ムネヒトの仕事③(ジェラフテイル商会編)
「二人とも忙しいのに悪いな」
「良いわ。貴方の個性的な――ううん、バカげた開発プレゼンを聞くのが最近の密かな楽しみだもの」
アメリアは笑って首を横に振る。彼女の少し後ろに控えているジェシナも、表情こそ変えないが小さく頷いていた。
「そう言って貰えると俺も気が楽だ。でも、何で辛辣な方に言い換えた?」
そういう本音こそを密かにしといてくれ。
「では……始めさせて頂きます。本日紹介しますのは『空気収納袋』で御座います。まずは、お手元の資料をご覧ください」
深呼吸し、固くなりそうになる喉を解す。見知った相手とはいえ、この瞬間はいつも緊張する。俺は人前が苦手な日本人なのです。
「私とジェシナしか居ないのだから、そんなに固くならなくても良いのに」
「そ、そうは言ってもだな……」
アメリアは、シャイな生徒を慈しむ先生のような顔になった。
「今からその調子じゃ、数日後の叙勲式が思いやられるわよ? 自分の愛人一号と三号の前でくらい、堂々として頂戴」
「むぅ……あ、あとだから愛人は――」
此処は【ジェラフテイル商会】の代表室。つまり、アメリアの部屋だ。
最近、俺はこの場所で新商品のプレゼンを行っていた。
アメリアやベルバリオさんの提案でポーション作りを学んでいたとき、そのベルバリオさんが不意に言ってきたのだ。
『いつもポーションとにらめっこでは疲れるだろう。気分転換に、違うジャンルに関わってみてはどうかな?』
アメリアも養父の言葉に同意し、時々こうして俺の思い付きに付き合ってくれることになったのだ。
俺は素人の俺が、いきなり商会トップのアメリアと秘書であるジェシナの耳に入れるというのは、かなり破格の扱いに違いない。
オマケに、ある程度の開発費用なら出してくれるというのだから驚くより他に無い。これも恩返しの一つだよと言われても、御厚意が厚すぎて窒息しそう。
依怙贔屓と言われても仕方ないが、従業員達は俺に対して何かしてくるわけでもなかった。それどころかすっかり顔馴染みとして、アメリアの部屋に通されるようになっていた。
中には、俺を見送りながら「今日も愛の産まれる部屋に入ったぞ……!」「きゃーっ!」「三人でいったいナニを開発するつもりなんだぁ……!」「差し入れに精の付くモン持ってってやろうぜ!」「刺し挿入れの差し入れってか!」などと騒いでいる者いたが、俺は無視した。
皆さん、この場所をいかがわしい部屋と勘違いしてない?
そんなプレゼンも今日で何回目だったかな? と、記憶を探る程度には回数を重ねていた。
「緊急事態……例えば水中でも息が出来るように、収納袋の応用で空気を貯蔵した容器――それがこの製品です。耐久性を高めるため、外側にはビッグ・バッファローの皮をなめした物と、剛綿の繊維とを――」
今回は特に自信作だ。お遊びの延長とはいっても、良いアイデアなら正式な会議に回されるし、実際に王都の店に並ぶかもしれない。
俺の作ったアイテムが世間に出回る。これも、異世界召喚者の醍醐味だ。
「なるほどね……ただ空気を収納するだけでなく、風属性の魔石を埋め込み、更に清潔化の術式を組み込んでおくことで常に新鮮な空気が供給される……悪くない発想だわ」
「ええ。水中などは勿論、火山ガスや毒霧が漂う地域での活動が可能になるかと」
久しぶりの好感触だ。控えていたジェシナも資料に目を落とし、アメリアに同意していた。
「試作品を用意してきました。此方を」
既に用意していた現物を収納袋から取り出し、アメリアの前に置いた。
色は肌色で、先端には桃色の吸入口が付いている。サイズはお椀程度。つまり――。
「名付けて『おっぱい空気ボンベ』です。Aモデルは10時間、Bモデルは12.5時間、Cモデルは15時間と、サイズで持続時間が――」
「形!」
ビターン!
「あー!?」
お、俺のおっぱいボンベが叩きつけられたー!?
「何故こんな形にしちゃったの! 貴方が胸フェチだとは知っているけど、あからさま過ぎじゃないかしら!?」
「いやホラ! 機能性を考慮して、人が一番吸いやすいモノをデザインの参考にしたんだよ!」
「……それが胸なの?」
「おう。なんせ、赤ん坊でもオッケィですし」
「恥ずかしくて持ち歩けないでしょ!」
ビターン!
「あー!?」
また叩きつけられたー!?
「ちゃんとそれも考えてるって! ほら、恥ずかしくないようにブラジャー型の専用入れ物も作ったんだ! 普段はコレに入れて持ち歩けば、まるで一流ファッションショー――」
「下着なら恥ずかしくないと思っているの!?」
ビターン!
「あー!?」
三度も叩きつけやがったな!
「でもこのブラジャーにも仕掛けがあってさ! 実はこれ、中心の所にあるピンを引っこ抜くと――」
ビィィィィィーーー!
