ようこそ、クレセント・アルテミスへ
唐突ですが、王国通貨の説明を致します。
銅 貨1枚 = だいたいリンゴが一個買える。
小紙幣1枚 = 銅 貨10枚
銀 貨1枚 = 小紙幣10枚(銅 貨100枚)
大紙幣1枚 = 銀 貨10枚
金 貨1枚 = 大紙幣10枚(銀 貨100枚)
「う、ん……? 朝か……っ!」
俺はカーテンから差し込む斜めの日光に起こされた。
頭の芯を擦るような鈍痛、二日酔いだ。顔から上がいつもの五割増しで重く感じる。
スポーツドリンクかお茶漬け的なものが欲しいが、ここでは望むべくもない。ならばせめて水が欲しい。
「いちち……飲みすぎたか……あれ……? ここ何処だ……」
記憶が曖昧だ。
俺の部屋にしては妙にベッドふわふわだし、天井も高い。それにホテルのような家具が置いてある。ベッドサイドテーブルにあった水差しを見つけ、備え付けのコップに注ぎ一息に飲み干した。
「――!」
瞬間、昨夜の記憶が蘇ってくる。確か俺は、ゴロシュとドラワットのアドバイス(?)を受けて『おっぱいギルド』にやって来たのだ。
二人は俺を置いて別の店に向かい、俺は一階の酒場で冒険嬢に囲まれ酒宴を楽しんだ。
そして馬鹿みたいに酒をがぶ飲みした……までは覚えている。
断続的な記憶は有るが、乾杯以後どうなったかが曖昧だ。が、状況から察するにバッチリ酔いつぶれ、この一室で介抱されたのだろう。
記憶が無くなるまで飲んだのは初めてだ。
「服は……昨日のまま。パンツも……そのままか」
少しだけほっとする。酒の勢いに負けて……、というのは古今東西よくある話だ。
皆のおっぱいを意識しないように酒を飲み続けたわけだが、ともかく最悪の裏切り行為には陥ってないらしい。
多分だが、此処は個別依頼をした者が訪れるという個室か特等室かだろう。そうなると、屋敷の二階か三階辺りだ。
「ん……?」
ふと、鼻を薔薇のような香りがくすぐった。出所を探すと、どうやら部屋の隅にあるドアの向こうからだ。
覗いてみると、そこは浴室だった。メリーベルの部屋のそれよりだいぶ大きい。妙にスケスケでヒラヒラのカーテンも掛かっていた。
中にある白い陶器製のバスタブにはお湯が張ってある。薔薇の花まで浮いていた。なんかセレブが入りそうなお風呂だった。
「入れって、ことだよな……」
浴室の内側には金ぴかのカゴがあり、その中には男物の下着と服が綺麗に畳んで置いてある。
朝風呂は好きだが、薔薇の浮かぶ風呂に入るのは何となくムズ痒い。
しかし、昨日の格好のまま寝てしまったのは良くなかった。今まで身体を横たえていたベッドが汚れてしまったんじゃないかと、申し訳ない気持ちになる。
素直に風呂を頂くとしよう。
「朝帰りになっちまったな……」
知らない場所で裸になるという事に少し羞恥を覚えつつ、俺は湯を浴びる。置いてあるシャンプーとボディソープがクノリ製の商品と云う事がちょっとだけ頼もしかった。
洗い終わると湯船に身を沈めた。心地のいい湯加減に、二日酔いの息が自然に吐き出されていた。浴室の高さは二階分はありそうだ。天井付近の壁に小さな窓がついていて、四角い朝の光を吐き出していた。
此処からは王都の喧騒も何処か遠い。まるで時間が止まったかのような――。
「ムネ様おはようちゃーん! お背中流してあげるしー!」
「ぎゃああああああああああ!?」
カーテンの向こうからシンシアさんが現れた。
水着のように露出の多い湯浴み着を身に纏い、手にはボディソープだけを持っていた。
「うぷぷぷ~! ぎゃーだってぎゃー! そんなに驚かなくても良いじゃん!」
俺の狼狽に対し、シンシアの方は愉快そうにカラカラ笑うだけだ。
「シシシシシシシンシア!? 何故此処に!?」
「へ? 此処があーしらの職場兼住まいだからに決まってるし?」
「じゃなくて! いきなり入ってきてどういうつもりだ!?」
「なになに? もうボケ始まっちった? お背中流ししますっつったし?」
「いやいやいや頼んでないって! それに俺もう身体洗ったから!」
彼女は昨日より露出は少ないが、逆に俺の方が素っ裸だ。浮かんでいた薔薇を前面に持ってきて死角を作るだけで精一杯だ。
「ふふ、分ってるクセに――」
「は!? な、何が!?」
「きゃッ――」
彼女はそういうとボディソープを置き、四つん這いになって近寄ってきた。俺が思わず盛大に仰け反ってしまう。その跳ねたお湯がシンシアにかかり、白い湯浴み着を濡らしてしまった。
「あは、濡れちゃった……」
本来の湯浴み着とは違い、快適にお湯に浸かる為のものではないらしい。あっという間に水を吸い、シンシアの肌に張り付く。
生地は薄く、その肌色を簡単に反映させていた。ポタポタ滴り落ちる湯が朝日に反射し、神聖ながらも淫靡なものに見せた。
「背中を流すなんて、ただの口実だし。ねえムネ様、知ってた?」
湿った髪をかき上げ、半目になって俺を見つめてくる。昨日の騒がしい彼女の印象とはまた違う、静寂と妖艶さを纏ったシンシアの夜の姿だ。今は朝だけど!
