狩猟祭⑥ 戦う騎士達(上)
「ん……? ああ、朝か……」
パキと音を立てて焼け落ち焚き木で目を覚ました。吐く息が白く煙り、付近に漂っている霧と同化してしまう。座ったまま眠ってしまったからか、首が少し痛い。
ポキポキならしながら顔を上げ、伸びをする。短い間だったがよく眠れたらしい。
まだ薄暗いがやがて朝が来るらしく、空が仄かに白んできていた。暗黒から群青へ、群青から白へ。お天道様はその偉大なる能力を発揮し、俺達に今日を与えてくれる。
「あれ? メリーベルはどこ行ったんだ?」
赤髪の少女の姿が見えない。火の前にも野営用のテントにも居なかった。
昨晩はどっちが先に休むかで小さな口論になり、じゃんけんでメリーベルが先に休むことになった。
それから交代したのだが、一つしかないテントの中で寝る気にはなれず(何となくメリーベルが寝ていた場所で横になるのが気になったという非常に情けない理由だ)火の前でウトウトと舟を漕いでいた。
意識が落ちるまで、メリーベルが剣の手入れをしていたのは見ていたが……
「……トイレかな?」
デリカシーに欠ける発言だが生理現象は致し方ない。口に出してみれば、俺も催してきた。
肌寒さに身震いを一つし、薪を継ぎ足してから俺も川に沿って歩き出す。こうすれば迷子になる事もないだろう。
下流特有の削れて小さく丸くなった砂利を踏み鳴らしながら上流へ向かう。
朝霧の中をのんびり歩くのは何となく良い気分だ。危険な場所だというのは理解しているが、人の居ない自然そのままの天地を闊歩していると、小さくない達成感を俺に与えてくれる。
風はなく、澄んだ空気が水音を広く遠く響かせている。川の音、そして俺達の落ちてきた滝の音だ。
(ちょうどいい。顔でも洗ってシャキっと朝を迎えよう)
何気なく川辺の散歩を楽しんでいるうち、その滝壷付近までやってきたらしい。霧以上雨未満の飛沫が顔に吹き付けてくる。マイナスイオン何某の議論の行方は知らないが、この清浄さが心地良いのは疑いようも無い。
腰を下ろして水を両手で掬い顔に一当てする。冷たい、まるで氷水だ。
(いけね、タオルとか持ってきてねぇや……)
無意識に顔を拭く布的な物を探したが見つかるはずも無い。
「……おや?」
仕方無いから服の裾で……と思ったところで指の先に何が触れた。布らしきものだ。眉毛と睫毛からしたたる水滴を無視し、まだ薄暗い中で目を凝らす。
もしや行き倒れた冒険者の衣服の切れ端だろうかと思うと、背に冷たい汗が滲む。
でもそうは思えない。雨風に晒された様子もないし、何となく手触りの良い布だ。それに甘酸っぱいリンゴのような香りがして、どことなく温かい。
「………………………………………………」
ワイヤーの入っていないスポーツタイプの、しかしかなり大きなブラジャーでした。
ここまでくればお約束にも気がつくというもの。しまった、俺はなんて迂闊な真似を。
障らぬ神に祟りなし。息を潜め、気配を消し(気配の消し方なんて知らないけど)足早にここを去ろう。
山稜から暁の第一光が差し込んだのはその時だ。斜めに走る太陽の光は、朝靄の形に変化する。
滝壺の中心に女神が居た。
彼女は太ももまでを川に浸し、緩やかに流れる光のカーテンを纏い、腰まである真紅の髪を小さく揺らしていた。
斜め後ろから見える背中は陽光を透かしたように白く、臀部へと繋がる括れは炎を模した剣、フランベルジュのようだ。
