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異世界でB地区の神様になったけど、誰にも言えない  作者: フカヒレさん
第四章 金と恩とおっぱいと
192/214

我、魔の王を言祝く者

 

 ユリ・フォン・クノリの為した偉業の中で、最も()()()物は治癒術を興した事だとルーカスは思っている。彼女は神やそれに仕える神官のみが使える治癒術を、人の技術へと落としたのだ。

 初代クノリが解明した奇跡は魔術として、まず一部の〈魔術士〉達へ広がり、ネズミが増えるように多くの人に普及する。

 魔術の素養が無い者の為にもと、彼女はポーションも創り上げた。かつては神の血とも称された雫は、薬草や魔力などの配合比率で左右されるようになってしまった。


 ユリが生み出した医術という言葉は、神を駆逐したのだ。


 ――低能どもめ。


 彼女を手放しで称賛する連中をルーカスは蔑視していた。クノリは大錬金術師でも建国の貢献者でも無く、薄汚い簒奪者でしかないというのに。

 傲慢な盗人が王国貴族の頂点に君臨し、世界の真実に辿り着いた自分が労働に甘んじている。

 不公平だ。何故正しい者が散々な目に遭い、間違った者が栄光を掴んでいるのか、ルーカスには到底理解できなかった。

 彼女の子孫達は今日も優雅に茶などを嗜んでいるのだろう。自分が無能な取引先に頭を下げ、理想主義な上司に話を合わせ、醜い婚約者の機嫌を取っている頃に。


 女神に逢った日の事を、ルーカスは今でも鮮やかに思い出す事が出来る。


 見たことも無い若い女が、貸し与えられていたルーカスの屋敷に我が物顔で居座っていた。

 不審者として彼女を騎士団に突き出すのが正しい事は分かっていた。しかし、そういう気には一切なれなかった。

 想像を絶する美女。王国でも自由貿易国でも見たことが無いような、あり得ない程の美貌。特に長く濡れているような髪は、一本一本が金銀宝石を上回る財に見えた。


 ルーカスの中で、今まで感じたことの無いような男の欲求が噴火したのを自覚した。

 彼もまだ20半ばの若者で性欲は人並みにある。また、自分の婚約者が醜い肉体の持ち主であった為、彼にとっては別の女で欲を発散させる他なかった。高級娼婦を屋敷に招いた事も一度や二度では無い。


 爆発した欲求は、しかし性欲としては発現しなかった。目の前の女へ、何もかもを捧げたいという願望に身も心も支配されたのだ。


「初めまして! 女神だよ! って言ったら、笑う?」


 顔中を滂沱の涙に濡らしながら、ルーカスは笑った。彼の生涯の全てが報われた瞬間だった。


 ・

 ・


「だから、薬師を殺すの……?」


「ああ、殺すとも」


 言葉を選びながらの問いだったが、ルーカスの返答は簡潔な物だった。先程の動揺も去り、今は普段の彼に立ち返っている。

 ルーカスはアメリアの方へ視線も与えず、手に持った古い羊皮紙や書物をめくっている。恐らくは召喚獣を呼び出す為の触媒だろうと、アメリアは直感した。

 そこは『ポミケ』会場の中心。毎回、大会終了後に優秀者へ表彰や商品の授与を行う場所だ。最も標高が高い位置であり、広大な草原を一望出来る。

 アメリアは拘束用の魔道具に手足を縛られたまま、それでもルーカスを毅然と睨んでいた。

 憤怒に染まった視線を意に介さず、男は何気ない顔でアメリアに微笑み掛けた。


「せっかくだ、私達が目にしている光景を君にも見せてやろう」


 言うと彼は頭から毛髪を二三本抜き、黒い半透明の障壁へと投げた。

 釣られてアメリアがそちらを向くと、数にして十程の映像が障壁に写し出された。

 長方形に切り取られたそれぞれの窓から、異なった視覚が得られる。朧気ながら、これはルーカスの偽物が見ている状況なのだろうと理解できた。


 夥しい数のモンスターが逃げ惑う『ポミケ』の参加者達に襲いかかり、鮮血を撒き散らしていく。凄惨な光景を唐突に見せられ、アメリアは思わず顔を背けてしまう。


「誤解の無いように言っておくが、私は薬師という存在を根絶するつもりじゃない。ただ――」


 足下に転がっていた誰かのタグを、ルーカスは爪先で蹴飛ばす。


「――ただ、彼らは増えすぎた。だから私が適当な数になるまで間引き、【ジェラフテイル商会】が管理する。現代の過剰な普及や供給を是正するのさ」


「……正気じゃないわ……」


 忌々しさも憤怒も隠そうとせず、アメリアはルーカスを視線で射殺す。


「貴方が女神を招きたいというのだけは分かったけれど、とてもマトモな沙汰とは思えない。ルーカス、貴方なら一日に消費されるポーションのおおよその量を把握している筈よ」


