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異世界でB地区の神様になったけど、誰にも言えない  作者: フカヒレさん
第四章 金と恩とおっぱいと
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最期の恩返し(下)

 浮遊感が突如中断され、硬い壁のような物にぶつかって床に投げ出された。

 二人が投げ出されたのは、屋敷の地下。ベルバリオがワインなどを保管している酒蔵であり、やや手狭だが酒を愉しむには充分なスペースが用意されている。


「ぃっ、っつ……! ベルバリオ様!」


 自分と一緒に飛んで来たベルバリオを見て、アメリアは再び声を失った。先ほどまでは動転していて気が付かなかったが、彼の負っている怪我は尋常ではなかったのだ。

 どれほどの殺意を以って突かれたのか、腹部を中心に両手の指では足らない数の刺し傷があった。滾々と溢れる血潮は、この部屋の木床を新たに濡らしていく。

 彼は顔中に脂汗を滲ませ、浅く早い呼吸を繰り返していた。


 致命傷だ。内臓が深く傷つけられているのは間違いなく、一刻を争う事態だった。アメリアの知っている応急処置の技術だけではどうにもならないし、治癒系の魔術も使えない。


「そうだ、ポーションを……!」


 (まろ)ぶように駆け、部屋中を物色する。

 これほどの怪我を癒すには、上級以上で高品質のポーションが必要だ。それも、一秒でも早く飲ませないと間に合わない。

 アメリアは椅子やテーブルを蹴飛ばす事もいとわず、必死に治癒薬を探した。


「どこよ……! なんで何も無いのよ! 早くしないとベルバリオ様が……!」


 上級はおろか、中級ポーション以下も皆無だった。果てには自分の着ていたフードを脱ぎ捨て、持ち物を漁り始めた。

 持っていないことなど最初から知っているのに、何度も何度もポケットの底を漁った。

 アメリアの双眸に涙が滲んだ。

 自分はかつて『上級治癒薬(ハイ・ポーション)』を山のように持っていたのだ。大枚を叩いて、高名な薬師達から山のように買い付けていた。遂には『最上級治癒薬(グレート・ポーション)』ですら手中にあった。

 そのいずれのうち、どれでもいい。グレート・ポーションならたったの一滴でいい。一滴あれば、ベルバリオの命を永らえさせる事が出来るかもしれない。


 しかし、それらは全てアメリアが飲み干してしまった。


 グレート・ポーションを無駄にしたときに感じた後悔、誰かが助かる機会を奪ってしまったというどうしようもない事実。

 最高峰の治癒薬を使うくらいだ。その誰かとはきっと、誰かにとって大切な人に違いない。


 ――自分にとっての、ベルバリオのように。


 自業自得。因果応報。まったく以って、本当にルーカスは正しかったのだ。自分がベルバリオを殺したようなものだ。


「…………あ、めり、あ……?」


「ッ! ベルバリオ様!」


 微かな声を耳が拾い、アメリアは横たわるベルバリオの近くに跪いた。彼の震える手を強く握り、彼女は祈るように額を押し当てる。


「…………夢……でも、見ている――の、か、……? とても、美しい天使が見え、るのだが……?」


「もう喋らないで下さいベルバリオ様! 申し訳ありません……っ! 私のせいで、私の我儘のせいで……っ! 貴方様が……」


 嗚咽を漏らし始めたアメリアの頭を、ベルバリオはもう片方の手で優しく撫でた。手の平は逞しくも、既に冷たくなり始めていた。


「違うとも……少し、私がドジを、踏んだだけだ…………くくくっ、本当に目が曇っていたとは、まったく情けな――ごほっ! ご、ぼっ」


 苦笑いを浮かべていた顔に、新しい血潮が付着する。

 アメリアは己の涙を放って置いて、ベルバリオの口に溜まった血をハンカチで吸い取る。少しでも楽に呼吸できるようにという配慮だったが、それも焼け石に水なのはアメリアにもベルバリオにも理解できていただろう。

