祭りの終わり(下)
「はぁ……!?」
「いや、流石に冗談だろ……? ただのデカイ角か何かじゃないか……」
「しかし、あの【獣宝侯】が断言してるし、まさか……」
「なあ、しんじゅうって何だ? 普通のモンスターとは違うのか?」
どよめきが第一騎士団から、神獣という単語の理解がマチマチな観客席からは、ポツポツと驚きの声が上がっている。
審査員達は老若男女様々だったが、いずれもメジャーリーガーからバットを貰った野球少年のような目になっていた。
「第二騎士団が神獣なるもと戦闘を行ったという話でしたが、信じられません……!」
「だが、この力強さ、この美しさ、この強度! そしてこの溢れんばかり魔力量! 他に考えられん……疑いようも無い事実だ!」
侯爵が持つ角へ押しやるように身体を寄せ、「ちょっと貸して下さい!」だの「順番です順番!」だの騒ぎだした。それでも【獣宝侯】はその角を誰にも渡そうとしない。
「おおおおぉぉ! かつて博物館で見たものと同じ……いや、それをも遥かに凌いでいる! す、凄い! 凄すぎる! これほどの物を拝める日が来ようとはぁぁ……! そ、それにっ、これはぁぁああ!?」
審査副員長は震える指で片眼鏡を取り出し、鼻息荒く角をつぶさに観察していたが、新たな発見をしたらしくガクガクと震えだした。それを見て侯爵はまた強く頷く。
「気付いたか、流石じゃ。うむ、これは魔石じゃ! 骨格組織でありながら『魔石』の性質を有しておる! しかも従来のものより純度が圧倒的に高い! 神獣は体内に『魔宝石』を有しているという伝説じゃが、まさか彼の獣達は肉体そのものが『魔石』に等しいというのか……!?」
閉会式どころじゃなくなってきた。
「そして何より! まだ生きておる! 信じられんことじゃが、こんな状態になっても生命力は全く失われておらん! まるで今の今まで神体と繋がっていたかのような瑞々しさ! 何処ぞから発掘された化石などでは有り得ん! 間違いなく、彼の獣は現代にも存在したのじゃ……!」
生きてる!? マジかよ、タイラント・ボアすげえ!
後ろでメリーベルが「やっぱり……!」と呟いているが、何か気になることでもあったんだろうか。
第一騎士団の困惑は大きくなるばかりだし、客達も審査員達の反応からとんでもない事が起きたのだと気付き始めたらしい。
ちなみに俺達はというと、既に涙を乾かしきっていた。流れが変わったのだ。今は張り裂けんばかりに高鳴る鼓動を持て余している。
「アドルフ審査員長、これは再審議せねばなりますまい! ポイントは幾ら加算いたしましょうか!」
「もはやポイントで測る領域など完全に超えておるわ! 再審議など不要じゃ不要! とっとと――」
「――お待ち頂きたいフェンザーラント侯爵閣下! 既に結果は出ていた筈です!」
興奮冷めやらぬ審査団に水を浴びせたのは第一騎士団副団長のカロルだ。
雲行きが怪しくなってきたからか、彼は震える声でアドルフ侯爵へ訴えを始めた。見れば第一騎士団の者達もカロルを援護するように立ちはだかっていた。
審査員達は煩わしそうな顔をしたが、一応はカロルの言葉に耳を傾けるらしい。
煌びやかな武具を纏う彼は、例の演技がかった口調で彼らに訴えかけた。
「あとはもう読み上げるだけと存じます。その程度の角ごときで急遽変更とあいなったのでは、正確な審議が行えないものと周囲に知れ渡る事になるでしょう。それは侯爵閣下や協会の名誉にも関わろうというもの。どうか賢明なる御裁定をお願いしたく――」
「差しで口を叩くなこの戯けがぁッッ!!」
「ひィっ――!?」