俺はバスタブの端まで追い詰められ、逃げ場はもはや無い。彼女は遂に湯船の縁に手を掛け、身を大きく乗りだした。
張り付いた湯浴み着ごと揺れたおっぱいは、そのまま湯船に着水する。薔薇が邪魔でその全容はハッキリしないが、既に零れていた。
「朝するのって、スゴく気持ち良いんだよ?」
「……とう!」
俺は瞬間に左胸に手を当て、高く跳び上がっていた。湯船を踏み砕かないように全身の筋力を均一に発揮させ、湯船からほとんど垂直にジャンプした。
鯉もかくやという大跳躍で、俺はシンシアのほとんど真後ろに着地する。着地の瞬間は体操選手のようにバランスを取った。
「きゃっ!? は!? え……意外に立派……」
その時のお湯を更に浴びて、彼女はずぶ濡れになってしまう。
シンシアも俺の超人的運動能力に驚いているらしい。然もあらん。でも立派って褒め方は変じゃない?
ともかく俺は振り向かず、そのまま脱衣所にあった衣服を借り過去最高のスピードでそれを着た。脱ぎ捨ててあった俺の服は何故か無い。
「お邪魔しました!」
だがそれを気にしている余裕など無い。新しいタオル一枚を頭に載せ、浴室から抜け出した。
半裸の女性を置き去りにするという事に罪悪感が無いわけでは無いが、今は脱出への意志に頭がいっぱいだった。
後ろから何か声が聞こえてきたような気もしたが、自分の動悸と足音に紛れてそれも届かない。
ドアから出て、長い廊下を5メートルほど駆けた辺りで俺の居た部屋の方を振り返る。シンシアは出てこなかった。
からかっただけだったのだろう、俺を強いて追いかけてくる様子は無い。それとも、これはサービスの一環なのか。しかし心臓に悪い。
「俺には色々早かったな……こういう店はもういいや……さて、出口は何処だ?」
くしゃくしゃと、タオルで半乾きの髪を掻き混ぜながら独りぼやく。
とはいえ、正直に白状すると昨夜は悪くは無かった。いや、楽しかったと形容しても良い。
多くの女性に囲まれていると、自分でもちょっとどうかと思うくらいに気が大きりそうだった。男を楽しませ、欲の潮流に叩き落す術を彼女らは熟知しているのだろう。
その愉しさを理解し、身を浸してしまう前にとっとと去ろう。君子危うきに近寄らず、だ。
いやはや、色遊びというのは奥が深くて恐ろしい。それを知れただけでも収穫と考えるべきだ。
・
「おや、起きたようでありんすね」
やがて階段を見つけ恐る恐る下りて行くと、『クレセント・アルテミス』のギルドマスター、ディミトラーシャが玄関付近で誰かと話しているところだった。
「ああ、お早うございます。昨晩はご迷惑をお掛けしました……」
「なに、ぬし様のような男は毎日山のように居んす。気にせんでおくんなまし」
昨夜とは違い、その姿はやや質素だ。飾り気の無いドレスにガウンを纏うだけのシンプルな装い。
それでもガウンの前は大胆に開き、豊満なバストをこれでもかと突き出すという、朝には毒ともなりそうなセクシーさもある。
「……あれ?」
そのおっぱいが昨日と違っていた。
それに伴っての事か、昨夜はおっぱいの全てを衣服で覆い隠していたが、今朝は堂々と深い谷間を朝日に照らしている。巨大な真珠が二つ並んでいるかのような神々しさだ。
「んふふ。ムネヒト様は好き者でありんすねぇ……昨夜来から散々放蕩を尽したのに、もう別の女が欲しいんでありんすか? わっちをご所望なら、そう仰ってくれたらよかったのに」
「!? いや、違うんだ……気にしないで下さい」
