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異世界でB地区の神様になったけど、誰にも言えない  作者: フカヒレさん
第四章 金と恩とおっぱいと
156/214

アメリアとグレート・ポーション

 

 アメリア・■■■■■という少女は、王国子爵家の長女として生を受けた。

 待ちに待った■■■■■家の令嬢。しかし新しい命が祝福されていたのは、彼女がまだ母の胎内にいる間だけだった。

 出産のとき、分娩室に響いたのは産声だけではなく助産婦達の悲鳴だった。


 油に塗れた炭。当時の担当医の偽らざる第一印象がそれだ。


 高名な魔術士が言うには稀にある先天性の毒の一つという話であり、帝国と王国の大戦期に用いられた魔力兵器によって汚染された人々の隔世遺伝という説や、太古において魔王に呪われた者の名残が現代に現れたと言う説など様々だった。


 諸説は幾らでもあったが、根本的な治療法は見つからなかった。


 待ち望んだ第一子は、直ぐに忌み子として扱われるようになる。()()()()()()()()()()()()()()()という話も、当然のように出た。


 異を唱えたのは、アメリアの母親だ。

 夫も侍女達も何日にも渡って彼女を説得したが、母としての彼女を折る事は誰にも出来なかった。


 それからアメリアはスクスクと……とはいかなくとも、母の元で成長していく。

 アメリアは■■■■■家の屋敷出る事を禁じられていたが、常に傍らには母が居た。また、侍女や父の目を盗み王都へ出掛ける事もしばしば有った。

 流行の服やアクセサリーなどをアメリアと一緒に見て、いつか治ったときの為にと大量に購入して回る。

 自分の手を引いてくれた母の手の暖かさをまだ覚えていた。

 その母は、寝る間も惜しんでアメリアの治療薬を探していたのだろうと今なら分かる。■■■■■家の財産を切り崩しながら、彼女は腕利きの魔術士や治癒薬を求め続けた。


 貴女はきっと大丈夫。母の口癖だ。


 根拠も無い母の言葉はアメリアを励まし続けた。

 父親に居ない者として扱われようが、侍女達に陰口を叩かれようが、父の美しい愛人に罵声を浴びせられようが、その愛人が■■■■■家の正妻に収まろうが、母もろとも■■■■■家から追放されようが、アメリアは――。


 ・


「お待たせしました、アメリア様」


 一日千秋の思いで今日を待ち続けた。

 早朝、ジェシナが急ぎ足で駆け込んできた時の鼓動の高鳴りを、彼女は生涯忘れないだろう。

 思わず目を通していた従業員からの週報を放り出してしまう。秘書が手に持つのは長方形で統一されたカバン。いや、カバンというよりは重厚なケースだ。

 執務室の机の真ん中に置き、震える指で慎重にロックを外していく。購入誓訳者――アメリアの魔力反応で開封され、ケースは封印の役目を終えた。


 大仰な入れ物に反して中に収められた品は驚くほど小さい。それこそ、ジェシナの人差し指程度のサイズしか無いだろう。また敷き詰められた緩衝材の役を果たす赤いスカーフも、不要なほど多い。

 しかしその価値を知るものからすれば、この扱いも当然と思えるだろう。


「あ、ああ……! ついに、これが……!」


最上級治癒薬(グレート・ポーション)


 全ての薬師達の目標であり、これを精製できた者は一生涯の栄華を約束される。最低でも、王都の一等地に屋敷を建てられるほどの価格で取引される超希少なポーションだ。

 あらゆる傷を癒し失った四肢や潰れた眼球すら修復してしまう、まさに奇跡の薬だ。死んでいなければ、これで治せない怪我は無いとまで謳われている。


 しかもこの品は『最上級解毒薬(グレート・キュアー)』も含めた混合薬だ。未だ流通にも乗っていない完全な新薬。宮廷薬師級の技術を持つ者達が、能力の全てを捧げて作成した逸品。


 アメリアは瓶を、間違っても落とさないように丁寧に――グレート・ポーションを収めた瓶は特殊で、ミスリル級に頑強ではあるが――手に取り、銀色の液体を魔力灯に透かして見た。


