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異世界でB地区の神様になったけど、誰にも言えない  作者: フカヒレさん
第四章 金と恩とおっぱいと
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血塗れの『ポミケ』

 

 突如召喚されたモンスター達は、放たれた矢の勢いで薬師や見物客に襲い掛かった。

 騒然。客達は押し合いながら蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。人の量がそのまま人の障害になり、我先にと前の者を突き飛ばしたり、逆に後ろの者に突き飛ばされたりする。足同士が縺れ転倒する者も多々居た。


 召喚された内の一頭、ハンドレッド・チーターが最も近い者に飛び掛った。だが人の頭を丸呑み出来るほどの大口は、割り込んで来たムネヒトに上顎側から踏み潰された。

 チーターの頭蓋をミンチにし、更に黒髪の青年はそれを踏み台にして跳躍する。


「『    !』」


 群集から身体一つ分ほど抜け出したムネヒトは、中心でモンスターを使役するルーカスに向かって『戦場の咆哮』を吐き出した。人という遮蔽物のない空中から、絶叫の全エネルギーを対象の乳首へと撃ち出したのだ。

 集束された音波はルーカスの上半身を鋭く穿った。


「なに――!?」


 攻撃が命中した瞬間、ルーカスの肉体は破裂した。紙風船のように容易く、パンと小気味の良い音すらさせて消えてしまったのだ。あまりに呆気ない最期に、ムネヒトはむしろ呆然とした。

 そこでふと気付く。舞台には血潮も飛び散っていないし『戦場の咆哮』に乗せていた『奪司分乳』からも、僅かな体力と魔力しか回収できていない。人一人分の量しては少なすぎる。


 ムネヒトももしやと思っていたことだったが、今のルーカスは贋物だったのだ。


「……! 召喚獣がまだ!?」


 また、ルーカス(召喚者)を排除してもモンスターは消えていなかった。

 召喚獣は、術士を排除させてしまえば解除される場合がある。

 例えば遠方から転送された召喚獣などは実存しているため消えないが、契約により現世へ喚び戻されたモンスターは、魔力無しに行動出来ない。

 先程ムネヒトが踏み潰したハンドレッド・チーターは前者だろうが、現れたモンスター全てがそうであると早合点するのは危険だ。


 魔力を供給している術者がいるのか、外付けで何処からか魔力を補充しているのかまで分からないが、これだけの数の召喚獣を使役している限り、尋常な消費魔力では無いだろう。


