表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でB地区の神様になったけど、誰にも言えない  作者: フカヒレさん
第一章 渡る異世界は乳ばかり
33/214

俺に出来たこと


「ふぅ……」


 伏したライジルを見下ろしながら、ちょっとカッコつけすぎな台詞だったかなと思う。

 何が「頂を臨む者」だ。「乳首に関する者です」とは言えないが婉曲しすぎた。今まで逃げ回ってボコボコにされていたというのに、いきなり俺は頂きを臨むだ(キリッ)って……調子に乗りすぎだ。

 というか、しんいだいにんしゃってなんだ?

 色々気になることはあるが、その前に……。


「どれ、お待たせ」


「ひぃぃいっ……!?」


 部屋の隅で頭を抱えているパルゴアに足を向ける。腰が抜けて立てないらしく、涙と鼻水でグチャグチャになった面を向けてきた。心なしか床とズボンが濡れてる。

 近づくとパルゴアは手を上げて喚き散らした。


「待て、わかった! 分かったから! ミルシェとは婚約を解消する!」


「婚約なんて最初からしてないだろ」


 一歩近づく。一歩分下がる。床にナメクジが通ったような跡が残った。


「だ、だったら牧場からは手を引く! 修繕費だってたんまり払ってやる!」


「当たり前だ」


 二歩近づく。二歩分下がる。


「ぼ、ぼぼ、僕を誰か知らないのか! 僕はパル」


「あー名乗らなくていいよ、外道貴族の名前に興味ないから」


 三歩近づく。三歩分下がる。


「僕が推薦すれば、騎士団へ……いや宮廷魔術士だってなれる! 王国の魔術士にとっては最高の名誉だろ!?」


「悪いが、既に仕事はあるんだ」


 四歩近づく。四歩分、下がることが出来ない。行き止まりだ。


「だったら……えと、ええと……そ、そうだ、首! 首をやる! 魔術の儀式や研究に使うんだろ!? いくらでも用意してやる! いやしますッ!」


「戦国時代じゃないんだから、首なんて要るか!」


 腰辺りで拳を握った。


「ひぃい!? さっき! だ、だって、きゅっきゅび、くびをぉっ、もら、らいうってぇえ!」


「ただの決め台詞じゃボケェーーーーーーーーッ!!」


「ぶゃぎぃッ!?」


 一秒にも満たない時間の中で、クソ貴族に叩き込んだ拳骨の数は全部で十九発。

 本日何度目かの骨を砕く感覚だ。ゆで卵を何個も同時に叩き割ったような感触が残る。

 パルゴアは行き止まりの壁を壊し、高い天井にぶち当たり向こう部屋の床に帰還した。おかえり。


「かひゅ、かひゅぅ……」


 ぴくぴくと苦痛に喘いでいたが、やがて意識を失い痙攣だけが彼の生存を表現する。俺は短く息を吐いた。


「良いと思うんだけどな……『その首貰う』って……」


 実は考えていた決め台詞を突っ込まれ少し恥かしい。『乳首を貰い受ける』とかも言えないから試行錯誤の末だった。

 まあ、この場合カッコいいのは台詞であって俺ではない。誤魔化しただけだし。乳首も首の一つ? なので嘘は言ってない。

 考えた中ではマシなので自分としては気に入っているのだが、俺もバンズさんのこと笑えないな……。


「……ムネヒト、さん」


「! ミルシェ」


 今まで沈黙していた彼女に声を掛けられ狼狽する。ここで俺は自己を省みる。両手は血に濡れ服も同様だ。

 ミルシェの前で暴力を振るってしまった。

 途端に気まずくなった。手をズボンで血を拭ってみたり、意味無く視線を宙に彷徨わせたり。


「えっと、そのだな……ミ」


 最後まで言い切ることは出来なかった。

 いきなり俺に抱きつき、その勢いで尻餅をついてしまったからだ。


「ムネヒトさん……私、私……!」


 顔を胸辺りに押し付け彼女は肩を震わせる。背に回されてた細い腕が弱弱しい。途端言葉に詰まった。


「……汚れるよ」


 ひねり出した言葉がそれだ。

 彼女は顔を離さないまま横に振った。離そうとしない。


「ーー!」


 そんな彼女の様子に堪らなくなり、俺の手もミルシェの背に回っていた。華奢な年相応の少女の背中だった。


 無事で良かった、と言おうとして出来なかった。

 そんなこととても言えない。何も良かった事なんて無いだろ。

 牧場を焼かれた事も、父を傷つけられたことも、パルゴア達の欲望の捌け口になりかけたことも、何一つあるべきじゃなかった。この少女に降りかかっていいことじゃない。

 最後の瞬間のみ助け、終わりよければ全て良しと俺は言えるのか。そう言えるほど俺は彼女を救えたのか。


「……ごめん、遅くなった」


 謝罪の言葉しか出てこない。この世界に来て謝ってばかりだ。


「なんで……謝るんですかぁ……」


「辛い思いをさせたのに、俺にできたのはコレぐらいだ。乗り込んで、暴れまわった。それだけだ」


 ヒロインを助ける主人公はどれも格好良かった。超然と大敵を薙ぎ払う英雄の姿は安心と希望そのものだ。

 それに引き換え俺はどうだ? もっと上手い方法は無かったのか? こうなる前に、ミルシェはバンズさん、ハナ達を助けることが出来なかったのか?


 俺を自己嫌悪の沼から引き上げたのは、いいえというミルシェの言葉だ。


「私は、ムネヒトさんのコレぐらいに助けられました……」


 貴方が着来てくれなかったら、もっと酷いことになっていたとミルシェは言った。


「貴方は来てくれました……たくさん殴られて、たくさん怪我して、死んじゃいそうになって……それでも、私を助けてくれました……」


 背の指に力がこもる。


「ありがとうって、ムネヒトさ、んに言いたいん、です……だから、あやま、ら、ないでっ、くだ、さ……」


「ミルシェ……」


 ああ、そうか。

 不細工な方法だったかもしれない。もっと良い方法だってあっただろう。一歩間違えば、俺だってどうなっていたか知れない。でも、それでも。

 俺がここに来た意味はあったんだ。

 自分の体面を心配してどうする。そんなものハナ達に食わせておけば良い。怖い目にあった者を安心させるのは、いつだって駆けつけた者の義務だ。


「帰ろう。みんなが待ってる」


 それだけを言った。


「あ、あ……り………っ、ぅ、う……ーーーーーッ!」


 関を切ったように嗚咽が漏れ出し、やがてそれは部屋中に響くものになる。

 この涙は俺への報酬だ。

 彼女が泣き止むまでただじっと抱き締めていた。


閲覧、ブックマーク、評価ありがとうございます!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