ミルシェの願い
「個性が欲しいです!」
ビーチク・ビギンズのリビングで談話していると、不意にミルシェが立ち上げりそう叫んだ。
かなりのボリュームだったので俺達はぎょっとしてしまった。何人かは持っていた飲み物を取り落とすところだった。
「えっと、なんだって? 話が分かんないんだけど……個性?」
「個性です」
ミルシェは強く頷く。
「私――ミルシェ・サンリッシュにしか無い個性が欲しいんです」
よくよく聞いてみても話が分からない。ミルシェにしか無い個性? 就職活動の面接かな?
「ミルシェ、充分に個性的じゃん。私達の中で一番おっぱい大きいし――」
「それだよ! 私イコールおっぱい! おっぱいイコール私のイメージを何とかしたいの!」
親友の言葉に食い気味なリアクションをするミルシェ。リリミカは押されたように仰け反り、ミルシェの顔と大きく揺れたおっぱいとを視線で往復した。
「ジロジロ見られるのはもう諦めたけど……アカデミーの非公式ランキングで『乳母にしたいアカデミー女生徒第一位』ってなんなの! 恋人とかお嫁さんとかじゃなくて、乳母!? どういうコト!?」
なんとも酷いセクハラランキングだ。
しかもその理由は、性格とか人柄とかとはきっと違う。今まさに彼女が震わせている、アカデミー最大の霊峰のせいだ。これも酷いセクハラだが、間違いなく沢山出る。
でも同世代の女子に『将来、俺の子供に母乳を飲ませてくれ!』なんて言える? 無理だろ。翌日から女子に蔑まれて灰色の学生生活を送るぞ。
まあ、だからこその非公式ランキングなんだろうけど、作本人の耳に入った時点で一発スリーアウトだ。
ふと耳元でハナが「ムネヒト様とミルシェ様の間に御子が産まれましたら、是非ともハナを乳母にして下さいませ……」と囁いてきた。
ハナが乳母になってくれるなら、赤ん坊はヘラクレス級に逞しく育つに違いない。むしろ俺が育てられたいフヒヒ。
「なんかさ! なんかさ! それって、私の良いところが胸だけみたいじゃない! 胸以外の個性が欲しんです!」
「あー……なるほどねー……でも、なんで急に?」
「急にじゃないよ、前から考えてたの。それこそ、リリとレスティアさんが此処に来たときから……だって私……その、地味だし……」
「えー? そう? 気にしすぎじゃない?」
「そういうリリだって、実はかなり個性的だもん。他の皆だって――」
そういって、ミルシェは視線を一周させる。
「リリ、レスティアさん、メリーベルさん、アメリアさん、ジェシナさん、コレットさん、そして、ハナ……全員、何かしら人とは違う個性を持ってるし……」
個性的と言われれば確かにと頷かざるを得ない。
此処に居るのは、公爵家の姉妹、騎士団の副団長、大商会の代表とその秘書、裏ギルドの元超人気冒険嬢。そして超乳の牛娘。最後に至ってはそもそも人でも無い。
対してミルシェは牧場の一人娘。決して蔑まれるようなモノでは無いが、他の皆と比べれば地味と言えば地味かもしれない。
「そんなに気にするなって。ミルシェには胸以外にも良いところは沢山あるぞ」
「……そう言うなら、ムネヒトさん、胸以外で私の良いところを言ってください」
「よし。ブロッコリーが嫌いなトコとか可愛い。毎日早起きして居間のテーブルの掃除とかして偉い可愛い。マッサージが上手って褒められたのが嬉しかったのか、時々バンズさんの肩とか揉んでるのが微笑ましい可愛い。俺が誕生日に上げたアクセサリーを付けて鏡の前でニヤニヤしてるのが可愛い。髪に枝毛を見つけてションボリしてたのが可哀想可愛い。俺が育てている薬草の苗に毎朝水をやりながら『今日も綺麗な緑色で偉いですねー大きくなって下さいねー』と語りかけているのが可愛い。この前王都でこっそり買ってきたぬいぐるみに『ミルヒト』って名前付けて顔を赤くしてたのが可わ――」
「もういい! もういいですっ! なんでそんなに良く見てるんですかムネヒトさんのバカ!」
怒られてしまった。まだ半分も言ってないのに……。
リリミカあたりは「はいはい御馳走様。お茶請け甘すぎ」とか言ってる。
「ねぇジェシナ、私達なにを見せられているのかしら……?」
「いわゆるノロケかと。あまり浴びると肌に悪いので、保湿ポーションを塗っておきましょう」
俺の話は紫外線か何かなのか?
