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異世界でB地区の神様になったけど、誰にも言えない  作者: フカヒレさん
第一章 渡る異世界は乳ばかり
28/214

器の話

 

「クソ貴族貴族……? おい、それはもしかして僕の事か?」


「もしかしてこの屋敷には鏡が無いのか?」


 皮肉を言われたと言う事くらいは分かるらしい。目と口の端が面白いくらいに痙攣している。


「クソは貴様だろうが平民! よくもミルシェに呪いを掛けてくれたな!!」


「は? 呪い?」


 聞き覚えの無い単語が出てきた。呪い? 何それ初耳。


「とぼけるな!! 貴様のせいでこの僕が大怪我をしたんだぞッ!!」


 戦慄(わなな)く声と共に右手を見せつけてくる。そういえばと、牧場で見たときとは違い真新しい包帯がそこに巻かれていることに気が付いた。

 嘘を言ってるようには聞こえないが俺には身に覚えが無い。俺がミルシェを呪う訳ないだろ。もし本当に呪うならお前にだよお前に。


「――――パルゴア様」


 鼻息荒い主に、従者のライジルが声を掛ける。


「――チッ……! 分かっているんだろうなライジル、お前の顔を立てて話し合いの場を作ってやったんだからな!!」


「ええ、もちろん」


 どうやらこの場をセッティングしたのはコイツらしい。

 屋内だというのに、相変わらずこの男は頭からすっぽりフードを被ったままだ。


「さて、異邦人。我々の狙いにどこまで気付いている?」


「いや、さっぱり」


 牧場が欲しいことぐらいだが執事長の記憶にもライジルの狙いは残っていない。俺の答えに年齢詐称フード男は鼻で哂う。


「嘘を付くとサンリッシュの娘がどうなっても知らんぞ? 物理干渉はともかく魔術による攻撃は効果がありそうだからな」


 マジで知らないんだけど。

 物理干渉? ミルシェの呪いのことだろうか。つまり触れはしないが魔法は効くと。

 ということはパルゴアのあの怪我はミルシェに触ろうとして負ったものか。ざまぁみやがれ。


「では訊き方を変えよう。誰がお前をあの牧場まで寄越した?」


 なんか話が勝手に進んでいくなぁ……。


「俺がミルシェの所にいるのは偶然だよ。お前らが盗賊のフリしてハナを襲った時から世話になってるだけだ。そういう意味でいうなら、俺をそこに寄越したのはアンタらだな」


 ミルシェが息を呑む。パルゴアは黙っていたが横目で彼女を気にしているのがここからじゃ丸分かりだ。


「…………」


 ライジルは口を閉じ肯定も否定もしない。こいつと舌戦は難しいみたいだ。


「馬鹿を言うな! なんで僕らが牧場の牛なんか襲わないとならないんだ!? 貴様までこの僕を疑う気か!?」


 口火を切ったのパルゴアだった。必要以上に大きな声は動揺に比例しているのだろう。俺までって事は、ミルシェにも言われたらしい。カマを掛けるならやっぱりこっちだな。


「パルゴアサマの部下が教えてくれたよ。ハナ……サンリッシュ牧場の牛を減らし経営に打撃を与えるためとか、エッダさんの家に行って『サンリッシュの牛乳を一切買うな。さもなくば、お前もお前の従業員もどうなるか分かんねぇぞ』と領主の名前を使って脅したり、とかなんとか」


 教えてくれたというか、胸に聞いたんだけどね。


「あ、のッ……役立たずどもがぁ……!!」


 パルゴアの目と口が苛立ちに歪み自白と同義の悪態を垂れる。ボロ出すの早いな。ライジルがそれを見て舌打ちしたように見えた。


「パルゴアさん! 貴方、やっぱり……!」


「うるさいっ!!」


 声を荒げたミルシェを鎖を引いて黙らせる。危うく倒れそうになった彼女を見て声を上げずにはいられない。


「ミルシェが振り向いてくれないからって野蛮過ぎるだろうが! それとも家を襲ったり鎖で繋いだりするのがこの国の常識か!?」


「ッ! うるさい! 僕とミルシェの仲を邪魔ばかりして!! だいたいお前ごときに貴族の考えなど理解できるものか!!」


「貴族の考えねぇ……じゃあその貴族サマはミルシェの事をどれだけ分かってるんだ?」


「……はぁ?」


「相思相愛みたいな言い方してるんだから、さぞミルシェのことを知ってんだろう?」


「あ、あたりまえだ!! ミルシェ・サンリッシュは王立統合アカデミー高等部の一年で、第三魔術科に在籍してて、牧場の一人娘で……僕のことを異性として意識していて…………それで……」


 俺はミルシェの履歴書を音読しろなんて言ってないぞ。しかも最後は妄想だし。


「どうせミルシェが可愛くてスタイルが良いから寄って行っただけだろ」


 このパルゴアが最初から気に食わなかった理由、ぶっちゃけ言うと同属嫌悪だ。

 コイツもおっぱい星人なんだろう。他ならぬ俺だからこそ分かるし、俺だからこそ許せない。

 俺だって偶然で出会った少女が、可愛くてスタイルも良ければ嬉しいさ。邪な気持ちが湧き上がらないといえば真っ赤な嘘だ。ああそうさ、言い訳なんてしない。


 だからこそ俺とコイツの在り方は相容れない。


 パルゴアはミルシェの側だけしか見ていない。

 確かにそれはミルシェの魅力、女性に与えられた魅力だろう。だがそれが全てである筈が無い。男の都合の良い妄想や欲望を押し付けて、あたかも自分の為だけにあると勘違いしている。

