オモチャ
両腕を捻りあげられ地面に這い蹲るように押さえられた。ビクともしない、何人で抑えてんだちくしょうめ。
迂闊だったと悔いるのは死んでからで良い。この状況もなんて事は無いっていう表情を作れ。今にも泣きそうなミルシェの前では精一杯の強がりを見せろ。
「手間を取らせてくれたな。どんな術を用いたか分からんが、未だ意識が戻らん連中ばかりだ」
「そりゃあどーも。疲れてたんじゃないの?」
ここまで何人かの記憶を読み取ったが、このライジルの詳しい素性は不明のままだ。ただバンズさんをやったのはコイツだということは分かっている。
この男が最も危険だ。
「ふん、それで……」
ライジルが上から何かを言う前に飛び出した影がある。パルゴアだった。
「この薄汚い平民めッ!」
「ガッ!?」
「きゃあっ!?」
走ってきた勢いそのまま俺の頭を蹴り飛ばしてきた。ミルシェの悲鳴が聞こえた。不意のことなので心に準備も与えられず、目から火花が飛ぶ。
「よくも、よくもよくもッ! 僕に傷を付けてくれたな! しかも、僕のミルシェまでキズモノにしやがって、この、クソ、クソが!」
不細工な蹴り一緒に罵倒が降り注ぐ。頭蓋が軋み頬が切れ鼻から血が溢れる。あとキズモノってなんだ。人聞きの悪いこと言うな。
「パルゴア様、どうかそのくらいで。この男にはまだ利用価値があるかもしれません」
「知るかそんなもの! ライジル、今すぐ殺せ!」
「短慮は感心しませんな。上に立つものは広く長い視点が求められますよ」
窘められ、パルゴアは口を閉じる。
それを後ろに、ライジルは腰を下ろし顔を近づけてくる。
「聞こえていただろう異邦人、主は大層ご立腹だ。このまま殺すことは容易いが、私は君に興味を持っている」
「げほっ……ごほ……」
そうかい、俺はそうでもありませんが。
「我々の仲間にならないか? 今までの禍根は全て水に流し、厚い待遇を約束しよう」
まさかの勧誘、スカウトだった。パルゴアが何か言いたそうな目を向けてくる。口よりも雄弁に忌々しさを語っていた。
「高く買われたもんだ……ミルシェや牧場はどうなる?」
「残念だが、崇高な目的の為に諦めてもらう他無い」
その崇高な目的とやらは横暴を正当化する立派な理由になるのか? 俺はそうは思わない。
「じゃあ駄目だ。ミルシェを解放し牧場も諦めて、修繕費をたんまり払うってんなら考えてもいいけど」
「そうか。残念だよ……」
立ち上がり、ライジルは杖を俺の頭へ向ける。気持ちの悪い悪寒が額を直撃した。
「待ってください!」
叫んだのはこの中の紅一点、俺が助けたい少女だ。
「私はどうなっても構いません! ですがムネヒトさんと牧場は、どうか……」
涙ながら懇願するミルシェが見えた。この期に及んで彼女はまだ自分の身を投げようとしているのかと胸が痛くなる。
「それこそ駄目だ。ミルシェと牧場と俺、全部諦めてくれないか?」
「呆れたな……。この状況で交渉になると思ってんの? 自分達の立場をちゃんと分かってる?」
嘲る色を多分に含んだ声は哀れむような目と共に俺へ届く。
ちぇっ……やっぱり駄目か。勢いでいけないかと期待したんだけどなぁ……。
「ミルシェは僕のものだし、牧場はコイツらにやる。そしてお前は死ぬ。最初から君らに残された手札なんて無いんだよ」
つかつか歩み寄り再び俺の頭に踵を下ろす。無駄にいい靴らしく、靴底が重く固い。
「君のせいでせっかくのミルシェとの一時が台無しさ。僕に恥をかかせた代償に、命を差し出したってまだ足らない位なんだよ」
ミルシェとの一時、つまりそういう事だろう。何を言っているか半分も理解できないが、こいつのゲスな毒牙にまだかかっていないことに安堵する。状況は一向に改善されていないが。
「そう言えば君、器がどうのこうの? ダッサいことをまぁ恥かしげも無く言ったもんだねぇ」
「ああ。余りの恥かしさに、穴があったらぶち込んでやりたいね」
強く踏まれているから酷く喋り辛い。
「お前こそ恥かしくないのか?」
「……はぁ?」
「何度も言うがな、本当にミルシェを想っているのならお前自身が彼女に好かれる努力をしろって言ってるんだ……! なんでハナを襲ったり、牧場を焼いたりしたんだ!?」
