第三魔法科にて(上)
アカデミーは高等部から大きく三つの専門分野に分かれる。
魔法科、騎士科、商業科の三種だ。
さらにそれぞれ三クラスまで設けられている。つまり一学年合計九クラスだ。
第一クラスはまさにその分野のエキスパート。選りすぐりの秀才天才が集まり切磋琢磨しあうクラスだ。魔法科の例では、大学院へ進学し宮廷魔術士になったものの大半がここの卒業生だ。
第二クラスは進学、編入の難易度こそ第一クラスに劣るが、全体的に優秀な人物が多い。卒業後は進学と就職が半々で、将来国の専門職の中核となる人物を多く輩出している。
第三クラスは基礎習得を主な目的とし、日常レベルでの応用を目指すクラスだ。専門分野での活躍が無い訳ではないが、第一、第二と比べるとその熟練度は一歩譲る。
俺は最後の、第三魔法科の教壇に立っていた。
「えーっ、という訳で本日からこのクラスの副担任をすることになったハイヤ先生だ。だいたいは保健室にいるだろうから、何かあったらソコに行け」
微妙に気だるげに俺の紹介を行うのは、ノーラというこのクラスの担任だ。
良く見ればかなりの美人なのだが、だらしのない服の着こなしとやる気の無さが面に表れており、火の無いパイプ煙草をくわえている。
ちなみに歳は26。バストはEだ。とても良い。
「じゃあハイヤ先生に挨拶でもしてもらおーか。先生、こっちへ」
促されて教壇の中央へ。
約三十人の男女の瞳が向けられ微妙に気おされる。どれも物珍しげな瞳で見てくる。
その中で俺を知っているミルシェの目と、教室の後ろの方で控えているレスティア、そして先ほどの恐ろしい少女リリミカの目の光がこの場での例外だ。というか本当に誰だこの子? 親の仇を見るように俺を見てくるんだけど。
「えっと、灰屋 宗人といいます。非常勤なので常に皆さんの近くにいるとは限りませんが、俺……私にできることがあるなら出来る限り力になります。短い間かもしれませんが、よろしくお願いします」
定型文みたいな自己紹介を行い軽く頭を下げると、まばらな拍手が聞こえてくる。
「よし、じゃあハイヤ先生に何か質問のある人は居ないかー? 趣味、休日の過ごし方、初恋、恋人の有無など気になる奴は何でも訊いてー」
この質問もそれ以外も織り込み済みなので、ただ返答するだけではなく小粋なジョークを交えての返答もできる。
自信作は初恋の話。幼稚園の保母さん(巨乳)から始まり、恐竜でオチをつける所など爆笑間違いない。
「はい!」
真っ直ぐ右手を上げたのは例の恐ろしい少女、リリミカだった。
「ほいクノリ、一番乗りだな」
ノーラが彼女を立たせる。
クノリが姓なのか。ん? クノリって確か、レスティアの……。
「第三魔法科クラス長、リリミカ・フォン・クノリです。ハイヤ先生に伺いたいことがあります」
確かにレスティアの姓と一致する。この姓が王国で非常にメジャーな名前で無ければ、血縁か関係者と考えるのが普通だ。
そういえば髪の色と目の色と胸のサイズがそっくり。顔立ちも纏う雰囲気こそ違えど似ている。レスティアは鋭利な、リリミカは対照的に活発な印象だ。
「ああ、なんでもいいよ」
俺は先生と呼ばれちょっと照れくささを覚えながら、彼女の質問を促す。
教師になろうと思ったことはないが、学級を受け持つ先生ってのはこんな気分なんだろうか。新鮮な緊張に身が引き締まる。今から授業を始めます、ってね。
「貴方ですよね? ミルシェ・サンリッシュさんのおっぱ……胸を触ったのは?」
「ぶふぉっ!?」
学級崩壊やないか!
