流星のような恋を貴方に(下)
草原の真ん中に、見えない境界線があるようだった。
片方は第二騎士団――といっても、此処に立っているメリーベルとゴロシュとドラワットの三人のみ。他の団員に被害者や被害の状況を確認させ、代表で三人が交渉に赴いたらしい。
もう片方は『クレセント・アルテミス』の女達だ。先程とは違い、ギルドメンバーの全員が揃っていた。
例外はコレットであり、俺の後ろでハナと一緒に並んでいる。
俺達はそのどちらとも言えない位置にいた。高校野球試合開始時における審判と言ったら分かりやすいだろうか。
「『クレセント・アルテミス』のギルドマスター、ディミトラーシャ殿。此度の助力誠に感謝する。後日、王宮から貴君らに恩賞が贈られるだろう」
メリーベルが言うと、ディミトラーシャは優雅な動きで首を横に振る。彼女くらいの美女になると、ただ首を振るだけでも何かしらの技術があるように思わせる。
「くふふ、どういたしまして。と、言いたいところでありんすが、わっちらはただ仲間の救援に来ただけでありんす。それに――」
チラと、ディミトラーシャは俺の方を妖しげな微笑と共に見てきた。
「――それに、礼ならもう充分すぎる程に戴きんした。これ以上を求めるのは、強欲というものでありんしょう」
彼女は、コレットが色々と白状したことを察しているのだろう。
例の夜、俺は彼女達が抱えていた身体的な悩みや健康上の問題を引き受け、一気に解決してしまった。乳首をつまんで。
彼女達に――特にディミトラーシャにしてみれば、奇跡のような恩を受けたに等しいとコレットは言っていた。欠損したおっぱいを甦らせるなど、当の俺にとってもビックリだ。
目の前にあるディミトラーシャのこのおっぱいを俺が――と思うと、何とも誇らしい。先日マッサージに誘われた事をも思いだし気恥ずかしくもある。
しかし、礼には及ばないというか、むしろ俺の方が申し訳ない心地だった。おっぱいの力になれたというのは俺のライフワークに沿ったものだし、『クレセント・アルテミス』での一週間は良い経験だった。
正直、とても良かった。おっぱいに囲まれて毎日夢のようでした。
故に、騙された事実はあれど、俺は彼女達に恨みなど持っていなかった。皆が俺に乳首をウンヌンされたのを本当に気にしていないというのなら、それでチャラにしようと思っていた。
ついでに、借金もチャラになってくれるのなら理想的だ。少しでも安くなるようコレットに交渉を手伝って貰おうと思っていたが、杞憂に終わったらしい。
「良く分からんが……辞退するというのなら是非もない。その旨、王宮に伝えておこう」
その辺りの事情を知らないであろうメリーベルは首を傾げていたが、深く追求することなく頷いていた。
名残惜しい気もするが、俺と三日月の女神達との逢瀬は終わりだ。
「さて、ここからが本題でありんす」
「――なに?」
――と、思っていたんだけど、ここからが本題?
コレットはキョトンとした目でディミトラーシャを見たが、他のギルドメンバーは泰然としている。どうやら、俺とコレットが居ない間に何か決まっていたらしい。
「本題だと? いったい何の?」
メリーベルには微笑みだけ向けておいて、ディミトラーシャは胸の谷間から(憧れのおっぱいポケット!?)純金色の物体を取り出す。
「オリオン、これを」
「え? あ、はい」
そのまま俺に向かって手渡してきたので、つい反射的に受け取ってしまった。わ、あったかーい! じゃなくて。
ほのかに温かいソレは、手の平に収まるサイズでありながらズシリと重い。金属製のアクセサリーらしく、三日月と薄布一枚のみを纏った胸の大きな美女が表現されていた。立体的なコインとも勲章とも見える見事な彫刻だ。
もしかして、おみやげ? あるいは、裏ギルド来店特典のスタンプラリー的な?