「真に価値あるものを正しく評価できぬ愚に比ぶれば、我が名誉など泥に打ち棄てても惜しくは無いわ!!」
天雷もかくやという大喝はカロル以下第一騎士団の肺腑を貫いた。
特に落雷の直撃を受けたカロルは、解剖中のカエルのように口をパクパクさせるのみだった。
細い体躯の……悪く言えば枯木のような老人の姿はもう無い。例えるならば、永い年月を風雪に堪え抜いた悠久の老松。
枝を広げる事も根を下ろす事も怠り、自身をイルミネーションで飾り立てる事ばかりに傾倒していた痩せ木達とでは、人物の格がまるで違う。
「本来の終了時刻にはまだ間があったはず。それに、これには結果を覆す程の価値が充分以上にある。貴様らが持ち寄ったもの全てを集めても、遠く及ばんよ」
「なん、そんな、馬鹿な……!? 閣下! どうかご再考を!」
「もちろん良いぞ? 御主達の集めた素材の……そうじゃな、十八倍ほどを用意すれば再々審査して進ぜよう」
「じゅ、はぁっ!?」
十八倍? どこかで聞いた倍率だ。
「何かの間違いです! 我らが集めてきた素材達の十八倍も価値があるというのですか!? あ、貴方達は揃いも揃って節穴なのか!? そんな角一本が一体なんだというのだ!?」
かなりの暴言だったが、幸か不幸か審査員達の耳には全く入っていないらしい。カロルに見向きもせず、タイラント・ボアの角に夢中だ。
「くどい。正直、十八倍でもかなり怪しいものじゃ。正確に調査すれば、より差が開く事は疑いようも無い。素材は無いのか? 無いならもう良いかの?」
侯爵はなおも食い下がろうとするカロルを完全に無視し、審査員たちの熱心な談話に加わった。
相手にされてないと流石に悟ったカロルは、グシャグシャの形相を第一騎士団へ向けた。
「おい誰か! 素材は無いのか!? あんなモノにわた、私の第一騎士団が敗れてしまうだろうが! モタモタするな! 何故誰も動かんのだ、この役立たず共がぁぁぁ!」
第一の彼らも、誰一人カロルと目をあわせようとしなかった。誰もが俯き、上司の視線から逃れるのに必死だ。
それでも喚き続けるカロルは、まるで出番を終えてもなお舞台に残り続ける大根役者だ。客の興味は完全に次へ移ったのに、自分がまだ主役だと勘違いしている哀れさがある。
やがて一人残らず問いただした後、彼は此方にギラギラとした瞳を向けてきた。
「き、貴様ら……一体どんな卑怯な手を使ったんだ!?」
「……なんだって?」
カロルの個人的な弾劾にメリーベルはきょとんと聞き返した。
「そうだ! 第二部隊如きがそれほどの宝を得られるわけが無い! どうせクノリ家にでも泣きついて、力を貸してもらったに違いない! 王国最大の貴族を味方につけているんだからなぁ! それくらいワケないんだろう!?」
「卑怯ねぇ……いや、そうかもしれないな」
「……ムネヒト?」
副団長が出るまでもない。ここは新入りの更正団員が話し相手になってやるよ。
「は、ははははははははは! 遂に白状したか! 貴様のような小物にも見上げたところがあるじゃないか! さあ、その卑怯な手段とやらを言ってみろ! はははははははは!」
「チームワークに決まってるだろ」
「ははははは……は?」
お前らに無くて俺達にあったものなんて、騎士暦たった十日程度の俺にも分かる。
「皆で協力して、頭使って、勇気を振り絞って、そして勝った。それを卑怯というのなら、お前らもその卑怯な手段を使えば良かっただろ。第二騎士団は皆で勝ち行ったんだ。その事実は誰にも覆させない」
それだけ多くの団員を抱えながら、アンタらは誰かを信頼し、また誰かの信頼を得るような事を為してきたとのか?
