知らなかった。仮にクノリ家に深く関わる者にしか知られていない情報だとすれば、その言葉は信憑性を帯び、悪用される可能性もある。
口振りから察するに、クノリ家は俺の想像より遥かに大きな貴族なのだろう。そしてそれに近づく不躾な輩が多かったことも予想できる。
色々な苦労があったんだろうなと、先輩異世界召喚者やクノリ姉妹に心のうちで敬礼を送る。
「祖先の残した逸話の一つに、周りは全て胸の豊かな女性で溢れていたといいます」
それが事実かどうかは置いておくとして、つまり周りの女の子のおっぱいを揉みまくって育てたという事は伝承になってしまうほどの公認だったということ。つまりハーレム的なアレだったということだ。実にけしからん、羨ましくなどない、本当だ、嘘じゃない。
「じゃあ、なんでその疑わしい俺を本物の日本人と信じる気になったんだ?」
レスティアの中では俺はまだ信頼に足る人物かどうかを見定めている途中だと思っていた。
それをいろいろすっ飛ばし胸を触って大きくしてくれなんて、信頼以前の問題だと思う。
「まず最初の根拠として、貴方にはミルシェさんの胸を大きくしたという実績があります。彼女の成長速度では102センチを突破するにはあと一ヶ月は掛かるだろうと、リリミカと話し合っていたのです」
「お前らミルシェのおっぱい見すぎだろ!」
エロ談義で盛り上がる男子高校生かよ!
「その成長曲線が急激に変化した原因は貴方にあると仮説を立てました。ならば後は検証するだけです」
検証て。
「第二の理由に貴方は私の偽装を見抜いたことがあります。日本人には、一目で胸を鑑定できる能力があると言い伝えられています。不本意な場面ではありましたが、ハイヤさんはそれを証明してみせました」
ご先祖様と俺のせいで日本への風評被害が止まらない。
「それに、私はまだ貴方を完全には信頼していません。ですが少なくとも、私の胸を大きくすることが出来たのならハイヤさんがニホン人であることは証明できます」
「そんな人種判別方法聞いたこと無いんだけど!?」
「だから、そう。これは私個人の願望と職務を同時にまっとう出来る極めて効率のいい方法なのです! さあ、早く私を本物の巨乳女教師にしてください!」
「偽者っていう自覚はあったんだな!」
「今更どの胸下げて皆の前に姿を晒せますか! 私だって女の端くれです! 自前の胸で羨望を集めたいのです! もうその時になって、ガッカリした顔を見たくなんて無いのよ!」
「なんだと……!?」
その時とはつまり、メイクラヴってヤツだろう。恋人同士の愛を確かめ合う瞬間に相手の男はレスティアを脱がした上で、ガッカリなんて顔をしやがったのか!?
俺なんてまだ……そんな段階はおろか、キスだってまだ……! だというのにッ!
「そんな男と付き合うのなんて止めちまえ! というか俺がボコボコにしてやる!」
「あ、いえ……今のは先日みた夢の話で……」
「被害妄想じゃねえか!」
怒って損したわ!