 相手は複数か、あるいは常軌を逸した実力者――。


「『    !』」


 ムネヒトはもう一度『戦場の咆哮』を放つ。逃げ惑う人々に襲いかかったモンスターの内、哺乳類はそれだけで昏倒したり消失する。

 しかし乳首を持たないモンスターには効果がないし、声の届かない遠方の召喚獣も倒せない。

 爬虫類系、鳥類系、大型昆虫系などはムネヒトの攻撃の影響を受けず、手当たり次第に『ポミケ』の客へと牙を立てた。


 至る場で悲鳴と鮮血が飛び交う光景に、ムネヒトは歯噛みする。全能ならざる己の不甲斐なさを呪っているのだった。


「ッくそ! アメリア! コレット!」


 感情に呑まれそうになりながらも、ムネヒトは二人の名を呼んだ。

 まずはアメリアとコレットと合流し、なるべく多くの人達と避難させる事を考えたのだ。

 それに、この『ポミケ』にも警備を担当している冒険者や傭兵がいる筈。彼らの助力を得て召喚獣を食い止め、『ポミケ』参加者達が逃げる時間を稼ぐべきだ。


 その上で自分が殿(しんがり)を務め、首謀者を消す。

 広範囲攻撃の手法が限られているムネヒトが闇雲に暴れ回ったとして、効果は焼け石に水。モンスターの全てが乳首を持つわけも無い。

 関わっているであろう本物のルーカスを無力化する方が、まだ犠牲者が少なくて済むかもしれないと、ムネヒトは迷いながらもそう判断した。


「――ッ、オリくん……!」


「ムネ……ヒト……!」


 幸い、返事は直ぐに返ってきた。コレットはアメリアを庇うように抱き締め、急流に耐える小石のようにして人波の中で佇んでいた。

 怪我をしないようにだろう、今までは被っていなかった外套のフードをアメリアに被せていた。

 ムネヒトは駆け寄りながら二人へ手を伸ばすと、アメリアも手を伸ばす。


「――見つけた」


「…………ひっ!?」


 その細い腕を、横から掴む第三者の姿があった。掴まれた痛みより、聞き覚えのある声にアメリアは身を固くした。


「探したよアメリア。あまり手間を掛けさせないでくれよ」


「……る、ルーカス……っ!」


 先程まで舞台に居た筈のルーカスが、いつの間にかアメリアとコレットの直ぐ近くに立っていた。

 強く腕を引かれ、アメリアは蒼白になった。怒りと憎悪と恐怖が入り雑じり、彼女から平静さを奪い去っていたのだ。


「さあ来るんだ。最期くらい、私の為に役に立ってくれても良いだろ?」


「ぁ、あ、あ……!」


「こ、のぉ……! アメリアちゃんを離しなさい!」


 アメリアを抱き締めているコレットを完全に無視し、ルーカスは優しくも有無を言わせない口調で呼び掛けた。

 殴ってやろうとか罵ってやろうとか心に決めていた筈なのに、何も出来ない。身体と精神が強張り唇がわなないた。

 そんなアメリアを、ルーカスは心底つまらなそうに見下す。


「……来いと言ったのが聞こえなかったのかい? 全く、たまには私の苦労を――」


「『徹拳(ブラスト・ブロー)』!」


 嘲りに満ちたルーカスの顔面を、ムネヒトの左拳が撃ち抜く。直撃すれば人の頭蓋骨など粉々にする威力だった。事実、ルーカスは鼻から上の頭部を抉り取られた。


「……――いろいろな協力者のタイプを考えていた。何処ぞの商会か、ギルドか、貴族か、はたまた帝国の別勢力か……」


「……!」


 それでも平然と喋っていた。残された顔の下半分が何事もなく動き、言葉を発している。口だけの表情は、だが確かに嗤っていた。


「く、はははははははは! その中で最もあり得ないと考えていた者だとはな! たかが一匹の力自慢が、この醜女の協力者か! ははははははは! これは傑作だ! わざわざ警戒するまでも無かったぞ!」


 そうは言いながら、顔の無い男は二人を盾にするように体勢を入れ換える。


「醜女……? それはまさか、アメリアの事か?」


 哄笑を収め、ルーカスは疲れたように溜め息をついた。


「他に誰がいると? それで君は何故アメリアに手を貸している? 義憤による陶酔か? 金か? 彼女に弱みでも握られているのかい?」


 突如、アメリアを抱いていたコレットが手を大きく振りかぶり、ルーカスの半分以下になった頬を張った。


「オリくんを馬鹿にしないで! 彼はそんな理由でアメリアちゃんを助けているんじゃない! オリくんは、オリくんは――!」


 ムネヒトにとっては二週間、アメリアにとっては一週間程度の期間ではあったが、それでも見たことの無いような苛烈な怒りだった。目にうっすら涙まで浮かべ、必死にムネヒトの擁護をしていた。


「……うるさい女だ。もう一人の協力者……いや、まさかアメリアの友人か? ふん。あの犬にしかり、品の無い女には品の無い女が寄ってくるらしい」


「なんですって――! っきゃあっ!?」


「コレット!」


「レティ!」


 目の無い顔でコレットを見たルーカスは、まだ何か言い足りない彼女の頬を殴り返す。口の中を切ったのか、コレットの唇の端から血が零れた。それでもコレットはアメリアを離さない。


「……アメリアに言うことを聞かせる道具くらいにはなるか――」


 待てと言いもせず、ムネヒトはルーカスに向かって追撃の拳を放った。口を開けば意味の無い罵詈雑言しか出てこないだろうから、拳で会話を試みたのだ。


「!?」


 今度は当たらなかった。ルーカスの姿が、アメリアとコレット諸とも消えたからだ。


『……乱暴な協力者だ。男の方まで品がないとか、本当に救えない』


「ルーカス! 何処にいる!?」


『すぐ近くさ。君には理解出来ない場所だけどね』


 ムネヒトは『乳分析』を発動し、三人の気配を探った。確かにルーカスの青い点と、アメリア、コレットの赤い点は近くにある。先程の場所からほとんど動いてすらいない。


 ――どういうことだ!?