メリーベルはそれが出来た。何年も騎士団のために、王都の民の為に、そして剣の為に心を尽したんだ。
それを本当に卑怯だとのたまうのなら、俺がお前を叩き潰してやる。
「ひゅー! かっこいい! クッサい台詞だが良い事いうじゃねえかよ!」
「実はお前吟遊詩人だったのかよ! オヒネリくれてやろうか!? チャリンチャリン!」
サンダーブラザーズは黙っとれ――。
「チームワーク!? 馬鹿にするのも大概にしろ! それは所詮貴様らに運が味方しただけのこと! 我々が神獣に遭遇していれば、それは第一騎士団の物になっていたハズだ! ならばソレは私のものだ! 今すぐ自分たちには身に余る長物と表明し我々に譲渡しろ! そうすれば見逃してやるぞ!? さあ早く寄越せぇ!!」
支離滅裂だ。よく分からない理由を振りかざし、よく分からない要求をしてくる。
「――いえ。我々が総出で交戦しても、彼の神獣に勝利を得る事は出来なかったでしょう」
馬耳東風な副団長に言葉の横槍を突きつけたのは、一人の青年。今朝顔見知りになったばかりの第一騎士団の団員、フィリップだ。
「お前は確か……男爵家の次男……!?」
「貴様……生きていたのか!?」
如実な反応を寄越したのは、カロルよりむしろ隣にいた太いオッサンの方だった。オバケでも見たかのように、青い顔をしている。
「……覚えてはいらっしゃらないようですがカロル副団長、モーディス副団長、自分にはフィリップという名があります。いえ、今はそれはどうでも良いですね」
フィリップは苦笑いして話を続けた。
「自分もタイラント・ボアと遭遇し戦闘を行いました。結果は惨敗、勝負にすらなりませんでしたよ。ともあれ、モーディス副団長補佐は無事に脱出できたご様子で安心しました。最初から剣など持たず、敵意が無い事を示したのが幸いしましたね。次からは私も見習いましょう」
「フィ、フィリップ……! きさ「モーディス! 貴様、どう言う事だ!?」
そう言って、僅かに皮肉を込めた笑みをモーディスと呼ばれた男へ向けた。
モーディスはワナワナと怒り心頭といった様子で震えていたが、カロルからの追求でサッと青くなっていた。
「いい加減に見苦しいぞ、ベルジーニュ卿!」
ゴチャゴチャと仲間割れをし始めた第一騎士団へ、見かねたのかアドルフ侯爵から鶴の一声が上がった。
「強大な神獣に出くわす事が、果たして幸運かどうかを別にすれば、確かに第二騎士団は機会に恵まれたのだろう。だがそれを羨む様な台詞は、せめて一度でも貴様自身が戦場に立ってから言うのじゃな」
反論を許さぬ真実の言葉だ。
本営から離れなかったジョエルさんやレスティアだって、確かに俺達と一緒に現場に居た。
カロルはどうだったのかなど、その汚れ一つ無いキラキラの鎧を見れば一目瞭然だ。
「――よいか? 美食の中にも、秀麗な音楽の中にも、煌びやかな婦人たちの中にも勝ちは無い。たった一つの勝利という果実は戦場にある。そしてそれは、困難に立ち向かった勇者にこそ与えられるものじゃ。よく覚えておけ、愚か者め」
「かァ――、か、れきぃぃぃぃ……!」
ぶるぶるコンニャクのように震えていたカロルは、やがて充血しきった目を俺に向けてきた。
「貴様のせいだぁ……!」
「へ?」
「貴様はこうなることを予測して私を挑発したのだろう!? 二度も私に水をかけて、第一騎士団の戦意を煽り罠にかけたんだ! そうだ、そうに違いない!!」
「それは言いがかり、というか買い被り「だまれだまれだまれぇぇぇーーーー!!」
喚き散らし、美しい宝剣を抜き放つ。
「お待ち下さい副団長! こんな衆目のある場で私闘など――」
「どけえ!」
モーディスから制止の声が上がるが、カロルはもう止まらない。彼を突飛ばし俺の前に立った。観客席の各所から小さな悲鳴が聞こえてくる。
「この恥知らずの卑劣漢が! お前さえ居なければ、何もかも上手く行っていたハズなのに! レスティアだって、私の物になっていたはずだ! お前のせいで、何もかも台無しではないか!」
いや、流石にそれは妄想「だまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれぇぇぇぇっっ!」怖っ! 何も言ってないだろ!
