メリーベルとムネヒト※
やがて冷静になったのか、メリーベルはすんすんと鼻を鳴らしながらもとつとつと語り出した。
「色々とおかしいとは思っていましたが、確信になったのは狩猟祭の最中です」
収炎剣スピキュールには、長い年月の間に付随した言い伝えが数多く存在するという。
メリーベルと遭難したときにも聞かせて貰ったが、神と逢えば剣が抜けるというのもその一部だ。
他には神の血を浴びせろとか、千の生贄を捧げないといけないとか、当代一の剣士になれとか、なんとも胡散臭い。
「まあ、迷信とか伝説ってのはそういう物なのかもな……」
それらの伝承はつまりメリーベルの先祖たちの努力の証とも言える。スピキュールを使いこなす為、あれやこれやと試行錯誤をしてきたのだろう。
精密機械のようにマニュアルがあるわけでもないのだから、彼らの苦労も偲ばれるというもの。
しかし冷たい見方をすれば、一度もスピキュールを抜いたこと無い連中の空想に過ぎない。
一度もおっぱいを触ったことの無い男が「おっぱいは餅と豆腐の間くらいの感触なんだだぜ? お前ら知ってたかよぉ?」と自信満々に言うようなものだ。
だが、その胡散臭い伝聞が現実になったとも言える。
俺がメリーベルに出逢った事もだが、タイラント・ボアに貫かれた際にメリーベルの剣は俺の血をベッタリ浴びてしまった。乳首の神である、俺の血を。
第一、俺にも何故剣が抜けたのか分からない。言ってしまえば伝承通りだった可能性も皆無ではないのだ。
スピキュールの気持ちとかが分からない限りは、真相を知る術など無いのだろう。
今回、語り継がれる迷信が現実となってしまった。結局はそういうことだ。
「…………思い出すと今でも羞恥に囚われそうになりますが、あの時の行動はほとんど天啓に近い閃きでした。そしてそれは結果的には正しかった。ポーションをちぶ……んんっ、胸に流し貴方様に飲ませたとき、おそらくは心臓に最も近い位置を通過した故に蘇生に成功したのでしょう」
じゃあ反対の胸じゃダメだったかな? と冗談を言ってみたくなったが、今の彼女ならイエスと言いかねない。
これが右乳首だったらメリーベルも幾分冷静だっただろうか?
「ムネヒト様は『人間の願いを叶えるのも神の仕事』と仰っていましたし、タイラント・ボアの角を身に封じておきながら、全くの無事。しかも【獣宝侯】の口ぶりから、御身のお体は神体と呼ぶべきものなのだと、確信した次第です」
色々な偶然が重なって、メリーベルの疑惑を補強する材料となったってワケね。
バレないと決めつけて神様とか口にしちゃったのが良くなかったか……。いやまあ別に隠しているワケではないけど、アイアム ゴッド オブ ニップルとか誰にも言えません。
いっそ、心臓の神と名乗った方が当たり障り無いような気さえしてくる。
「あー……そのだな、出来れば俺が神って事は黙っててくれないか?」
今後は軽率な発言は慎もう。
乳首の神とも心臓の神とも名乗らず、街行く女の子のおっぱいを見ないように……無理しない程度に、可能な限り善処する。頑張る。
「勿論です。誓って、誰にも口外いたしません。それこそ父上にだって」
「罰も……延期だ。直ぐには思いつかないし」
「畏まりました。思えば、泣いて罰を求めるという行為こそが唾棄すべき幼稚な振る舞いだったと、深く反省しております。それを含めて後日、何事でもお申し付け下さい」
元はといえば俺の軽率な行動が原因なので、彼女を罰する理由など皆無なのだが、それでメリーベルの胸のつかえが解消されるというのなら仕方ない。適当になんか考えとこう。
「あと敬語も止めてくれないか? 様付けもなし。急にかしこまられると、何となく気になるんだ」
「! し、しかし……目上の者に対して礼節を弁えぬ愚は、騎士として叩き込まれております!」
「目上て。副団長が更正団員にそんな態度じゃ変だろ。イヤだって言うなら、それを罰にするというのはどうだ?」