この俺が見誤まったのか? しかし、あの時も『乳分析』でも確認したし……。
【ディミトラーシャ】
『クレセント・アルテミス ギルドマスター』
トップ 98㎝ (J)
アンダー 65㎝
サイズ 3.7㎝
28年4ヶ月12日物
どうしても気になって『乳分析』を発動させてみたが、Jカップという爆乳にじぇじぇじぇ!? ってなった以外は、特に可笑しいところはない。
まあ確かに昨日は緊張していたし、舞い上がってもいたから見間違えた可能性もある。
彼女自身に確かめたわけでもないし、この件にあまり突っ込むのもデリカシーに欠ける。
微妙に釈然としないが、朝から良いおっぱいを見れたので万事ヨシ。
「ん?」
ふと何者かの視線を感じる。見れば数名の冒険嬢がこっちをチラチラ伺っていた。中には肩を寄せ合って、ニヤニヤヒソヒソ内緒話をしている子も居た。
しかも俺と目が合うとサッと逸らしてしまう。なんなんだ?
「よおムネヒト! 昨日はお楽しみだったようだな!」
「ああっ! この野郎共、昨日はよくも置き去りにしやがったな!?」
声のした方を見ると薄情な二人組みが突っ立っていた。ディミトラーシャと何かを話していたのは、ゴロシュとドラワットだったのだ。
「なはははは! 怒るな怒るな! お前だって随分と楽しんだようじゃねえか! まさか朝まで此処に居るとは思わなかったぜ!」
兄貴の方が馴れ馴れしく寄って来て、俺の肩をバシバシ叩いてくる。
「は!? いや誤解だ! これはただ酔って寝ちまったから、朝から風呂を借りただけであって……」
シンシアの奇襲についてはノーカウントで。
「なーに、俺とドラワットのお前の三人だけの秘密にしておいてやるって! おっそうだ。ドラワット、コレで先に会計を済ませておいてくれや」
話を全く聞かない双子左は、懐から財布を取り出し双子右へ投げて渡す。
「あいよっと。他の連中にも、もちろん副団長にも内緒にしとくから安心しな! サンダーブラザーズは口の堅さが自慢なんでさあ! かかかっ! そーか、そーか! ムネヒトも一皮剥けちまったかぁ!」
ドラワットは大笑いしながら、酒場カウンター席へ大股で歩いていく。
「違うって! おい話を聞けよ!」
「聞く聞く幾らでも聞いてやるって。で、お前は誰で卒業しちゃったワケッスか? 初めての個別依頼で、しかも初来店で成功するなんて大したもんだぜ! 今後の参考にしたいから、どうやったかコッソリ教えてくれよ!」
「ああもう! だから違――」
「なぁ、なんじゃこりゃあああああああああーーーー!?」
鬱陶しい先輩の追及に辟易しているところへ、驚愕の叫びが聞こえてきた。カウンター席にいたドラワットが上げたものらしい。
どうしたことか、彼は受け取った請求書をワナワナ慄きながら見つめていた。
その様子に兄は小さく舌打し、頭をがりがり掻き毟りながら弟へ近づいていった。
「おいおいドラワット、バカみてえな声出してんじゃねえぞ。ちょっと高いくらいなんだ、俺らの後輩がオトナになった記念と思えばんじゃこりゃあああああああああーーーー!?」
ドラワットの持っている請求書を見て、彼もまた叫んだ。二人とも目が皿のようになっていた。しまった、奢りだからって調子に乗ってちょっと飲みすぎたのだろうか。
恐る恐る俺も近づき、震えている二人の横から請求書を盗み見る。
請求合計『金貨81枚、大紙幣6枚、銀貨8枚、小紙幣8枚』
「はああああああああああああああああーー!?」
全然ちょっとじゃねええええええええ! え、金貨81枚!? 何で!?
