秘密の特別任務(下)
「まったく! ジョエルさんと来たら、まったく!」
メリーベルは肩を怒らし、大股で大通りを巡回していた。
王都で噂になりつつあるメリーベルの声を掛けようとするものは多くいたが、見るからに憤慨しているシンデレラに近づこうとする者はいない。せいぜい遠巻きに眺めて噂しているだけだ。
「皆も皆だ! 他人事だと思って好き勝手に言って!」
しかし彼女は、口ほどには怒ってはいなかった。その事に気付く者は居なかっただろうし、自分自身ですら気付いていないかもしれない。
緩みそうになる口元を無理に引き上げているので、周囲の者にはやもすると気に飢えた狂戦士のように見えてしまうらしい。
皆は慌てて道を空け、通り過ぎた後に何事かと噂するのだ。
それに気付きもせず、メリーベルは巡回のコースを一人で進みながら、数十分前の本部での出来事を思い出していた。
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『メリーベルちゃん、メリーベルちゃん、一度落ち着きなよ』
『居たのですかジョエルさん……いえ、私は落ち着いていますよ。一ミリの挙動も見逃さない位に、とても』
『それ落ち着きの種類が違うから。こんなトコで戦場の集中力を出してどうすんのよ。良いから聞きなって、二人に裏ギルドに行くように……つまりムネヒトくんに勧めたのは俺さ』
『――!? ジョエルさんが!? いったいどういうことですか!』
『エリアナから聞いただろう? 秘密の特別任務の事さ。彼が適任だから派遣したってワケ』
『私は何も伺っておりません! 秘密って何ですか!? いやそれより、何故私に黙って話を進めたんだ!?』
『怒んないでよ。事後承諾は確かに悪かったケドさ、コレはムネヒトくんの……いや、メリーベルちゃんの為なんだから』
『私の……? いや、騙されませんよ! ジョエルさんは何時もそうやってお為ごかしを言って、煙に巻こうとする! 今日はそうは行きません!』
『ツれないなぁ……反論は出来ないけど、不利益になるような事は言ってないつもりさ。彼を派遣したにはワケがあるのは本当だ。詳しい理由は言えないけど……』
『そら見た事か! 後ろめたいことが有るんでしょう!? ええい、もう! ちょっとムネヒトに会って来る!』
『ままま! 実はこれは、ムネヒトくんからのお願いなのさ』
『ムネヒトからの!?』
『そうそう! 是非自分にやらせてくれって言ってきたから、彼に任せたんだ。特別任務とは言ったけど、まだまだ根拠も不十分で、本来は任務として扱うにも微妙な案件だったんだよ。そのため大勢で動くワケにもいかないし、ゾロゾロ行って警戒されたら元も子もない』
『……』
『それに、ムネヒトくんはまだ顔が知られてない。極秘で調査するには、これ以上ない人材だったのさ』
『しかし、だからと言って私にまで内緒にするのは……団長から、ムネヒトを副団長の直轄にするという話されたばかりだというのに……』
『多分だけど、ムネヒトくんは少しでも早く一人前になりたかったんだと思うよ?』
『……? それは何故ですか?』
『決まってるだろ? メリーベルちゃんに相応しい男になるためさ!』
『――は、はぁっ!?』
『男が女に隠れてコソコソすることなんて、泥臭い努力かエロい事くらいなんだぜ? ま、男心が分らないのも無理は無いけどね』
『む、ムネヒトが、まさか……!? いやいやいや、馬鹿な……』
