アカデミーへ行こう
「いってきまーす」
「おう」
朝飯を終え俺とバンズさんが仕事の続きに戻る頃、ミルシェはアカデミーへ向かう。短いぶっきらぼうな返事がバンズさんらしい。
「バンズさん次は何しましょうか?」
「おいおい、もう終わったのか? なら干し草を倉庫に運んでくれ」
「あ、それもさっきついでに終わらせておきました」
「何ぃ? 生意気な、すっかり板につきやがって!」
大笑いしながらバンズさんそう言う。
酪農の仕事もだいぶ慣れてきたという実感がある。
更にスキル『乳深度』のお陰で、体力筋力など以前とは桁が違う。とはいえ今はオフにしているので、基本は俺の身体能力が格段程度に強化されている程度だ。
それでも仕事の能率が上がったのは間違いない。
そしてもう一つのスキル。
休憩時間に誰も見ていないことを確認しナイフを取り出す。
このスキルは『乳深度』と同様、半ばパッシブで発揮されるので普段は意識して抑えている。
俺は胸の内でスイッチを切り替えるように、このスキルを全開にする。
「ふっ――!」
そのまま逆手に持ったナイフを、逆の腕に突き刺した。
ギン、と金属同士がぶつかる音がする。俺の腕にはカスリ傷一つない
「俺には過ぎたスキルだよな……」
ナイフの刺さらなかった腕をさする。普通の肌の感触なのに不思議だ。
『不壊乳膜』
・防御力の向上。乳分泌液、または乳首を通過した乳を浴びることにより発現。膜の強度は乳深度に依り、膜が複数の場合は効果が累乗される。
つまり牛乳を浴びれば浴びるほど強化される防御系のスキルだ。
鎧など着なくても恐ろしく頑強なので、いっそ裸の方が服が傷つかない以上お徳なのでは? と思ってしまう。
おっぱい王国民にはもったいないスキルだ。
だが、このスキルだって完全無欠じゃない。
しかし両乳首を同時に攻撃された場合、効果は081秒間失われる。
口に出したくも無い弱点だ。
無敵とか不死身とか言えば、有名どころではジークフリートやアキレウス。
ジークフリートは竜の血を浴び不死身となったというが、背中に貼り付いていた一枚の葉の為にそこだけ血がかからず、弱点となった。
アキレウスは人体にもあるアキレス腱の語源にもなったことで、非常に有名な弱点といえるだろう。
でも俺は乳首。嘘みたい。
俺は右乳首を強く抓る、なんともない。左も強く抓る、やはりなんともない。両方同時に強く抓る。
「おふぅん!」
なんか変な声でたし。
『不壊乳膜』効果解除。復旧まであと80……79……78……。
そこで指をそっとナイフの刃にあて、引いてみる。
「……いッて」
チカッとした痛みと共に、赤い線が生まれる。
はぁ……と、ため息をつく。
「カッコわりぃ……」
伝説の大英雄達の弱点はなんか格好いいのに……俺は乳首。
背中でもアキレス腱でもなく……俺は乳首。
「まあ、乳首のみ無敵の防御力とかじゃないだけマシか……」
頑丈な乳首を利用する方法なんて思い付かない。
残りのスキルは『奪司分乳』と『索乳』だ。
使用条件は厳しいが、あの時はこのスキルに大いに助けられた。対象から必要と思われる記憶を検索、奪取し任意の対象に分配する。奪える物は現在は経験値、体力、記憶だ。
ただ記憶を閲覧し奪うだけでは俺には定着しない。簡単に言うなら記憶をメモリーカードとして持ち歩き、ダウンロードしてようやく身につくというところか。
あの時奪った記憶のうち、王国の一般的な常識や王国語などは自らに分配し残りは捨てた。
パルゴア達の思い出なんか残しておきたくないという非常に個人的な理由と、下手に取り込み人格に影響があっては困るという真面目な理由からだ。
出来ればこのスキルも練習したいのだが、記憶などは扱いに困る。一部の経験値などを俺に振り分けはしたが、いまいち実感が無い。
ステータス画面に数字で表示されれば分かりやすいのだが……俺のステータスは当てにならない。
さて、スキルの考察はここまでにして次はハナ達と新入りの乳搾りだ。
気を取り直し、バケツ片手にすっかり日常風景の一部となった新牛舎へ入る。
・
・
・
やがて手際よく牛達のミルクを保存用の缶に納めた後、最後にハナのもとへ。
「よし、ハナ。今日もいいか?」
モーゥ
彼女の了承? を聴き俺はハナの乳首に手を伸ばす。
そして普通の搾乳をしながら、俺は色々なスキルの確認を行っていく。乳房に触っているときのみというのが前提条件ばかりのスキルなので、こうしながらだとスムーズに練習できる。
今後の為に、彼を知り己を知れば……ってのは大昔から言われている事だ。
もちろんハナを苦しめるつもりなど皆無なので、使うスキルは自然『乳治癒』などに限られてくる。
青白い光がハナの巨大な乳房を包み、日常に自然蓄えた疲れや傷を癒しながらスキルの鍛錬を行う。
牛特有の病気を予防、初期症状ならすぐに治療できる。
彼女らのストレス発散やミルクの出を良くするという一石二鳥だ。
実際ハナの肌つやが良くなってきたし、ミルクの味も更に深い味わいになってきたとミルシェもバンズさんも言っていた。
こうやってハナにだけ練習に付き合ってもらっているが、いずれは他の牛達にも応用していきたい。
それはともかく、留まることを知らないミルクの勢いに調子づいてきた。
「よしよし、いいぞ~ハナ……おっぱいの勢いが増したじゃないか~……もっと出すのだ~……」
モーゥ
「ここか? この力加減が良いのか? くくく、凄い勢いじゃないか……お前も好きだな……」
モーゥ……
「可愛いヤツめ。恥ずかしがらなくてもいいんだぞ? お前のおっぱいの事、俺はよく分かってるからな~」
モ、モーゥ
「ようし、こっちの乳首もタップリ気持ちよくしてやるぜぇ……しかも両手を使ってなぁ……!」
モーッ
「あー、ムネヒト?」
ぎゃーーーーーー!?
「バババババンズさん!? どどどうしたんですか!?」
「いや、ちょっとお前に話っつーか、相談っつーか……」
バツの悪そうに頭を掻きながら、遠慮がちな視線を送ってくる。
「仕事に熱中すんのはいいことだよな、うん。都合が悪いなら後にするが――」
「大丈夫です! お話を伺いましょう!」
あぶねぇ! ハナが変なスキルを使われてると思われては余計な心配をかけてしまう。でも心配そうな目は俺を見てる。どのみち良くない。
「そうか? よし、実は相談ってのはなお前に行って貰いたい所があってだな……」
行って貰いたい場所? 特別な配達だろうか?
「ムネヒト、アカデミーに行ってみねぇか?」
提案された場所は俺の予想のしていない場所だった。
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急に冷え込みました。コタツが恋しいです