「オホン! 話を戻しますけど、胸が一番大きいとか言われても、つい最近ハナに抜かされたし……」
ちらりと、ミルシェは俺の下に居るハナをみた。最近は人間で居る時間も増え、今日も当然のように牛娘の形態だ。
そんなハナだが、俺を膝に載せてソファに座っている。
談話するとき椅子取りゲームのようになってしまい、俺の隣にはアメリアとメリーベルが。
テーブルを挟んで正面にミルシェ、隣にリリミカ、レスティア、コレットが座った。
ジェシナだけは座らず、お茶の準備などを手伝ってくれている。執事服で給仕する格好は、かなりサマになっていた。
で、最後に残ったハナはと言うと、一度俺を立たせてアメリアとメリーベルの間に座ったあと、俺を自分の上に座らせてきた。
周りからの反発もあったが牛娘は何処吹く風。午耳東風であった。鼻唄混じりに俺を抱擁し、実にご機嫌だった。
チャイルドシートみたくがっしりと腕を巻かれ、背中一面に広がるハナの超乳の感触に、俺はすっかり逃げる意思を無くしてしまった。
スリスリとお乳を押し付けてきて、耳元で繰り返し俺の名を囁く。メンタルもおっぱいも強すぎる。
ともかく、ハナと比較するのは流石にな……。
「申し訳ありませんミルシェ様。ですが、ハナの結局のところ牝牛にすぎませんので、どうかお気になさらず。手足の付いたお乳瓶とでも思って下さい」
お乳瓶て。
「ミルシェ様のお乳は天上の宝物に他なりません。ここにある誰の貧しいお乳より尊く、また神聖なモノで御座います」
「また貧しいって言いやがったな! 私とお姉ちゃんをバカにしてんのか!」
流れるような罵倒にリリミカは猛然と立ち向かう。隣ではその姉が「何故私を巻き込むんですかリリミカ! もっと言ってやってください!」と、けしかけているのかそうでないのか。
「ふん。弱いお乳ほど良く吠えるとは言ったもの。このハナ、100センチを越えないお乳はお乳と認めませんので」
「なにをー!?」
このようにハナは、他のおっぱいに対して敵愾心を持っている。おっぱいのプロと自称するだけあって、どうにも意識が高すぎる。
おっぱいの魅力ははサイズだけじゃないんだぞと、彼女に繰り返し説いているのだが、イマイチ伝わってないっぽい。
ただ、ハナはミルシェ以外の女の子を敵視しているというだけであり、特に悪意などはないという。つまりハナとリリミカの言い争いもジャレ合いの範疇に収まる。
「いやはや、膨らんでいるのはお乳首だけですか? ムネヒト様に楽しんでいただけない情けないお乳は、先端を健気に背伸びさせるだけで精一杯でしょうね。飴玉みたいにコロコロに膨らませて……涙ぐましい努力、お疲れ様で御座います」
「あ、きかきききき、ぎぎぃぃ……ぎゅぎゅぇぇ……!」
あ、悪意……無い、よな……?
「興奮するなリリミカ。ハナも、どうかその辺で」
仲裁に入ったのは赤い髪と瞳をしたポニーテールの少女、メリーベルだ。
「……メリーベルがそう言うのでしたら……」
「……なんでベルんの言うことは聞くのよ」
ハナは頷き口を閉じた。メリーベルとは気が合うのか、彼女の忠告には案外素直に耳を貸している。
ハナが人の形態になったのを最も早く受け入れたのが、メリーベルだったというのも大きいだろう。
『ポミケ』の会場で一度目撃していたというのも有るだろうが、メリーベルは「もしや、これも神の御業か……!」と独り呟いていた。どうやら、神である俺の仕業と思っているらしい。
とんと覚えが無いが、絶対に無いとも言い切れないのが苦しいところだ。
それからメリーベルは「そろそろ、どうだろうか?(ちらっちらっ)」と、意味深な目で見つめてくるしのだが、もしや【神威代任者】にでもなりたいのだろうか?
