動く者達(上)
「そうか……出火の原因は『火の魔石』で間違いないんだな」
第二騎士団副団長メリーベルの確認に、報告した団員は頷いた。
明朝、王都北西部貴族街の一角にある館に彼女達は集まっていた。しかし、そこが館と形容出来たのは既に過去のことであり、今は焼け焦げた廃墟となっていた。
一昨日の晩に発生した火災によりこの館、【ジェラフテイル商会】の会長、ベルバリオ邸が全焼したのだ。
「そして、火元はこの倉庫、と……」
等しく炭となったかつての家具か調度品かを踏みながら、メリーベルは屋敷の隣に設置されていたと思われる場所まで歩く。部下達の調べによると、その倉庫に原因となった『火の魔石』が集積されていたらしい。
此処の惨状は特に酷かった。
石柱が数本残っているだけで、壁も天井も全て焼け落ち青空が見えていた。倉庫の隅だったらしい場所には黒い石が積み上げられており、その場には一人の第二騎士団員が作業をしていた。
石山の前で何事かをしていたその人影は、メリーベルに気付くと立ち上がり敬礼する。亜麻色の髪と伊達の眼鏡を掛けた美女……レスティア副官だ。
「では、その石の山がカラになった『火の魔石』か」
「はい。微かではありましたが、火の属性を帯びた魔力を感知しました」
敬礼を返しつつ、副団長が副官へ問う。
レスティアは頷き、自身の調査結果を伝えた。彼女の『能力映氷』は、この石の山が元は『火の魔石』であった事を一目で見抜いていた。
「まだ調査の段階ですが……アザンによりますと例の高価で買い取りされた『魔石』達とみて間違いないそうです」
「……やはり【ジェラフテイル商会】が……あるいは、会長のベルバリオが何らかの目的で『魔石』を買い集めていたと言う事になるな……」
「強盗の放った火が、此処に保管されていた『火の魔石』に引火、連鎖して――というところでしょうか……」
筋の通る話ではあった。
あらゆる『魔石』の中でも火の属性を帯びている物は、その性質上特に用心が必要だ。
品質が粗悪であったり、逆に純度が高かったりすると、火の魔力を発して周りへ火をつけてしまうのだ。特に後者の場合、内包する魔力が多いため用途を誤ると思わぬ大事故に繋がる。
今回がその例だろうと、メリーベルはもう一度倉庫跡地を見た。
報告によれば倉庫は頑丈なレンガ作りであり、多少の火炎では燃えないようになっていたという。
それが全て吹き飛んでいる所を見ると、恐らくはバックドラフトが発生し大爆発を引き起こしたものと思われる。
大量の、しかも純度の高い高級魔石が火になったと考えれば無理もない。しかし――。
「しかし、いささか出来すぎてるねぇ……」
メリーベルの胸中を読んだわけではないだろうが、歩み寄って来たジョエルもまたそう評した。
「物盗り達がベルバリオ邸に押し入り金品強奪、家主と使用人を殺害。その後、賊の放った火が運悪く『火の魔石』に……確かに、ルーカス新代表の話と一致する」
騎士団が事情を訊いたところによると、その晩ルーカスはベルバリオと間近に迫った『ポミケ』の打ち合わせの為に彼の館を訪れたという。
いつもなら有る出迎えが来ないのを不自然に思っていると、突然轟音が響き、この倉庫から巨大な爆炎が立ち昇ったという。
火は瞬く間に本邸にまで燃え広がり、助けに行こうにも近づけすらしなかった。また混乱と焦燥の中、ルーカスはベルバリオ邸から足早に去っていく複数の人影を見たと証言していた。
ルーカスは慌てながらも騎士団と【ジェラフテイル商会】に急を告げ、また同時に従業員を収集し、皆の安否確認を行った。
確認できなかった数名の中に、会長のベルバリオと彼の婚約者であるアメリア・ジェラフテイル代表もいた。
翌朝になってようやく消し止められた焼け跡から、安否不明だった屋敷の使用人と商会の従業員、そして、ベルバリオと思われる数名分の遺体が発見された。
いずれも損傷が激しく身元の特定には至っていないが、内一人からベルバリオの身に付けていたと思われるアクセサリーが見つかったのだ。