「何を言うかと思えば……平民は頭まで低脳なのか?」
頭の上から靴が離れた。
俺はコイツのやったことを決して許さない。それでも訊きたかった。一連の奇行はライジル達の思惑とは別に、パルゴアが彼女を想う余りに及んだ事だというなら許しがたいが僅かな救いはある。
歪んだ独占欲と愛情の発露と言えよう。好きな女の子へのアプローチを知らない哀れな少年とも言えなくは無い。
「つまりあれだろ? お前は僕がミルシェに相応しい男じゃないって言いたいんだろ?」
俺に背を向け、やや離れた所で手下が握っていたミルシェの戒めを受け取る。
心底呆れたような声は、部屋によく響いた。
「なんでこの僕がこんな女の為なんかに努力なんてしないとならないのさ。バーカ」
「――――」
続いたのはそんな言葉だった。
鎖を強く絞り、視線をミルシェの顔ではなくその身体に向ける。目にある光は愛情とは違うものだ。
主人のそんな言葉に下種な笑い声を上げるのはその家臣だろう。牧場で見た奴もいる。
「僕にはとうに許嫁が居るんだよ。まだ会った事はないけど、サルテカイツの跡継ぎを産むに相応しい女性は他にいるのさ。ミルシェの事は好きだけど、つまりは遊びだよ。まあでも? 彼女だって名の有る貴族に抱かれるなら女冥利に尽きるんじゃないかな?」
「――――」
「一目見た時から思ってたよ。ミルシェの身体は極上だ、特に胸が良い。これ以上のモノを持つ女はそうはいないだろう。婚姻は形だけ結んでおけば良い。彼女がどうしてもと言うなら後継ぎの乳母にでもしてやろうかと思ってね。ミルシェにはピッタリだ」
「――――」
「ミルシェを味わいと思う男は山ほど居る。そんな彼女は僕の物になる。これほど痛快なことがあるかい? 彼女がどんな顔で僕の上で腰を振るか、想像するだけで涎モンさ」
「――――」
「ん? ああ、そうか。君もミルシェに劣情を抱いていたのか。なるほど……だとするなら、考えが変わったよ。なに僕も鬼じゃないからね」
「――――」
「同じ女の子を好きになったよしみさ。僕の部下になり魔術士として力を発揮するなら、彼女を抱かせてやっても良い」
「――――」
「まあもちろん、僕達のお下がりになるだろうけど……それはそれで」
「黙れ」
「愉しみ方が……は?」
「黙れって言ったんだよ、クソ野郎」
馬鹿なことを訊いてしまった。俺は本当に馬鹿だ。ミルシェは俯き震え琥珀色の目が涙に歪む。辛い事を聞かせてしまった。
俺はミルシェを愛する人なら素晴らしい人間だと、勘違いしていた。
パルゴアにだって一握りの美徳があるのだろうと、願っていたのかもしれない。
俺は思っていた。
ミルシェはいつか素敵な男と恋愛して、時々ケンカしたりデートしたり、バンズさんに「娘はやらん!」とか怒鳴られたりして……
幸せな波乱万丈の先に幸せな家族を作ると思っていた。
いや違うな、思ってもいなかった。だってそうなるのが自然だから。そんな未来を得る権利がミルシェにも当然ある。
だがそれは残酷に踏みにじられた。
全身に火が入ったように熱くなり視界が赤く塗りつぶされる。
「もういい」
コイツは、もう赦さん。
「お前は――――ここで殺す」
この期に及んでの俺の強がりととれる言葉はパルゴア達を失笑の渦に包んだ。その哂い声も俺の耳には遠い。
パルゴアだって生まれたときは祝福されたのだろう。喜ばしいこともあっただろうし、涙を流した事だって一度や二度じゃないはずだ。
誰かに感謝されたことだって幾度もあるだろう。これから先の人生にだって、そんなきっと機会はある。
けど、俺はコイツの未来を奪おう。
傷つき倒れたバンズさんがいる。寝床を焼かれたハナたちが居る。大事なものを砕かれそうなミルシェが居る。
それを無視できるほど俺は冷静じゃない。ただ一人の、怒りに身を焼く野蛮な男だ。
奥歯を砕けるほどかみ締める。狂ったように心臓が回転数を上げる。
なんでもいい、後で犯罪者と誰に罵られてもいい。もうどうなったって構うもんか。
今だけで良い、このクソみたいな不条理を壊せるだけの力が欲しい。
ピコン、と脳内でアナウンスが流れたような気がした。
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