エピローグ⑦ 二……を追うものは一……も得ず(三章最終)
第一騎士団への援助を打ち切るという報せは、幾つかの貴族から届いた。
自分の息の掛かった者や、子息などを入団させている家は支援金の減額という措置をとったが、中立貴族、親王家派、親クノリ派などの貴族達は軒並み撤退の意を表した。
必勝の陣を布しておきながら、無様に敗北したというのが共通の認識であり、またカロルの行った戦略のため、通常より多額の資金を投入した貴族たちからの反感が大きかったのだ。
第一に投資した分を取り返そうと更に援助を続ける者達も居たが、以前より予算の浪費を問題視していた者達は、早々に見切りをつけてしまった。
代わりに、実力を示した第二騎士団へは支援を申し出る声が上がり始める。
狩猟祭初勝利の他に、かのフェンザーラント侯爵家が筆頭となって援助を行ったことが要因として大きい。
話の流れとしては単純だ。
ジョエルとアザンが【獣宝侯】の元へ赴いて、例のタイラント・ボアの角についての交渉を行ったのだ。
金に糸目を付けないというのは侯爵の主張だったが、何せ神獣の素材を取引した経験など誰も無い。適正な価格など一朝一夕で決まるはずも無く、タイラント・ボアの角は寄贈という形になった。
代わりに、フェンザーラント侯爵家とその親族一派の恒久的な援助を取り付ける事に成功した。これで第二騎士団は、強力なパトロンと人脈を一片に手に入れ、王都での飛躍を期待されるようになる。
ジョエルは『あとはアドルフ侯爵閣下と協会に神角の行方を任せよう』とのたまい、アザンと一緒にそそくさと侯爵邸を後にした。
侯爵の大笑いする声が帰りの馬車まで聞こえてきたが、もはや第二騎士団の預かり知るところではない。
余談では有るが、フェンザーラント侯爵が彼女が持つ収炎剣スピキュールを一目見て、買い取らせてくれと言い寄ってきたのだ。
隣に居た侯爵婦人が、年甲斐も無く泣き喚く旦那の首根っこを捕まえ馬車に押し込む光景はちょっとしたホラーだった。
また、王都守護騎士団内における人事も変動があった。
第一騎士団副団長カロルは副団長の任を解かれ、ベルジーニュ伯爵家が治める領地のうち最も王都を離れた領地へ赴くことが決まった。
建前上は伯爵家嫡男として次期領主となるべく実際に領地を治めてみよということだが、実質は左遷である。
彼を快く思わない他の貴族や、権力争いをしていた貴族達は無論そのことに気付いていた。
表向きの挨拶では、ベルジーニュ家の僻地での活躍を願っていたが、裏で祝杯を上げていた事は想像に難くない。
副団長補佐であったモーディスも、レスティアの『能力映氷』により裏づけられた資料により、お縄となった。
今まで巧妙に隠蔽していた悪事の数々が、遂に白日の下に晒されたのだ。
モーディスはベッドの上でしきりに容疑を否認していたが、断罪は時間の問題だろう。彼は一切の財産と権力を没収され、最終的な判決が下るまでは幽閉となった。
その後、モーディスが仕切っていた産業の幾つかが、アザンが代表を務める商会傘下に収まる事になる。
外部からマーダー・タランチュラを持ち込んだとして、フィリップら一部の団員も処罰を受ける事になったのだが、他の団員の証言や訴えもあり状量酌量が認められた。
また、彼らにまで重罰を課してしまえば、第一騎士団の運営が出来なくなってしまうという理由もあった。
それは、先日の『タイド草』取引や、王宮騎士団が発見した狩猟祭における不正行為で、罰を受けた団員が多過ぎた故に他ならない。
一週間の謹慎後、フィリップは第一騎士団に戻り組織の建て直しに尽力する事になる。
人員確保のため、サルテカイツ家襲撃事件の調査の打ち切りに関わっていた団員達を招集することになったのも、彼としては当然すぎる判断だった。
・
「――……」
カロル・フォン・ベルジーニュは領地に赴くまでの間、王都にある診療所で療養する事になっていた。
彼は狩猟祭閉会式で不運にも毒グモに噛まれたことが原因で、未だにベッドに寝込んでいた。
最初は見舞いも大勢居たのだが、数日もすれば閑散としてしまっていた。
ベッド横の小さな机には水差しとコップが二つ。あとは剣の無い豪奢な鞘が立て掛けてあるだけで、果物などの差し入れも無い。
「――……かぴゅ」