「音が鳴って、周りに助けを求める事が出来るんだ! 実際に下着として身に着けることも可能だし、指一本さえ動けば起動する! 俺の故郷では防犯ブザーって言って――」
「このデザイン自体が犯罪的なのだけれど!」
ビターン!
「あー!? ――って、そんな何度も叩きつけなくても良いだろ!?」
「危険地帯での運用も視野に入れているんでしょ! だったら耐久性は、しっかり確認しな――きゃ!」
ビターン!!
「あー!?!?」
もっともらしい理由を言われながら、俺のおっぱいボンベは何度も床に叩きつけられた。
「ふぅ……ふふっ! こう、遠慮無く切って捨てるって、なんか癖になりそう」
やがて、額に汗を滲ませホっと息をつくアメリア。その顔は何処と無く良い笑顔だった。やっぱ大企業のトップだと、普段からストレスが溜まってるんだろうなぁ……。
「ごめんなさいムネヒト。これでも、貴方や貴方のアイデアを蔑ろにしている訳では無いの」
言いながらアメリアは、叩きつけたおっぱいボンベを拾い上げ労るように撫でていた。
それから何を思ったのか、シャツの内側に入れて「おぉ……」とか呟いていた。うーむ、ポッチがリアル。
「分かってるよ。俺もアメリアにダメ出しされる覚悟で考えてる。もちろん、耐久性だって問題ないしな」
まあ、製品化されたら赤飯を炊いてお祝いしたいくらいには真面目だ。
どうせなら役に立つものを作りたいし、贅沢を言うなら一儲けしてみたい。異世界チート金稼ぎとか憧れるし。
なにより、俺は世の中におっぱいの素晴らしさを広めたい。一人でも多く、おっぱいを愛しておっぱいを大事にしてくれる世の中を目指すのは俺のライフワークだ。
故に、おっぱいを模した商品にしたのは当然のアイデアだった。だったのだが……。
(ちょっぴり残念だが、やっぱ採用はされなかったか……デザインとか『クレセント・アルテミス』じゃ好評だったんだけどなぁ……ありきたりだけど、次は乳首型タバコとか提案してみるか……)
「……――二人きりね」
「えっ」
おっぱいボンベとブザー付きブラジャーを片付けていると、アメリアが話しかけてきた。
いや、もはや囁きかけて来たという距離に彼女はいた。
「いやあの……ジェシナは?」
秘書であるジェシナは、向こう側の椅子近くに立っていた。俺にだけ見える幻覚とかじゃない限り、普通に部屋にいる。
「ジェシナは私と一心同体……言ってしまえば影みたいなモノよ。影なのだから、二人としてカウントするのは可笑しいでしょ?」
それで良いの? とジェシナの方を見るが、彼女は無表情ながら満足げに頷いていた。
「だ、代表? アメリア代表? とても近いのですけれど?」
いつの間にか俺は代表が使う豪華な椅子に座らせられていた。
「代表なんて他人行儀な呼び方なんて止めて頂戴。いつもみたいにアメリんって呼んで?」
「未だかつて呼んだ記憶ありませんが!?」
「あら、そう? ねぇジェシナ、私の記憶違いだったかしら?」
「いいえアメリア様。旦那様とお二人だけの時間を過ごす時は、ムネムネ、アメアメ、と呼び合う誠睦まじい仲で御座いました」
アメリんですら無いんかい! どのみち記憶違いじゃねえか!
「つーか今! 普通に影と話してたじゃん! 一心同体なのに会話って変じゃないのか!?」
「そうでもありませんよ旦那様。実は私、最近影と会話が出来るようになりまして……でしょう?」
『はい』
「!?」
ジェシナの声に、ジェシナと良く似た声が答えた。ぎょっとして彼女の方を見ると、足元の影が立体的に浮かび上がっていき、長身麗人と同じ高さで止まった。
スライムのように形を変化させていくこと数秒、影は持ち主と卯二つになる。違う点があるとすれば浅黒い肌くらいだ。
『お初お目に掛かります……というのも変な話ですが、ジェシナの影を勤めております』
褐色肌の2pカラージェシナは、本体と全く変わることの無い慇懃さで会釈してきた。俺もだが、アメリアも初めて見たらしく、翡翠色の瞳を丸くしていた。
「便宜的にジェシナの二番目……ジェシニと呼んでおります。以後、私共々何なりとご命令を」
『このジェシニもアメリア様と旦那様に忠節を誓い、影ながら尽力することをお約束します――影だけに』
ジェシナとジェシニは僅かにドヤ顔をして見せた。
「凄いわジェシナ! まさかそんなスキルに目覚めるなんて! いったいどうやって身に付けたの!?」
驚愕からいち早く立ち直ったアメリアは、興奮気味に自身の秘書に訊ねていた。
主人に問われジェシナも何処か得意気だ。
「私でも知らぬ間に。この間、余りの多忙さに体がもう一つ欲しいと願ったところ、地面からタケノコのように生えて参りました。私自身も、自分の秘められた力に驚嘆しております」
『隠されていた可能性が表に出てきてしまったようです――影なのに』
楽しそうな二人+一人に対して、俺の内心はかなり混乱としていた。
(コレもしや【神威代任者】の能力では!?)