「おまえさえ、おまえさえええええええええええええええ!」
どうしたもんか。
俺はもうカロルに怒りを抱いていない。正直、彼はもうどうでもいい。それゆえに、何となく哀れに思えてきた。
彼は彼なりに勝つ準備を整えていたのだろう。金、コネなどのいずれかは知らないが、カロルなりの努力をしてきたんだと思うと、この結果は不憫ともいえる。
いっそ斬られたフリして「やーらーれーたー」ってやれば、カロルの溜飲も少しは下がるんじゃないだろうか。
「しゃああああああああああああああああああああああ!」
とか思っているうちに、遂にキレたのかカロルは俺に飛び掛ってきた。
自慢するだけあり彼も中々の剣腕であるらしく、中々の剣速で『ノートゥング』が俺の頭を目掛けて降って来る。
しょうがない、ココは素直に防御して――。
赤の閃光が走ったのはその時だ。
それはカロルの銀の閃光と交差し、俺の前で細長いXの字を描いた。
キンと、甲高い音を立てた次の瞬間には、地面に細長い金属片が突き立っていた。
「は、ぁ? え? あ、れぇッ?」
それは『ノートゥング』の切っ先だった。
命中するはずだった剣先が消失したため、彼は盛大に空振り勢い余って膝を付いてしまった。
何が起きたのかを理解していないらしく、半ばから断たれた自分の剣と切っ先とメリーベルを、カロルの目は何度も行き来していた。
「怪我は無いか? ムネヒト」
「え? あ、ああ……大丈夫だ、どこも怪我してない」
信じられないことに、メリーベルの剣は先に振り下ろされていたカロルの剣を追い越したのだ。
仮にメリーベルが迎え撃つように剣を振り上げていたら、反対の向きから与えられたベクトルにより、折れた切っ先はどこかに飛んでしまい第三者に危険が及んだかもしれない。
だが同じような角度からぶつければ、行き先は振り下ろされた先に近い地面になる。
しかも、あの一瞬で俺を抱きよせ自身の背に隠した。
剣技も剣の性能も判断力も、たった一振りで格の違いを決定的に知らしめる一撃だった。
メリーベルは火炎色のスピキュールを、カロルの眉間に突きつけた。微動すれば額に新鮮な火傷が出来てしまうだろう。
「――――私のムネヒトに近寄るな、下郎」
ひゃああああああ! か、かかかかカッコイイぃぃ! イケメンしゅぎるぅぅー!
「おい新入り、おまえメッチャ内股になってんぞ」
――ハ!? いかんいかん、危うく誰得ヒロインになるところだったのだわ。
「わ、私の、ノートゥングが……!? ベルジーニュ家に伝わる家宝、わたしの、のーとぅんぐがぁぁぁぁ! え、え、え、え!? 嘘だ、アレ!? とれた!? は、ああ!?」
いや、とれたは違う。
カロルはノートゥングの切っ先を拾い上げ、刀身本体のカチカチくっつけようとしていた。なんとなく、接着剤がないとくっつかないプラモデルを思い出す。
「……なあメリーベル、何も折ってしまう必要は無かったんじゃね?」
半泣きになって「直らない、直らないよお!」と嘆く姿はだいぶ哀れだ。
「……どうしよう、斬っちゃった……」
勢い余ったんかい!
「『錆付き娘』……き、ぎざまぁ、よぐも! よぐ「いやーー! お見事お見事!」
涙と鼻水まみれの顔でメリーベルに噛み付こうとしたが、誰かの歓声がそれを遮る。
いつの間に来たのか、ジョエルさんがパチパチと拍手している。
「カロル副団長殿は狩猟祭の結果によってはレスティア副官の引き抜きか、メリーベル副団長の剣を破壊するなどと仰っておりましたが、第一騎士団が敗北の際には自らの剣を折るとは!」
「な、何を言って――」
「自ら発言を自らが率先して守る義理堅き振る舞い! いやはや誰にでも出来ることではありませんよ! 流石は名高きベルジーニュ伯爵家のご嫡男、御見それいたしました!」
どうやら白々しさとは演技力に比例するらしい。
いや、あるいは案外本気で褒めているのかも。ジョエルさんは実に愉しそうに拍手を贈っていた。
「ほらほら、なにやってんの! 皆も拍手しなきゃだぜ!」
急かされて、他の第二騎士団員たちも拍手をしだす。指笛で彼を称えるものも居た。
釣られたのか居心地の悪さを誤魔化す為か、第一騎士団員達も手を叩き出した。最後には観客席からも拍手が飛んでくる。
虚しい賞賛の中心で、憤怒と屈辱と悲嘆のトリコロールになったカロルはキョロキョロと視線の落ち着け先を探していた。
「き、きしゃまらぁ、だ、だいにぶた、のーとぅん、さびつきぃ……!! ――あフん!?」
今度は何だ!?