隣の病室で同じく治療中のモーディスが今日も狂ったように無実を訴えているが、それも耳に入らない。
クノリ家もレスティアも、何もかもが自分の手から零れ落ちた。
カロルは二兎以上の獲物を得ようとして、一兎も得ないどころか何もかもを失ってしまったように感じていた。
そもそも、そのいずれもがカロルの物ではなかったのだが、彼はその事にすら気が付かないまま無彩色の世界に自ら閉じこもってしまった。
傷はとうに完治しているはずだが、彼はボンヤリとしたまま外の樹木を眺めていた。
瞳も脳も描いていた栄光の未来も、全て錆びてしまったかのように。
・
「本日より、このビーチク・ビギンズで世話になるメリーベル・ファイエルグレイだ。酪農畜産の経験は皆無に等しいが、一心に励み我がか……んん、我が家主であるムネヒトの助けになることを約束する」
結局、メリーベルに押し切られてしまった。サンリッシュ牧場の代表たるバンズさんから、鶴の一声が発せられたからだ。
『別に良いんじゃねぇの?』
多分、面倒だっただけだと思うけど。
バンズさんがそう言うと、レスティアも簡単に首を縦に振るし、リリミカも結局は了承するしかなかった。
メリーベルを追い出すとなると、自分も本邸に帰ることになる口実になってしまうからだ。
長女ではなく次女がクノリ家の次期後継者だったし、母親はともかく父親は娘達を自分の家に置いておきたいようだ。
リリミカにとっては憧れの一人暮らしだったらしく、渋々メリーベルの転居を許可した。父親の反対を押し切ってでも上京したい女子大生みたいだ。
そうすると、反対は俺とミルシェのみ。当事者のメリーベル、バンズさん、リリミカ、レスティアが賛成なので、二対四で決着がついた。この国は王政なのに民主主義的な決着とはこれいかに。
ちなみにハナをはじめとした牛達はことごとく反対だったので、反対は合計で27票だと言ってみたのだが無効票となった。俺しか皆の言う事が分からないから、仕方無いといえば仕方無い。
『お前は、私がここに居るのはイヤなのか……?』
オマケにそう言われてしまえば、もはや反対と強弁する事もできなかった。あざといよ、俺の副団長……。
嫌じゃないからこその反対だったのだが、そう説いても手遅れだ。いつかコイツらには女の貞操観念というものを教授せねば。
『ざっこ!』
『弱いですね……』
『ムネヒトさん、チョロすぎじゃないですかぁ?』
三人娘にツっこまれるのもやむなし。自分で分かっていた。
それからやがて一週間。現在はメリーベルの引越しを終え、ビーチク・ビキンズ(旧コーポムネヒト)の居間でささやかな歓迎会が行われていた。
あいにく、バンズさんは用事で来ていない。レスティアが俺とリリミカには分かる程度にしょんぼりしている。
「至らぬ点ばかりだが、よろしく頼む」
ともかく、もう決まった事に対してゴチャゴチャ言うのは男らしくない。新たな住人を快く迎えようじゃないか。
「よろしくねベルん。でも、本当によく団長さんが許可してくれたわね?」
リリミカの言葉に俺も頷かずにはいられない。メリーベルを連れて団長に挨拶に言ったとき、俺はぶん殴られる事を覚悟していた。
だが険しく見えた表情は最初のみで、誤解がとけた後はお互いに冷静に話せるようになった。
「もとより、私が本部で寝泊りしている事は問題だったからな。非番と勤務のメリハリは付けねばならんらしい」
メリーベルの言葉に、隣の席でレスティアも小さく肩をすくめた。どうやら彼女にも覚えがあるようだ。
住まいが仕事場と同じというのは便利だが、休日との区別が付かなくなるくらいにメリーベルもレスティアも働いていたのだろう。
ブラック企業や労働基準法という概念が有るかは不明だが、何事も無理はいけないということだ。
「それに、どういうワケかジョエルさんも賛成してくれてな。たまには王都から一歩離れてみるのも良いんじゃないか? というのが彼の意見だ」
最後に団長の背中を押したのは、自称ロートルのジョエルさんだった。俺にも意味深な視線を投げてきて『メリーベルちゃんと仲良くしてあげてね』と耳打ちしてきた。何だアンタお母さんか。
もちろん良好な関係を築きたいと思ってはいるが、俺とメリーベルが仲良くなって、彼に都合が良いことでもあるんだろうか?
