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異世界でB地区の神様になったけど、誰にも言えない  作者: フカヒレさん
第四章 金と恩とおっぱいと
196/214

えんがちょ

 

 あるいはルーカスの命令よりも早く、モンスター達はムネヒトに襲い掛かっていた。彼らは、青年の脅威を召喚主よりも察知していた。

 殺到する魔獣達を見据え、ムネヒトは全身の出力を最大()()に解放する。

 具体的な行動として、彼は自身の両乳首を(なるべく不自然じゃない仕草で)つまみ上げた。


 ムネヒトは神獣『タイラント・ボア』との死闘から、いつかまた自分以上の存在と対峙する可能性をずっと考えていた。いざという時、格上と渡り合う手段を持っておくべきだとも。


 ヒントなら既に見付けていた。彼がおっぱいスキル以外に持つ『徹拳』という初級技巧がそれだ。

 通常より体力を多く消費し、通常以上の攻撃力を得るこの基礎的なスキルは、燃費の悪さから多用はされない。

 スキルの等級が上がるにつれ燃費は改善されていくが、実戦レベルにまで育てるにも手間が掛かる。

 そんな事をするくらいなら、他のスキルを育てた方が効率が良い。


 だがムネヒトは日頃から貯蓄していた経験値を、この『徹拳』にありったけ注ぎ込んだ。

 元来貧乏性であり、経験値は皆のおっぱいに使いたいと思っていた彼には苦渋の決断だったが、


『よくよく考えれば、自分の乳首つねって回収すれば良いのでは?』


 という結論に達した。

 これにより、普段は最下級に抑えている『徹拳』は、大量の経験値により一足飛びに最上級にまで至る。


 更にムネヒトは、これを全身で発揮してみたら? と思い付く。

 何の事はない。全身の筋肉を『徹拳』の要領で限界駆動させるという単純な物。

 子供のような発想であり、過去に思い付いた者も少なくは無いだろう。

 しかし、いかんせん燃費が悪い。可能だとしても、すぐにガス欠を起こしてしまうのは間違いなかった。


 だが自分はその限りではない。『乳深度』により強化された身体能力に加え、経験値と同様にコツコツ貯蓄していた体力がある。それと自分を接続させ使用すれば良い。


 その発想の元に生まれたのが『徹闘徹身(ファイティングコール)』。肉体の全機能を徹頭徹尾、戦いに使うムネヒトの切り札だ。


 ユニークスキルでは断じてないが、そう呼んで差し支え無いかもしれない。こんな馬鹿なスキルの使い方をする者は、今まで居なかったのだから。


「   」  オ――!


 駆け出した瞬間から黒い閃光と化したムネヒトは、自身の短い雄叫びを後方で聞いた。

 最初の犠牲はギガント・ゴーレムという巨大なモンスターだった。通常ゴーレムの約三倍の体積を誇る威容は、対峙する者の心胆を震え上がらせるに充分だ。

 しかしながら、今のムネヒトには良い的でしかない。

 巨木と見紛う足に、彼は強烈な体当たりを喰らわせた。

 ほとんど通り抜けるよう岩石の巨脚を粉砕すると、後ろに居た別の魔獣を足掛かりとして松葉の形に跳躍する。


「『徹蹴(ブラスト・ボレイ)』!」


 その勢いのまま、ムネヒトはギガント・ゴーレムを他のモンスターに向かって蹴り飛ばした。いや、蹴り飛ばしたというよりは、足で押し出したという方が当たっている。

 轟音。屋敷が丸ごと地滑りするかのごとく、岩の巨人はその他大勢を巻き込みながら地面と水平に宙を泳いだ。巻き込まれた数は十や二十ではないだろう。


 吹き飛ばしたゴーレムには一瞥も与えず、ムネヒトは次に掛かってきた四本腕の骸骨へ焦点を合わせる。

 クアドラ・スケルトンという異形の骸は、三メートルほどの体躯と四本もの腕を持つアンデッドだ。

 それぞれの腕にそれぞれ違う剣――この個体の場合は、大剣、片手剣、毒剣、魔剣を持ち、どれもが朽ちてもなお血を欲する剣呑さを誇っていた。

 生前は名うての剣士だったとも、魔力や瘴気の濃い場所で特異的に進化したとも言われているが、発生した原因は定かではない。


 いずれにせよ、従来のスケルトンとは一線を画す存在だ。並みのスケルトンを百体同時相手にした方が、まだ勝ち目があると言われている。


『シャァァァァッ!』


 骸骨剣士は甲高い絶叫と共に、四剣全てをムネヒトに斬り浴びせた。運動エネルギーを全て巨人へ譲渡したムネヒトの身体は、一瞬だが宙にある。着地までの短い間隙を狙える技量が、クアドラ・スケルトンにはあった。