 パルゴアはある意味、俺の見たくない俺の醜い側面だ。


 そうじゃないだろと、否定し続けなきゃならない。


「ミルシェは牛達へのマッサージが凄く上手だ! マッサージを始めようとすると、ハナ達が我先にと寄ってくる!」


「はあッ!?」


 突然、大声を上げた俺にパルゴアとミルシェは目を見張る。


「ブロッコリーが苦手だ! おまけにバンズさんも苦手だから、晩飯のシチューのときは俺の分が凄い緑になる!」


「ええ!? ちょ、ムネヒトさん!?」


「な、なにを……!?」


 二人の困惑に構わず叫ぶ事を止めない。パルゴアに声をぶつけやすい、そしてある理由からジリジリ足の位置を変える。


「家計が厳しいからって、お気に入りの王都のスイーツを買わなくなった! バンズさんも好きなお酒を飲まなくなった! でもミルシェは貰ったとかいってお酒を、バンズさんはケーキを持ってくる!」


 そんな都合よく貰うわけないだろ。バレていないと思ってるのは自分のお小遣いを使っている当人だけだ。


「牛乳が売れなくなったってのに心配してたのは他のことだ! お前が街の皆に酷いことをしていないかって、そればかり気にしていた!」


 買ってくれなくなった事を、怒りもせず責めもせず他の人のことばかり案じていた。だがミルシェの寂しそうな顔は、今でも忘れなれない。


「牧場の再建に金が掛かるだろうに、俺の旅支度までしてくれた!!」


 銅貨一枚だって惜しいだろうに、俺のことなんて気にしないで黙っておくことだって出来たはずだ。


「たった数日だがミルシェやバンズさん、ハナ達のことだって沢山知ることが出来た! お前はどうなんだ!?」


「……僕は……ミルシェを……ミルシェの……ッ!」


 パルゴア自身が胸中を上手く言葉に出来ないでいる。

 誰かを好きになるのに理由なんて要らない。そういうロマンチックな話じゃなくて、明確な理由(スケベ心)はある。それ以外を爆死は今更に探している。


「ミルシェのことを知ろうとしないで、自分の事を磨く努力もしないで相思相愛? 面白くない貴族ギャグは寝て言え!」


「き、貴様……ッ!」


「金や地位をチラつかせれば女なんてすぐモノに出来るってか? ミルシェを馬鹿にするな」


「……ムネヒトさん――」


「男なら、自分(てめぇ)の器で女の子を振り向かせろ!!」


 反論を諦めたのか、金髪の貴族は全身から喚くような声を上げた。


「黙れ黙れ黙れェッ! 卑しい身分風情がサルテカイツ家に説教か!? 貴様ら平民は黙って僕の言うことを聞いていたら良いんだよ!!」


 逆上して如何にも悪役貴族の言いそうな台詞を並び立てる。日頃から悪役ムーブしてるんじゃないかと思うくらいにスラスラ言ったな。


「誰も言ってくれなかっただろうから俺が言ってやる。お前じゃミルシェには釣り合わない」


 結局はそこだ。俺はパルゴアがミルシェに近づくことが我慢ならない。


「偉そうなことばかりゴチャゴチャと! 僕の器がお前に劣るっていうのか!?」


 耳障りな金切り声を聞きながら思う。もう一息だ。足元を確認し口を開く。


「お前よりマシだろ。まあ、けどなんだ。偉そうなこと言ったばかりで悪いんだが、今からとても器の小さいことを言うぞ」


 ちらりとミルシェを見て、次にパルゴアを見てイタズラがバレた少年のように笑いながら言った。


「ミルシェのおっぱいを最初に触った男は多分俺だ。ーーゴメンね?」


 二人の顔が、それぞれ異なる理由から赤く染まるのが見える。

 確かにプツンと聞こえた。


「ライジルゥウゥゥゥッ!! 話し合いは終わりだァ!! コイツを殺せぇぇぇッ!!」


「……了解です」


 ライジルは憮然とした視線をパルゴアと俺に向ける。コイツにとっては面白くないだろう。話し合いなんて全然していないし、必要な情報も全く得ていない。

 それでも仕事は全うするつもりらしく杖を引き抜く。真面目な奴だ。


「それは――勘弁!」


 俺はこの得体の知れない男とやりあう気は無い。俺は床の一部を蹴り、下へ落ちた。


「なっ――――!?」


 上からパルゴアの声が降って来る。そりゃあ今まで立っていた男がいきなり床の下に消えたら驚くだろう。


 あちこちに隠された、この屋敷の面白い機能だ。

 俺はちょうど人の大きさくらいに空いた穴から真下に落下し地下一階に着地する。埃だらけのクッションがあったとはいえ、事前に知らなければ怪我したかもしれない。


『貴様ァ! 逃げる気かァッ!?』


 上からパルゴアの声が聞こえる。都合二階分くらいの距離になってしまったのでよく聞こえないが、俺を罵ることに忙しいらしい。

 そう思ってくれるなら好都合だ。


「好きに思ってくれ!!」


 薄暗い地下通路を走り出す。迷う不安など皆無、隠し通路の見取り図は全て頭に入ってる。権利書もミルシェも奴らの手の中にある以上、今さら逃げる俺を捕まえるメリットは無い。


 だが、あれだけ挑発すれば血眼になって俺を追って来るだろう。野郎が直接追ってこなくても屋敷の護衛を俺との追いかけっこに割いてくれればやりやすくなる。地の利なら俺にこそあるのだ。

 ここからは時間との勝負だ。



閲覧、評価、ブックマークありがとうございます!

だいぶ涼しくなってきました。

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