仮に王国金貨1枚を日本円で10万円から20万円だとすれば……800万円から1600万円……あばばばばばばばばばばばばばばば。
「おいムネヒト! お前幾らなんでも遊び過ぎだろうが!? こんなの今まで見たことねえぞ!?」
双子のどちらかが追及してくるが、俺は頭が真っ白になって咄嗟には反論できない。
「や、ま、あ、その! 何かの間違いだ! お酒だってちゃんとメニューを見てから注文しました! アホみたいに高い酒は飲んでません!」
「だったらこの額はどう説明するんだ! いったい何をしたらこんな事になるんだよテメェ!?」
「お、俺が知りたいです……」
いかん泣きそう。
「落ち着けアニキ! 昨日は最初から貸し切りってことで予約していただろうが! あのランクのコースなら、あまり高い酒は注文出来ないはずだろ!?」
「! そ、そういやそうだったな……わりぃ、ってことは……」
言われてやや冷静になったらしいゴロシュは、微笑をたたえたままのディミトラーシャに詰め寄った。
「姐さん、こりゃあ流石にオカシイっすよ!? この前第二騎士団五人くらいで来た時だって、合わせても金貨1枚で釣りが出たはずだ! いくら一晩中飲んだって、金貨81枚だなんて行くわけがねえッス!」
ゴロシュの訴えを祈るように見ていたが、しかしギルドマスターはたおやかに首を横に振るだけだ。
「いんや、それは確かに正しい請求金額でありんす。騎士団のぬしらを騙そうともしてんせんし、ましてやボったくろうなんて思いんせん」
「じゃあ、なんだってこんな――……そうだ、請求書の内訳をちょっと見せろ!」
ゴロシュに言われ、ドラワットが持っていた請求書に三人の目が集まる。
「貸し切り代……酒代……サービス代……フルーツ盛り代……」
内訳を上から順に読み上げていく。お酒などは確かに普通の酒場より割高だが、そんな極端な額が書いているわけでも――。
おつまみ代――金貨81枚
「「「これだあああああああああ!?」」」
おつまみ代たっけえええええええええ!?
「いやいやいや! 姐さん、こんなたっけえ食いモンあったんですか!? 俺ら全く知りませんでしたけど!? つか、コイツに何食わせたんですか!? ドラゴンの肉でも仕入れたんですか!?」
俺が頼んだのはフルーツタワーやチョコやナッツとか、それくらいだったはずだ。
幻の食材をふんだんに使った最高級デザートとかじゃない限り、この請求はあり得ない。
しかしドラワットの追求にも、ディミトラーシャは首を横に振る。
「食べ物じゃありんせん」
えっ。
「これはムネヒトさんが、ウチの嬢達のおチクビをつまんでしまった代金でありんす」
つまみ代ってそういう意味!?
「ぬし様、あの夜『クレセント・アルテミス』に居た総勢78名の冒険嬢全員のおチクビをつねって回ったんでありんす。もちろん、わっちも含めて」
「――」
「――」
「――」
……嘘でしょ?
「本当でありんす。そりゃあもう全員余すとこなく。風のような素早さで、こう、クリクリこねこねっと。原則としてそういう行為は禁止って、知ってたでありんしょう? ましてや個別依頼でもないのに。そうすると当然、罰金が発生するでありんす」
「……風のような早さで、ってムネヒト、おま……ええ……?」
「……お前それもう一種のモンスターだろ……」
「…………」
二人ともドン引きしている。俺だって何かの妖怪としか思えない。妖怪ムネヒト。え、マジで?
