消えたオリオン
第二騎士団ジョエルのムネヒトを取り戻す策は単純だ。この国で最も大きな権力を持つ者に、彼を指名させればいい。
近々、王都守護騎士団の大遠征が企画されている。
王宮騎士団を中心に、第一、第二から優秀な騎士を集めて遠征隊とし、王都【クラジウ・ポワトリア】の真下、世界最古にして最大のダンジョン『試勇の洞』へ向かうのだ。
目指すは最奥、『聖剣ヴァルガゼール』の眠る場所。
聖剣探索は数年に一回程度行われる行事であり、王国最精鋭の騎士団の錬度を内外に知らしめる意味も有る。
具体的には、潜った階層の深さや討伐したモンスター、魔獣、発見した財宝などを大々的に公表し『王国に次世代の勇者あり』とアピールするのだ。
この探索記録が騎士や冒険者達の錬度の目安になり、個人や団体を問わず、ギルド間での競争指標となっていた。無論、王国と帝国も。
そのレコードが更新されなくなって久しい。ダンジョンにも潜る者達のレベルが頭打ちになったのではないかという危惧は、帝国首脳部も抱いているだろう。
この永い停滞を脱するために、ジョエルは王宮騎士団として遠征隊にメリーベルとムネヒトを推薦するつもりだった。
第二騎士団の新しいシンボルである『炎鉄のシンデレラ』と、異次元の戦力を有する新人騎士。
彼女らなら……特にあの黒髪の青年ならば、とジョエルは思っていた。
やや強引な手段ではあるしムネヒトは王国民では無いが、既に正式な第二騎士団員の扱いを受けている。半ば命令として推挙することも出来るだろう。
即ち、王命に等しい。
まだジョエルの胸の内にしか無い考えだが、充分に説得力を有する大義名分になる。
いかに王国最大級の裏ギルドとはいえ、異を唱えるなど不可能に近い。
「おっそいなぁ……ディミトラーシャ、待ち合わせで男をヤキモキさせるような女じゃ無かったんだけどなぁ……」
ジョエルは王都中央、国母像と勇者像と一緒に並んで立ってた。いつものボサボサの髪と古びた騎士団制服の他に、黒い小さなケースを持参している。
中身は金貨――ムネヒトの身請け金だ。
ムネヒトが抱えている借金を上回る金貨200枚を用意しており、これを『クレセント・アルテミス』へと渡すつもりだ。
金銭と王命を以って、青年の解放を受諾させる。その交渉に赴いたのだ。
ディミトラーシャと通信機越しに会話してからちょうど一週間。その後も何度か対話を重ね、本日を直接対談の日として決めていた。
しかし、待てども待てどもディミトラーシャは来ない。往来する大勢の人々にも視線を向けてみるが、それらしい姿は何処にも見えなかった。
約束の刻限からやがて一時間。気は短い方ではないが、流石に痺れを切らしてきた。
「……もう一回、連絡してみるかぁ……」
先程から十分ごとに通信機で呼びかけているのだが、ディミトラーシャにも『クレセント・アルテミス』にある固定通信機にも反応が無かった。
あと一度だけ連絡しても駄目なら直接向かおうと思い決めて、通信機のスイッチを入れる。
意外にも返答は直ぐにあった。
『……――ああ、ジョエルでありんすか……』
「『おいおい……ジョエルか、じゃあ無いぜ。俺、デートで待ち惚け喰らったみたいになってんだよ。すっかりくたびれちまったし、またジョエルのロートルがサボってるって噂されるじゃんか』」
『…………それは、申し訳有りんせん……そういえば、今日でありんしたねぇ……』
妙な歯切れの悪さにジョエルは眉を寄せた。約束を反故にしているとも、恍けているとも違う。心此処にあらずと言った様子に近い。
『くっ、ぁあ!』
「『! おいどうした! 何かあったのか!?』」
突然、通信機の向こうでディミトラーシャが苦悶の声を上げた。呼びかけてみても返って来るのは苦しそうな喘ぎだけ。
