エピローグ2
「わりぃ、ちょっと来てくんねぇか?」
あの夜からやがて二週間が経ち新牛舎の輪郭がハッキリしだした頃、俺はバンズさんに呼ばれた。
「お前に見せたいもんがあってな。ミルシェ、お前もちょっと来な」
言われるままついて行くと牧場の奥、古びた柵の隅までやって来た。ここはかつて、やんちゃなマルが壊した所なので一部継ぎ目が目立つ。
「……あれ?」
違和感を覚えたのはその時だ。ここは柵の行き止まり、つまり牧場の隅のはず。
しかし記憶にあるものとは違い、古びた柵から真新しい木材が等間隔に追加延長されている。
「もっとこっちだ、まだまだ止まるなよ」
仲良く首を傾げる俺達をニヤニヤしながら催促し、バンズさんはズンズン先へ進んでいく。
大股で歩くバンズさんに追い付くため、俺らのミルシェもやや早足で柵の向こうだった場所を進む。
「牧場の向こう側とか来たこと無かったけど、こっちも同じように広がってたんですね」
「整備したのはニ~三日前だがな、昔はここも使ってだったんだよ」
そう言われて、かつてサンリッシュの牧場はもっと大きかったと聞いた事を思い出す。
つまりここから先はその時のものだ。
「さあ、着いたぞ」
俺達が足を止めたのはほぼ同時だ。視線も同じ方を向いている。見慣れない新しいログハウスが静かに佇んでいた。
樹木の形をそのまま活かした外壁や、やや細長い奥行きをした形状。二階建てで恐らくは屋根裏部屋を備えている、ちょっとした旅宿としても使えそうな規模だ。
「おとーさん、あれって?」
どうやらミルシェも知らないらしい。
「住み込みの従業員達が居たことは前にも話しただろ? その時に使っていた建物を改築……いやもうほとんど新築だな。再利用して作ったのさ」
へえー……と、俺もミルシェもそんな声を漏らした。ミルシェが産まれる頃には、バンズさんとミルシェとミルフィさんの三人になっていたらしいから、彼女が覚えていなくても不思議じゃない。
時々バンズさんと職人達が居ないと思ったら、こんな物作ってたのか。牛舎を建てる合間にこんなものまで建てるのだから、凄いやら呆れるやら……。
「でだ、ムネヒト」
「はい?」
「あれをお前にやる」
「……はい?」
あれとはつまり、バンズさんの指差すログハウスであって――。
「「ええええー!?」」
俺もミルシェも飛び上がる。時間差で本体においついたミルシェパイを尻目に、声を張らずにはいられない。
「あれって、ええ!? あの家をですか!? いやいやいやいや!」
「ん? 家じゃねぇぞ」
「ちょっもう、驚かさないで下さいよ! やるって言っても、あの家の一部屋ってオチでしょう!? いやそれでも破格というか何というか」
「あれと、ここの土地ごとだ」
「「ええええええええー!?」」
なに言ってんだこの人! 土地をやると言ったか!?
「ずっと考えていたことだ。お前に礼を返すには何をしたもんかなってな」
あんぐり開いた口が塞がらない。状況に着いていけず、酸欠の金魚にとり憑かれたかの様になってしまう。
それでも話すのに必要な酸素は得られた。
「だ、が、だ、駄目です! そんなの受け取れませんよ!」
「何だ嫌か? じゃあ仕方ねぇ、売って金にするからそれをお前に……」
「違っ、嫌とかじゃなくて! いくら何でも大袈裟過ぎって言いたいんですよ!」
まるで、武勲を立てた武将が領地を賜ったみたいな……戦国時代かよ!