口をパクパクさせながら俺はキョロキョロと見回す。先程と同じように目の合った冒険嬢は顔を背けたり俯いたりしていた。
つまり、酔って女の子のおっぱいを無理矢理さわった回ったってコト? 何それサイテーじゃん。妖怪サイテームネヒトじゃん。
「中には泣き出してしまう娘までおりんした。だからまあ、その料金でありんす」
その料金というのはつまり、慰謝料のことだろう。よく見れば何人かの瞳が充血している。まるで昨晩は泣き濡れたように。
ああそうか……さっきのヒソヒソ話は、狼藉を働いた俺の行く末の寒さを嗤っていたのかー……。
「だが姐さん! それには、証拠が……」
「無論、証拠もありんす。ウチの娘たちが昨夜着ていたドレスは、洗わずに保管しているでありんす。胸の辺りを調べれば、ムネヒト様の指の皮脂くらいは出るんじゃありんせんかえ?」
ドラワットの反論をディミトラーシャはあっさり斬って捨てた。
それでも疑うなら第二騎士団副官のクノリ嬢を呼んでるといい。全員のドレスから、俺の魔力反応が確認できるだろうとも付け加えた。
有能な痴漢取締り員のような手腕だ。
いまや俺の顔は、ゾンビも心配して救急車を呼んでしまうくらいに真っ青だろう。血液の中を液体窒素が流れているんじゃないかってくらいに寒い。
二人の視線もそれに負けないくらい冷たくて痛かった。ディミトラーシャ……そしていつの間にか来ていたシンシアは、何故か愉快そうに微笑んでいた。
俺、またやっちゃいました……。
「わざとでは無いのは承知しておりんす。でも何のお咎めも無いのでは、今まで節度を守って楽しんだり、また罰せられてしまった他の御依頼主様方に申し訳が立ちんせん。規則は規則でありんす」
とはいえ、とディミトラーシャは語を継いだ。
「持ち合わせが無いであろう事も承知しておりんす。故にぬし様、この『クレセント・アルテミス』に奉公して金子を稼ぎ、この借金を返済しなんし」
彼女の鈴のような声は聞こえていたが、脳に届かない心地だった。鼓膜と聴覚神経の間に真空があるようだ。
「「オホン」」
冷酷な沈黙を裂いたのは、双子の完全に一致した咳払いだった。
「あー、まー、なんだムネヒト。昨日は奢るって言ったけどよ? やっぱ男なら、良い酒も良い女も良い経験も、身銭を切ってのモンだと思うんだよ。うん」
そう言って、財布を懐に大事そうにしまうゴロシュ。
「……は? おい、ちょっと?」
「タダより怖いモノはないって言うしな! 俺もアニキも、お前のためを思って心を鬼にしようと思うんだが、それで良いよな! な!?」
怖い顔でドラワットが念を押してくる。
「へ!? あの、何を言って……」
「後は任せろ! ジョエルさんにも副団長にも上手く伝えておいてやっから!」
「ムネヒトは特別任務で騎士の仕事を長期離れるって、そんな感じにでっち上げとくから安心しな!」
請求書を俺の胸に押し付け、そう言って二人同時に背を向ける。そして止める間もなく玄関から飛び出した。
「あ!? お、おいコラ! ちょっと!? 奢ってくれるって言ったじゃないか!? ゴロシュ! ドラワット! 少しだけでも工面してくれよぉ!」
「『中級雷系活用法・雷速走方』!」
「『連結式雷速走方』!」
「あー!? しかも狩猟祭で大活躍したスキルを使ってまで逃げやがった!?」
サンダーブラザーズは例の俊足で、あっという間に通りの彼方へ消えていった。は、薄情ものー!
「野郎、逃がすか! すいません、ちょっと待ってて下さい! あいつらとっ捕まえて来ますんで!」
「いんや、待つのはぬしでありんす」
ガシと、有無を言わせない力強さで俺の肩を掴むディミトラーシャ。ニンマリ笑う顔は、契約の代償を貰いに来た悪魔の顔をしていた。
「あ、あの……そのぅ……つ、ツケとか……月賦での回数払い、とかは?」
「くくくっ。一見様に、そんなコト認めるわけないでありんしょう?」
ですよねー……。
「気にしてもしゃーないし! 金が無いなら、身体で返す他ないっしょ? どーしょーもないなら、諦めて楽しく可笑しくヤローじゃん!」
うな垂れる俺に、まだやや湿った髪をしたシンシアが肩を寄せてくる。腕に押し付けられるおっぱいが、今朝はとても恐ろしい。
「ようこそ『クレセント・アルテミス』へ! これからヨロね、こーはい君!」
黒い羽も黒い尻尾も無いけれど、可愛らしい顔の下に嗜虐心が透けて見えるような気がした。小悪魔的なって、多分こういう意味じゃないだろ……。
「……また、新入りかぁ……」
正規団騎士団員になったばかりだというのに、今度は『おっぱいギルド』の新入り。誰か笑ってくれ。いやもう俺が笑いたい。
冒険嬢達が歩み寄ってくる足音を聞きながら、俺は独り胸のうちで呟いた。
おっぱいには勝てなかったよ……。
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様式美って、便利ですよね