 ムネヒトのスキルに依れば、目の前の何もない空間に三人はいる。二色六点は、確かに存在していた。


『考えるのは結構だが、ほら、モンスターを無視して良いのかな?』


 姿無き声で言われるより早く、背に感じた気配にムネヒトは振り向いていた。右で左で近くで遠くで、新たな召喚反応が発生する。


「次から次へと、鬱陶しい!」


 そのうち、一番近くに出現したモンスターへ右足を振り抜いた。命中すれば大型のモンスターすら屠るムネヒトの蹴りは、しかし宙を騒がせるだけに終わった。


「! コイツらは……!」


 召喚が不発だったわけではない。間違いなくモンスターは出現した。

 現れたのは空中を漂ったり、音もなく歩み寄ったりする、半透明のモンスターだ。


「アンデッドの……『幽体型(アストラル・タイプ)』のモンスターか!」


 夥しい数の殴れないモンスターに囲まれ、ムネヒトはうめいた。


 ・


「中に入れない!? いったいどういうことだ!」


 ポミケ会場に大量のモンスター出現の報を受け、第二騎士団のメリーベルは即座に突入を決断した。

 彼女達は開催場所である草原に潜んでいて、万が一の場合やルーカスを追っている別動隊――アザンやジョエルから連絡があれば直ぐに動ける位置に居たのだ。

 直ぐにゴロシュとドラワットと合流し、『ミスリル・タワー』が護っている会場内へと向かった。先見隊から中に入れないという報告を受けたのは、その矢先だった。

 団員は、顔中に汗と焦燥を貼り付かせながらメリーベルに報告を続けた。


「『ミスリル・タワー』全てが緊急稼働し、障壁が最大出力で展開されている模様! その障壁が我々や『ポミケ』参加者達の避難を阻んでいます!」


「馬鹿な……! モンスターは会場内で発生したんじゃないのか!? 何故稼働させる必要がある!」


 メリーベルは愕然とした。『ミスリル・タワー』は外側からのモンスターに対し、中に居る者を守護する為の機構だ。内側に現れたモンスターに対して威力を発揮する物ではない。

 これでは、むしろ全くの逆。逃げる者の妨げになるだけだ。


「何とか解除出来んのか!? このままでは、犠牲者が増えるばかりだぞ!」


 耳を覆いたくなるような叫びが此処まで聞こえてくる。一つや二つでは無い。


「それが『ミスリル・タワー』起動権は、運営に携わっている商会……【ジェラフテイル商会】が管理しているらしいんです! そして、現在の管理者は……ルーカスだと……!」


「なに……!?」


 ルーカスは数日前から商談の為に王都を離れていた筈。一時間ほど前にアザンから受けた通信でも、今からルーカスと接触するという旨の連絡があった。


 ――では、今『ポミケ』に居るルーカスは何だ?


 障壁の外側に居た【ジェラフテイル商会】の従業員や運営関係者の話によると、ルーカスは商談を部下に任せ、急遽『ポミケ』に携わる事になったらしい。

 決定したのは今朝――つい四時間程前のことだったため、ルーカスのスケジュールを把握している者は現場にいた従業員の中では皆無だった。

 ルーカスがアザンやジョエルから逃げ、『転移符』で此処まで跳んだとも考えられるが、別働隊からの連絡は無い。


 それに、アザンからの最後の報告があったのは確か一時間ほど前だ。

 商会従業員の話から、ルーカスは少なくとも四時間前には会場に居たと言う事になる。

 目撃者やルーカスと会話した者もそれなりに居たことから、見間違いではない。


「……いや、今考えるべきは民衆の避難とモンスターの制圧だ。どうにかして中へ入る算段をつけるぞ! ゴロシュ、タワーの周りを走り隙間が無いかを確認しろ! ドラワットは本部へ応援要請だ!」


「了解っす! けど、いったいどうやってアレだけの出力を維持してるんスか!? 『ミスリル・タワー』の緊急稼動ってのは、莫大な魔力を喰うから長くは()たないはずっスよ!」


 それはメリーベルも知っていることだった。

 緊急稼動はあくまで緊急の手段だ。分厚い障壁を展開するにしても、モンスターが出現した方面の『ミスリル・タワー』を数柱……多くても十数本稼動させた例しか過去にはないという。

 広大な草原に円形設置された合計360本の『ミスリル・タワー』を、同時に最大出力で動かして魔力燃料(バッテリー)が保つわけ無い。


「兄貴の言うとおりでさあ! それこそ、あらかじめ大量の『魔石』でも別に用意していない限りは……――――ッ!!」


 ハっとして、三人は顔を見合わせた。


「そういう事か……! 『魔石』は此処で使ったのか!」


 大量のモンスターを召喚する為、また『ミスリル・タワー』を動かす為に【ジェラフテイル商会】は……いや、ルーカスは『魔石』を買い集めていたのだ。

 彼は収集した『魔石』を王都の貸し倉庫でもなく、個人所有の倉庫でもなく、ましてやベルバリオ邸でもなく、こんな草原に隠していた。


「急ぐぞ! 一人でも多くの者を救うんだ!」


 聞えてくる怒号や悲鳴に、第二騎士団はもはや一秒もジッと出来ず『ミスリル・タワー』に向かって駆け出していた。

 焦燥と不安が、メリーベル達の胸中を支配していく。

 本部からの応援何時になるか、それまでにどれほどの人が犠牲になるか、応援と合流出来たとして、この状況は打破出来るのか。悪い予感ばかりが頭をよぎった。


(ムネヒト……! せめて、お前が居てくれたら……!)


 走りながら冷たい汗を拭い、メリーベルは『ミスリル・タワー』を睨んだ。規則正しく等間隔で並んだ鉄の柱は、モンスターから人々を護る砦だった筈だ。それが――。


「何が大草原の城塞だ! アレではまるで牢獄ではないか……!」


 それは、ムネヒトが連れていた女性が呟いた感想と同じ物だった。


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