「それにしてもB地区には色んな女の子が集まってくるわね。クノリ公爵家の姉妹に、今度は話題の『炎鉄のシンデレラ』かぁ」
「……!」
「その名で私を呼ぶなぁぁぁああああああああああああ!!」
メリーベルは顔を真っ赤にして喚いた。
この『炎鉄のシンデレラ』というのは、最近王都で急速に浸透しているメリーベルの二つ名だ。
錆びていると思われていた剣が、実は伝説級の名刀だったという事で話題になり、狩猟祭優勝という快挙と共に王国を駆け巡っているのだ。
今までの『錆付き娘』という通り名がそれなりに有名だっただけに、この『炎鉄のシンデレラ』という名が王都全域に広まるには大した時間を要しなかった。
頭を抱え羞恥に悶えるメリーベルとは裏腹に、リリミカは平然としている。
「えー? いいじゃん『炎鉄のシンデレラ』って。『錆付き娘』より、ずっと可愛らしいじゃない」
「だからと言って、シンデレラだと!? そんな恥かしい二つ名など名乗った覚えは無いっ!」
「そりゃ自分から名乗ったらアイタタタ案件だけど、周りから言い始めたんだから皆から慕われている証拠よ」
「……侮蔑ではない事は分かる。だが! 第二騎士団の連中までが『お早うございますシンデレラ』だの『シンデレラ副団長、今日の巡回コースを打ち合わせしましょう』だの『ぴよぴよ、今日は王子様は一緒ではないんですかシンデレラ』だのと、からかい半分で言ってくるのだぞ!?」
「それも愛称みたいなもんだって。私としては『錆付き娘』とかいうセンスのカケラも無い渾名が消えて、良い気味だわ。選民思想に凝り固まった連中が歯軋りしながら言うだけの蔑称なんて、もう絶滅寸前よ。ざまぁ見なさいってね」
「しかし、よりにもよって御伽噺のお姫様だ……まさかスピキュールがガラスの靴の代わりだというのだろうか……名付けた本人が居たら文句を言ってやりたい……よくも、こんな恥かしい二つ名を付けてくれたな! と!」
「……………………ごめん」
「「「えっ?」」」
遂に耐えかねて、俺は謝罪の言葉を口にした。メリーベルもリリミカも、黙って聞いていたミルシェとレスティアもポカンとした顔で俺を見てきた。
「その……。『錆付き娘』よりは良いだろうと思って……でも、そんなに嫌がるとは思わなくて、お、俺としては、頑張って考えたんだけど……本当に、ごめん…………」
そう。この『炎鉄のシンデレラ』というのを考えたのは俺だ。
神獣タイラント・ボアと対峙した最後の瞬間、メリーベルは本当にカッコよかった。先祖代々伝わる剣を引き抜いて、強大な獣に挑む女騎士の姿に激しくロマンを刺激されたのだ。
そんな彼女を錆付きだなんて呼ばせるわけにはいかないと、ある種の義務感から俺はシンデレラ作戦を決行したのだ。
この世界にもシンデレラという御伽噺があることを確認し(おそらくはコレも初代クノリの功績だろう)、その原初の逆転サクセスストーリーのヒロインの名前を借りたのだ。
自分が広めたと思われない為に、俺は色んな人にそれとなく協力してもらった。
エッダのおばさんの店へ配達に行ったとき(タイミングよくモルブさんも居た)、狩猟祭勝利おめでとうの話の流れから、こう切り出した。
『そう言えば知ってます? 最近、メリーベル副団長って『炎鉄のシンデレラ』って呼ばれてるんスよ』
いかにも自分も誰かから聞きました風に二人に話したのだ。内心ドキドキしながら、この二つ名は既に広まってますよという感も出した。
王都でも顔の広い二人がしきりに頷いているのを見て、俺は作戦の半分が成功した事を確信した。
だがまだだ。まだ、完遂には遠い。
そう思った俺は任務の王都巡回をしながら、メリーベルをよく知る人々に『メリーベル=炎鉄のシンデレラ』という図式を地道にアピールしていった。
前々から『錆付き娘』という蔑称を快く思っていなかったらしい皆は、むしろ声を大にしてシンデレラの名を口にした。我らが勝利のヒロインよと、親しみを込めていたのは疑いようも無い。
最後はその足で本部へ戻り、ひよこ事務員に『いま街でさ、メリーベルを『炎鉄のシンデレラ』って呼ぶ人が大勢居たんだよ』と伝えた。
あとは人の口に任せて俺は耳のみを働かせていたが、俺の予想通り……いや、予想を遥かに超える勢いで広まっていった。
中には「炎鉄シンデレラはワシが名付けた」なんて言う人達まで出てきて、俺は作戦が完全に上手く行った事に満足し、黒幕めいた笑みを内心で浮かべていたのだが……。
「まさか……メリーベル本人がそんなに嫌がるなんて……誠に、申し訳有りません……」
作戦の大前提が覆ってしまった。本人がこんなに恥かしがるなんて予想外だった。
