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異世界でB地区の神様になったけど、誰にも言えない  作者: フカヒレさん
第三章 騎士道とは乳を護ることと見つけたり
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狩猟祭② 遭遇

 

 食欲を誘う良い油のニオイが立ち込めていた。高級料亭に出しても通用するであろう、高純度の精製油だ。


「なんてザマだ! やる気がないのか貴様ら!? 揃いも揃って能無しばかり、恥を知れ恥を! それでも誇り高き第一騎士団のつもりか!?」


 だがそれも、口汚い罵声と唾に混じってしまえば嫌悪の種にしかならない。

 第一騎士団A部隊のフィリップ副隊長は、モーディス隊長に深く頭を下げ続けていた。その後頭部に一ダースほどの()()()の言葉を受けたところで、ようやく顔を上げることが許された。

 A部隊隊長は一人椅子に座り昼食を摂っている。このような屋外には似つかわしくない料理の数々が、高級調度と思われるテーブルの上に所せましと乗っている。

 副隊長も、その後ろに控える団員達も空腹を強く感じていた。


「なんだ? 現段階での成果が第二部隊に劣っているというのに、偉そうに飯をねだるのか? ロクに仕事も出来ない癖に、権利ばかりを主張するクズ共め」


「しかし部隊長、現時点での我々の成果は昨年のものを上回っております。今年度に置きましては、第二騎……第二部隊の健闘こそ目に見張るものがあります」


「言い訳をするな! 敵を褒め、頑張ってますとアピールする暇があるのなら、一匹でも多くのモンスターを狩ってこい! 奴らのポイントを上回らない限り、食事も休憩も無しだからな! 分かったか!?」


 感情を押し殺し、副隊長は再び頭を深く下げた。ズキリと、先日出来たばかりの額の傷が痛む。

 勝手なものだと青年は感じた。既に勝利は確定していると言っているくせに、それでも第二騎士団に劣っているという相対的な評価が我慢ならないらしい。速報で告げられた第一と第二とのポイントの差に、この男は烈火のごとく怒り狂った。

 モーディスという部隊長の顔には覚えがある。例の定例会でカロル副団長の隣に座っていた男、副団長補佐という立場にあり王都でも有名な大商会の元締めだ。

 自ら現場の実働部隊に志願したくせに、指示を出す事もモンスターを狩ることもなく、木陰で臨時女性団員達と甘味片手に談笑に耽っていた。

 そんな彼は一週間は絶食しても萎みそうにない腹に、料理を大して噛みもせず流し込んでいく。自分達が運んできた物資が見る見る失われていくという光景は、見ていて愉快な物ではない。

 食糧はまだ良い。椅子やテーブルまで収納袋にいれて運ぶ意味が果たしてあるのだろうか。


「ん……? おお! ベルジーニュ副団長からだ!」


 ふと副団長補佐が通信機を取り出す。自分たちには押さえつけるような暴言を吐き出しのに、直接の上司には途端に媚びる様な顔になる。


「はい、はい! それはもう! 結果は振るいませんが、私も粉骨砕身にて狩猟祭に臨んでおりますとも! この身、このまま森の土に還る覚悟で御座います!」


 どの口が。と後ろの誰かが呟いたが、幸い隊長の耳には入らなかったらしい。


「……はい、ほほぉ! では、ついに錆落としを放つのですね!? ええ勿論! 準備は万端にて御座いますとも! ええ直ぐに!」


 ギクリ、と副隊長は身を寒くする。錆落としとは今回の狩猟祭で第一騎士団が執り行う作戦の隠喩だ。


「はい、はい! ではまた――……おい聞いていただろ、ボサッとするな! とっととあの毒虫共を放て!」


「お待ち下さい!」


 副隊長はほとんど無意識に叫んでいた。後ろの隊員達が息を呑む声がするが気にしてはいられない。


「我々は既に勝利していると仰っていたではありませんか!? だというのに、わざわざ成功率の低い作戦をするまでもないと自分は具申いたします! どうか、ご一考下さい!」