「卑怯で――……卑怯だぞ、ムネヒト……」
卑怯大いに結構。
「それじゃあまあ、これまで通りだ。此処で話は二人だけの内緒ってことで」
「! ああ、そうだな……うむ、私と貴方……お前だけの秘密だ。二人だけの……ふふっ……ところで……」
「ん?」
「……そろそろ、退いてくれないか?」
言われて、自分がまだメリーベルをベッドに押し倒したままだった事に気付いた。しかも彼女はブラウスの前を完全に開いている。
誰かに見られてしまえば、誤解の余地も無いくらい誤解を呼ぶ。慌てて跳ね起きようとして、俺は止まってしまった。
何故か? 無論、おっぱいのお陰である。
メリーベルの双子の山は、仰向けだというのに形が全く崩れない。ブラジャーという人類の叡智が作り上げた衣服を纏っているとしても、この隆起は非常識なほどはっきりしていた。
グラビアアイドルとしてデビューすればファンはウン万人に達し、それどころかあまりに見事なバストにシリコンとか豊胸とかを疑われてしまうレベルだろう。
修行の足りない頃ならば、この俺をして偽物と迷ってしまう程度にはふっくらしている。
反発力という一点においては、ミルシェもリリミカもレスティアも凌駕している。
まさに反逆のおっぱい。重力にも不合理な世間にも負けずここまで立派に膨らんだメリーベルのおっぱいに、惜しみの無い拍手を贈りたい。
彼女も自分の姿に気付いたらしく、両腕を胸の前で交差しておっぱいを恥かしそうに隠した。非常にそそる仕草だ。
しかもそのボリュームを完全に隠すなど不可能。腕の隙間という隙間から乳肉が逃れている。
それにしてもこんなブラジャー、メリーベル持っていたんだ。
丁寧な刺繍が為されており、ワイヤーが内蔵されている。言葉を飾らないで言えばセクシーな下着だ。
いや、一度水浴びを覗いたときに目撃したのが地味なノンワイヤータイプだったからといって、俺の勝手な予想を押し付けるのは良くない。
(それにしても、このブラ……何となく見覚えがあるような……)
ピコン!
・
【リリミカから渡されたブラジャー】
規 格 F70
材 質 上級魔伝綿20%、上級魔伝絹80%
他材質 加工ミスリル
備 考 『仮想自動調整機能』魔付加状態
着用数 1回
着用者 メリーベル・ファイエルグレイ
・
これ俺がリリミカから貰ったヤツだー!?
「……視線が露骨過ぎる。ばればれだぞ、ムネヒト……」
下から抗議の声が上がった。しかしメリーベルのそれは、叱責というより困っているような声色、あるいは……いや、都合の良い妄想だ。
半分以上露になった上半身を腕で隠し、フレアスカートの内側で膝を擦り合わせているらしい仕草は、男心を鷲掴みにして離さない。
「ご、ごめん! 俺のブラジャーだったからつい……――っは!」
「え!?」
じっくり見すぎだ俺! おまけに余計な事まで言っちゃった! 何が俺のブラジャーだボケハゲ!
「そっそうだったのか……見覚えがあると思った……今日の服と一緒にコレもリリミカに渡されたのだが……あの時、お前が持っていた物だったのか……」
その節は本当にすいませんでした。つーかリリミカー! お前これ俺の部屋からどういう了見で持ってきたんだ! 確かにF70で、92のメリーベルにはピッタリだったかもだけど!
「そうか、私とムネヒトが初めて出逢ったときの……思い出の下着だったんだな」
「思い出の下着て」
まだお酒残ってるのか? さっきから言わなくても良いことまで言ってるような気がするぞ。
「いつだったか、お前が私の服を選んでやると言っていたな。これはそれが果たされたと言う事だろうか?」
「絶対に違うだろ!?」
「心配するな、ちゃんと洗って返すから」
「ここでそれ言う!?」
「……もしかして、洗わない方が良いのか? そ、そうか……少し恥かしいが、ムネヒトがそう望むなら……」
「それ差し上げます!」
酔っ払いの相手(?)がこんなに面倒だなんて! ミルシェがバンズさんを口酸っぱくして叱るわけだ!