いやいやそんなまさか影使いとかメジャーな能力だな羨ましい俺も使いたい。言うてる場合か。
遂にというか、とうとうと言うか、ジェシナが新たな能力に目覚めてしまったらしい。俺におっぱい吸われたせいで。なんで。
「ふふふ……そういうワケで、せっかく二人きりなのだから、仕事なんて止めてもっと他愛の無い……中身の無い会話をしましょう?」
「お仕事は大事だと思いますぅ……」
呆然とする間もなく、アメリアは再び俺に詰め寄ってきた。メロドラマよろしく身体ごと寄り添わせ、距離的にはバカップルのそれだ。
背もたれが約二人分の体重を抱え、小さく軋んだ。
「ず、ずいぶん、積極的なんだな……やっぱり、アメリアってモテたのか?」
「あら御世辞? それとも、妬いてくれてるの?」
アメリアは拗ねたように、あるいは揶揄うように笑った。
「……異性に想われたことなんて無いし、恋愛なんてしたことないわ。きっとコレが、私の最初で最後の恋よ」
子猫が甘えるように頭を押し付けてきて、額で胸板を擦り付けてきた。服越しでも分かるほど、彼女の頬は熱を帯びている。
「恋愛の駆け引きも、男性の注意の引き方も、ライバルを出し抜く方法も、一切知らないわ。ただこうやって、好意を行動で示すのが精一杯なの」
「ちょ、ちょ、ちょっと、あぶな……」
キャスター付きの足の為、椅子が後ろに転がっていきそうになる。俺が踏ん張っておかなければ、アメリアは床に倒れてしまうかもしれない。それ程までに此方に身体を預けてきていた。
「――貴方がどのくらい私を想ってくれてるか分からないけれど、私が気持ちを伝える度に、貴方が私を0.1%でも好きになってくれるのなら話は簡単よ。あと999回、好きって言えば良いんだもの」
潤んだ瞳の中に俺が映った。美人に迫られ、情けない顔で狼狽える俺の顔は、いま世界で一番情けない男の顔に違いない。
「――好きよ、ムネヒト。998。愛してるわ、ムネヒト。ふふ……997。楽しみよ。貴方が私を好きになったとき、どんな瞳で私を見てくれるのかしら」
ぐおー!? 恋愛したこと無いとか言ってるのに、メチャクチャ押せ押せだ! 条件は俺と同じ筈なのに、これが持って生まれた才能の差!? ナチュラルボーン・恋愛強者ってヤツかー!
一縷の望みを託してジェシナと影を見ると、彼女達は瞬きもせずに視線をコッチに固定させていた。気のせいか、ムフー! という荒い鼻息が聞こえてくる。
「ねぇ? ジェシナじゃなくて、私を見て欲しいのだけれど」
「ぁ――……」
アメリアが近い。更に近い。互いの呼気が吸気として再利用されるほど近い。心熱を内包する瞳は、此方から目を逸らせるという選択肢を与えてくれない。
金色の髪を掻き上げ、アメリアは恥ずかしそうに微笑む。そして彼女は、自分の胸元に手をやった。
ぽつ、ぽつ、と指を動かし、ボタンを外していく。襟に一番近いボタンと後半のボタンは留めたままだったので、袷は縦の楕円形に開かれた。
シャツの割れ目と同様の形になる白い肌。中心を横切る布は、山を二つ並べたような形状をしている。言うまでもないことだが、ブラジャーだった。
精緻なレース刺繍に覆われた下着が守るのは、アメリアのおっぱい。形の良い、理想的な半球型の乳房だ。
甘酸っぱい香りが俺の鼻先まで上ってきて、クラクラした。
「んっ――……」
アメリアはくすぐったそうに身を捩ると、シャツのクレバスに手をいれ、ブラの中心――をやや外れて、右山の布に指を掛ける。そのまま小さく息を吐いて、ブラを引き下げた。
「ぉぉ……!」
右胸の先端が露になる。ほとんど毎日拝んでいるというのに、今日も目を奪われる美しさだ。
乳肉はブラの縁に噛まれ、ピンク色の半分程はまだ布に隠れていた。
アメリアは更に下着を引き、完全に右の乳房を露出させる。下乳にブラが食い込み、ぷるんと揺れる。片方だけ裸になった胸が、シャツの隙間から見え隠れした。
「はい……」
その隙間から右胸を通し、半ば尖った乳首と俺の上唇にキスさせた。片方の手でシャツを押させ、もう片方の手は自分のCカップを支えていた。
彼女はツンツンと此方をつつきながら、切なそうな息を漏らした。
「早く隠して……外から、見えてしまうわ」
我慢できよう筈もなかった。数瞬後、俺はアメリアの右胸に貪り付いていた。