「君に言われるまでもない事だ。むしろ、本当はデータより多いだろう」


「だったら供給が……仮に半分程に落ち込んでしまえば、どんな事態が起こってしまうか分からないの?」


 もはや用途を改めて挙げる必要も無いほど、ポーションは無くてはならない物だ。恩恵というより、既に生活の一部として組み込まれている。

 医者や治癒術を使う〈魔術士〉なども居るが、彼らで全て補える訳も無かった。

 むしろ医療現場にこそ上等なポーションが必要不可欠であり、薬師の有する技術は今日までどれ程の命を救ってきたのか知れない。

 ダンジョン『試勇の洞』へ挑む冒険者達にしたって同様だ。

 彼らから回復の手段を奪ってしまえば、生還率や負傷率がどう変動するか、誰が考えたって分かる。


「是正と言ったけれど、強い者がより強く、弱い者はより弱くなるようなやり方が正しい筈無いわ。貴方の女神様は、殺伐とした環境がお好みなのかしら」


「ポーションの作成と同じだよ。薬草にしかり溶媒にしかり、まず徹底的に濾過し、不純物を取り除く事が肝要だ。私は云わば、世をあるべき純度へと導く――フィルターみたいなものさ」


「……貴方に賛同できないモノ全てが不純物だとでも言いたいの? えらく広言を吐くじゃない」


 ルーカスの言うとおり【ジェラフテイル商会】が……いや、彼の認めた一部の薬師のみが生かされ、限られた量のポーションを供給する。すると何が起きるか?

 まず需要に比例して、ポーションの値は天井知らずに跳ね上がるだろう。そしてその数少ないポーションを手に入れるだけの……腕力か権力か財力かは知らないが、力を持つ者だけが生き残り、そうで無いものは淘汰される。


 拭いようの無い格差と、悪循環が生まれるのは疑い無い。


「適当な数になった薬師達を【ジェラフテイル商会】が管理する? つまりそれって、富の独占でしょう? 神だの世界の真実だのと偉そうに宣っているワリには、随分とアコギなのね」


「……さっきからヤケに饒舌じゃないか。自分の立場が分かっていないのか?」


「勿論分からないわ。貴方の考えも、女神サマも信じられない女には到底ね」


 アメリアとルーカスの間を、冷たく乾いた風が颯々(さっさつ)と吹いた。ルーカスはフードの上からアメリアを睨み、アメリアフードの下からルーカスを見た。


「……私が君を必要としていた理由を、まだ話して無かったな」


 平手打ちでも飛んでくるかと身構えていたアメリアは、ルーカスの言葉に思わず首を傾げてしまう。


「神を信じていないのなら、魔王は信じるかい?」


「なん――」


 疑問を口から発しようとして、つっかえたように止まった。吐く息が硬く喉の奥で留まり、声を作る事が出来ない。

 身体の中に強烈な違和感が発生していた。吐き気、苦痛、圧迫感がミキサーに掛けられ、アメリアの肉体を占領していく。

 ほんの少し前まで何度も身体を襲ってきた、()()不快感だ。


「っ、あ、か!?」


 立っている事も怪しくなり、アメリアは身体を折って地面に倒れてしまった。ふとアメリアは、顔を埋めている草原に幾何学的な模様が描かれ、激しく明滅している事に気がついた。