「……いよいよなのね……怖いわ、ジェシナ……」


 先ほどから酷い動悸だ。

 肺が空気を上手く取り込んでくれないのか、呼吸が浅くなったり早くなったり忙しない。

 一週間以内に納品と聞いてから、一秒一秒がとても永く感じた。だがいざその時が来ると、今度はイタズラに時間ばかりが過ぎていく。


「心中お察し致します。ですが貴女が飲まなければ、そのグレート・ポーションは転売するほか御座いません。このジェラフテイル商会の利益になるだけです」


「利益には成るの……貴女は激励も微妙なのね……」


 秘書は無表情のまま会釈した。

 ジェシナはそう言うが、彼女がアメリア以外の者にこの品を与えるつもりが無い事は、アメリア自身も理解していた。

 わざとなのか、天然なのか、いつものジェシナの気遣いだ。だが彼女も緊張しているのだろう、常より頬が赤い。五年も一緒なのだ、それくらいは分かる。


「飲むわ。ええ、飲むしかないもの。転売されてら次はいつ手に入るか分からないものね」


 やがて、アメリアは決意した。彼女がそう言うまでジェシナも一歩も動かなかった。

 コルク栓を開け、口を付けゆっくり傾けていく。一口分程度の量しかなく、アメリアも一息で飲み干せた。

 冷たい液体が喉を通り過ぎると、身体を満たす温かさが生まれた。今までに無い効能の手ごたえに、鼓動が弾んだのが分かる。

 目を閉じて、その心地の良い感触に身を委ねた。


 健康な身体になったら、やりたい事がたくさんあった。

 大通りで見かけた屋台の焼き鳥なんかも食べてみたいし、流行のドレスなども着てみたかった。また、高級でなくてもいいからアクセサリーなどもしてみたい。


 かつて治療費を稼ぐため、アメリアの為に購入したアクセサリーを売り払った母の事なども思い出す。その時の彼女の申し訳なさそうな顔や、追放生活での苦労が走馬灯のように思い出される。

 その全てが、報われる時が来た。

 目一杯のお洒落をして、ジェシナとベルバリオとルーカスとで母のお墓を訪ねよう。

 それでようやく、皆に恩返しが出来る。


 美しくなりたいだなんて、そんな贅沢は言わない。でも、せめて一度――。


 やがて身体を満たしていた温かさが去り、アメリアは目を開けた。

 開けて直ぐに気付いた。


 視界の歪みは、少しも軽減されていない。机の向こう側にいるジェシナの顔も、見たことの無いくらい苦悶に歪んでいた。


「あ、あ、あぁぁぁぁぁあああああああ……!」


 フードを捲り、腕を、足を、そして窓に顔を映す。

 いつも通りの醜い自分の顔があった。何も変わらない。昨年と同じ、先週と同じ、昨日と同じ、今朝と同じ、今と同じ。だったら、未来も、同じ、同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ――。


「あ、あ、あぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!」


 美しくなりたいだなんて、そんな贅沢は言わない。でも、せめて一度――。


「たった一度も、許されないというの!?」


 持っていた空瓶を床に叩きつけ、机を渾身の力で叩いた。手の骨にヒビが入ったが、グレート・ポーションの力で瞬時に完治してしまう。

 それすらが忌々しくて、アメリアは拳を何度も何度も叩きつけた。手首が折れても、爪が剥げても、痛みを覚える間もなく治療されてしまった。

 痛いのは身体の何処でもなかった。


「なんで!? なんでなの! 私が何をしたっていうのよ!! お母様が、お母様が何をしたっていうのよ!!」


 アメリアは荒れ狂う暴風と化し、手当たり次第に近くの物へ当たり始めた。ソファーをなぎ倒し、クッションを放り投げ、それでもない処理できない怒り絶望を手当たり次第に吐き出した。