実はもう既に四人も居るんですよとは言えないし、また神威のナントカになるにはおっぱい吸われなきゃ、と言えるわけも無い。ホントにどんな条件だよ。
それに【神威代任者】がどんな存在なのか未だに良く分からない。具体的に神威~は何をし、また神は何をすれば良いのか。
イタズラに神の眷属とやらを四人も儲けてしまったが、みだりにこれ以上は増やすまい。また、隙を見て神~の剥奪が出来ないかを検討してみようと思っている。
「だがまあ、ミルシェの言い分も分からんでもない」
メリーベルの声で俺は思考の海から脱した。コーヒーを一啜りして唇を滑らかにした彼女は、静かに話し始める。
「……私もどちらかと言えば地味な女だし、注目を集めているとは言いがたい。もっと人と違うモノが有れば――と、思ったことが無いとは言えないな……」
「えっ?」
「えっ? とは何だリリミカ」
「いや、ベルんは充分に個性的じゃん。ねえ?」
「!?」
リリミカの言葉に、俺を含めた全員が頷く。意外だったのか、メリーベルは目を白黒させていた。
「ベルんの祖先は帝国の元神官らしいし、騎士団の副団長だし、伝説っぽい剣持ってるし、おっぱい大きいし『炎鉄のシンデレラ』だし……属性多すぎない? ミルシェにどれか分けてあげたら?」
「『シンデレラ』はちょっと恥ずかしいので遠慮しますね」
「お前らソコに直れ」
閑話休題。
「とにかく、私も個性が欲しいんです! 見た目とかスタイルとかじゃなくて、少し話をしただけで『あ! それはミルシェの事だ!』って言われるようなオリジナリティが! じゃないと……」
中々に難易度が高いことを鼻息荒く宣うミルシェだが、ふと俺をチラリとみた。
……もしかしたら、他の皆に嫉妬してる?
確かにこのB地区には様々な美女美少女が集まっている。結局アメリアとジェシナにも押し切られたし、コレットもいつの間にか住んでいる。
オマケに『クレセント・アルテミス』の冒険嬢達も頻繁に遊びに来て、騒がしさと人口密度は日に日に増すばかりだ。
自惚れ込みだが、地味なミルシェ――少なくとも俺はそうは思わないが――は、他の個性豊かな娘に埋もれてしまい、俺に飽きられてしまうのを恐れているのでは?
――めっちゃ可愛いやん。自分、抱擁良いッスか?
だったら俺が「ミルシェはそのままでも素敵だよ」と歯の浮くような台詞を言ったらどうだろうか。
……なんとなく、悪手なような気がする。
考えすぎかもだが、それはつまり「ミルシェは今以上には綺麗になれないよ」と言っているようなモノだ。君の努力は無意味だよと伝えるのは如何なものか。
ミルシェのおっぱいが世界遺産級の宝なのは間違いないが、それ以外に魅力がないなんて絶対にあり得ない。
だが、それを伝えたとして今の彼女は納得するまい。
「じゃあさミルシェちゃん、語尾に『ぱい』とか『ぽよん』付けてみたらどう? ギルドメンバーにも『にゃん』とか『ぴょん』とか言ってたコは居たよ?」
イタズラっぽい笑みを浮かべて、オレンジ色の髪をしたセクシーなお姉さんがアドバイスする。そのバストは今日も豊満だった。
「なんですかその効果音な語尾!? しかも今まで言ってこなかったから、きっと変な目で見られますよ!」
「そう? オリくん、語尾付き冒険嬢にタジタジだったけど?」
なんでいきなりそんな事バラすのかな?