「かぴゅ、かぴゅぴゅー!」
突然カロルは仰向けに倒れて、白目を剥きビクビク痙攣しだした。ぎょっとして駆け寄ったのは第一騎士団の面々だ。
「副団長! どうなされた、ベルジーニュ副団長!?」
一番近くにいたモーディスが傍らに跪いたとき、黒と赤い縞々の物体がカロルの体から落ちた。
「マーダー・タランチュラー! こんなトコにも居やがったのか、この野郎が!」
「なんだと!? ひ、ひぃ!」
まだ成虫ではないのだろう、見たところメリーベルに襲い掛かってきた奴よりもだいぶ小さい。しかしその毒々しさは見紛うわけも無い。
怨敵を発見した俺は、名前を発すると同時に踏み潰した。
メリーベルのおっぱいの仇だ! 俺がばっちり治してやったけどな! ざまぁみやがれってんだ!
「……あっ、何をチンタラしている!? 早く上級解毒治癒薬を持って来んか! カロル副団長に何かあれば、わ、私の、私のメンツが丸つぶれではないか! 急がんか馬鹿者共!」
毒虫にビビってたモーディスという男は、割れに返ると慌てて衛生兵を呼び立てる。
成虫じゃなかったからか、カロルの症状はメリーベルの時よりもだいぶマシだ。俺が乳首クリクリするまでも無いだろう。
「補佐殿、上級治癒薬類が見当たりません! 今回はどの衛生兵も支給されていないと申しております!」
「なんだとぉ!? もっとしっかり探さんか! 第一騎士団には常に十本以上の在庫があるのに、今回に限って無いなんて……こと、が…………ぁ……」
何かを思い出したのか、モーディスの声がどんどん小さくなって消えてしまいそうだ。だが不意に頭を振り回し、顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。
「知らんっ! ワシは知らんぞ! ワシは何も言ってはおらん! フィリップ、貴様が実働部隊の現場責任者だっただろう!? この責任をどうするつもりだ!?」
お手本のような責任逃れだ。知らぬ存ぜぬを貫き通す面の皮の厚さは、腹の肉とは比較にならないらしい。
「…………私の責任と言い張るのは結構。しかしお忘れですか副団長補佐」
興奮しきった相手に対し、フィリップはあくまで冷静に返答する。
「先日の定例会のおりカロル副団長に『自ら責任を持って保管しておきます』と発言したのは、他ならぬ貴方だったはず。我々はともかく、ベルジーニュ卿や他の幹部にはどう弁明をされるおつもりですか?」
それは医者が、自身の忠告にも耳を貸さず不摂生を重ね続けた患者に余命を伝えるような、低く冷たい声だった。
「……ぇぁ、ああ、あああぁぁ……!」
モーディス何某の顔が、アルカリ性を受けたリトマス試験紙のように青ざめていく。なんて忙しい顔色だ。
経緯はしらないが……部下に責任を押し付けるのは簡単だけど、上司の前で宣言してしまった以上は誤魔化しが出来ないって事か?
確かに目上の者に向かって決めた事を『言ってませんし、知りません』と嘘を付くのは駄目だよな。もちろん部下にも言っちゃダメだけど。
「……大変なら、俺がソイツの乳首を「なぁっ! なにをしておりゅかあ!? はやく副団長をお運びしろォ! 何処かに上級薬師達を乗せた馬車が待機していたはずだ! それを呼び出せぇ!」
「なあ、俺が乳首「駄目です! 実は先程から呼び出しているのですが、他の馬車たちが邪魔でココまで来れないそうです!」
「ちく「なああああ!? ええい、もういい! このまま運べぇ!」
聞いちゃいない。
モーディスと他の第一騎士団員達は一斉に集まり、大名行列のようになって去っていく。彼らが元いた場所には、フィリップを含めて半分以下の団員しか残っていないかった。
台風のようなカロル運び隊を、観客は珍しい物を観るような目で眺めていた。
……。
――馬車が多すぎて、どれに薬師が乗っているか分からんではないか! この馬車か!?
――いいえ、これは音楽隊金管楽器団です!
――なにぃ!? では、この馬車か!?
――いいえ、これは音楽隊鍵盤楽器団です!
――んがああああああ! それでは、この馬車だろう!?
――いいえ、これは指揮者隊第三馬車です!
――指揮者そんなに要らんだろ!? というか音楽隊ばっかりではないか!? 副団長、どうかご安心下さい! このモーディスが付いておりますぞぉぉっ!
――かぴゅ、ぴゅぴゅーぴぴゅぴ、ぴゅー!
――ふくだんちょおおああぁぁ! あフん!