「アメリア様……!」


 反射的に主人の激昂を宥めようとして、床に縫い付けられたように動かなくなった。いや、動けなかったのだ。

 彼女には「お止め下さい」とも「落ち着いて下さい」とも言えなかった。最後の希望を断たれた主人に掛ける言葉が、ジェシナには見つけられない。

 技術の粋を集めたグレート・ポーションですら、アメリアの身体を癒す事は出来なかったのだ。


 それはつまり、彼女の身体を治療する術は存在しないと言う事。知識を持つ者故に察してしまった事実に、アメリアもジェシナも平静さを失ってしまった。

 筋違いとは知りつつ薬師を恨み、技術の未発達さを恨み、最後には自分の身体を恨んだ。


「ぁぁ……」


 やがて怒りを吐ききった跡に残ったのは、空虚な絶望だ。

 雑然となった執務室の中心でアメリアは膝を付き、あおぐ様に虚空を眺めていた。滂沱と流れた涙は、体内の毒のため、炭のように濁っていた。

 だが何より濁っていたのは、彼女の翡翠色の瞳だっただろう。見るでもなく、言うでもなく、思うでもない。

 何も思う事が出来ないから、無念というのだろうか。全ての妄念や執着を捨て去ったことを真の無念と言うのなら、今の私は何だ。


「いったい何の騒ぎだ!」


 やがて騒ぎを聞き付けて、何名かが執務室に飛び込んできた。無論、それはジェラフテイル商会の従業員達であり、先頭はルーカスだ。


「これは……!?」


 彼は部屋の惨状を見て一瞬言葉を失うが、呆然としている自身の婚約者と、近くに転がっていたポーションの空瓶を見て、何があったのかを悟った。


「まさか、グレート・ポーション……! 君は、また私に黙ってこんな物を買ってきたのか!? どうして無駄なことだって気が付かないんだ!」


「無駄……ですって?」


 ルーカスの言葉に、アメリアは腹の底で怒り再び燻ぶり始めるのを感じた。


「私がいったいどんな気持ちで今日を迎えたか! 貴方は考えた事があるの!? お母様が、どんな気持ちで、私を……!」


 だがその怒りも一過性のモノに過ぎなかった。直ぐにまた気持ちが沈み、冷たい泥に身を浸しているような感覚に陥る。

 ルーカスはそんな彼女を苦りきった様子で眺めていたが、やがて口を開く。


「……だが現実はこうだ。あのポーションも、今までのポーションも、商会の利益で購入された物なのだろう? 君は結局のところ、イタズラに商会の財産を浪費したに過ぎない。その自覚はあるのかい?」


「そ、れは――……」


 空虚だったアメリアの瞳に後悔の色が浮かんだ。

 勿論、彼女だって気付いていなかった訳ではない。今まで費やした治療費は相当に高額だ。

 その罪悪感故にアメリア必死に事業に励み、ジェラフテイル商会に多くの利益をもたらした。ベルバリオに商才を認められ、代表へと至った道程は決して楽な物ではない。


 それでも、浪費した金や労力の多大さを無視することは出来なかった。

 最後の希望であるグレート・ポーションも、結局は無駄にしてしまった。それはつまり、誰かが助かる機会をも奪ってしまったということ。

 自覚していないわけではなかったが、婚約者からの言葉はアメリアの精神を苛んだ。


「お待ち下さいルーカス様。ポーション類の代金は全てアメリア様個人の資産から捻出したものです。商会予算を割いたりなどはしておりませんし、従業員の給金を下げたりなどはしておりません」


 押し黙った主人の代わりに、長身の秘書がルーカスの前に立った。


「それでもだ。こんな事に使うくらいなら、別の運用方法があったんなじゃいかと私は言っているんだ」


 ジェシナとルーカスの身長差は殆ど無く、二人の視線は地面とほぼ平行にぶつかる。


「ジェシナ、お前こそがしっかり私に報告すべきだったんだ。そうすれば、こんな醜態を晒す事もなかっただろう」


「……醜態と仰いましたか? 健常な肉体になろうと、美しくなろうという懸命な女性を醜態だと、貴方は言うのですか――?」


「『姿がどうあろうと、君の価値は変わらない』と私は常にアメリアに言っている。だがお前はどうだ?」


 詰め寄ったジェシナの追求を、ルーカスは軽くかわす。


「主人の行いを諌めようとせず、言われるがままに高額なポーションを用意して与えている。それはお前こそが、()()()()()()()()()()()と思っている証左ではないのかい?」


「――貴様……!」


 表情は変わらなくとも、その下に隠された感情が、憤怒の怒涛を描いているのは誰の目にも明らかだった。

 無機質な殺気が急速に膨れ上がり、執務室が狭くなったのでないかと思えるくらい窮屈に感じる。

 ルーカスは平然としたものだが、部屋の外で様子を伺っていた他の従業員達は震え上がっていた。


「止めなさい――!」


 裏返った悲鳴がアメリアの喉から迸った。金切り声に等しい声量に打たれ、秘書は一瞬で平静に立ち返る。


「ジェシナ、いいのよ。彼は何も、間違ってはいないもの……ルーカスも、ジェシナを責めるような言い方は止めて」


「……アメリア様、ですが――」


 アメリアは俯き、黙って首を振った。


「良いのよ。でも、今は一人にして頂戴……ルーカスも皆も、仕事の邪魔をして悪かったわね……持ち場に戻って。部屋の片付けも良いわ」


 弱々しいが有無を言わせない物が言葉の中にあったのだろう、ジェシナもルーカスもまだ何かを言いたげだったが、口を噤んで執務室を出てドアを静かに閉めた。

 ルーカスは部屋の中を一瞥し、小さな溜め息を漏らしながら下の階へ降りていく。残された従業員達も顔を見合させ、アメリアやジェシナに会釈して足早に去っていった。


 ジェシナは――。


「――……」


 彼女はドアの前に立ちつくし、中から聞えてくる啜り泣き声を黙って受け止めていた。

 日付が変わり、主人が泣き疲れて眠ってしまうまで、ずっと其処に居た。



閲覧、ブックマーク、評価、感想、誤字報告など誠にありがとうございます!

怪しい箇所は修正してきましたが、まだビクビクしております(タイトル横に※が入ってるのが修正箇所です)

懲りずにおっぱいのお話を続けていきますので、お付き合い頂ければ幸いです。

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