 一度口を開いてしまえば、この作戦について考えていた反対の意見が止めどなく溢れてくる。それを副官補佐は見た目だけは冷静に聞いていた。


「……――完全なる勝利を得るべく、ベルジーニュ副団長が考えてくださった作戦に貴様ごときが異を唱えるのか?」


「作戦とは仰いますが、それは勝利を得る為のものではなく誰かを害しようというものではなりませんか!? 騎士の原則より大きく逸脱する行為だと言わざるを得ません!」


「ふん、どうせ誰にも気付かれん。騎士の原則などと高尚な事を言うようだが、結局は自分の手を汚したくないだけなのではないか? 何故自ら泥を被ってでも、浅ましき第二部隊の連中に誅罰を加えてやろうと思わんのだ」


 それでも何か言いた気な副隊長に面倒くさくなったか、副団長補佐はため息をつく。


「……副隊長、確か貴様には妹がいたな?」


「ッ、はい、それが何か……?」


「どうらや近いうちにある子爵家に嫁ぐそうじゃないか、おめでたいことではないか。しかし奇遇だな、その子爵家と私とは知らぬ間柄ではなくてね……その中で彼の将来の義兄の話をしてしまうかも知れんぞ?」


 男爵家の次男は副団長補佐の言いたい事を理解した。最初から彼には拒否権も選択権もなかったのだ。

 青年は沸いた激昂を奥歯で必死に噛み締めた。

 万が一、例のモンスターを放ったのが露見すれば自分達に責任を擦り付けられるのは目に見えている。かといって命令を拒否すればどんな目に合うか分からない。

 ならば命令を承諾し、気付かれない可能性に賭ける方がまだマシな選択なのではないか? そんな黒い打算が胸に沸く。

 しかし。


「……やはり、自分は反対です」


 自ら件のモンスターを準備しておいて、この期に及んで反対などとは我ながら何て浅ましい事か。心の中で両親と妹と男爵家を継ぐ三つ上の兄に侘びる。自己満足に満ちた意地かもしれない。だが、だがだ。

 子爵家の青年に嫁ぐことが決まったときの、喜びに満ちた皆の顔が瞼に浮かんだのだ。その笑顔に恥じない男であると、胸を張って言えるのか。


「この腰抜けが!!」


 副団長補佐は顔を真っ赤にし、空になった銀食器を副隊長に叩きつけた。命令をすることが当然の彼にとって、それを聞き入れられない屈辱は筆舌にしがたいらしい。

 金属製の皿は青年の顔に命中し残っていた料理のタレを髪に制服にぶちまけた。跳ね返った銀皿が土の上を転がり、草むらに消えた。


「貴様には失望したぞ! この狩猟祭が終わった後は覚悟しておけ! ええい、もういい! どうせマーダー・タランチュラーは他の部隊が解き放っている頃だろうからな! 貴様がいくら喚こうがもう遅いわ!」


 銀皿をぶつけられても苦悶の表情を浮かべなかった青年の顔が苦々しく歪んだ。


「そんな……!? く、誰か通信機を貸してくれ! 作戦の中止を――……ガハッ!?」


「まだ言うか役立たずが!」


 背を向けた一瞬に、副官補佐は副隊長に一太刀浴びせていた。油で汚れた手と本人の剣腕が幸いし切り傷には至らなかったが、金属の棒で頭部を殴られた青年は地面に倒れる。


「えら! そう! に! この! 私に! 意見! するな! この! 大! 馬鹿者が!」


 その倒れた背に腹に副団長補佐は容赦なく踏みつけを浴びせていく。慌てて部下が止めに入ったが、火に油を注ぐだけに終わった。


「ええいッ! どいつもコイツも! 命令違反として副団長に報告させてもらうぞ!」


 そういうと、モーディスは蹲ったままのフィリップから『転移符』を引ったくる。


「上位者の意に背いた罰だ! 貴様は本営まで歩いて帰れ! おい、誰が治療をしろといった!? そんなヤツ捨てて置け!」


 部隊長は、慌てて副隊長へ駆け寄った衛生兵へ怒鳴りつける。ビクと肩を震わせたが、彼自身の意思と責務から血まみれのフィリップの近くから離れようとしない。その無言の抵抗にモーディスは再び堪忍袋の底を撫でられたが、ゆっくり立ち上がったフィリップが衛生兵を宥める。