「『徹剣(ブラスト・ブリンガー)』!」


  対するは右の手刀。徒手空拳の彼は武器など持ってないが、五体が既に世に二つとない武器だった。

 打ち下ろした手刀は四条の剣閃をことごとく断ち割り、骸の上半身をも唐竹割りにしてしまった。


「――!」


 ムネヒトが地に足を着けた瞬間には、筋骨の逞しい鬼が既に巨拳を放っていた。その直径だけでムネヒトに身長に迫るほどの巨大さだ。


ゴァアアア(ノックバック)アアアアア(・インパクト)!』


 グラップル・オーガという鬼は、恵まれた体躯を誇りながら更に戦士系の技巧に精通しているモンスターだった。

 当然、知恵もある。オーガは一目でムネヒトの強度と軽さを見抜いた。彼が繰り出した拳は、叩き潰すというより吹き飛ばす類いのもの。

 一度場外――『神隠し』の範囲外まで相手を運び、仕切り直すつもりらしい。


 見抜いたのはムネヒトも同じだった。

 体重が足らないのなら、他から借りてくれば良い。

 そう判断したムネヒトは、向かってくる鬼の拳に対し身体を横に構え、自分より……また鬼より遥かに巨大な相手から重量を借りる。


 この星で最も重いものは何か? 答えはこの星そのものだ。


 ムネヒトは四股の要領で右脚を地面に突き刺した。

 太腿の根本まで埋まってしまうほど、深く深く大地に預けた。左脚も同様に……膝頭がやや隠れる程度まで埋める。必然、彼の身体は一段低くなった。


 大地を掘削しながら迫る巨鬼の拳に、黒髪の悪鬼は肘鉄を合わせる。

 至近で落雷があったかのような音とともに、オーガの右腕が粉砕した。手の甲は砕け、鍛え抜かれた前腕からは折れた骨が飛び出ていた。


 ムネヒトも、流石に地面ごと抉れられて仰け反ったていたが、反撃には充分に間に合う距離だ。含みを持たせていた左足で飛び上がり、オーガへ肉薄する。

 破壊された拳に呆然としたオーガは、迎撃に致命的な遅れをとった。逆の腕を振り上げた時は既に、ムネヒトの拳によって上半身に大きな穴が開いていたのだ。


 その穴の向こうで、ルーカスの顔が青ざめていくのをムネヒトは見た。


 ・


 私の為に戦ってくれる人は――。


 アメリアは、たくさんのモンスターに囲まれて立ち回るムネヒトを見つめていた。

 あの中のどれよりも小さく、どれよりも早いのがムネヒトだった。

 冒険者では無いアメリアにも、ルーカスの召喚したモンスター達が尋常で無いのは分かっていた。あれらを動員すれば、王都で虐殺の限りを尽くすのも確かに不可能では無いのかもしれない。


 私の為に怒ってくれる人は――。


 しかしどれもが彼には通用しない。動く巨木も、地を這うトゲだらけのトカゲも、風を纏ったワイバーンも、おぞましい蜘蛛も、下半身が蛇の大きな女も(何故かこのモンスターだけは倒れず、ウットリした顔で気絶するだけだった)何もかもがムネヒトの敵では無かった。


 凄惨な殺戮の現場だが、アメリアはほとんど瞬きも忘れて見入っていた。彼が肩に掛けてくれたジャケットを強く握り、そこに残った熱を逃さないようにしながら青年の姿を追う。