 先ほどから幾度と無く目撃した召喚術式の反応。その中心は自分だ。


「ふははははははははは! やはり思った通りだ! アメリア、君が生きていてくれて本当に嬉しいよ! お陰で、私の軍勢は確固たるものになった!」


 ルーカスは耳障りな哄笑を上げながら、持った触媒達を天に見せびらかす様に広げている。彼の手にある魔術書が鳴動するごとに、アメリアを囲う召喚術式も呼応する。

 体内の苦痛は肥大化していくのに、手足の感覚がどんどん薄くなっていく。自分が今、息を吸っているのか吐いているのかも解からないほど、アメリアの肉体を何かが苛む。

 草を握り締めながらアメリアは顔を上げた。歪み始めた視界の中に、ルーカスと彼を囲う骨の竜、そして彼を囲う新たな召喚式がある。


「アメリア、君は魔王の因子を運ぶ箱舟さ」


 言葉の意味が分からなかった。例え頭が苦痛に苛まれていなくとも、ルーカスの言っていることをアメリアは理解できなかっただろう。


「遥か昔、勇者に破れた魔王は自分の権能を未来へと遺した。そのうちの一つが君だよ」


「な、何を……言ってるの、私、が、っ、あ、ぐぅ!?」


 どういった経緯で人類の遺伝子に混ざったのか、それはもはや問題でない。アメリアという乗り物が存在するだけで充分だとルーカスは言う。

 魔を産み、魔を育み、魔を紡ぐモノ。それが手元にあるという事実だけで良い。


「君を触媒にするだけで、あらゆるモンスターの召喚と使役が可能になる。見ろ、何の資格も犠牲も無しにコレだけのモンスターを操れる」


 彼の後方から現れた召喚獣の数は、先程オークション会場を襲ったモンスター達よりずっと多い。

 それも、見たことの無いよう個体ばかりだった。モンスターに詳しくないアメリアでも、尋常でない召喚獣であることは直ぐに理解できた。


 魔王とは、全てのモンスターを統べる存在であり、原種でもあるという。

 故にそれ自体が、貴重な召喚の触媒だった。

 ルーカスは買い漁った貴重な召喚用魔術書からだけでなく、アメリアの体内に眠っていた魔の因子から、次々と強力な獣を目覚めさせていく。

 彼を抱えるように顕現した骨の竜も、命ある身のように歓呼に震えていた。


「君が産まれたとき誰かが言っていたらしいが、身体を巣喰っていたのは、本当に魔王の呪いだったんだよ。いや、違うな……アメリア・■■■■■は、魔王に祝福された存在だ」


 音程の狂った高笑いを上げ、横たわるアメリアへ笑みを向けた。


「それを操る私こそ、神の寵愛を受けし魔獣の主……王国最初の【神威代任者】にして、次の魔王! まさに歴史に名を残す大偉業! 誇って良いぞアメリア! 君は今、誰にも至れなかった史上最高の存在を目の前にしている!」


 アメリアは耳を塞ぎたかった。声を閉ざし、心を閉ざして、ルーカスの何もかもを拒みたかった。

 しかし、それは叶わない。懐かしさ感じる苦痛は、アメリアから行動の選択肢を根刮ぎ奪い去っていく。


「あ、ああ……うそ、嘘よ……! なんで、どうして……ッ!」


 いつの間にか、草を掴んでいる手が黒く染まっていく。二十年以上アメリアを苦しめ続けた穢れが、再び彼女の五体を凌辱していく。


「権能が本格的に表に出始めたんだ。グレート・ポーションで幾分薄まっていたかは知らないが、ソレがもっと早く現れていれば容易に君を探すことが出来たんだが……まあ、もうどうでも良い」


 ルーカスの声を聞きながら、肌を染めていく呪いを絶望の眼差しで見ていた。

 あの日から毎朝、鏡を見るのが何よりの楽しみだった。

 手を洗うときも、食事をするときも、靴を履き替える時も、健康という財産を、アメリアは誰よりも噛み締めていた。

 同時に、毎晩目を閉じる瞬間はいつも怖かった。

 自分が置かれている幸福は一時のもので、やがて覚めてしまうのではないか。

 最初から持たない苦しさと、与えられてから奪われる苦しさ。どちらがより、などと比較するべきでは無いけれど、これ以上大切なものを失くすのは信じがたい絶望に思えた。

 それが今、現実になりつつある。


「君に……そして君の母に感謝したい位だ。産まれてすぐに君を殺さなかったから、私はこうして願いを叶えられる」


「――ッ!」


 我知らず目から零れた涙は、煤色をしていた。指の先にまで到達したドス黒い呪いはインクのように溢れだす。細く長いアメリアの指は醜く膨れ上がり、やがて隣同士で癒着していく。