「あの、これって……?」
「『クレセント・アルテミス』のギルド紋章……その、オリジナルでありんす」
「へー……ギルドの紋章……ん? オリジナル?」
ディミトラーシャは、形の良い唇を三日月のようにして笑う。
「それは、わっちがギルドを立ち上げるときに造らせた自慢の逸品であり、ギルドマスターが持つべき物。オリオン、ぬしに相応しい品でありんす」
……。
「ぎるどますたー? だれが?」
「勿論、ぬしが」
「……何処の?」
「当然、『クレセント・アルテミス』のでありんす」
…………。
「「はああああああああああ!?」」
叫びは俺とメリーベル口からだ。
「ど、ど、ど、どういうこと!? は!? え!? ギルドマスターって、俺が!?」
「最初からそう言ってるでありんしょう? あぁ、ついでに言うと既にコレット以外のメンバーの了承は得てありんす」
コレットの方を振り向くと、彼女も俺の方へ勢い良く振り返ってた。多分、二人して同じような顔になっているに違いない。
「ぬしらが居らぬ間、ずっと考えていんした。もはや普通の方法では、オリオンに受けた恩は到底返しきれんせん、と」
増してや、自分達はオリオンを騙そうとしたともディミトラーシャは言った。
「それで至った結論が、わっちらの全てをぬしに捧げるということだったんでありんす。わっちら『クレセント・アルテミス』は、これよりオリオン新ギルドマスターの所有物となりんす」
開いた口が塞がらなかった。こんなに驚いたのは、バンズさんにB地区を貰ったとき以来だ。あの時も身に余りすぎる褒美だと思っていたが、今度はおっぱいギルドを丸ごと。
あれ? つまりどういうこと? 81人、162房のおっぱいが俺の物になるってこと?
俺の視線に気付いたのか、ディミトラーシャも後ろに居るメンバーも、ウィンクをしてきたり谷間を寄せてアピールしてきたりする。
「騙された鬱憤や、コキ使われた腹立たしさを、どうか存分にぶつけてくんし……わっちら、とうに覚悟していんす……」
ゴクリと喉が鳴るのをどうしようもない。
「ばっ、馬鹿を言うなッ!」
俄然、反応したのはメリーベルだ。我らが副団長の顔は自分の髪に負けないくらい真っ赤だった。
「何を言い出すかと思えば、ムネヒトをお前達のギルドマスターにするだと!? そんな話が認められるワケないだろう! そもそも、騎士団と冒険者は兼業できん!」
「おや、そういえばそうでありんしたねぇ。でしたら、騎士団の方は辞めていただく他ないでありんす」
「なああああああああ!?」
二の句が継げず叫ぶだけのメリーベルを無視し、ディミトラーシャはゴロシュとドラワットに天使のような笑みを向けた。
「お二方のお陰で、とても良いご縁に恵まれんした。トネールソン様達には今度別に御礼をしてあげるでありんす」
「「ちょ!?」」
艶なバストを見せつけると、ゴロシュもドラワットも真っ青になりながら鼻の下を伸ばすという器用な表情を作ってみせた。
メリーベルの怒気が最初の原因である双子に向かいかけたが「お前達は後回しだ……!」と言って向き直り、凄まじい眼光を俺に向けてきた。
おいおい、そんなに見つめると火傷するぜ? 俺が。
「ムネヒトぉ……貴様、何をしたぁ……!?」
久しぶりにメリーベルが不動明王様に見える。
ははーん、シンデレラが被った灰ってのはアレだな? 相手を焼き尽くした後に出来た灰なんだな? つまり返り血的な。本当は怖い童話。
「な、何をと言いますか、ナニはしてませんと言いますか、おつまみしちゃったと言いますか……」
「くふふふふふっ! 野暮なこと言わんでくんし。そんなの、決まっていんしょう?」
ビビってしどろもどろに返答する俺を遮り、ディミトラーシャが愉快そうに笑い声を上げた。
彼女は磨き抜かれた肉体をしならせながら、腕で豊満な乳房を両側から寄せ、手の平を太腿に挟み込む。
「あの夜……わっちらは、ぬしに――オリオンに分からせられてしまったんでありんす……『クレセント・アルテミス』は、オリオンに捧げられる為に作られたんだと……」