 音も消え、宙を舞う血潮も目に映らない。アメリアの瞳には、もうムネヒトしか見えなかった。


 アメリアは意識なく、胸の上で手を祈りの形に組んでいた。

 自分はまた出逢ってしまったのだ。生涯に一度有るか無いかの、運命の流星に。

 一人は、ポーションをくれた名も知らぬ薬師。もう一人は今、自分を守る為に戦う青年。


「! ムネヒト、危ない!」


 注意を喚起したつもりだったが、そのアメリアの気遣いこそが余計だった。彼女の叫びに振り返った青年に、空気を裂きながら鞭らしいモノが飛来する。

 長い針が、ムネヒトの右目を強かに穿った。


 チェーン・ホーネットは体長が3メートルほどもある巨大な蜂であり、獰猛な肉食の魔獣だ。

 このモンスターの特筆すべき点は、蛇腹のように伸びる針にある。この特徴的な武器で蜂は獲物を刺突するのだ。

 射程距離は約十メートル。鉄製の鎧すら容易く貫通する威力を持つだけでなく、この狡猾な蜂は標的の眼球を狙う。

 針で相手の目を抉り、そのまま脳をも潰し、更には毒を流し込む。そして悠々と捕食へ入るという、残酷で効率的な狩りを行うのだ。


 ムネヒトを襲ったのもソレだ。

 完全な死角からの一撃は、過たず彼の右目を強襲する。歴然の冒険者でも、首から上が飛んでも可笑しくない威力だった。

 アメリアとコレットから悲鳴が上がった。


「――チビっちゃうかと思った……顔はビビるから止めてくれよ」


 大きく傾いだムネヒトは、攻撃を完了して余力に浮かぶ蛇腹を掴んでいた。


「だが、残念。目ん玉(ソコ)じゃない」


 時にはミスリルすら貫く毒針も、ムネヒトの眼球を傷つける事すら出来なかった。

 驚愕という感情が蜂にあったかは不明だが、想起する時間も与えられなかった。掴まれた針ごと勢い良く手繰り寄せられ、真っ二つに切り裂かれたからだ。

 振り下ろされた青年の手刀はチェーン・ホーネットのみでなく、次に襲い掛かってきたアイアン・アントの群れを大地の染みにしていた。

 直接触れたワケでは無い。手刀による風圧で鉄の蟻達をひしゃげさせていたのだ。


 私の――――私の運命の人は!


「「強い――――!」」


 全く同じ言葉を、アメリアとルーカスは叫んでいた。しかし、内包する感情には天と地程の差があったに違いない。


「何者だ貴様! いったい、どうやってそんな馬鹿げた強さを手に入れた……!?」


 呻くルーカスに、ムネヒトは血糊を拭いながらニッと歯を見せた。


「さっき言っただろ? 俺は通りすがりのおっぱい王国民だ……あっゴメン。コレは言ってなかったな」


 しかも下らないジョークを飛ばす余裕まであるらしい。煽られたと理解したルーカスは、憤怒で顔を真っ赤にしている。


「ほら、そろそろアンタが来たらどうだ? 本当に大将を気取るなら、部下達の見本にならないと」


「あっ……!?」


 見れば、あれだけいた魔獣達の半数は既に無い。残されたモンスター達も、とうに戦意を失っていた。

 ムネヒトに怯えきっているのがアメリアにも分かった。また、ムネヒトを避けて自分やコレットに襲い掛かってこないのは、ハナという牛に怯えているからだろう。


「御出陣あそばせ? 魔王サマ」


 ムネヒトはチョイチョイと、手招きして見せた。


 ・


 キメラ・ボーンドラゴンとは、かつて十の都市を滅ぼしたという竜の亡骸だ。生前の竜は、述べ百名にもなる冒険者達との死闘の果てに最期を迎えたという。

 しかし、白骨と化しても潰えなかった殺戮本能は、この魔竜に再び戦う機会を与えた。

 当時の冒険者達に討たれ、とあるダンジョンの深くで眠っていた竜の亡骸を、ある高名な召喚士が発見したのが始まりだ。

 生前の死闘や年月で風化して欠損した竜の肉体を補うために、召喚士は強力なモンスター達の肉体を移植していった。

 その召喚士の家系に受け継がれているうちに、移植された肉体は竜の完全な一部になっていく。やがて五つの頭と十一枚の骨の翼。そして二十五本の骨の腕を持つ異形の竜が生まれてた。


「ちょこまかと……! とっととくたばってしまえ!」


 しかし、そのドラゴンの腕の数が二桁を切った時、肋骨にいるルーカスの額に浮いた脂汗は粘度を急激に増した。

 王国を一枚の美しい絵画にすることは諦めた彼ではあったが、自身が負けるなどとは露程も思っていなかった。

 私財を投げうって、また【ジェラフテイル商会】の利益を横領して今日の為に準備を重ねてきたのだ。

 強力な召喚獣も買い揃え、使役に用いる『魔石』も大量に入手した。万が一に備え、第一騎士団や反クノリ派の貴族とも密約も怠らなかった。

 第一騎士団はある理由からその勢いを大きく落としてしまったが、最終的な勝敗は揺るぎ無い。


 神に愛されている自分が負けるなど、ルーカスには到底認められなかった。


「く、くそ……来るな! これは命令だぞ!? 来るなと言ってるのが、ぐはぁ!?」


 折れて飛んで来た腕の一本が骨竜の肋骨を殴打する。竜を完全な支配下に置くため、キメラ・ボーンドラゴンと自身とを半ば同化していたルーカスにも、ダメージが何割かが襲ってきた。