しかし、よく考えれば分かりそうなことだ。彼女は目立ちがり屋とは言い難く、可愛いとか別嬪とか言うと照れてしまう恥かしがり屋の側面が強い事くらい分かっていたはず。
俺の善意は完全に自己満足だったのだ。恥かしい。消えちゃいたい。
「じゃ、じゃあ……シンデレラというのはムネヒトが……?」
メリーベルの真っ赤だった顔は真っ青になり、ワナワナ震えている。隣ではリリミカが「あーあ」って顔をしていた。
「あの、えっと……その、ほら! まあ恥かしいとは言ったが、うん! 『炎鉄のシンデレラ』ってのも中々良いと思うぞ!? ホントに!」
「いや、無理に褒めてくれなくて良いよ……マジですまんかった……」
「無理などしていない! 『王都の紅き情熱』とか『フレイム☆プリンセス』とか『火ヲ支配スル姫騎士』とかよりはずっとマシだ!」
「…………それも俺が考えたんだ……定着しなかったけど……」
「ふあっ」
狩猟祭までの更正騎士期間中に『錆付き娘』を上書きしようと頑張ってみたのだが、これらは七十五日前も経たないうちに消滅してしまった。
時々は聞こえてくるが『炎鉄のシンデレラ』と比べると、千のうち一もない。
その時の反省を活かし、今回のシンデレラ作戦を成功させたのだが……何が駄目だったのだろうなぁ……。
「あー、あの……ムネヒト……えっと……」
「うるさいうるさい! もう何も言うな! メリーベルなんて、メリーベルなんて嫌いだ!!」
「き、嫌い……!?」
俺は拗ねた。
「決めた! 俺は決めたぞ! 例の罰! メリーベルは今度から『炎鉄のシンデレラ』って呼ばれたら、『はい、そうです!』って言えよな!」
「な、んだと……!? 貴様は悪魔か!」
「悪魔とは何だよ!?」
こちとら神様やぞ!
「はいはい、シンデレラは置いておいて。これからの事を話しましょ?」
置くな! とまだ喚いているメリーベルを無視し、リリミカは話題を変えた。。
「これからのこと?」
「おっぱいの事に決まってるじゃない」
やっぱりそうでした。
もはや俺とおっぱいは切っても切り離せない関係、まさに運命共同体なのだ。
リリミカとレスティアが引っ越してきたときも同様の話をしたが、それが随分前の事のように感じられる。
新入りのメリーベルがコチラをチラチラ伺ってくるが、俺としては素直に受け止めかねていた。
リリミカ、レスティアは自分のバストを育てるという目的があるが、メリーベルのそれは他と少し違う。
俺は断ったが、メリーベルは俺の眷属になると言ってきた。ならば彼女は【神威代任者】を目指しているのだろう。
そも俺は、その神威ナントカ者ってのがまだ良く分からない。
神に愛されたもの。神に認められたもの。大層な表現だが、だから何だというのか。
俺の知る限り、牧場を燃やした位のことしかしていない悪党だ。
とはいえ、メリーベルが成りたいという物を無碍にするのも気が引ける。それゆえに、俺はメリーベルの希望を保留にしていた。
いや、それは言い訳だ。
「あ! このクッキー美味しい……」
ほとんど地面と平行レベルにまで隆起した胸元に、ポロポロこぼれたクッキーのカスを払う栗毛の少女。それをあまりガン見しないようにガン見する。
ミルシェの存在だ。意図せず俺は、彼女を【神威代任者】にしてしまった。
それが今後吉凶いずれかに分類されるかは不明だが、万が一の時にミルシェを護る盾になるのなら、マイナスにはなるまい。
でも俺は、明確な意志で【神威代任者】にしたわけではなかった。
思い当たる節といえばアレしかない。狩猟祭優勝の晩に過ごした、夢のようなあのひと時。今思い出しても頬が重力に完敗するほど緩んでいく。
しかしだ。【神威代任者】にする条件がそれだとするなら、俺はメリーベルに何と言えば良いんだ。
『俺におっぱい吸わせてくれたら、君を【神威代任者】にしてあげるよっ!』
馬鹿か。昨今の詐欺でももう少し頭を使うぞ。
「ちょっと、なに物思いに耽ってるのよ。良い? アンタが更正団員でサボっていた十日間は戻ってこないのよ? 一日休めば取り戻すのに二日は掛かるっていうんだから、責任感じなさいよね」
「勉強の格言かよ。別に好きでサボっていたワケじゃないから……いや、すまん」
クノリ姉妹に睨まれたので謝ってしまう。特に姉のレスティアからは、眼鏡の奥から凄まじい眼光が閃いた。『十日分、私の胸は三十路に近くなりましたよ。どうしてくれるんですか?』って無言で訴えている。
俺のせいじゃないよと言い訳するのも、神経を逆撫でしかねない。
「じゃ、今日は誰から? 時間が無いからサクサク進めましょう」
「誰からって……」
微妙に生々しいよ。
性的な意味で触る訳じゃないのだし、別に誰からでも同じでは?