――あー!? 副団長補佐まで噛まれたぞ!
……。
「……来年から、馬車は削減すべきだな……」
フィリップの独白に皆で頷かざるを得ない。立つ鳥跡を濁しまくりだ。何なのアイツら、恥のインフルエンサーだったの?
「なんだったんじゃ、騒がしい連中じゃったのう……いや、今はそれより」
グリン! と、アドルフ侯爵が猛禽類のような瞳をこっちに向けてきた。
「頼む! 神角をワシに譲ってくれィ! いや勿論タダで寄越せなどとは言わん! 言い値で買おう! このアドルフ、金に糸目は付けませんぞォ!!」
「お待ち下さいアドルフ審査員長!」
「むっ!? なんじゃ今大事なところなのに……」
「神獣の角という世紀の大発見と呼べる品を、個人的な資産としてしまうのは流石に目に余ります! 買い取るにしても、今後の研究のためアカデミー大学院や王都博物館などとも協議し、協会名義で購入、保管を検討すべきです!」
「イヤじゃイヤじゃ! これはワシのにするんだモン!」
「何がモンだですか!? わがまま言わないで下さい! そんなん誰だって欲しいに決まってるでしょ!? というか私達にももっとよく見せて下さいよ!」
そうだ! そうだ! という審査員達の大合唱を受けても【獣宝侯】はそ知らぬ顔をしていたが、やがて何かを思いついたのかぱっと表情を変える。
「よーし分かった! ここは公正にオークションで決めようじゃないか! では金貨5枚からスタートじゃ! まずワシの入札、金貨いちまん枚! はい決定っ! これにてオークション終了ー!」
「「汚ねぇぞクソジジイ!!」」
仲良いっすね皆さん。
「貴方、いい加減にして下さいまし! 第二騎士団の方々が呆れているでしょう!? まずはそれをお返ししなさいな! 【獣宝侯】ともあろう者が、素材を強奪されるつもりですか!!」
そこで今まで沈黙を守っていたフェンザーラント婦人が顔を真っ赤にして怒鳴った。流石に効果はあったらしく、侯爵も他の審査員たちも一斉に肩をすくめた。
「ぐぬぬ……うぎぎ……で、では一旦返しておく……待っててね神角ちゅわん、しゅぐに買い取ってあげまちゅからねぇ~、んちゅばっ! んちゅばっ!」
うわぁ……。
全員ドン引きだった。先程の威厳は何処に消えてしまったのか。
「い、いやぁ……それはどうかそのままお持ち帰り下さい……買い取り金額については、後ほど話し合いに伺いますから……それでその、そろそろ結果の方を、ですねぇ?」
ジョエルさんの顔もだいぶ引きつってる。侯爵の涎と涙に濡れた角をもう持ちたくなかったに違いない。
つーか俺の身体に入ってたもんだから、一度はちゃんと洗ってね。
「おお! そうじゃった、そうじゃった! おほん。では、最終判決を言い渡す――」
彼はニコニコと神角を自分の高級そうな収納袋に(抜け目無く)大事そうにしまいながら、ようやく自分の職務を思い出したらしい。
「まったく見事な物を見させてもらった! 神の名を冠する獣に挑んだ御主達の知勇、御主達の偉業、万の賞賛にも勝ろう! このアドルフ、久しくこの興奮を忘れておりましたぞ!」
マイクなどなくても、非常に良く通る声で彼はそう言った。いつの間にか、観客席や残ったフィリップ達第一騎士団から拍手が巻き起こっている。カロルに寄越したものとは違う本物の賞賛だ。
そしてその中心に居るのは間違いなく第二騎士団だった。
「此度の狩猟祭――優勝は王都第二騎士団である!!」
瞬間、誰もが拳を突き上げ喉を枯らさんばかりに叫んだ。肺の中身を空っぽにしても、尽きることの無い感情が満身狭しと爆発する。
今までの敗北を片っ端からゴミ箱に叩き込む極上の勝利。
ああ、全く。最高の気分だ。皆が俺の何倍も嬉しいなら、なお良い。
誰かが客の歓声へ応えるよう彼女を催促したのだろう。メリーベルはやや顔を赤らめながらも剣を抜き放ち、切っ先で真っ直ぐ天を衝く。
惜しみ無い拍手と、割れんばかりの大歓声がメリーベルを包んだ。
太陽の光を浴びて輝くスピキュールが、俺には空が溢した一滴の嬉し涙に見えた。
・