「ぅ、ぐ、止めろ寄るな! がはっ、い、痛、ぐ、や、止め、ぎひぃ! ご、ぅオぇ――」


 ムネヒトを殺そうとしていた何本の腕は、いつしか彼を振り払おうという行動に変わっていた。それが、ムネヒトの攻撃から身を護る体勢に変化するまで大した時間を要しなかった。

 冬篭りを始めた蓑虫のように腕も翼も脚も畳み込み、黒髪の青年から身を護るのに必死になっていた。

 蓄えていた『魔石』を使いボーンドラゴンの傷を回復させてはいたが、失われていくペースの方が遥かに速い。

 ムネヒトの容赦の無い猛攻は、ルーカスから魔力と余裕を残酷に毟りとっていく。


「――お、おのれぇぇぇっ!」


 ルーカスと骨の竜は吼えると、肉の無い翼をはためかせ上空へ舞い上がる。

 そして、五つの頭に魔力を籠め始めた。

 竜口(砲門)から吐き出される息吹(ブレス)は、竜の代表的かつ最大の攻撃だ。

 魔力を多く消費してしまうため敬遠していたが、四の五の言っていられない。ルーカスは、あの目障りな小男を排除したくて躍起になっていた。

 眼下に放てば、アメリアもコレットという女も無事では済むまい。


「――ッ!」


 ムネヒトもそう判断したのだろう、わざわざ誰も居ない側の宙空へ跳躍し、自ら的になるように身体を晒した。


「馬鹿が!」


 無論、それこそがルーカスの狙いだった。確実にムネヒトを排除するために誘いをかけたのだ。

 眼下には未だ自分の召喚したモンスターも居る。魔王の因子が破棄されてしまった今、強力な魔獣の再召喚はほぼ不可能。

 王都攻略のために、戦力は残しておかなければならない。


 極限にまで凝縮された息吹は細い熱線となり、空気を焼き斬りながらムネヒトに放射された。

 閃光は一瞬にして光と熱を、数秒遅れて背骨まで震わせる轟音を生んだ。


「きゃあぁぁ――!」


 爆風に悲鳴を上げ女共を下に、ルーカスは勝ち誇った笑みを浮かべた。


 ――勝った!