「アンタまさか、誰からしても同じ事って思ってる……?」
心胆を凍らせるほど冷たいリリミカの声だった。
気温まで氷点下になったんじゃないかと感じるほどの寒気。冷気の中心は、リリミカとレスティアだった。
「もしミルシェのを癒した後、私のを触ったとするじゃん? そーするとさ、比べちゃうでしょ」
「いや俺は別に比べたりは……」
「無意識にも? 絶対に無いって言える? 言えないでしょ」
言えなかった。
かつての俺には知り得ない情報だったのだが、おっぱいとはそれぞれ微妙に柔らかさも違う。
知識としては知っていた。しかし体感として理解したのはつい最近だ。
ミルシェ、リリミカ、レスティア、メリーベル。一人一人違うだけでなく、その日の体調に依っても変わってくる。風呂上がりのおっぱいとかが、ちょっと柔らかく感じるのは俺の気のせいかもだが。
「ミルシェじゃなくても、メリーベルとかでも良いわ。二人の後に私のとかを触ったら……『あれ? 何処からがおっぱい?(笑)』ってなるじゃん!」
被害妄想じゃね?
「だからつまり、私を最初にすべきだと思うの。これからずっと。うん、そうすべきよ」
一人神妙な顔をしてウンウン頷くリリミカ。それが狙いか。
今はまだ四人だが、これ以上俺の手にかかる(深い意味は無い)女性達が増えたらどうだ?
一日という時間が限られている以上、順番の最後があぶれる可能性も皆無では無い。
だがトップバッターなら、常に一番早く、そして一番多く恩恵にありつける。先行利益とは少し違うが、リリミカが狙っているのはそれだ。
「反対は無い? 無いわよね? じゃあ早速、私の部屋で……」
「待った。反対だ」
皆の目が異を唱えた赤い髪の少女……メリーベルに集まった。
メリーベルは持っていたコップを置き、やや朱に染まった表を俺とリリミカに向ける。
「その理論でいうなら、私だって思うところがある」
「思うところって……何よ?」
「逆に、リリミカの心ぞ……胸に触れた後にわ、私のに触れたとする……そうするとだ……」
「そうすると?」
「『大きくて重くて見苦しい』と思われてしまうやもしれん……」
今度こそ空気が凍りついた。
「私は私の胸が嫌いだった……まだ十にもならぬ頃から膨らみ初めて、日に日に大きくなっていくのが邪魔で仕方なかった……」
「……」
「……」
リリミカだけでなく、レスティアも表情を消していた。俺は今すぐ此処から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「……初めて父親に下着を買ってくれと頼んだ時は本当に恥かしかった……。おまけにソレが一ヶ月で合わなくなった時は自分の胸を恨んだものだ……」
「分かります……ほとんど新品なのに使えなくなって、下着に申し訳ない気持ちになりますよね……」
「お姉ちゃん、最初のブラいつまで使ってた……?」
「……サイズ自体は一年保ったわね……生地がほつれたから買い換えたけれど……」
居心地が悪いことこの上ない。格差が問題になるのは、何も資産や地位に鍵って話では無いらしい。
そういう話は男の居ないところでしていただきたい。
「身体がお本音を言うとだな……私はリリミカくらいのサイズが丁度良いいんだ。私はお前が羨ましい」
もう止めて!