「じきに人の形も失い、アメリアという自己も無くなる。だが安心してくれ。私が責任もって君を生かし続けるとも。ああ言っておくが、死んでも焼かれても、肉体に魔王の因子は残る。流石に()()は落ちるがね」


 アメリアは答えられなかった。五体も頭も、呪いと絶望に支配されていく。

 この二週間で体験した楽しい記憶が延々とリピートされ、灰色に停止する。代わりに甦るのは血に染まったベルバリオの記憶と、痩せ細って冷たくなった母の姿。

 アメリアには、泣き声を上げる力も残っていなかった。


「ふん。張り合いの無い――」


 反応しなくなった彼女を詰まらなく思ったらしいルーカスは、舌打ちして障壁に展開してある映像へ目を移した。


「――さて、例の牛はどうなったかな? なに焦る必要な無い。じっくりと……なに?」


 暗く歪んだ視界の隅で、ルーカスの完璧な営業スマイルに亀裂が走ったのが見えた。


 ・

 ・


「が――ッ!」


 銀を振る。ただただ腕力にモノを言わせているだけの野蛮で単純な攻撃。

 しかしながら鎧袖一触という言葉は、今のムネヒトにこそ相応しい。一振で二十に近い召喚獣は挽き肉と化し、幽体型の召喚獣を跡形も無く消し飛ばす。


 モーゥ!


「! ハナ! 何処だハナ――!」


 凪払いながら、彼は徐々に近づいてくる牛の鳴き声を聞き取っていた。聞きながら、自分は此処に居ると余計派手に召喚獣を蹴散らしていく。


 モーゥ!


「オリくん!」


「ハナ、コレット!」


 5メートルはあるトロルを叩き潰した所で、ムネヒトは遂にハナを……そして嬉しい誤算にコレットを視界に入れた。

 コレットは所々傷だらけではあったが、見た目以上に覇気に満ち、ハナの背にしっかりとしがみついている。

 ムネヒトは『ミスリル・タワー』を傍らに置き、腕の中にハナの頭を抱えた。

 コレットも牛の背から飛び降り、ムネヒトの空いている側へ勢いよく抱きつく。隣から牛の抗議が上がったが、コレットは無視して全身をムネヒトに預けた。


「良かった、一緒だったのか! でも何でハナが此処に……? あと、アメリアは――」


 牛に鼻面を舐め回されながら、またコレットのおっぱいを胸板で楽しみながら、不審に首を傾げるムネヒト。

 しかし、すぐ下のコレットの顔が申し訳なさそうに歪むのを見て、彼も察した。


「アメリアはルーカスが連れていったんだな?」


 唇をきつく結び、コレットが首を縦に振る。首を横に振ったのはムネヒトだ。


「コレットのせいじゃない。でも、アメリアの居る所は分かるか? ――よし、会場の真ん中だな!」


 再び首を縦に振ったコレットへ力強く頷き、ムネヒトは向こうに見える出口を指差した。


「ハナとコレットはあそこから逃げろ! 外に出れば、騎士団も来てるかもしれない!」


「私も行く!」


 モーゥ!


 一人と一頭は同じ返事を寄越した。


「何言ってんだ!? 危ないだろ!」


「アメリアちゃんやオリくん程じゃないよ! それに、会場の真ん中って分かるの!? ここ結構広いよ!」


「一番高い所が中心だろ!? 案内はいいから早く逃げろ!」


 モーゥ、モーゥ!


「は? 何だって……ッ!?」


 しきりに呼ぶハナの声に振り向いたムネヒトは、此方に殺到してくる夥しい数のモンスター達を見た。

 召喚獣に混ざり、荒事が得意そうな風体の男達もいる。疑問を持つまでもなく、ルーカスが雇っている連中だろう。

 歯噛みをし、ムネヒトは背後を振り向く。


「そんな……! まだ召喚獣があんなに……!?」


 怯えきった冒険者達の悲鳴がアチコチから上がった。

 避難中の戦闘力を持たない者達は未だに多い。恐らくは、まだ半分もいっていないだろう。最低でも十万人以上の参加者が居るとアメリアは言っていたから、それも当然だ。

 あと数本『ミスリル・タワー』を引っこ抜くべきかとムネヒトは考えたが、すぐに首を横に振った。

 あまり出入口を広げ過ぎると、今度はモンスターまで外に出てしまい、逃げられた参加者にも再び被害が向かうかもしれない。

 効率が悪い事は間違いないが、会場の外に味方が来ていると断言できない以上、慎重にならざるを得なかった。


(あの数、いま俺が此処を離れたら……でも、アメリアの所へ行かないと……!)