『副団長! それについては俺もアニキもムネヒトの野郎から聞きやした! なあ!?』
『おおよ! あの野郎、生意気にも心に決めた女が居る、将来はお嫁さんにしたいとまで言ってたんスよ! コレもうぜったいに副団長の事っしょ!』
『ッ!? ッ!?』
『ぴ、ぴよぉぉぉーーーー! 副団長って、もうハイヤくんの家で暮らしてるんでしょ!? つまりもう婚約待ったなしなんですか!? 電撃的なスピードじゃないですか!!』
『バ、バババババカ! エリアナ、お前何を言っているんだ!?』
『よし! 皆でメリーベルちゃんコールだ!!』
『メリーベル! メリーベル! メリーベル!』『メリーベル! メリーベル! メリーベル!』『メリーベル! メリーベル! メリーベル!』『シンデレラ!』『メリーベル! メリーベル! メリーベル!』『シンデレラ!』
『わ、わ、わ……みっ見回りにいってくる!!』
・
やや場の雰囲気から逃れてきた感が否めないが、本部でそのような事があったのだ。
「どいつもこいつも面白がりおって……まったく、私とムネヒトは男女の関係ではないのだぞ……」
ぼやくメリーベルだったが、真実を公表するわけにも行かないのでモヤモヤが拭えないでいた。結局はまたジョエルのペースに乗せられた形になってしまった。戻ってから問い詰めても、また巧く逃げられてしまうだろう。
父と同年代のために、彼にとって自分は未だに小娘でしかないのかもしれない。メリーベルもまた飄々としたジョエルには、幼少の頃から植えつけられた苦手意識がある。よくからかわれたもんだ。
「私とムネヒトの関係は、もっと、こう……ふふふ……」
周りの王都民達が慌てて走り去るがメリーベルは気付かない。
彼と自分は神と従者の関係だ。従者は神官と言い換えてもいい。王国には無い職業だから、最初は自称のような扱いになるだろう。
メリーベルは〈上級戦士〉と〈上級剣士〉の職業を修めている。いずれも最下級位から始め、今日までの鍛錬の中で上級位に至ったのだ。
他にも〈下級槍士〉〈下級斥候〉〈下級弓士〉〈最下級魔術士〉など、騎士として必要と思ったを職業も納めている。
ちなみに魔法系統の職業が最下級位のままなのは、メリーベルが炎系統以外の魔術を不得手としているからだ。いや、ほとんど使えないと言っていい。
それ故に、もう何年も最下級から脱せないでいた。
習得しているスキルの数や威力、ステータスなどを総合的に考慮して、職業の段階を決定しているのだから、炎系統のみが強力であろうと昇級は叶わない。
仮に〈神官〉を新たな職業とした場合、誰が認可をしてくれるのだろうか? 通常の職業のように誰かが鑑定し居たり、王宮などが認可するわけも無い。
疑問の余地も無い。ムネヒトしか居ないだろうと、メリーベルは既に答えを得ていた。
毎日行っているあの儀式――乳繰り合いではなく儀式だ――は、そのための準備。あるいは既に自分は〈神官〉にでもなっているのかもしれない。
ゆくゆくは【神威代任者】として、王国の繁栄と民の平和、そして神の為に働くときが来るだろう。歴史に名を残そうとは思わないが、目指すものがあると普段の鍛錬にも身が入るというものだ。
(だがそうなると、いずれ私達は上司と部下の間柄でありながら、本当は主従が逆という妙な事になるのか?)
はたとそこに気付いた。
(表向きは団長と副団長……しかし真実は神と従者……な、なんだそれは……まるで御伽噺ではないか!?)