 心のうちで凱歌を上げた。

 回避できたとは思えない。中々の防御スキルを持っていたようだが、耐えられる筈もない。爆発で粉々になったか、溶けて蒸発してしまったのだ。


 あの男さえ消えてしまえば、後はどうにでもなる。今度は、ベルバリオや暴れまわっている騎士共に今のような一撃をくれてやろう。


 竜が身体ごと彼らのいる方面に向き直り、再び息吹の充填に入った時だった。爆炎を引き裂き、一個の物体が超高速で飛来する。

 もちろんそれは、ムネヒトだった。


「な、ぁああっ!?」


 既に意識外に押しやっていた方面からの襲撃に、ルーカスは悲鳴を上げていた。

 ムネヒトが着ていた服はボロボロだが、彼の肉体には傷ひとつない。彼は回避したワケでも無いし、あの宙域に留まっていたわけでもない。

 息吹の直撃を浮け、しっかり吹き飛ばされてた。台風に巻き込まれた落ち葉もかくやという勢いだった。


 しかし運が良かったのか、当然だったと言うべきか、展開されている『ミスリル・タワー』の障壁が彼を受け止めていた。

 ムネヒトは障壁側面に()()し、そのままソレを蹴って数百メートルにも達する距離を帰ってきたのだ。

 ほんの少しでも角度が違えば、ムネヒトの身体は明後日の方に飛んでいってしまっただろう。

 それでもレーザーのような精密さで帰還を果たせたのは、目印があったからに他ならない。

 目印とはつまり乳首だ。

 自分の肉体そのものを投石機の石にみたて『乳頂的当』でルーカスの乳首へ跳躍したのだ。


 慌てて向き直りムネヒトに竜口を構えるルーカスだったが、既に遅すぎた。

 青年の肉体は大砲以上の破壊力で、竜の中心に激突する。

 ルーカスは叫びも上げられなかった。

 彼もボーンドラゴンもムネヒトの勢いをそのまま引き継ぎ、地面に叩きつけられてしまった。

 砕け散った竜の肉体がバラバラと雨を降らせる中、ムネヒトがやや遅れて着地する。

 悪鬼に残心はない。

 彼は、墜落し悶え苦しむ骨の固まりに向かって走り出していた。


「――ま、待ってくれ!」


 ルーカスは堪らず両腕を広げて声を上げていた。顔には友好的な笑みすら浮かんでいる。


「君のこの強さ、このまま殺してしまうのは惜しい! ここは互いの健闘を讃え合い、引き分けとしよう! 私と取引をしようじゃあないか!」


「『徹蹴(ブラスト・ボレイ)』!」


「ぎゃあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!?」


 キメラ・ボーンドラゴンの胴から下が爆砕する。全長は半分ほどになり、空気の抜けたボールのように不規則に地面を転がった。


「ひぃ……ひぃぃぃぃぃ! いきなり蹴り飛ばすとか、お前には人の心が無いのかァッ!? まずは私の話を聴き給え!」


 残された上半身を器用に操り、ルーカスは声と胸を張って演説を始めた。


「我々【神ジェラフテイル商会】は常に有能な人材を求めている! 君のような傑物が仲間になってくれれば、心強いことこの上ない! 金なら幾らでも払おう! 差し当たりは、商会幹部報酬の十倍を約束する! さぁ、最早迷うにも及ぶまい! 私の手を取り、共に栄光に満ちた明日を迎えようではないかーーッ!」


「『徹剣(ブラスト・ブリンガー)』!」


「ぎゃあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!?」


 右鎖骨側に命中したムネヒトの手刀は、竜の骨格を三分の一ほど削いで捨てた。断面から滝のように、ルーカスが手間と財力を費やして集めた魔力が零れていく。


「あ、あ、あああああ! いや、いやだ! 止めろぉぉぉぉ!」


 自分の腕と残った腕とをメチャクチャに動かしながら魔力を掬い、傷の断面へと押し当てていた。ふと地に這いつくばって喚く自己の姿を客観視して、ルーカスは悔し涙を流した。


()()()だ……! 理不尽すぎるぅ……! なぜ私がこんな目に合わないとならないんだぁ……! 私が、何をしたというんだぁぁ」


 土と草だらけになった自分の手に、苦く塩辛い雫が滴った。自分は完璧な計画を立てていた筈だ。

 計画を立て、努力をし、犠牲を払い、細かい試行錯誤を重ねれば、願いは叶う。そう信じていたのに。


「なぜ邪魔をする! いったい何の権利があって、私の願いを妨害するんだ!? 貴様らには、私の高尚な信念が理解できないのか!」


 それが何故こんなことになっている? 神の眷属であり、現代の魔王である自分が何故見下ろされているのだ。

 ルーカスには理解できなかった。


「邪魔の入らない願いなんてねーよ」


 近づいてきたムネヒトは小さな溜め息をついて、ルーカスへ口を開いた。


「もしかしたら願いってヤツには本来、善悪も優劣もないのかもしれない。でも俺たちの場合、強弱は有った」


 黒髪の男は語を継ぐ。


「お前のコーショーな願いより、俺らの願いの方が強かった。テメェをぶん殴ってスッキリしたいっつうアメリアの野望の方がな。それを叶えるためにはお前の大願とやらが邪魔だったんだよ」


 何を言われているのか理解できなかった。そんな馬鹿みたいな願いの為に、私は土を嘗めさせているのかと、ルーカスは愕然とした。

 小石に躓いて転ぶどころではない。近年稀に見る悲劇としか言いようがなかった。


「それにほら、お前って神様に嫌われてるし」


「――は?」


「女神に愛されたいって思うのは結構だが、他の神様に嫌われちゃ駄目だろ。邪魔されるのも当たり前だ」


 ムネヒトという男は何か意趣返し的な文句を思い付いたのか、イタズラっぽく笑って見せた。


「お前を嫌いな神は間違いなく居る。それも――()()()()()()