変わり果てたベルバリオの前で、人目を憚る事なく慟哭していたルーカスの姿は記憶に新しい。また、婚約者であるアメリアの生死、行方は未だ判明していない。
そのルーカスは昨日のうちにベルバリオの告別式を済ませ、生きているかもしれない婚約者の捜索を騎士団や冒険者達に依頼。ルーカス自身は商会業務や『ポミケ』の準備に取り掛かっているという。
傍から見れば、恩人と婚約者を失った青年が悲嘆を押し殺し、新代表としての責務を果たそうとしている姿にも見える。事実、ルーカスの事を憐れみとともに称える声は多い。
しかし、だ。
「【ジェラフテイル商会】は商品としてポーションを主に扱っているけど、魔石の取引だって皆無じゃあない。ましてや、ここは会長サマの館だ。あんな乱暴な積み方をするかね?」
「考えられませんね。万が一事故に繋がれば、信用を大きく失うでしょう」
仮にベルバリオ自身に魔石の知識が全く無くとも、彼の雇う人材が粗雑な仕事を行うとは思えない。ジョエルの考えに、メリーベルも同意した。
「それに……レスティアちゃん。どうだった?」
「はい。ジョエルさん予想のとおり、あの殆ど全てが元は『火の魔石』でした。たまに別の属性のも混じっていましたが、九割以上は『火』で間違いありません」
「さすが。うん、それもおかしい。買い集めていたのは『火の魔石』だけじゃないんだろう? 他のは何処に行ったのさっていう事になるぜ」
品質や属性に関わらず『魔石』は高額で買い取られていた。では、残りは何処へ行った?
ジョエルとレスティアの指示で【ジェラフテイル商会】とベルバリオ会長名義の倉庫、もしくは貸し倉庫などを調査させているが、未だ他の『魔石』の発見には至っていない。
先の夜盗が強奪した可能性も考え、市場や『魔石』を取り扱う商会などを騎士団員に見張らせているが、盗品らしき物を売りに来た者達は発見できていない。
火災があった晩の内には、王都の三箇所ある入口を一時閉鎖し通行を禁止にした。現在は通行こそ許可されているが王都への出入りは常より厳しく取り締まられている。
それでも、賊の行方も『魔石』の在り処も不明だ。
他にも気になるところがある。夥しい血液が付着していた為か、焼け残った絨毯も発見されたのだ。仮にベルバリオ会長のものだった場合、彼は火に包まれる前に出血多量から既に命を落としていたと思われる。
問題は、その血液から発見された成分だ。
「血液と絨毯から数種類の毒物が検出されました。中にはマーダー・タランチュラーなど、致死性の高い猛毒もあります」
レスティアが調査した結果を伝えると、ジョエルは無精髭に覆われた顎を摘んで考え込む。
「……只の物盗りにしては殺意が強すぎる。よほど彼だけは確実に殺したかったとしか思えないんだよねー……」
マーダー・タランチュラーという単語を聞くだけで、メリーベルは胸が色々な意味で熱くなるのを自覚した。
今となっては、自分とムネヒトの関係を深めた出来事として思い出せる。彼の懸命で珍妙な施術がなければ自分はこの世にもいない。
いや、珍妙と見えたのは此方の見識が浅い故に他ならず、彼は心臓を司る神として最善の方法で自分を救ったのだろう。
(そう。やましい気持ちなどはなかったはずだ。私にもムネヒトにも……だが、アイツも男ではあるだろうし……次、もし、次があるのなら、意識を失わないようにしてヤツを監視せねば……! いやいや神を監視するなど不敬にも程がある。私はムネヒトの最初の眷属として……そう、神の御業を拝謁するつもりで……)
メリーベルの脳内に、いつか来る(かもしれない)情景が浮かぶ。
ムネヒトはメリーベルに近づき、衣服を脱がして上半身を裸にする。治療のためとはいえ、女の部分が強く表現された乳房を晒す事が恥かしかった。
そして露わになった……自分でも無駄に大きくなったと感じてる乳房へ、彼はそっと顔を近づけていく。
心臓の真上……左の乳房へ神は優しく口付けする。
羞恥とくすぐったさでメリーベルは身体を揺らしてしまうだろう。もしかしたら、吐息も我慢できないかもしれない。