 自惚れでなく、ムネヒトが場の要だ。他の冒険者達も奮闘しているが、新たな増援を迎える程の余力があるのか。

 時間が……そして何より人手が足らない。向こうと同数とはいかないまでも、せめてもう何人か味方が居てくれたら出口だって増やせるし、自分もアメリアの元へ行ける。


「……余計な事をしてくれたな」


 ムネヒトの思考を邪魔するように、聞き覚えのある声が耳に届いた。


「ルーカス……!」


 捲土重来した召喚獣の中に、記憶に最も新しい男が立っていた。アレも偽物だろうが、忌々しさのやり場を見つけたムネヒトは、傍らに置いていた『ミスリル・タワー』をもう一度掴む。


「どうやったかは知らないが、まさか逃げ道を設けるとはな」


「お陰で手間が増えた。まったく、また計画を練り直さればならない」


「第二騎士団にしかり、君にしかり、どう責任を取るつもりだ?」


 新たに三方から声を向けられ、ムネヒトは驚愕に目を見開いた。最初に見たルーカス以外にも別のルーカス達が居て、それぞれがモンスターや傭兵を率いている。


「何だ何だ……!? 実は何ツ子だったってオチ? それとも分身が出来るタイプの忍者だったのか?」


 軽口を叩くが、ムネヒトの額に冷や汗が浮かぶ。

 もはや疑いなく、ルーカスは複数の偽物を同時に使役できる。また、この場にいる偽物達が全てと決めつけるのも危険だ。


「なかなか頑張っているみたいだが、いつまで保つかな?」


「今に更に強力な召喚獣が此処に押し寄せる。悪足掻きは止めて、大人しくしていたらどうだ?」


「まあその悪足掻き、見ている分には愉快だがね」


「……立体音響で言うんじゃねえよ」


 立場上、交渉に長けたルーカス達は、ムネヒトの表情に自分達の優勢を自覚しているらしい。

 まともな力押しなら間違いなく自分が勝つとムネヒトは思う。しかしムネヒト個人の勝利が、必ずしも全体の勝利とは限らない。

 焦りや迷いが足下から登ってくる。この場に留まるか、アメリアの所へ向かうかの二択を突き付けられ、ムネヒトは唸り声を噛み殺した。


「さて……念のため、単独ではあの牛には近づくな。あとの奴らは適当に食い散らかして良い」


 相手側にとっては、ムネヒトの選択を待つ理由が無い。

 四人のルーカスが腕を振り下ろすと、召喚獣と相手側の傭兵が襲いかかってきた。

 焼け石に水と知りつつ、再び『戦場の咆哮』で非戦闘員だけでもと、口を開くムネヒト。しかし、敵と参加者達の乳首が混在し、正確に目標を絞り込めない。


 一瞬の躊躇は新たな犠牲者を生む。鮮血が悲壮な悲鳴と共に宙を舞った。


「――あ?」


 ただし断末魔は、ルーカス達の操るモンスターの口から発せられたものだった。真っ赤な血潮を青草にぶち撒きながら、無惨の死体を晒してしまう。

 何が起きたのか把握できない点においては、参加者もムネヒトもルーカス達も皆同じだった。


「食い散らかして良いとは、なんとも穏やかじゃないでありんすねぇ」


「――!」


「っ誰だ!?」


 押し合いながら逃げ惑う人波を割りながら、一人の女が歩み出た。

 彼女はあまりにも場違いなドレスを身に纏い、そよ風に長い髪を遊ばせている。薄布の上から否応無く魅せ付けられる豊満な肢体は、恐慌に陥っていた参加者達の精神を掬い上げた。逃げる事も忘れ、悠然と歩く女にぽかんと視線を送っている。

 右手に三日月型に反った片刃の長剣を持っていなければ、夜会に出向く一輪の華が迷い込んだものと思ったに違いない。


「ディミトラーシャ!?」


 自分の魅力を磨き抜いた極上の美女――『クレセント・アルテミス』のギルドマスターが其処に立ってた。


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