「ちょ、ちょっとリリ!?」
にわかにざわつく教室に顔を赤らめるミルシェ。
「げほげほげほ! い、いきなり何を言うんだ!?」
いきなりとんでもない質問を断定的にぶつけた少女は、やや前のめりに構えている。
「とぼけないで! アンタがミルシェの胸を揉みしだいたんでしょ!!」
質問ではなく弾劾が始まった。いかん全くの想定外だ。親の仇ではなく乳の仇だった。
「し、質問の意味が分かりませんねぇ……何を証拠に言っているのですか?」
つい名探偵に追い詰められた犯人みたいな言い逃れをしてしまう。ドラマなら自白も同然だ。
「他ならぬ私には分かるの! ほとんど毎日彼女の胸に抱きついている私には! あの時、ミルシェのおっぱいから男のニオイがしたのよ!」
「誤解を招く言い方は止めろーッ!」
「それに、あの日を境に一センチは成長している! 女の子の胸は興奮すると最大25%は膨張するって私のご先祖様が残した話にあるもの!」
「なんでお前のご先祖様そんなこと言い残したんだよ!?」
いよいよ教室は騒がしい。席の前後で内緒話が始まるし、早くも男子からは恨みの視線が飛んで来る。
後ろのレスティアさんも何もいわず俺を睨んでくるし、となりの担任ノーラはニヤニヤしながら俺を見てる。
助けなど無い。俺は世界に取り残されてしまった。
「いい加減にしてよリリ!!」
暴走少女を迎撃すべく立ち上がったのは顔を真っ赤にさせたサンリッシュの牧場娘、ミルシェだ。
怒り心頭の様子。そりゃあそうだ、こんな衆目の中自分のおっぱいの話題なんてされたくないだろう。
「ムネヒトさ、先生を責めるような言い方しないで! それに私のむ、胸を触ったって……!」
「だってあんな事があった後じゃん! コイツがあのクソ野郎と違うなんて保証無いんだよ!」
あの男とは多分パルゴアの事だろう。どうやら、このリリミカはミルシェの身に何が降りかかったのかを知っているらしい。
なるほど、友人を傷つけた男がいた以上冷静ではいられないのも分かる。分かるが、ちょっと待って欲しい。
「ムネヒト先生はパルゴアさんとは違うよ! それにあの時は……」
「あの時!? やっぱ触られたんじゃん!」
ミルシェのあっ、という顔。ギロとリリミカの目は俺を射殺さんばかりだ。クラス中の援護射撃も続く。
「クソルテカイツのせいで、深く傷ついたミルシェにつけこんで強引に……この卑怯者ーッ!!」
怒りのあまり、真っ赤な顔にうっすら涙を浮かべている。完全に俺が悪者です。
「違う、本当に違うったら! お願いだから話を聞いてよリリー!!」
「何よ! 何が違うっていうのよ!?」
なおも燃え盛る炎のごときリリミカを鎮火すべく懸命に立ち向かうミルシェ。その顔も火のように真っ赤だ。
「ムネヒト先生は強引にでも弱味につけこんでもしてない! あ……あの時、あの時は……!」
「あの時は!?」
「あの時は私の方から触って貰ったの!!」
「はぁぁぁああっ!?」
火に油だった。
「えっ!? はぁ!? どーいうこと!? ミルシェから触らせたの!?」
リリミカもクラスも大爆発である。女子からはキャー、男子からはギャー。
「ぁあぅ……そっ、そうだよ! どうぞ、って言って……! だからムネヒトさんは悪くないもん!!」
言ってしまった後で開き直ったのか、その抗議の声はもはや叫び声だ。おいおい俺の命は一つしか無いんだぜ? そんなに墓穴を量産しなくていいんだぜ?
「じゃあ何!? ミルシェはアイツに『私のこの大きなおっぱい、好きにモミモミペロペロちゅうちゅうして下しゃいっ』って言ったの!?」
「そんな言い方してないし! ぺ、ペロペロちゅうちゅうもされてないからっ!!」
「モミモミはされたってことじゃんかーッ! ウワァァァァン!!」
リリミカは頭を抱えて泣き叫び、ミルシェは胸を抱えオロオロしだし、クラスの女子は黄色い声で騒ぐ者と俺を非難する者に二分される。男子に至っては憎悪の対象であり、「死ねー!」とか「てめぇぶっ殺す!」とか怒号をぶつけてくる者もいる。
地獄絵図だ。なんかもう一周回って逆に冷静になってきた。早く帰ってハナのおっぱい搾りたいなー。
「許せないわ! よくもっ……! ハイヤ・ムネヒトッ!!」
「は、はいっ!」
リリミカは腰に下げていたレイピアのような細い剣を抜き放ち、俺の眉間辺りを剣の延長線で貫く。一瞬此処まで続くんじゃないかという迫力があった。
「貴方に決闘を申し込むわ! 私が勝ったらアカデミーから……いいえ、この国から出ていけ!」
「はいぃ!?」
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鍋の美味しい時期になりました