女性らしい丸さと、鍛え抜かれたしなやかさの調和は、生粋のおっぱい星人たる俺に『お尻も良いよね』と思わせる程。
そしてやっぱり、おっぱいですよ。
髪を両腕で掻き上げ、脇の間から見えた背中越しのおっぱいは、滑らかな背面にあってはむしろ異物のように豊かに膨らんでいた。
馬鹿か、何が異物だ。
あの素晴らしい曲線を見ろ。下着もせずにあの突出した柔らかそうなアールカーブは、純粋数学に劣らぬ美を秘めていた。
なんという張り、なんというワガママなおっぱい。俺なら分かる。パツンパツンだ。
角度、髪、太陽の光の三重ロックによって先端は確認出来ないが、むしろ見えないことによって想像力の限界を試される。ただでさえ瑞々しい肌は水滴を浴びて更に眩しい。
肌に浮く水の粒すら彼女を飾る宝石だ。それが、ツゥ……と乳房にそって流れる様子は、夢見人が待ち望んでいた流れ星。むしろ俺が水滴になりたい。水滴になりたい。水滴になりたい。三回唱えても叶わないけれども。
無防備に水を浴びながらも、何故かしっかりとチラリズムは怠らない。幻想的ながらも意図したかのような秘宝の隠匿は、俺の目も言葉も時間も奪い去る。
まさに、女神の顕現だった。
(あと、20度……いや、10度こっちに傾くだけで、み、見え…………!)
滝壺よりもよく聞こえる我が滝唾。自分が何処で何をしているかも曖昧になっていく。
そして、俺の願いは聞き入れられた。少しだけ。
「……」
「……」
女神の……もとい、メリーベルの顔だけがコッチを向いていたのだ。
「…………」
「…………」
「――――き、」
それから先の事はよく覚えていない。
ただ、副団長でもあんな声出すんだとか、もしかして通信機無くても本営まで声が届くんじゃね? と思ったような気がする。
・
・
・
(ちくしょう……!)
第一騎士団A部隊副隊長、フィリップは己の境遇を呪わずにはいられなかった。
目は霞み息も絶え絶え、空腹と疲労のサンドイッチで既に満身創痍という状態。オマケに眼前には中型から大型のモンスターが三体。ランド・バードという、油断すれば上級冒険者すら餌食になりかねない危険な相手だ。例え万全の状態であっても、独りで相手にするべきではない。
額から目に流れる汗を煩わしく思いながらも、剣から手を離して拭うことも出来ない。
自分の命運も遂に尽きたらしい。昨日からほとんど不眠不休で戦い、あるいは逃走してきたが、もはや体力の限界だ。息をするのも全身の力を必要とするほど消耗している。
援軍はない、治癒薬も皆無、緊急帰還用の『転移符』は隊長に没収された。
(こんな、ところで……)
自分は一体何の為に騎士になったのか。
フィリップの胸に苦い悔いが残る。勝ち目のない巨獣に挑んだのは、モーディス隊長の命令を遵守したからではない。自己憐憫、一種のヤケが死に場所を求めて暴走したからだ。
だげ結局は生き長らえてしまった。無様というものには限度が無いらしい。
ふ、と自嘲するフィリップに巨大な鳥が襲い掛かる。ランド・バードは空を飛べない鳥類だが、脚力と巨大なクチバシは脅威だ。特にクチバシは人の頭蓋骨など落花生の殻のように割ってしまう。
しまった、と自己を省みる余裕も無い。訪れる確実な死に思わず目を閉じ、全身の筋肉を固くするだけで精一杯だった。
(……?)