「ムネヒト、飲み物のお代わりは如何リア? 紅茶なら私にも淹れられるリア。ジェシナ、あの茶葉を用意してリア」
「かしこまりましたワン」
「ム、ムネヒト! もう直、お前の祭典用の礼服が届くから、来週までに袖を通してサイズを確認しておけよ……いやしておくベル……」
この場合、マトモな語尾使いはジェシナだけだ。メリーベルとか、恥ずかしいならしなきゃ良いのに。
「ほらもう、皆スグに真似する! しかもそのパターンだったら、私の語尾『シェ』とか微妙にマヌケな感じになりません!?」
「ミルシェってばキャラも乳首も立ってないもんねぇ」
「か!? だからそれは関係ないでしょリリっ! キャラの話してるんだから、胸の――しかも、ちび、ちく……の話とか余計だから!」
「そう、貴女も陥没乳首の兵士。つまり私のマブダチ。れっつ、しぇいくはんど」
「何ですか貴女!? 話をややこしくしないで下さい!」
おっぱいギルドのハーフエルフ、『四天乳』のミュスティはしょんぼり帰っていった。いつから居たんだあの子。
「胸以外の話をしてるの! いい加減、おっぱいから離れて!」
「ミルシェごめんね?」
「私から離れないでよ!? 私=おっぱいじゃないって言ってるでしょ! 怒るよ!」
「ごめん、許して」
「うん。許す」
リリミカはミルシェに抱きつき、二人してエヘヘとか笑いあってる。眼福だわ。
「ぐぐぐ……! ハナもミルシェ様と楽しくお喋りしたいのに……!」
それは良いが、俺を抱く腕が万力みたいだ。
ハナがリリミカを特別敵視するのは、多分ミルシェとの仲に嫉妬しているからでもあるんだろう。
気持ちは分からんでも無いが、ちょっとは手加減して欲しい。俺じゃなければ口から中身がちゅるって出てるところだ。
「ミルシェさん、結局個性やオリジナリティってのは一朝一夕じゃ作れないものです。他人とは違う魅力、昨日とは違う自分を求めるのは分かりますが、焦る必要などありません。少しずつ、人として、また女の子として自分を磨いていきましょう」
流石はレスティア。実に教師らしいことを言って場を纏めてくれたぜ。
「ありがとう御座います。けど、やっぱりちょっと焦ってしまいます……」
ミルシェは俯きながら言う。
「皆、この頃ずっと忙しそうで……なんか、私だけ何もしてないように感じちゃって」
「そんな事ないって。ミルシェだって、毎日いろいろやってるだろ?」
「……牧場のお仕事は好きです。最近また広くなって、原っぱに出るのが楽しみなんです。けど、ムネヒトさんだってハナ達のお世話をしてくれているでしょ? それなのに、他にもたくさんの特別な事をしてます」
ミルシェのいう特別――確かに先日の『ポミケ動乱』を終えてから、特に忙しくなったように感じる。
アカデミーの非常勤にも復帰したし、牧場が広く――正確には、もともとあった土地を再整備した――なって自由度が増したし、リリミカとのブラジャー作成も試行錯誤の日々だし、【ジェラフテイル商会】でポーション作りを学んだり新商品のプレゼンしたり……日本にいた頃よりずっと働いている。
「……だから、何か私にも出来ること――いいえ、私にしか出来ないことがしたいんです」
ある意味では欲張りな願いだろうか。けれどそれは、きっと誰もが持つ願いだ。
俺も乳首の神という(噴飯ものの)存在だが、それはただの肩書きであり、個性の全てではない。
ミルシェだって、まさか乳首の女神とかになりたいワケじゃないだろう。万が一なりたいってのなら、毎日皆のおっぱいに捧げている祈りを三倍に増やすけど。
ありきたりな言い回しになるが、俺は俺になりたい。
また、ミルシェはミルシェになりたいのだろう。心理学でいうところの自己実現というヤツだ。
では、どんな自分になりたいのか。
それも結局は自分で見つけるしかない。人の話を聞くのも良い。本を読んで勉強するのも良い。少しばかりの金を握りしめて遊びに出掛けても良い。
色々な経験を重ねながら、自身を作り上げる他ない。
「レスティアも言ったが焦る必要はないって。ミルシェにしか無い魅力や個性ってのは間違いなく見つかるし、もう既に沢山持ってる。たとえば毎日鏡見て笑顔の練習してるのが可――」
「もう良いですからっ!」
ミルシェがどんなミルシェになりたいか、俺も出来るだけ力になりたいものだ。
まあ出来ることなんて、おっぱいに関連することばかりなのだが。
・
だからというワケではないのだろうが、後日、ミルシェは多くの者の注目を集めることになる。
それはミルシェの意思によるものではなく、誰のものでもない。
原因を辿れば俺に行き着くのだが、この時点では予感すらしなかった。
聖剣ヴァルガゼールの担い手、つまり『勇者』が現れたのだ。