「しかし他にお前にやれるもんなんて無ぇ。賠償金もほとんど使っちまったしな」
「またしばらく置いてくれるって、言ってくれただけで十分ですって! それ以上は」
「駄目だ!」
「!?」
「お前には返しきれないほどの恩がある! 俺もハナも牧場もミルシェも助けられた! お前はお礼を貰う義務がある!!」
「義務て!?」
どっかで聞いたなその台詞! 横のミルシェが顔を赤くするが気にしてはいられない。
「それにだ、本当に大袈裟な礼か? ミルシェ達の無事に対して本当に過剰か?」
「! ――それは……」
「……わりぃ、意地悪な言い方しちまったな」
頭を掻き一度謝罪してくる。
「俺はよ、もしもの時はハナ達を連れ別の場所に引っ越すことを考えていた。ここをみすみす奪われるのは業腹だが、それでもだ」
大事な牧場でもお前に代えられるワケがないとは、バンズさんがミルシェに言ったことだ。
余剰な資金も蓄えも無い中、住み慣れた土地から離れるのは俺じゃ想像も及ばない苦労が待っているに違いない。
「結局は、俺の踏ん切りがつかずお前らを危険な目に遭わせちまった。何度も言うが、ムネヒトが居なけりゃどうなっていたか知れん。少なくとも今よりいい状況じゃないだろうな」
バシンと強く肩を叩かれた。痛みは無いが、バンズさんの手は固く熱い。
「受け取ってくれ。こんなものしか無いがよ、お前に使って貰いてぇんだ」
「バンズさん――――」
「それにお前無一文だろ。いつか旅に出るにしたって、王国に拠点は有ったほうがいい」
それを言われるとぐうの音も出ない。
引き出しに入っていた小袋については、気付かなかったで通すつもりなので素寒貧のままだ。最後に俺の身の上を持ち出すとかズルい。
バンズさんの強い視線にたじろぎ、ふと横をみるとミルシェもじっと見つめている。この父娘、つくづく押しが強い。
「私からもお願いします。ハナ達もきっと喜びます!」
「おいおい、喜ぶのはハナ達だけかぁ?」
「おっ! おとーさん!!」
何とも微笑ましい親子の会話を聞きつつ、俺は腹を決めた。
誰かのありがとうの価値を下げる真似はしてはいけないよな。
「分かりました。有り難く頂戴します! ここを使わせてもらいます!」
俺の宣言に、二人は大きな笑みを作る。
「よっしゃ、話は決まったな!」
パンと手を叩き、バンズさんは興奮に身を震わせた。
「おいおいおい、やる気が漲ってきたぜ……! これからこの牧場をどんどん大きくするぞ!!」
不正に吊り上げられた税金も無くなり、しばらくは免除もされるという。これを機に今まで負債を回収し、牧場の拡大を図るチャンスだ。
それを抜きにしてもこれからの行く先に、なんの不安も感じなかった。
湯気が出ているんじゃないかと思うほど、バンズさんの体から熱を感じる。それに引っ張られ俺の身体まで熱くなってくるようだ。メラメラと腹の底からエネルギーが溢れてくる。
「頑張りましょうね、ムネヒトさん!」
ミルシェも同様に、声とおっぱいを弾ませ上気した頬を向けてくる。エネルギーの更なる充填を確認した。
「十数年ぶりのB地区の復活だ! 今夜は盛大に飲むぞ!!」
「はいっ!! ……え? B地区……?」
今、バンズさん変なこと言わなかった?
「ああ。今まで俺らが使っていた場所は牧場のA地区。ここは第二区画、B地区って名前でよ! まだまだC地区にD地区ってのも向こうにあるが、それはまた今後の話だな!!」
きょとんとした俺を気にせず、バンズさんは上機嫌に説明してくれる。聞き間違いじゃないらしい。
マジでB地区って名前なの? 嘘だろ? 素直に第二区画のままでいいじゃん。
「今日からムネヒトが、B地区の主だ!」
「俺がB地区の主ですか!?」
「よぅし! これからドンドンB地区を開発するぞ! お前好みにしていいからな!!」
「俺の好みにB地区をドンドン開発するんですか!?」
「ムネヒトさんがB地区を気持ちよく使えるように、私も精一杯お手伝います!」
「B地区を気持ちよく使えるようにミルシェが精一杯手伝ってくれるのか!?」
「B地区をどういう風にしたいか、何でも相談してくださいね!」
「ミルシェにB地区の相談もしていいのか!?」
「B地区ばんざーい!」
「びーちくー!!」
「二人ともB地区って言いすぎだから! 実は分かって言ってんじゃないだろうな!?」
興奮冷めぬ二人をなんとか宥めつつ、俺は憎らしいほどに真っ青な空を仰ぐ。どこかにいる本物の神様が笑っているんじゃないかと思う。是非とも一言言ってやりたい。
この世界に来てやがて一ヶ月。俺はB地区の主になりました。
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もう少しだけ続きますので、お付き合い頂ければ嬉しいです