覚悟していた痛みはフィリップに訪れなかった。
怪訝に思い目を開けた彼の視界にまず飛び込んだのは、真っ赤な髪。次いで横凪の火炎だった。
左から斜めに切り上げられた火は、ランド・バードの長い首を真っ二つに両断したのだ。その姿にフィリップは記憶層を刺激された。
「お、お前は……まさか、第二騎士団の副団長か!? 何故こんな所に!?」
「同じ質問を返したいところだが、まずはこっちからだな」
第二騎士団副団長メリーベル・ファイエルグレイはこちらに返答しつつ、前のモンスターへ対し微塵の油断も無い。彼女は自分を背に立ち塞がり、剣を正眼に構えている。狩りを邪魔されたからか警戒からかは不明だが、残ったランド・バードは甲高い悲鳴を発し一斉に飛び掛かってきた。
今度は目を閉じなかった。
打ち下ろされた剣戟は巨鳥の首の根元、胴体を深く裂き下へ抜ける。それで一匹は絶命。だがあと二匹は健在、左右からクチバシを大きく突き出し赤髪の少女に襲い掛かった。
メリーベルはその内の一匹に正対し、向かって右からのランド・バードには側面を空けてしまう。
二対一では致命的なミスと言って良い。
「――――ッ!?」
しかし誤まったと感じたのは、フィリップだけだっただろう。どういう訳かメリーベルに襲い掛かったランド・バードは、突風に巻き込まれた落ち葉のように吹き飛ばされてしまった。巨鳥はそのまま近くの断崖に叩きつけられ動かなくなる。
それがメリーベルの傍らに立つ青年の仕業と気付くには、少しの時間を必要とした。得物は無い、まさか徒手で為したというのか。
「よし、状況を終了する。せっかくだから素材を回収しよう。ちゃんとやり方は覚えているだろうな、ハイヤ衛生兵?」
「優秀な上司に連日連夜教えていただいたのでばっちりですよ」
「それは良い。減点があれば容赦なく補習して良いということだな?」
「……俺は褒められて伸びるタイプなんだ」
戦闘が終わってみれば時間にして一分足らず、恐るべき手腕だ。
貴族間で噂されている第二騎士団の実力を信じていたわけでは無いが、自身の認識ともかけ離れていたと認めざるを得ない。少なくとも自分たちA部隊とでは相手にならないだろう。悔しいがフィリップにはそれが理解できる。
「ぐ、ぅ……ッ!」
緊張から解放されると思い出したかのように苦痛がやってくる。巨獣との傷も完全には癒えていない上にモンスターと連戦。気を失わないだけでも見事と言って良いだろう。
彼が崩れ落ちる直前、地面と肉体に割って入る者がいた。
「重傷だな……ポーションはあるか?」
若い男の質問に、フィリップは首を小さく横に振っていた。
「そっか、じゃあ動くなよ」
そう言うと彼はフィリップを仰向けに寝かし、傷を注意深く見ていく。
看護されていると自覚したとき、失いかけていた意識がにわかに覚醒する。
「ほ、うっておいてくれ……第二騎士団の手など、借りん……! 肋骨が何本か、ヤられただけだ!」
「あ、その台詞! 俺もいつか使いたかったのに!」
「何を言ってるんだ貴様……!? ぐぁっ!」
第二騎士団員の奇妙な言葉につい大声を出し、苦痛で顔をしかめてしまう。
その時、自分を押さえつけている手が青白い光を発しることに気付いた。同時に全身を縛り上げていた痛みが瞬く間に引いていく。心地の良い湯を浴びたような温かさが全身に行き渡り、やがて消える。
「他に悪いところはあるか? ……毒とかは大丈夫か? 無いな、よし。本当に良かった。毒は怖いからな。治療も出来ればしたくないんだ……」
「は? あ、ああ……問題ない」
フィリップは自身の状態に愕然とする。打ち身、裂傷、骨折などが完全に回復し、疲労も随分解消されていた。
信じられんレベルの魔術だ。上級治癒薬級の治癒と体力の回復を同時に行える魔術士など、何処に行っても引く手数多だろう。騎士団どころか、貴族や豪商など特権階級のお抱え魔術士として引き抜かれてもおかしくは無い。
おまけに、見間違いでなければ重量200kg近いモンスターを素手で殴り殺すほどの存在。
「それで、どなた?」
その恐るべき黒髪黒目の青年は、何故か頬に真っ赤な紅葉を張り付けていた。
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水浴び目撃などのお約束はやっておきたいものです




