俺に出来たこと
「ふぅ……」
伏したライジルを見下ろしながら、ちょっとカッコつけすぎな台詞だったかなと思う。
何が「頂を臨む者」だ。「乳首に関する者です」とは言えないが婉曲しすぎた。今まで逃げ回ってボコボコにされていたというのに、いきなり俺は頂きを臨むだ(キリッ)って……調子に乗りすぎだ。
というか、しんいだいにんしゃってなんだ?
色々気になることはあるが、その前に……。
「どれ、お待たせ」
「ひぃぃいっ……!?」
部屋の隅で頭を抱えているパルゴアに足を向ける。腰が抜けて立てないらしく、涙と鼻水でグチャグチャになった面を向けてきた。心なしか床とズボンが濡れてる。
近づくとパルゴアは手を上げて喚き散らした。
「待て、わかった! 分かったから! ミルシェとは婚約を解消する!」
「婚約なんて最初からしてないだろ」
一歩近づく。一歩分下がる。床にナメクジが通ったような跡が残った。
「だ、だったら牧場からは手を引く! 修繕費だってたんまり払ってやる!」
「当たり前だ」
二歩近づく。二歩分下がる。
「ぼ、ぼぼ、僕を誰か知らないのか! 僕はパル」
「あー名乗らなくていいよ、外道貴族の名前に興味ないから」
三歩近づく。三歩分下がる。
「僕が推薦すれば、騎士団へ……いや宮廷魔術士だってなれる! 王国の魔術士にとっては最高の名誉だろ!?」
「悪いが、既に仕事はあるんだ」
四歩近づく。四歩分、下がることが出来ない。行き止まりだ。
「だったら……えと、ええと……そ、そうだ、首! 首をやる! 魔術の儀式や研究に使うんだろ!? いくらでも用意してやる! いやしますッ!」
「戦国時代じゃないんだから、首なんて要るか!」
腰辺りで拳を握った。
「ひぃい!? さっき! だ、だって、きゅっきゅび、くびをぉっ、もら、らいうってぇえ!」
「ただの決め台詞じゃボケェーーーーーーーーッ!!」
「ぶゃぎぃッ!?」
一秒にも満たない時間の中で、クソ貴族に叩き込んだ拳骨の数は全部で十九発。
本日何度目かの骨を砕く感覚だ。ゆで卵を何個も同時に叩き割ったような感触が残る。
パルゴアは行き止まりの壁を壊し、高い天井にぶち当たり向こう部屋の床に帰還した。おかえり。
「かひゅ、かひゅぅ……」
ぴくぴくと苦痛に喘いでいたが、やがて意識を失い痙攣だけが彼の生存を表現する。俺は短く息を吐いた。
「良いと思うんだけどな……『その首貰う』って……」
実は考えていた決め台詞を突っ込まれ少し恥かしい。『乳首を貰い受ける』とかも言えないから試行錯誤の末だった。
まあ、この場合カッコいいのは台詞であって俺ではない。誤魔化しただけだし。乳首も首の一つ? なので嘘は言ってない。
考えた中ではマシなので自分としては気に入っているのだが、俺もバンズさんのこと笑えないな……。
「……ムネヒト、さん」
「! ミルシェ」
今まで沈黙していた彼女に声を掛けられ狼狽する。ここで俺は自己を省みる。両手は血に濡れ服も同様だ。
ミルシェの前で暴力を振るってしまった。
途端に気まずくなった。手をズボンで血を拭ってみたり、意味無く視線を宙に彷徨わせたり。
「えっと、そのだな……ミ」
最後まで言い切ることは出来なかった。
いきなり俺に抱きつき、その勢いで尻餅をついてしまったからだ。
「ムネヒトさん……私、私……!」
顔を胸辺りに押し付け彼女は肩を震わせる。背に回されてた細い腕が弱弱しい。途端言葉に詰まった。
「……汚れるよ」
ひねり出した言葉がそれだ。
彼女は顔を離さないまま横に振った。離そうとしない。
「ーー!」
そんな彼女の様子に堪らなくなり、俺の手もミルシェの背に回っていた。華奢な年相応の少女の背中だった。
無事で良かった、と言おうとして出来なかった。
そんなこととても言えない。何も良かった事なんて無いだろ。
牧場を焼かれた事も、父を傷つけられたことも、パルゴア達の欲望の捌け口になりかけたことも、何一つあるべきじゃなかった。この少女に降りかかっていいことじゃない。
最後の瞬間のみ助け、終わりよければ全て良しと俺は言えるのか。そう言えるほど俺は彼女を救えたのか。
「……ごめん、遅くなった」
謝罪の言葉しか出てこない。この世界に来て謝ってばかりだ。
「なんで……謝るんですかぁ……」
「辛い思いをさせたのに、俺にできたのはコレぐらいだ。乗り込んで、暴れまわった。それだけだ」
ヒロインを助ける主人公はどれも格好良かった。超然と大敵を薙ぎ払う英雄の姿は安心と希望そのものだ。
それに引き換え俺はどうだ? もっと上手い方法は無かったのか? こうなる前に、ミルシェはバンズさん、ハナ達を助けることが出来なかったのか?
俺を自己嫌悪の沼から引き上げたのは、いいえというミルシェの言葉だ。
「私は、ムネヒトさんのコレぐらいに助けられました……」
貴方が着来てくれなかったら、もっと酷いことになっていたとミルシェは言った。
「貴方は来てくれました……たくさん殴られて、たくさん怪我して、死んじゃいそうになって……それでも、私を助けてくれました……」
背の指に力がこもる。
「ありがとうって、ムネヒトさ、んに言いたいん、です……だから、あやま、ら、ないでっ、くだ、さ……」
「ミルシェ……」
ああ、そうか。
不細工な方法だったかもしれない。もっと良い方法だってあっただろう。一歩間違えば、俺だってどうなっていたか知れない。でも、それでも。
俺がここに来た意味はあったんだ。
自分の体面を心配してどうする。そんなものハナ達に食わせておけば良い。怖い目にあった者を安心させるのは、いつだって駆けつけた者の義務だ。
「帰ろう。みんなが待ってる」
それだけを言った。
「あ、あ……り………っ、ぅ、う……ーーーーーッ!」
関を切ったように嗚咽が漏れ出し、やがてそれは部屋中に響くものになる。
この涙は俺への報酬だ。
彼女が泣き止むまでただじっと抱き締めていた。
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