「もう貴方だけが頼りなんです! 十代前半の頃から現在まで、常識を逸脱しない程度に巨乳パッドを年々新調するのはもう嫌なんです!」
「気の長い話だな! その忍耐強さはなんなんだ!?」
「ハイヤさんが本物のニホン人なら、彼女がしたように周りの女性全てに谷間を授けて下さい!」
「しかもそのご先祖様て女かよ!?」
「貴方に、共同浴場で人目を避けながらパッド解除するの惨めさや『ママーっあのお姉ちゃん背中におっぱいがあるー』って幼女に言われる気持ちが分かりますか!?」
「とんでもなくツラい話だが、分かるワケないだろ!」
「乳首はどっちが前かの目印じゃないんです! 胸の在りかを示す灯台なんかじゃ無いんですッ!」
「落ち着けって!」
「私だって、私だって! 『ふぅ……いいお湯ね……ん? もうっ……そんなにじっと見られたら照れちゃうわ。仕方ないじゃない、こんなに大きいと浮いちゃうんだもの。ふふふ、顔が真っ赤よ? ね、触ってみたい? ……うん、良いわよ貴方なら。でも優しくね? ……あっ、そっそこは!? デリケートなんだから……ぁんっ……ダメだったら……はぁ、はぁ……もぅ……ガッツき過ぎよバカぁ……』ってやってみたいんです!」
「意外に俗っぽいな!? だから落ち着けって!!」
どれほど思い詰めていたのか、興奮し涙目になるレスティアを必死のツッコミで宥める俺。
なんかもう彼女の真面目で仕事の出来るイメージに、極度の貧乳コンプレックスという払拭しきれない属性が付与されてしまった。キャラ崩壊が凄まじい。
とはいえ、俺はレスティアの力になりたいと思ってる。貧乳の女子が自らのスタイルを気にするのは現実でもアニメでも良くある話だし、おっぱいで悩める乙女を助けるというのは俺の異世界アイデンティティーにも関わる。
まあ、ぶっちゃけおっぱい触りたいし。
「正直にいうなら協力するのはやぶさかでは無いけど、他に手段はないのか? 男に揉んで大きくして貰うとか、ほとんど最終手段だと思うんだが……」
向こうが言い出したこととはいえ、本来俺達はそういう間柄じゃない。俺の理想は『アナタに触って欲しいの……』『お任せあれ!』という触って嬉しい触られて嬉しいのWIN-WINの関係なのだ。
「…………」
レスティアは口を閉じたまま、どこからか古びた本を何冊か取り出しそれを黙って俺に差し出してくる。またエロ小説じゃないだろうな、と内心警戒しながらそれらを受け取った。
『最高のおっぱいのつくり方』
『№1グラビアアイドルが語る、愛されバストの秘訣』
『男を骨抜きにする胸を目指して』
『ザ・グレートチブサ』
わーお……。
「私がなんの研鑽を積んでいないとお思いですか……?」
「俺が悪かった……」
悲しげに言ってくるレスティアに謝るしか出来ない。古びた本には幾つも付箋があり、文章に赤線を引いている所も何箇所もあった。一回二回読破したくらいじゃこうはならない。
「それは初代クノリがニホンより持ち込んだ本を王国語に写し直した物で、クノリ家に伝わる遺産の一つです」
「育乳本が遺産か……いろいろ凄かったんだな、クノリ家のご先祖様……」
日本人が大昔に実在したという割と重大な事実が明らかになったというのに、話の内容のせいでいまいち真剣になれない。もっとこう別の場面で聞きたかったなぁ……。
「改めてお願いします! どうか、ハイヤさんの力で私に希望を与えて下さい……具体的には胸囲を下さい!」
勢いよく頭を下げるレスティア。年上の、しかも半裸の女性に頭を下げられ俺は心底困ってしまった。多分、日本人が揉んだらってのはガセだろう。
もしかしたら初代クノリには胸を大きくするスキルなんてのも持っていたかも知れないし、だとすれば当時はあながち嘘では無かった可能性もある。
では俺には不可能か? という問いにも即断出来ない。なまじ俺は乳首の神なのだから、もしかしたらという希望もある。実はアイデアも無いことはない。
俺は絶対に成功できるとも、絶対に失敗するとも言えない微妙な立ち位置にいるのだ。
「もし駄目でも貴方を恨むことはしません。ハイヤさんで不可能なら諦めます。諦めてパッド教師を続けます」
「パッドは諦めないんだ……」
コンプレックスというより執念とすら思ってしまう。かくもおっぱいとは人をここまで……。
「協力してくだされば団長にもブルファルトにも、貴方が信頼できる人物だと報告しておきますから!」
「あー! 卑怯だぞ!? 足元見やがって!」
「私は胸元を見せたのでおあいこです!」
「レスティアは自分から脱いだんじゃないか!」
「お願いします! 少しで良いんです! それこそ先っちょだけでも……!」
「そこが一番アウトだろうが!」
踏ん切りのつかない俺と、ぐいぐい迫ってくるレスティア。普段からストレスが溜まっていたのか、誰にも相談できなかったであろう反動からか、彼女の勢いには気圧される。
「分かった! 出来る限りの協力はするから! お互い冷静になろう!」
観念した俺に、レスティアは見てわかる程に表情を明るくする。先ほどのミルシェの時といい、どうにも俺は押しに弱い。ノーと言えない異世界人だ。
「ありがとうございます……! これで……大きくなれるかもしれません!」
まあ、レスティアが嬉しそうだしいっか。
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