それに気付いたムネヒトはイタズラっぽく微笑し、乳肌にキスしながら唇を上へ向かわせる。治療ではないと分かっていても、自分には拒めない。
やがて山の頂にある、本来は赤ん坊のみに与えられるべき部分へ彼は口を開けた。私はそれを瞬きもせずに見つめ、そして――。
「ァんッ!」
メリーベルはまさかと自分の口に手を当てる。
「んん? おいおい誰だー? 何処からか色っぽい喘ぎが聞えてきたぞー?」
「わ!! 私では無いぞッッ!?」
「お、おう……ゴメンよ。いや、ちょっとした冗談のつもりだったんだケド……」
我に返り、顔を赤くして首を何度も横に振った。仕事中になんてはしたない。煩悩退散、煩悩退散。私は真面目な眷属なのだ。
「す、すみません! どうやら服に虫が入ったみたいで向こうで取ってきますから皆さんは話を続けていて下さい! 直ぐに戻ります!」
声の主はレスティアだったらしい。彼女は豊満(に見える)胸元を抑え、早口で捲くし立てながら小走りで物陰へと消えていった。
副官の様子をぽかんと見ていた第二騎士団の面々だったが、やがて言われたとおり会話の続きを行うことにする。
(まさか、レスティアもムネヒトで破廉恥な妄想を……? 仕事中だぞ、まったく!)
メリーベルは自分の事を棚に上げていた。
・
皆から離れ、近くに誰もいないことを確認してからレスティアは胸元のボタンを外す。そして重厚な防御の内側から、小型通信機を取り出した。騎士団から支給されたものではなくレスティア個人の持ち物で、ここに来る通信はたったの一種類。
「――ムネくん!」
レスティアはムネヒトの事を忘れていたワケじゃない。B地区に一度帰って来て、直ぐに姿を消し音信不通となっていた彼の身を案じていた。此方から何度も彼に渡したブラジャーへ呼びかけたのだが、全く通じなかった。
それでも、いつ連絡が来ても直ぐに気付けるように、また第三者に感付かれない様に敏感な部分に入れて置いたのだ。確かに直ぐに気付けたが、急だったので変な声が出てしまった。
今後はバンズにも似たような通信機を渡し、彼の連絡とともに敏感な部分に振動が来るようにして個人的に愉しむとしよう……いやいや、これでは変態だ。ムネヒトではあるまいし。
その思考が既にムネヒトに毒されている証拠でもあるのだが、レスティア自身は気付いていない。
レスティアは小型通信機を耳に当て、声を潜ませた。
『……――ィア。え、か……レス――ア』
「『ムネくん! 良かった、心配したんですよ! いま何処に居るんですか! まだ『クレセント・アルテミス』に?』」
『……!? 悪……聞――――な……』
間違いなくムネヒトの声だった。だが場所が悪いのか、あるいはブラ型通信機の魔力残量が少ないのか、声が不明瞭だ。この分では此方からの声がちゃんと届いているのかも怪しい。
そう思い至ったレスティアは、まずは環境を整えるためにムネヒトに指示を伝えた。まずは可能なら屋外に出て欲しい。それが無理なら、ブラに内蔵された集音感度を限界まで上げて欲しい、と。
向こうに完全に伝わったかは不明だが、通信機の向こうでムネヒトとそれ以外の――恐らくは女性だろう――声が忙しなく聞えていたが、やがて今までより大きく明瞭なムネヒトの声が聞えてきた。
『スマン、待たせた! けど、レスティアの言ったとおり魔力残量が無い。悪いけど、此方の持っている情報を一方的に伝える!』
「『……分かったわ。何?』」
なにやら切迫した状況らしい。レスティアは頷き、続きを促した。
『伝えたい事は二つ! 一つ目はベルバリオという人を殺害した犯人はルーカスということ。二つ目は、アメリアという女性は俺が保護してるということだ!』
「『――っ! ムネくん、それを一体何処で……!?』」
『スマン、情報共有する余裕がもう無い! でもレスティアなら、きっと何かの役に立』
「『ムネくん……!? ムネくん!』」
通信はそこで終わった。
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