そのまま内股を擦るようにして、熱く湿った吐息を漏らす。届くはずもないのに、ディミトラーシャの声を耳朶のすぐ近くで聴いた気がした。
「お、お、お前というヤツは……ッ! この二週間の間に80人もの女と関係を持ったというのか!? 一日辺り何人に手を出した!? ローテーションは!? どの女がお気に入りなんだムネヒトーーーー!」
「弁明をさせてくれ! メリーベルが思ってるような事はしてない! 俺はただ……『クレセント・アルテミス』の皆のおっぱいをちょっと揉みくちゃにしただけです!」
「弁明ではなく自白ではないか!? 私の思っているような事そのままだったぞ!」
「『非乳三原則』は破ってません!」
「王国法でモノを言えーー!」
詰め寄ってきたメリーベルと俺の間に、ディミトラーシャが身体を割り込ませてきた。
「まったく。みっともなく喚くばかりでは、男に好かれませんぇ?」
「なんだと!?」
「ぬしも女なら分かるでありんしょう? 良い男に触れられた時の快感……幸福……雌の冥利に尽きるというもの――あ、ぬしはまだ生娘でありんしたか。それは失敬」
「ききききききき貴様あああああああああああああ! 名誉毀損でしょっぴかれたいかぁぁあああああああ!」
駄目だ。腕っぷしはともかく、女同士のある種の口論ではメリーベルは余りに不利。
「なに、移籍金ならたんまり支払うでありんすから、どうぞご安心を。溜まっていた第二騎士団のツケもチャラにしんしょう」
「金の問題ではない! ゴロシュ、ドラワット、こっそりガッツポーズをするな! ハイヤ・ムネヒトは第二騎士団を担う重要な人材だ! そんなアホな理由で退団を認められるか! おいムネヒト、何をボケっとしている! そんなものとっとと返してしまえ!」
「おや? 返すんでありんすかぇ? まぁ、それでも構いんせん。その場合、オリオンへの返礼が変更になりんすが……よろしいかぇ?」
彼女らの仕草や物腰から、礼がどんな内容に変更するかは言うまでも無いことだろう。ムスコが数十名の視線に射込まれ、縮み上がってしまいそうだ。
「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ! そんな破廉恥な真似が許せるものか!」
「あれも駄目、これも駄目。ホント、固い小娘でありんすねぇ。では、どうやってわっちらは詫びや礼をすれば宜しいんかぇ?」
おかしい。何でお詫びする側があんなに強気なんだ? 何かがおかしいというか、何もかもおかしいというか。
モーゥ!
ディミトラーシャとメリーベルの過熱していく言い争いを尻目に、隣に居たハナが小さく唸り声を上げた。
モゥ、モーゥ!
(なんですか、このお乳の貧しい雌共は。ムネヒト様をまるで自分の所有物かのような言いよう、聞いていて腹立たしく存じます! お許しを頂ければ、このハナが見事踏み潰して御覧にいれますが)
俺のハナ怖っ!?
(落ち着けそんなことしなくて良いから! 原因は俺にあるんだよ!)
モーゥ?
(ムネヒト様に間違いなどあろう筈が御座いません。ですが、いったい何をなさったというのですか?)
俺は事情のあらましを掻い摘んで白状した。乳首だけに。しかし理由を聞いたハナは更に首を傾げるばかりだ。
モモーゥ?
(それの何がいけないというのですか?)
(えっ)
モーゥモーゥ!
(ムネヒト様にお乳を触っていただけるなど無上の栄誉に他なりません。このハナ、正直嫉妬いたします)
(あ、ああ……そう、なの?)
モーゥモーゥモモモーゥ!!
(むしろ『偉大なるムネヒト様。この度は我が粗末極まるお乳を触っていただき、誠にありがとう御座います』と感謝すべきなのです! なのにあのお乳大飢饉共は、詰まらぬ御託をつらつら並べ立てムネヒト様のご寵愛を独占しようとしております。卑怯千万、言語道断。憤懣やる方なしとは、まさにこのこと!)
(お乳大飢饉てお前。ソレは言い過ぎって言うか、人とお前たちとでは価値観が違うというか……)
「そのただでさえ貧しいお乳、このハナが踏み潰し肋骨と平行にしてやりますとも!!」
(モーゥ!!)
