第三魔法科にて(下)
リリミカの言った言葉が脳内でリフレインされる。
決闘だって!? 定番イベントじゃないか! ついに俺も異世界で美少女に決闘を申し込まれるまでになったか……。
でも理由が友人のおっぱいって……いや待てよ? 着替え中や入浴中に乱入されたり、ラッキースケベにあったヒロインが主人公に挑む例もあったハズ。
つまり俺も伝統を踏襲している訳だ。
「何を言ってるのリリミカ!?」
「私に任せてミルシェ! 貴女の屈辱は私が晴らすわ! さあ、どうなのハイヤ・ムネヒト!」
「――……」
なおも抗議するミルシェを無視し、剣と剣のごとき眼光を向けるリリミカ。気がつけば、水を打ったような静寂が第三魔法科を占めていた。ミルシェすら反論は耳に届かないと悟って、リリミカと俺を交互に見つめてくる。
俺は内心嬉しさを覚えていた。
彼女の動機は単純だ。ミルシェを思うが故の暴走、義憤だ。友達のために本気で怒れる存在が、ミルシェの友達で嬉しい。パルゴアのような奴ばかりでないと知り救われた心地だ。
「断る!!」
それはともかく、決闘の申し出をを受けるかどうかは別の話だが。
「よく言ったわ! じゃあ今日の放課後、第三棟中庭で……って断るんかい!?」
異世界初のノリツッコミだ。
「そうだ! 何故なら俺は、お前に決闘を申し込まれるようなことはしていない!」
負けたらアカデミーをクビどころか国外追放なんてリスクが大きすぎる。まだバンズさんの頼みも完遂していないし、ミルシェのことも気になる。B地区だって開発途上なんだ。
「どの口が言うのよ!? アンタはミルシェに酷いことをしたんじゃないの!? それとも触ってないって言い逃れをするつもり!?」
「いや確かに俺はミルシェのおっぱいを触った! 俺には勿体ないほどの素晴らしい経験だった!!」
リリミカの、そしてミルシェの顔も赤くなる。さっきから赤かったのだが、人が頬を染めるバリエーションも中々に多い。
ついに開き直ったかと、どよめきが再び誕生する。
言い逃れなどするものか。この俺がおっぱいに対し嘘をなどあり得ん。見てないよ、とか誤魔化したり隠したりはするけど。それはそれ。
それでも触らせて貰ったことを、無かったというほど不誠実じゃない。
俺の手を、指を受け入れてくれた女とそのおっぱい様に失礼だ。
不器用で融通の効かない主張かもしれないが、誇らしくおっぱいが好きと言える生き方を俺は多く知らない。
「罰を求めるなら甘んじて受けよう。友人の為に激怒するお前に敬意も払おう。だが俺は、少なくともミルシェ(のおっぱい)を蔑ろになんてしちゃいない!」
「――……」
依然として睨む力は強力だが、リリミカに理性の色が戻る。俺を断罪するべき人物かどうかを見定めているようだ。
仮に俺が欲望のままミルシェに襲いかかるようなゲスだとしたら、決闘なんて手段はとるまい。罰を与えるつもりなら別の方法もあるはず。少なくとも俺ならそうする、というかそうした。
それを抜きにしても、俺はこの少女にシンパシーを感じていた。そしてそれはこのリリミカも同じで、俺に自分と似たような気配を感じていたのだろう。だから断罪では無く決闘を選んだ。
リリミカもまた、ミルシェとそのおっぱいを護る者だ。
「そう……そういう事を言うの……」
一つ息をつき、しかし剣は下ろさない。
「じゃあ決闘の理由を変えるわ。私はアンタがミルシェの体に触れるのに相応しかったかどうかを、見定めなきゃいけないの」
それは、
「ずっと今まで、ミルシェ(とおっぱい)の横に立っていた者の責務よ」
リリミカはいわば俺の先輩だ。二ヶ月程度の俺と何年も一緒だったリリミカ。彼女の言うずっとには重みがある。ずっとミルシェ(とおっぱい)を見守ってきたのだ。
それを横からやってきた俺を無視など出来よう筈も無い。
「彼女の親友として、貴方に決闘を申し込む」
私怨じゃない。ミルシェの為に立つ気高い少女だ。
「――分かった。受けよう」
俺を卑劣漢として扱う決闘はお断りだ。だがミルシェの為、おっぱいの為なら断れない。
こうなるのは必定。譲れないモノのあるおっぱい好き同士が出逢ってしまったのだ。
最早言葉は不要。実力を以て俺のおっぱい道を彼女に証明するのみ。
「な、なんで――? なんでこうなるの……?」
渦中のミルシェは声を震わせ、俺とリリミカを交互に見つめてくる。すまんミルシェ、俺達ってば馬鹿なんだ。
「ちょい待ちー」
そこで、というか、ようやく口を挟んだのはノーラ担任だ。
カンとパイプ煙草で机を一つ鳴らし、リリミカを見る。
「いくらクノリ家の令嬢でも、決闘の勝敗でクビとか国外追放とかは勘弁してくれよー」
「ええ、その話は無しです。代わりに――」
俺を見て、ミルシェを見て言う。
「私が勝ったら、もう金輪際ミルシェのおっぱいに触らないで」
「……――わかった」
心臓が跳ねる。ああ、多分これは恐怖だ。もしかしたらという未来が、完全に潰えるかもしれないという恐れ。
「貴方が勝ったら……――私のおっぱいを触らせてあげる」
「分かった。俺が勝ったらお前の……はあ!?」
瞠目しリリミカを見つめ返す。皆の視線も同様に集まる。正気か!?