もしかしたら彼女の……『クレセント・アルテミス』に属する冒険嬢達全員の身に何かが起きたのたのでは無いかと、悪い予感が頭をよぎる。
『ぬしは、知っていたんでありんすか? ……はっ、ぅ――ッ!』
「『なに……?』」
息も絶え絶えの返答は、ジョエルの問いに対する答えではなかった。
『オリオン――ムネヒトは、わっちらを抱く気なんて最初から無かったって、こと……』
「『――……』」
『く、ふふっ……別にぬしに対する恨み言じゃ、ありんせん。ただの、泣き言で、っぅ! ありんす……』
「『泣き言……どういう意味さ? 皆でムネヒトくんに何かしたのかい?』」
『わっちらが男にすることなんて、一つに決まっていんしょう? フラれたで、ありんす、けど……っ!』
ジョエルの予想通り、この一週間で彼女達はムネヒトに様々な色仕掛けを行ったのだろう。しかし、これも予想の通り彼は靡かなかったと見える。
ディミトラーシャが現在どのような様子なのかは知らないが、強かな反撃を受けたのは間違いない。
ムネヒトが色欲魔を装っているだけという説は更に補強された形になる。
(それはそれで妙な話なんだがな……)
色欲魔を装っているのなら、誘いに乗って女を抱いてしまった方が都合が良いはず。
だというのに、彼は女に――王国中の男の憧憬の的である彼女達にすら手を出さなかった。装っている割に徹底がされていない。
(つまり色狂いのフリをする事と性交渉を拒む事を天秤に掛けて、ムネヒトくんは後者を取ったと言う事になる。それにどんな意味がある? 何が狙いだ?)
性欲が薄いというには不可解だ。性欲そのものの欠如、あるいは女に――延いては人間に触れられない理由があると見るのべきかもしれない。
「『なるほど……ムネヒトくんにエロいことしようとして返り討ちにされたワケだ。まあ彼にも何かしらの事情があったんだろさ。それで、随分と苦しそうだけど医者は呼んだのかい?』」
『いんや……誤解の無いように言っておきんすが、わっちを含め誰も一切怪我などしておりんせんよ。……ただ、ぁぐ――ひ、っぃ!』
「『……ただ?』」
『はぁっ――はぁっ――、……心が壊れるかと思いんした……』
「――――ッ!」
先日のガノンパノラとの会話を思い出して、ジョエルの背を冷たい汗が流れた。
ディミトラーシャの言葉は偶然だろうとは思う。だが、まさかという懸念は振り切れない。もし本当に、彼がそうだとするのなら――。
「『……ともかく、これからそっちへ向かうよ。ダメージが残っているところ悪いけど、直ぐにムネヒトくんを出してくれ』」
『…………ふぅ、ふぅ、……ああ、ムネヒトなら、もう此処にはおりんせん……』
「『……なんだって……?』」
『朝になったら、消えていんした……』
・
「く、ふふふ……ジョエルの坊や、焦っていんしたねぇ……」
まあ人の事は言えないなと、ディミトラーシャは苦笑いを浮かべた。美しい面には汗と憔悴が浮かび、呼吸も肩でしている。
ベッドの縁に座る彼女は服はおろか下着すら着ていない。今朝からずっと裸だった。白い肌には桃色に染まりびっしりと汗が浮かんでいる。寝室はディミトラーシャの甘い体臭で占められていた。
じっとり湿った前髪を掻き揚げ、深い溜め息をついた。幾分マシになって来たが、まだまだ動けそうに無い。
その時、ドタドタと慌しく誰かが廊下を走る音が近づいてくる。ディミトラーシャが顔を上げるより早く、ギルドの冒険嬢が寝室に飛び込んできた。
「マスター!」
「ひぃんっ! ドアはもっと静かに開けなんしぃ!」
「あ、す、すみません!」
ノック無くドアを開けた非を今更に気付いたらしく、入ってきた冒険嬢は申し訳なさそうに頭を下げた。ディミトラーシャが咎めたのはノックの有無では無かったが。