『えー!? じゃあ結局、あの証拠品使ってないんですかー!? せっかく半年も集めたのにー!』
「ゴメンて、怒んないでよエリアナちゃん。勝ったんだから良いじゃんさ」
『いやまあそれはそうですけどー……第一騎士団の不正の証拠を突きつければ、わざわざ危険な橋を渡らせなくても良かったんじゃないですか?』
「かもね」
喧騒から離れた本営のテントの中で、ジョエルは通信機を使って本部に残っているエリアナと会話をしていた。
彼の傍らには幾つもの木箱があり、その中には大量の書類が入っている。
「でもさ、メリーベルちゃんもアイツらもやる気になってたんだ。そんな野暮が出来る雰囲気じゃなかったのさ」
『む、むうぅ……』
「それに、例え証拠を突き付けたとしても、すんなり俺達の勝利に繋がる可能性はあまり高くないよ。何だかんだと理由を付けられて、引き分けか無効試合になるのが関の山さ。そーすりゃ、また次……ってね」
ジョエル、エリアナ、レスティアは既に第一騎士団が今大会で行っていた不正の証拠を掴んでいた。巧妙に隠蔽された依頼主の大元や、収集された素材の行き先まで彼らは把握していた。
あるいは不戦勝を得ることが出来たかもしれない。
だが第一騎士団やバックの貴族達の影響力は大きく、例によってトカゲの尻尾切りにより中枢に打撃を与える事は難しい。
今回の狩猟祭は無かったことになり、決着は次へ持ち越されるだろう。
そうなった時、今度はレスティアの参戦など認めよう筈もない。今回で彼女の『能力映氷』の威力は、充分に彼らの知るところとなっただろう。
「なにより、そんな奸計を真っ正面から叩き潰す方がカッコいいでしょ?」
『……ホント、男の人ってバカですよねー……』
違いない。第二騎士団はバカばっかりだとジョエルは苦笑いを浮かべる。
結果的とはいえ、自分達はカロルのやりたかったであろう事を反対に返した事になる。
彼は恐らく過去最高の第二騎士団でも、第一騎士団には及ばないというイメージを真実の物にするためレスティアの参戦を認めたのだ。
だが結果はまるで逆だ。
第一騎士団は、策謀を巡らせておきながらも大敗したという烙印を押される。
残酷な話だが、陰謀が正当化されるのは勝者のみ。敗者にはより大きな影となり彼らを呪うのだ。
つまり、この資料たちは最高の形で役立たずになってくれたという訳だ。
「だからまあ、この資料は皆に見られない内にポイって棄ててくるよ。いつまであっても邪魔だしさ」
勝利にケチをつける野暮こそ全くの不要。それに、第二騎士団の倉庫は狭いのだ。
『えぇぇー!? そ、そんな……私の苦労がぁ……』
「ははは。後は俺に任せて、エリアナちゃんは祝勝会の予約でもしといてよ。この証拠は……そうだね、王宮騎士団の資料室にでも押し込んでおくから」
『……! 祝勝会の場所は酔い醒まさず亭で良かったですよね!』
ニヤっとジョエルは意地の悪い笑みを浮かべ、エリアナと二三言を交わして通信を終えた。
「さーて、ちょっと荷物でも運ぶかね。何処かで馬車でも借りて……」
「運ぶって……何をですか?」
ちょうどその時、眼鏡をかけた理知的な美女、レスティアがテントに入ってきた。
ジョエルはあぁと返事をし、視線で木箱達を指した。
「ホラあれさ。第一が半年間もやってきた狩猟祭の不正の証拠だよ」
「……? あ、そういえばそんなのも有りましたね」
「おいおい、忘れてたのかい?」
レスティアにしてはすっとぼけた冗談だと、ジョエルは笑った。最悪負けはしないだろうと彼女だって知っていただろうに。
いや……もしかしたらレスティアは、本当に忘れていて自分たちの勝利を信じていたのかもしれない。
無謀な賭けに乗って見せたのも、不正を暴いていたからではなく第二騎士団を信じていたからか。
最近の柔らかい雰囲気を纏うようになった彼女を見ていると、ジョエルは何となくそう思った。
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お察しの通り、ざまぁ回でした