「ずっとサイズの変わっていないリリミカの体型こそ、私の理そ……あいた!?」
メリーベルの独白を中断したのは、リリミカの投げたクッションとレスティアの投げた白い物体……パッドだった。
「ずっと変わってないってなによ!? こう見えても、この一ヶ月で3センチは大きくなったんだから!」
「そうだったのか……!? すまん、全然気が付か――……いや、知らなかった……」
「気が付かないほどの微妙な変化で悪かったわね! やっぱり80センチを超える女は私の敵よ!」
言うや否や、リリミカは鷹のような飛躍を見せて自身の敵に襲い掛かった。
「わっ!? ちょ、ま、待て! 私が悪かった! いったん落ち着いてくれ! レスティアさん、リリミカを宥めるのを手伝っわぷっ!?」
メリーベルは姉のレスティアに助けを求めるが、救助要請は投げつけられた反対側のパッドで中断される。
「よ、よくも、よくも私の前でそんな事が言えましたね……! 私があと一ミリの為にどれだけ心血を注いでいるのか……巨乳達には分からないのでしょう!?」
「ええ!? 仰っている意味がよく……――って、レスティアさんの胸が抉れた!?」
「抉れてなどいませんが!? これでも過去最大級に膨らんでいるんですが!!」
レスティアも飛び掛った。
収集が付かなくなってきた。オロオロするばかりの俺だったが、クイクイと服の裾を引っ張る存在に気付いた。それはミルシェだった。
「ね、今のうちに二人だけで逃げ出しちゃいません……? ムネヒトさんの部屋に行きましょう?」
抜け駆けのお誘いキターー!
これ見よがしに胸もとのボタンを外して、オッパイ・クレバスをアピールしてきやがる! 罠だと分かりきっているのに、拒みえない! 飛んで乳にいる夏の虫とはまさに俺のこと。
まあ俺は春夏秋冬年中無休だから、虫にすら劣るのだがな!
「ちょっと何勝手に話を進めようとしてるのよ!? 私達を無視するとか、良い度胸じゃない!」
しまった気付かれたか!?
「合コン中に抜け駆けするなど、私は許してもノーラが許しませんよ!?」
レスティアは許してくれるんだ!? でも何故ここでノーラ先生が!?
「ムネヒト! お、お前あの時『メリーベルほど魅力的な女性に出逢えたことこそ、人生最大級の幸運だ』といっていたじゃないか!? その私を見捨てるのか!」
「ぎゃああああ!? 聞いてたんかワレェ! そういうの本人には言わないのがお約束だろうが!!」
「ムネヒトさん、まさか副団長さんをナンパしたんですかぁ? 狩猟祭最大の戦果は、メリーベルさんだったんですかぁ?」
BBFM包囲網が完成し俺は完全に行き場を失う。無理にでもバンズさんを呼んでくれば良かったと後悔しても、もう遅い。
新しい住人を迎える歓迎ムードなど何処へ行ってしまったのか、弾劾裁判が始まってしまった。
この修羅場においては、彼女たち全員が傍聴人であり裁判官だ。俺の命運は既に、俺以外の手に握られれている。
かわりに俺が握っているのは、皆のおっぱいの行く末だ。彼女達は自分のバストに、どのような想いを込めるのだろうか。
英雄色を好むとは何回も耳にした格言だが、乳を好む者はどのような結末を迎えるのだろうか。
少なくとも、英雄でも勇者でも王者でもあるまい。
おっぱい好きな神様は、その栄光も滅亡も結局はおっぱいへの愛によって左右される。
ならばどちらが降りかかっても、俺は逃げない。左右両方も味わってこそ真のおっぱい星人だ。
とりあえず今は、目の前の滅亡を回避しよう。
「誰からなんて決められないから、全員一緒にってのはどう?」
・
二乳を追う者は一乳をも得ず。やはりおっぱいには真摯に紳士に向き合うべきなのだ。
おっぱいをナメるな、と、この訓戒を世界中の人々に広めたい。
大してありがたくもない、しかもボコボコにされた乳首の神からのお告げというヤツだ。
閲覧、ブックマーク、評価、誤字報告など誠にありがとうございます!
長くなってしまいましたが、第三章はこれにて終了となります。
敦賀屋 バボ様、アリューゼ様、宮狐様、βめちゃっしー‰様、感想誠にありがとうございます。
皆様のお言葉が非常に心の支えになりました! 長くお付き合い頂き、感謝の念に絶えません。
ムネヒトさんのおっぱい話はもう少し続きます。四章でも見えることを心より願っております。