「怖っ!? って、あれ、お前今――」
「――騒がしいわね」
ふとその時、全く別の方向から第三者の声が耳に届いた。他の皆にも聞えたらしく、ディミトラーシャもメリーベルも声のした方へ顔を向けた。
「アメリア! もう良いのか?」
若草を踏みながら、純金色の髪をした女性――アメリアが此方に歩いてくる。少し後ろには背の高い中性的な女性が控えており、その手には大きな黒塗のケースが持たれていた。
「ええ、問題ないわ。それより、貴方の問題を何とかしましょう」
彼女は微笑を浮かべながら俺の横を通りすぎ、ディミトラーシャとメリーベルの間に立つ。
「【ジェラフテイル商会】代表、アメリア・ジェラフテイルよ。もしかしたらご存知かもしれないけれど、一応は名乗っておくわ」
ざわ、と空気が揺れた。
王都でも屈指の大商会、しかもその代表者が現れたのだ。無理も無いだろう。
俺もアメリアの本名を聞いたのは初めてだが、薄々そうじゃないかと予期していたので驚きは少なくて済んだ。隣のコレットも同じだろう。
また、第二騎士団の驚きと『クレセント・アルテミス』の驚きは、やや違うものであったらしい。
特に『クレセント・アルテミス』の皆は「噂と全然違うじゃない……」と、呆然とした面持ちで呟いていた。
「……それで、主はなんのようかぇ? 悪いけど、部外者は口を挟まんでくんなんし」
「いいえ、彼の問題は私の問題よ。部外者ではないもの。ジェシナ」
アメリアがそう言うと、控えていた長身の麗人が音も無く前に歩み出て、持っていた巨大なケースを開けた。
「細かい事情は分からないけれど、金貨で8000枚用意したわ。経緯も事情も思惑も全て無しにして、ハイヤ・ムネヒトから手を引いて頂戴」
反射した陽光で目が焼けるかと思った。
開け放たれたケースの中には、規則正しくギッシリと金貨が詰め込まれていた。普通、これほどの金貨を詰め込んだら重くて持てるものじゃないのだが、ジェシナと呼ばれた秘書は涼しそうな顔をしている。
恐らくは、あのケースに重量軽減とかのエンチャントが付加されているのだろう。――などと、今は考えなくても良い事を現実逃避気味に考えてしまう。
ソレほどまでに現実感の無い大金。圧倒的なまでの金の暴力だ。
『クレセント・アルテミス』の皆も、流石のディミトラーシャも面喰らったらしく、眉を僅かに吊り上げている。ちなみにメリーベルは、あんぐりとしていた。
「あら足らない? ジェシナ、あと8000枚用意しなさい。五分以内にお願い」
「かしこまりました。ですが、十秒もいりません。既に用意しております」
「そう、流石ねジェシナ」
取り出された同じサイズのケースがトドメになり、一同完全に言葉を失う。
合計金貨16000枚。比喩でも何でもなく、一生遊んで暮らせる。仮に金貨一枚を日本円で10~20万円とすれば――16億円から32億円。
宝くじで何度キャリーオーバーをしたらこうなるのでしょう。
「安心してムネヒト。もちろん、貴方への報酬も別に用意するわ。いまお父様が準備して下さっているのだけれど……まずは、30000枚で良いかしら?」
「――――」
「……?」
「……俺もサンマは好きだ。大根おろしとかがあると、なお良い」
「サンマ旨いじゃないわ。三万枚よ、さんまんまい」
「……金貨で?」
「んー……それもそうね。流石に嵩張るし、お父様に小切手で用意して貰えないか窺ってみるわ。それとも、せっかくだし貸金庫でも作る? お父様が後見人になって下されば、面倒な手続きも不要だけれど」
「あ、いや……そんな意味じゃ無くて……」
「……?」
「……?」
俺も首を傾げるが、アメリアもキョトンとしている。話が全く噛み合わない。
「……あれ? もしかして夢でも見てるのかな? 毎年買ってたジャンボな宝くじが今更になって当選したのかな? どこの銀行に口座作れば良いのかな? 印鑑とか無いけどサインで良いかな?」
かなかなかなって、俺ってば異世界に来てヒグラシに転生しちゃったけか? 乳首の神な上に蝉とか中々カオスですねぇ。
「アメリア……? 気持ちは嬉しいし、確かに報酬は望むだけ用意するとか言ってたけど……流石に、流石すぎやしないか?」
彼女に手を貸したのは事実だが、これほどの恩賞を差し出されるとは思わなかった。
金貨12枚くらいは要求しても良いんじゃない? と考えていた俺の金銭感覚からしてみれば、衝撃を受け止めきれない。
「だって、夫を助けるのは妻として当然でしょう?」
「は?」
直後に、金貨3万枚以上の衝撃に襲われるとは思わなかった。潤んだ瞳で見られたと思った瞬間、アメリアは俺の胸に飛び込んでいた。
「――は!?」
「好きよ、ムネヒト」
「――は!?」
「はぁぁぁー!?」
「えぇえええ!?」
「な、なんと!?」
モッ、モーォ!?
驚愕の大合唱をBGMに、アメリアは顔をグリグリと俺の胸辺りに押し付けてきた。両腕は既に背中に回され、完全にロックしている。
「好き、好きよ、大好き。愛してる。もう貴方なしでは生きていけないわ。好きで好きでたまらないの」
問答無用の超剛速球だった。
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