「ミルシェのおっぱいを理由に決闘を申し込むのだから、私のも差し出さないとフェアじゃないでしょ?」
事も無げに、いや若干恥ずかしそうに言ってのける。
「……それとも、やっぱり私のじゃおっぱい不足?」
堂々と張っていた胸を俺の目から逃れるように僅かに横に逸らした。その仕草に不覚にもキュンとしつつ、迷わず首を横に振るう。
「大きさにこそ差異はあれど、本来おっぱいに貴賤など無い。その人にしか無い魅力だって当然ある」
左右のおっぱいでも差があるんだ。人と違うなんて当たり前の事、つまりみんな違ってみんな良い。
「俺はお前のも好きだぞ」
「――ッ!」
間違いなくセクハラ発言だがサラッと言えたのは本心だからだ。剣先が一瞬、震える。
教師の後ろでレスティアが俺を見ていた。睨むでは無く形容しがたい目だ。彼女の瞳は何を思う? この成り行きか? それとも……。
むしろ睨んでいるのは、この教室で最大のバストを誇る少女だ。やばいミルシェが超怖い。
「『決闘証明』!」
不意にリリミカが叫ぶと、俺との間に出現するものがある。太陽を鏡で反射したような光が収束し、一枚の紙面が宙に浮く。
細部に違いはあるが見覚えのある真っ白な紙、牧場の土地の証明書としてバンズさんが保管している物だ。
それに今、確かに『証明』と言った。王家秘伝の術を……?
「……それは王族にしか使えない魔術じゃないのか?」
詳しいんだと、リリミカは少し驚いて呟いた。
「確かにそうよ。でも私は王族じゃない」
「……? どういうことだ……?」
「この魔術を開発したのが私のご先祖様で、王家御抱えの宮廷魔術士だったのよ」
合点がいった。つまり王家とは別に開発した本家が存在したのか。
おっぱいが膨張するとか言っているだけじゃ無かったんだ。いや別の先祖って可能性もあるか。
「さあ手をかざして。それで契約は完了」
「ね、ねぇリリ、本気なの?」
ミルシェが問うまでもなく彼女は本気だ。いや最初から本気だったな。
息を吐き右手を前へ。彼女も剣を鞘に戻し、右手を前へ突きだした。ふよふよ『証明』の紙は空中を泳ぎ、ちょうど等間隔の中間へ。
「リリミカ・フォン・クノリ、決闘受諾。敗北の際には胸を触らせる」
「灰屋 宗人、決闘受諾。敗北したらミルシェ・サンリッシュの胸に金輪際触らない」
リリミカに倣い、見よう見まねで宣誓する。
『証明』に見えないペンが走るように文字が生まれていく。最後に王国語でリリミカの名前と、俺の名前が記載され完成した。
「私の『証明』に絶対の拘束力は無いわ。一方的に破棄した場合は、精々一ヶ月間腹痛頭痛に悩まされる程度よ」
「その忠告は蛇足だ。俺が(おっぱいに対しての)約束を破るとでも?」
「言うじゃない、放課後までに(ミルシェのおっぱいへ)別れの挨拶でもしてたら?」
「お前こそ、(乳)首を洗って待ってろ」
「ふふふっ……」
「はははっ……」
教室の喧騒もどこか遠い、俺とリリミカは既に別の空間にあるかのような心地だった。
「…………もしかして、私の方がおかしいのかな……」
釈然としないミルシェの呟きもどこか遠かった。
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