 まだ生きている事が既に奇跡であり、強靭な生命力と言わざるを得ない。

 アメリアが彼に向かって何か言おうとしたとき、天井の一部が落ちてきた。幸い二人にはぶつからなかったが、抜け落ちた天井は火を孕んでいた。


「火がもう此処まで……!」


 木造の床もカーペットも職人が削りだした一流の調度品も、炎にとっては良い薪でしかない。瞬く間に燃え広がり、アメリアとベルバリオを包囲する。


「これを、使って、逃げろ、アメリア……」


 彼は懐に手を忍ばせ一枚の紙幣を取り出す。血に汚れていたが、その程度では価値は少しも落ちない。


「『最上級転移符』――!? ベルバリオ様、これは……!」


 アメリアも見るのは初めての代物であり、あらゆる場所から転移できる最高級の符だ。ダンジョンの底であろうが、それこそあらゆる転移阻害用の魔道具からも脱出できる。


「短距離、転移用の――……行き先は、私の、隠れ家に、登録を……」


「でしたら! ベルバリオ様も一緒に逃げましょう! 転移して、直ぐに治療すれば……」


 アメリアの懇願に、ベルバリオは首を振って答えた。大質量を一度に運べる転移符ではなく、一人用の転移符だったからだ。


「お前が、使え。わ、たしは…………もう、間に合わん……アメリア、君さえ、生きていれば……」


 今度はアメリアが首を振る番だった。


「嫌よ……! わ、私は、ベルバリオ様に、まだ、恩を返していないのです! だというのに、貴方を見捨てて逃げろと言うのですか!」


 母を亡くし、失意の底で泥水を啜りながら生きてきたアメリアを掬い上げてくれた。

 衣服と住むところを与え、学問も授けてくれた。ジェシナという友人にもめぐり合わせてくれた。

 お金を稼ぐ方法を教え、彼女にポーションの可能性を説いて聞かせた。

 病と差別に苦しむアメリアを、何度も励ましてくれたのが彼だ。


「まだ何も……! 私はお父様に、何もしてあげられていないのです! だから、もう間に合わないなんて、言わないで下さ――……」


 胸がつまり、もう言葉が出なかった。唇も何もかもが震え慄き、言いたい事の千分の一も言えない。

 こんな形で、貴方をお父様だなんて呼びたくなんて無かったのにと、悔やんでも悔やんでも悔やみきれなかった。


「私を――……父と、呼んでくれるのか……ならば、尚更……君にこそ、生きて欲しい」


 しゃくりあげるアメリアの手を握り返し、その手に転移符を握らせる。


「最期の恩返し……それは、()よりも長生きすることだ……!」


「……――!」


 本来、この世に産まれた者には誰にでも出来るはずの孝行だ。何の事はない。若きはより生き、老いたるはやがて命の灯火を消す。当たり前のことだ。


 だが、これほど困難な事はない。


 病により、事故により、また苦難に立たされ自ら――。偶然か必然か不運か悪意か、ある日唐突に人生という旅が終わってしまう。

 逆になってしまう事があまりに多すぎる。

 両親より長く生きるという親孝行は簡単なはずだ。いや、簡単でなければらない。誰にでも出来る恩返しじゃないとならない。


 残された老いたる者は、何を呪えば良いのだろうか。産声を上げた瞬間の歓喜が、残酷な最期を迎えてしまう。信じられないほどの理不尽だ。


 短くも輝かしい生を人類の歴史に残した者だっている。僅かな一生が無意味であろう筈は無い。

 しかし子が自分より早く死んでしまう不孝に耐えられる親が、世にどれほど居ようか。栄光も富も金銀財宝も、我が子の健やかな未来に比べれば取るに足らない。


 少なくともベルバリオにはそうだった。そう気付いたのは失ってからだった。


「私は、愚かにも家を捨て、親の死に目にも、子の死にも立ち会えなかった……そして、いま、そのツケが回っ……きたのだろう……」


 何処かを、あるいは誰かを見るような寂しそうな瞳だった。


「だが、私は…………恵まれて――――、ア、リア――――……に、会え――――」


 最期に息を大きく吸って、そしてそれが吐かれる事は無かった。


「お父様……!? おとうさま! おと――」


 縋り付こうとした彼女の手の中で、最上級転移符が音を立てて発動する。火に喰われそうになっているベルバリオと部屋の光景が、一瞬で薄暗い物へと変わった。

 急に明るい場所から暗い場所に移された為に、一瞬だが目が効かない。

 アメリアは近くの物に掴まりながら何とか立ち上がり、目を凝らしながら周りを見回した。


「……!」


 見覚えのある場所だ。

 此処は激務に追われた養父が時々逃げ込んでいた隠れ家であり、アメリアも何度か足を運んだ事がある。

 アメリアは記憶を頼りに窓を見つけ、身を大きく乗り出して外を見た。

 幼い頃、ベルバリオと見た王都の夜の風景が見える。そしてベルバリオが笑いながら指差した先に、彼の本邸があった。


「……ぁ、ああ!」


 その屋敷は今、紅蓮の火に包まれていた。


 美しいと言われる為ならば、アメリアは何を捨てても良いと思っていた。

 そして今、その願いは叶った。()()()()()()()


「あ、あああああ――ぁあ――――――――あああああああああ――――――――――――!」


 アメリアは、美貌以外の全てを失った。


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