「ふぅっ、ふぅっ……わっちだけじゃ無いんでありんすから、気を付けてくんなんし……それで、オリオンの行き先について何か掴んだんでありんすかぇ?」
「! そうでした! これを見てください!」
彼女は自分が足を運んだ理由を思い出すと、持っていた紙切れを手渡した。
「これは……『ポミケ』のチラシじゃありんせんか。これがどうしたでありんすかぇ?」
四つ折りにされた紙は、はや一週間に迫ったポーション品評会の事について書かれていた。
王都でもこの店でも何度も耳にした事だが、専門外のディミトラーシャにとっては興味の対象外だ。大半の冒険嬢も同じはず。
ファルミタあたりは物色に行くらしいが、きっと物色するのはポーションだけではあるまい。
「これはオリオンのズボン……ココにやって来た夜に履いていた物の中に入っていました。恐らく、『ポミケ』に参加するものと思われます」
「……!」
オリオンと過ごした初日の夜を思い出す。ディミトラーシャは会話に加わっていなかったが、彼を囲んでいた冒険嬢から色々聞き及んでいる。
彼が牧場で働いていること、騎士団に加わったこと、ハナという牛のこと、そして趣味で始めたポーション作りのこと。
「オリオンはもしかしたら、『ポミケ』でポーションを売って借金の返済に充てるつもりかもしれません」
オリオンがあのまま逃げたという意見は驚くほど少なかった。言った冒険嬢も、一応は口に出してみただけという風であり、オリオンが逃亡したなどとは思っていないらしい。
たった一週間ではあったが、あの青年がおっぱいの責任から逃げるような男でないことは誰もが知るところだ。
「そういえば『おみ足』のから紹介状を受け取っていたって、シンシアとコレットが言ってましたね……」
「確か【ジェラフテイル商会】だったでありんすか……オリオンが、その商会と……」
ムネヒトは騙された事に今でも気付いていないのだろう。自分達冒険嬢に謝罪を受け取って貰う為、必死で金を稼ごうとしている。
そんなとんでもないお人好しを……と、胸を苦い悔いが噛む。
逆にコトが済んだら忽然と姿を消す男は少なくない。
そして捨てたクセにいざ女が有名になったりすると、ニヤケ面を浮かべて再び寄って来る。反吐が出る心地だ。
勿論これは男に限った話ではなく、簡単に手の平を返す女も同じくらいに嫌悪しているが、どうしても視点が女性のモノになってしまうのも仕方ない。
ディミトラーシャは執務室の机に置きっ放しの、復縁を求める手紙やメッセージ付きの贈り物を思い出して顔を歪めた。
手紙の中身は、やれ『僕には君が必要だ』とか『真実と永遠の愛を思い出した』とか『王国貴族たるこの私と、褥を共にする栄誉をやろう』とか、鬱陶しい事この上ない。
ディミトラーシャの肉体が完全になった事に気付き、再び湧いた有象無象は蝿のように多かった。
結局は身体目当てか、ディミトラーシャを自身のステータスに利用するアクセサリーとしてしか見ていない男達だったのだ。
そんな奴らにチヤホヤされて得意になっていた過去の自己も思い出し、またムネヒトを無意識に連中と同列と考えていた事を今更気付き、なんて無様な事かと恥ずかしさすら覚えていた。
「……回復した者を連れて【ジェラフテイル商会】へ行きなんし。少しでもオリオンに会える可能性があるのなら、無視は出来んせん」
マスターの指示に冒険嬢は力強く頷く。今度こそ、本当の意味でオリオンを――と思うのは、ディミトラーシャだけではない。
「そういえば、コレットは、まだ帰っていないんで、ありんすかぇ……?」
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閲覧制限しているからセーフ(小声)の精神で、過度に過激な描写以外はノクターン様から直接引用をしようと思い決めました