 一瞬、何とも言えない寂蒔がルーカスの脳細胞を支配した。数秒にも満たない短い時でしかなかったが、その間にルーカスの顔は目まぐるしい変化を見せた。


「し」


「お?」


「死ねぇぇぇぇーーーーーーーーーー!」


「わお!」


 自分の声で喉を引き裂かんばかりに、ルーカスは絶叫した。残り全ての『魔石』を解放し、キメラ・ボーンドラゴンへ注ぐ。

 王都を攻めるための蓄えも、逃亡の手だても全て放棄し、目の前の男を殺すために竜を振るった。何を捨ててでも、この男だけは絶対に赦さない。

 蘇った二十本近い腕は、暴力の豪雨になってムネヒトに降り注いだ。

 土が捲れ、また自身の骨が砕けても、ムネヒトが屍になるまでは止みそうにない破壊の怒涛。


「貴様はッッ! 貴様は貴様は貴様は貴様は貴様は貴様は貴様は貴様は貴様は殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスころすころすころすころすころすころす死ね死ね死ね死ね死ね死ねしねしねしねシネシネシネシネシネシネシネシネぇぇえええええええええええええええ!」


「『徹拳(うるせぇ)』!!」


 執念の暴風雨を、迎え穿つ一拳。

 ムネヒトの豪腕は躍り狂う白骨に風穴を開け、ボーンドラゴンの肉体から遂にルーカスを外へと弾き出した。


「ひぎぃっ!?」


 地面に叩きつけられたルーカスは、ボーンドラゴンの亡骸を踏みつけながら歩いてくるムネヒトを見た。


「……良く喋るヤツだな。自称魔王サマは、今から勇者と対話する練習でもしてんのか?」


 彼の右手は既に、固く握りしめられている。


「あ、ああああああああああああ!」


 ルーカスは自分の頭に手をやり、ブチブチと何十本もの髪を抜いて辺りへ放り投げた。

 散った髪は、瞬きする間に何十人ものルーカスに分裂する。一瞬にして大混雑となり、ルーカス達は押し合いながら蜘蛛の子を散らすように駆け出した。偽物に紛れて逃亡するつもりなのは言うまでもない。

 ムネヒトは「忍者じゃなくて孫悟空の方だったか!」と楽しそうに呟いていたが、


「『   !』」


 音のない絶叫を浴びせると、本物のルーカス以外は全て毛髪へと戻ってしまった。

 強烈な音波は本物にも突き刺さり、襲ってきた強烈な倦怠感にルーカスは足を縺れさせて転倒した。


「俺と楽しくお喋りするより、そろそろお別れの挨拶をした方が良い」


 ルーカスが別れを告げるべきは【ジェラフテイル商会】の莫大な財産か? 掴めなかった栄光か? 輝かしい未来か?

 否。ムネヒトが言いたいのは、そんな難しい話じゃない。彼は、もっと単純なモノへ向かって別れを告げろと言っていた。 


「その首を貰う」


「ひ」


 弓なりに引かれた拳がルーカスの顔面に飛来した。音速を遥かに越える一撃は、人の頭蓋を腐ったザクロに変えてしまうに充分だった。

 当たれば、だが。

 ムネヒトの拳はルーカスの顔の横を通過していた。


「あ、ぁ、ぁぁ…………」


 彼の拳打がどれほどの強さで振るわれたかは、左側面の頭部が完全に禿げ上がったルーカスと、その後方数百メートルに渡ってめくれ上がった草原が証明していた。


「……も、ぅふへぇ」


 凶悪な死の予感にルーカスはあらゆる体液で顔面を、ズボンの前と後をグシャグシャにして失神した。

 召喚主が消え、また『魔石』も使い果たしたからか、残されていた召喚獣達も徐々に姿を消していく。残されたのは四人の男女と、一匹の牛だけだった。


「ふー……さて」


 ムネヒトは『徹闘徹身』を解除し一息つくと、瀕死の蛙みたいになったルーカスの襟首を掴み、ズルズルと引き摺っていく。

 そして最後まで見守っていたアメリアとコレットの前まで来ると、ぽいっと投げ出し得意気に笑ってみせた。


「お待たせアメリア! さあ、好きなだけ殴っていいぞ!」


「…………」


 アメリアは熱っぽい瞳でムネヒトを見つめていたが、そう言われて神妙な顔で元婚約者の姿を見下ろした。

 どれほどの恐怖を感じたのか、ハンサムだった彼の顔は痩せこけ顔面から分泌できるおおよそ全ての液体で汚れていた。毛髪も半分以上ない。

 見れば股間まで濡れているし、臀部の方は不自然に盛り上がっている。

 気のせいか、ちょっと臭かった。


「……イヤよ、ばっちぃもの」


 アメリアはルーカスをえんがちょした。


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