いかんいかん、いい加減起きないと。いつまで覆いかぶさってこんな会話してるんだ。
ギシとベッドのバネを揺らしたところで、ブラが少しずれてメリーベルの左胸の下乳付近が捲れる。その白肌には一筋の傷も無い。
「……傷、残らなくて良かった」
無意識に安堵の言葉を呟いていた。
あのクモ公の毒に冒された時はどうしようかと思ったが、こうして綺麗な肌に戻ってくれて本当に良かった。
もし一生消えない傷が残っていたのなら、俺は今頃スパイダーハンターを志しているところだ。
「お前が手当てしてくれたお陰だ。ふふ、珍妙極まる治療方法だったがな」
「それについては何卒ご容赦を……」
「ふふふっ! もしまだ傷が残っていれば、治療の名目で触れたかもしれないのにな。それとも逆に、またポーションを例のように摂取するか?」
「か!? からかうなって! お前も俺もピンピンしてるだろ! もうどこも痛くないし、悪いトコも無いから!」
焦る俺と、クスクス笑うばかりのメリーベル。
「……」
「……」
彼女はそのまましばらく笑い続けたままだったが、それが終わると妙な沈黙が俺とメリーベルの間に流れる。
俺は結局彼女を押し倒したままだったが、何故だろうか、今起き上がると逆に不味いような気さえする。
「…………やはり、傷や毒とかというような、建前が必要か?」
微妙に気まずい沈黙を破ったのはメリーベルの方からだった。
「へ!? あの、いや……ん? それって、どういう――……」
意味を聞こうとして口が急停止する。眼下のメリーベルはキュゥと目を閉じ、酒のためか真っ赤な顔を震わせている。
「私は………………っ」
熱い溜め息混じりの一人称を呟き、そして身体を隠していた両腕をそっと広げた。
「わたしは……建前のは要らないぞ…………」
ドクン、と他人に聞こえるんじゃないってくらい大きく心臓が跳ねた。リンゴのような薫りが鼻をくすぐる。酒に混ざったそれは、俺を一瞬で酩酊に叩き落とそうとする。
言葉の意味も裏も問うな。メリーベルの前では、もはや全てが些細なことだ。
「め、メリーベル…………」
名を呼んだ。彼女の長く赤い睫毛は少し涙に濡れていた。
「…………ムネヒト」
名を呼ばれた。彼女の瞳に写る男の姿は、俺しか居ない。
ぴよ。
「メリーベル…………ッ」
「むねひと……ッ」
ぴよぴよ。
「って、ん……?」
不意に鳴き声(?)を感じ、肩越しにドアの方へ振り返った。隙間から金髪のピョコピョコした髪が見え隠れしている。
というか、ばっちりエリアナの顔が部屋の中に入ってる。身体は入ってないからセーフってか? そんなワケあるかい。
自然、俺の目はエリアナと空中でかち合うことになる。
「あ! ご、ごめんなさい! いや二人の姿が見えなかったので、探してたんですが、え、えと……まさかこんな場面に出くわすなんて思いもよらず! やっぱり極限状態を二人きりで乗り越えたのが大きいんですかっ!? あらヤダ私ってば野暮も野暮のヤボヤーボ。それではごゆっくりー! ピヨピヨー!」
彼女はハっとワザとらしく驚いて見せて、ニマニマ隠し切れない笑みを湛えながら俊敏に去っていった。
「ちょ待っ、おいこら! つーか今までぴよぴよなんて言ってなかったクセに、今更雑なキャラ付けか!?」
トタトタ走り去る彼女を追おうとしたが、半裸のメリーベルを置き去りにするわけにもいかず、俺はふうと邪魔虫なエリアナ嬢に感謝しつつ小さな溜め息をついた。
危なかった……。いつものお約束に助けられなければ、勢いでどうなっていたか……。
毒気も熱気も抜かれ、冷えた頭で今度こそ起き上がろうとした。そこでふと、俺の服の裾を小さく摘むメリーベルに気付く。その頬は未だ真っ赤だった。
「エリアナもああ言っていたし、続きを――……」
ぴ、ぴよぉぉぉぉぉおおおおーーーーーッッ!
「出来るわけないだろ! お前とんでもないメンタルしてんな!? あと、ヒヨコォ! まだその辺に居たのか!? 聞き耳立ててじゃねーぞ!」
その後、追加の酒を呷ったメリーベルが「私は酒の勢いに負けて、心も股も簡単に開いてしまう淫らな女だったんだー!」とまた泣き出してしまい、必死に宥めたのは別の話だ。
酒は飲んでも飲まれるなとは、異世界でも変わらない真理らしい。
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19歳のメリーベルがお酒飲んでいるのは異世界だからです
日本での飲酒は二十歳からですので、お気をつけください