日常の任務の中では、彼は自分に対し上官と接してくる。彼は訓練された猟犬のように、団長であるメリーベルを守るだろう。
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『メリーベル団長、後ろ巻きの雑魚共は自分にお任せ下さい!』
『ああ、頼むぞ! ハイヤ副団長!』
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しかし、誰もいない時には神と従属者という秘密の関係に戻る。
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『楽にせよメリーベル。此度の働きも見事であった』
『ははぁっ! 有り難きお言葉! しかしながら、如何に人前であろうと御身に不敬な言葉遣いを――』
『よい、赦す。私とお前の関係はまだ誰にも知られてはならん。それともこの私が、お前のそのような態度に腹を立てるような狭量な神に見えるか?』
『とんでも御座いません! ムネヒト様が偉大であることは、このメリーベル、よく存じております!』
『くくくっ、そう固くなるな我が従者よ。楽にせよと、最初に言っただろう?』
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秘密の関係と困難な任務をこなす内に、二人の仲は徐々に深まっていく。
・
『寒くは御座いませんか? 我が神よ』
『いや、充分に暖を取れているとも。このような雪山でありながら、凍えずに済んでいるのはお前が居てくれるからだ。礼を言うぞメリーベル』
『も、勿体無きお言葉……御身のために我が身命を薪にすることに、何の躊躇いがありましょうや』
『ふっ……憂いヤツよ。どれ、少し冷えてきたな……近こう寄れ』
『あぁ、か、神よ……!』
『二人だけの時はムネヒトと呼べと言っているだろ? いい加減に覚えよ』
・
やがて、密着する事にも抵抗がなくなっていく。
そして二人は――。
『どれ、今晩はこの宿で一泊だな。一部屋しか無いのは我慢してくれ』
『……』
『……二人きり、だな――きゃあ!?』
突然メリーベルは彼に押し倒され、ベッドで組み敷かれる。
『お、お止め下さい我が神よ! 私と貴方は、従者と神の間柄なのです! 御身が私のような下賎な女に迫るなど、あってはならないのです!』
『自分を卑下するなメリーベル。ここには神も従者も副団長も団長も無い。ただの男と女だ』
『し、しかし――!』
『俺が嫌ならそう言うが良い。そうすれば俺は、独り善がりの罰と嘲笑を自分に与えて、神と副団長に戻る』
『――……あ、ああ……』
二人の呼吸が沈黙の中で混ざり合う。そして。
『ムネヒト……っ!』
女は神でも副団長でもなく、男の名を呼んだ。
『メリーベル……今夜はもう、メリーベルしか見えない。俺しか映さない、君の紅く美しい目しか見えないんだ……』
男は微笑み、女に顔を寄せ優しく囁く。
『――君の瞳に、レッド・リーニエ――』
・
愛の炎がスピキュゥゥゥゥーーーール!
「ぬおおおおおおおおおおおおおお! 私はバカかぁああああああああ!」
メリーベルは近くの店の壁に頭を打ち付け始めた。店主が慌てて出てきたが、あまりに必死な彼女の様子にすぐ引っ込んでしまった。
「副団長ともあろう私がなんてザマだ! 気が緩んでいる証拠だ! 煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散!」
『ママー? シンデレラのお姉ちゃん、どうしちゃったのー?』
「!?」
『見ちゃダメ。きっと気になる男の子とちょっとエッチな想像をしちゃって、悶えてるのよ。貴女も大きくなったら分かる時が来るわ』
「!?」
彼女は大きな咳払いをして巡回に戻った。
(たるんでいる! 皆が変なことを言うから、妙に意識してしまうじゃないか!)
努めて冷静さを取り戻そうとするが、顔に昇ってきた恥かしさは容易に取り除けない。
ふとその時、懐にいれてある通信機が控え目に鳴った。
彼女はやや荒くなっていた息を落ち着かせ、耳に当てた。
『副団長、巡回中に申し訳ありません。アザンです。本部にいらっしゃらないようでしたので、通信機を使わせて頂きました』
声の主は、アザンという第二騎士団の中核を担う一人だった。
現場でも事務でもバランス良く能力を発揮できる人材であり、また王都でも有名な商会の代表を勤めている。
「『ああ構わん。わざわざ連絡を寄越してきたのだ、何かあったのだろう?』」
『はい。昨日の魔石の件で分かったことがあったので、なるべく早くお耳に入れようかと』
ほう、とメリーベルは感嘆の声を漏らした。商会での仕事もあるだろうに、流石というべきか手際が良い。
『実は最近、魔石を高値で買い占めている商会があるらしくて……ウチに品を卸している商人も声をかけられたそうです。何でも相場の倍近い額だとか』
「『ふむ……だから、と理由を直結させる訳にはいかないが、にわかに魔石で小遣いを稼ごうという輩が増えてきたのかもしれんな……それで、その商会の名は?』」
『確か【ジェラフテイル商会】と――』
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