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異世界でB地区の神様になったけど、誰にも言えない  作者: フカヒレさん
第一章 渡る異世界は乳ばかり
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不穏な雲行き

 

「なんか雲ってきたなぁ……」


 モーゥ


 俺は店の裏口に腰を下ろし、牛のウメと会話していた。



「王都って何人くらい人口居るんだろうなぁ……」


 モーゥ


「ちょっとエッチなお店とかもあるのかなぁ……」


 モーゥ


 ・


 時間は少し前にさかのぼる。

 エッダさんの店を出た後、次の店に着いた。先ほどと同じように荷物を下ろそうとした時、店先から壮年の男性が現れる。

 彼が店主のモルブさんだそうだ。ミルシェが親しみの籠もった挨拶するの対し、彼の顔は優れない。


「荷下ろしはちょっと待ってくれ。ミルシェちゃん、ちょっとお話できない?」


 ・


 そういうと、二人は店の中へ入っていった。

 残された俺は荷物番としてマルとウメと日影で待っているという訳だ。


「勇者か……どんな奴だったんだろうなぁ……」


 モーゥ


 俺の独り言にタイミング良く相づちを打つウメ。マルは寝てる。


「やっぱりイケメンだったんだろうなぁ……」


 モーゥ


「モテモテでハーレムとかも公認だったのかもなぁ……」


 モーゥ


「俺も異世界(ここ)で無敵の勇者になって、ハーレムを作っちゃう可能性もあったのかなぁ……」


 ムーゥ


「……いま()って言った?」


 モーゥ


「気のせいか……」


 しかし遅いな……。

 気になり裏口から中を覗いてみる。二人の姿は見えないが、声は聞こえてくる。


 ・


 ……そんな――。


 すまない、何度あやまったって足りない……。


 なんとかなりませんか? せめて半分……いいえ、三分の一でも良いですから!


 ……1つたりとも駄目なんだ……本当にすまない。


 そ……うですか……無理言ってごめんなさい……。


 ・


「……なんかトラブル?」


 どうにも和気あいあいとは程遠い会話のようだ。いっそ中に入ってみようかと思案していた時、ミルシェが出てきた。


「おっ終わった? じゃあ荷物を下ろすよ。ここでは牛乳とチーズだっけ?」


「……いいえ。ここではもう下ろせません」


「へ? だってここは昔からの常連だって……」


「ウチの牛乳……もう買えないって言われちゃいました……」


「……は?」


 ・


「モルブさん! どういう事ですか!?」


「ん、ああ……君は?」


 いきなり入って来た俺に驚いた様子もなく、気のない返事を寄越した。


「牧場の新入りです! そんなことより、もう牛乳が要らないってどういうことですか!」


「そうか牧場の……せっかく来てくれたのに、悪かったね……」


 モルブさんは下を向いたまま俺の顔を見ようともしない。


「……訳は話せない」


 覇気の無い表情は、そのまま言葉の弱さでもあった。


「なっ……!」


「今朝方決まった話さ」


 今朝!? なんだってそんな急に!


「納得できません! だとしても少しくらい買ってくれたって……」


「申し訳ない、そうとしか言えない。今日は帰ってくれ」


 俺が何を言おうと彼は同じような事しか言わなかった。


 ・

 ・

 ・


 それからいくつかの店や家を回ったが、何箇所か購入を断られ荷台には半分以上の品物が残っている。予定では空になる筈だった。迎えられなかった牛乳やチーズがどことなく寂しそうに見える。


「……」


 だが、もっと寂しそうだったのはミルシェだった。怒るでも不平を言うでもなく、俯きただ寂しそうだった。


「ウチの、嫌いになっちゃったんでしょうか……」


「まさか!」


 意図せずと大きな声で否定する。


「ハナ達のミルクは最高だ! 俺が今まで飲んだ中でもダントツの美味しさだった!」


 そう、嫌いになどなる筈が無い。舌の肥えていない俺ですら納得させる説得力(うまさ)があった。


 別の理由があったに違いない。足を運ぶ場所全てミルシェを暖かく迎えてくれたし、牛乳の購入を断るにしたって本当に申し訳なさそうだった。最初は腹を立てた俺だったが、だんだん様子がおかしい事に気付いた。

 俺が元いた世界でも取引先が変更になるのは不思議なことじゃない。コストの問題、品質の問題、契約期間の終了、営業の努力など例は幾らでもある。


 だがこれは違う。


 品質か? この可能性は低いだろう。バンズさんもミルシェも俺も、サンリッシュ牧場の牛乳は最高だと信じている。俺に関しては他の牛乳を飲んだことが無い故の贔屓(ひいき)ではあるが。

 では価格か? これは先ほどに比べたら幾分ありえるが、どうだろう。

 国営牧場の牛乳や、他国の安い商品が流通するようになったのは随分前だ。シェアを奪われサンリッシュ牧場が縮小したのは事実だが、根強い顧客が残ったというのも事実だ。それは多少値は張っても、見合う価値があると認められたからだろう。


 いずれかの理由にしたって、同時に取引を打ち切られるのは妙だ。

 ならばと思い至るのは昨日見たばかりの腹の立つ顔だ。


「……パルゴアの野郎が何か仕掛けて来たか」


 独り言だったが思った以上に声が大きかったらしい。ミルシェが勢いよく振り向いた。


「例えば、サンリッシュ牧場の商品を買うなとあちこちに釘を刺したってのは考えられる?」


「嘘……確かにパルゴアさんはちょっと嫌味な人ですけどそれでも貴族です。領民の不利益になることをするはずが……」


「そんな優しい領主サマなのか?」


 俺の言葉に彼女は口を詰まらせる。

 ミルシェの言う通り健やかな領土の維持、発展に務めるのは領主の役割だ。

 だがパルゴアはその仕事を立派に果たしているのだろうか。


「そもそも領主って、あんなに若くて良いの?」


 年下を軽視している訳じゃない。高い志や非凡な才を持つものに年齢は関係無いが、パルゴアがそうとは思えなかった。


「……先代の領主様が早くにお亡くなりになって、一人息子のパルゴアさんが後を引き継いだんです」


 なるほど御曹司のボンボンか。時代劇の悪役に収まりような男だ。


「まだ決まった訳じゃないけど『サンリッシュ牧場の品物は買うな。さもなくば税金を倍にするぞ』なんて、分かりやすい脅しがあったのかも……」


「なんで……なんでそんなに酷いこと……」


 牧場の経営を厳しくして潰す為だろう。立ち行かなくなった所を買い叩く、なんともヤクザなやり方だ。

 ミルシェの顔には沈痛な色が浮かぶ。牧場の先行きに不安を覚えているのだろうと思った。


「モルブさん達は関係無いじゃないですか……!」


 だがそれは俺の勝手な思い違いだった。


「ウチとサルテカイツ家の問題です! みんなを巻き込む必要なんて、全然……!」


 地面へ向かって、絞り出すような声だった。

 自分よりも彼らを心配するのか。自身の考えの至らなさを恥じる。だが同時に、危ういと思った。

 ある意味、自己犠牲に自己陶酔するより(たち)が悪い。自分の身など省みないのだから。


(ミルシェのそんな性格まで読んだ上での行動だとするなら……)


 直ぐに別の手を打ってくるだろう。


「一先ず戻ろう。それからバンズさんと相談しないと」


 仮に俺が無敵の勇者だったら状況は変わっていたのだろうか。


 黙って頷く彼女を慰めつつ、そんな事をふと思った。


閲覧、ブックマーク、感想ありがとうございます! 遅筆ではございますが、皆様の貴重なお時間に報いるため精進していきます!

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