「いや、いい。構うな……大丈夫だ、一人で戻れる」


「フィリップさん! し、しかし……」


「放っておけと言っただろう! これは命令だぞ!!」


 部隊の№2と1からそう言われても、納得とは程遠い表情で衛生兵はフィリップの背を見やる。


「ふん、私は先に戻るぞ! 貴様らは後片付けをしておけ!」


 副団長補佐はそれだけを言い残し、自分のテントがある場所へ早歩きに歩み去ってしまった。


 ・


「まったく、無能ばかりで話にならん! カロルの小僧も、もっと良い人材を登用すれば良いものを! 人を見る目が無さ過ぎる!」


 いまだ怒りの収まらず副団長補佐は独り喚き散らし、非難の矛先はついに自身の上司に向けられる。いや、彼にとってカロル副団長は自分が栄達する為の梯子に過ぎなかった。

 とはいえ今はまだ彼の機嫌を損ねるのは不味い、なるべく機嫌を取りながら日程を終えねば。

 それに万が一、第一騎士団が敗北するという事になってしまえば自分だって困る。本格的にあのクノリ家の長女が煩くなるだろう。それでは非常に困る事態になるだろう。

 そもそも、なんで自分ばかりこんな苦労をしないとならないのだ。男爵家の次男が変に意地を張らなければ、もっとスムーズに事は進んだはずなのだ。

 そうぼやきながら彼が向かうのは、彼専用のテントだ。一般団員が利用する野営用のテントよりも大きな作りだが、それでも彼にとっては貧相極まりない。


「……まったくもって忌々しい。臨時団員の女でも呼んでとっとと――……ん?」


 ふと向こうの方から、人ではない生物の鳴き声が聞こえた、気がした。


「おーーーーい! ここにモンスターが居るぞ! 早く来て始末しろ!」


 気のせいか? とは思ったが、もしもを警戒し声を張り上げた。寝床付近で獣がウロウロしているのでは鬱陶しい。

 一応は自分も剣を抜いて構えを取る。どうせラビット種程度のモンスターだろうが、わざわざ自分が手を下すまでもない。


「ちっ……ノロマ共め。私が呼んだら十秒以内に来んか……」


 腹が揺れたと感じたのは、次の瞬間に全身を激しく揺すられるまでの数秒間だけだった。

 振動どころではない。上下にバウンドした副団長補佐は立っていることすら出来なくなり、ついに四つん這いになってしまう。


「な、何事だ……!? おい、おい! 誰かいないのか!?」


 取り落とした剣にも気付かず、地面に突っ伏したまま声を張り上げた。

 苛立ちと恐怖とまみれたその声が届くはずも無い。すぐに彼の叫びよりも大きな咆哮が場を支配したからだ。


 ――ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!


 咄嗟に身をすくめ頭を庇うことくらいの心得はあるらしく、副団長補佐はその場で頭を抱えうずくまる。

 規則正しく地面を踏みしめる音がする。何かが近づいてくる。そう判断できるだけの冷静さは残っていた。

 しかしその足音の間隔が恐ろしく長い。それはつまり、想像を絶する巨体の持ち主ということだ。

 一瞬、静寂が訪れた。だがそれは、静から動への急変にほんの僅かな準備時間が与えられただけのことだった。

 バキバキと生い茂る木々をまるで草のように手折りながら、それは現れた。


 ――……。


「あ、ぁ、ひ、ひぃ……」


 山だった。この威容を他にどう言い表せば良いのか。

 モーディスが寝泊りに使うテントよりも遥かに巨大な獣だ。あまりに大きな影を落とされたので、太陽の存在を忘れてしまうほどだった。足の一本で成人男性の胴体をゆうに上回り、それが支える獣の胴体は視界に納めるのが困難なほど。

 全高さは4メートル程ではあったが、恐怖のため実際よりも巨大に見えていた。その山のようなモンスターは爛々と光る双眸をモーディスに向け、ヒスヒスと鼻を鳴らす。

 先ほどワインで摂取したばかりの水分を地面に還元しつつも副団長補佐は動けない。腰から下の骨が消えてしまったかのようだった。


 ――ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!


「ひ、ひぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいい!!」


 木偶となった肉人形に再び命が吹き込まれたのは、獣の咆哮で恐怖が呼び起こされたからだ。普段の彼からは想像できないほど機敏な動きで立ち上がり、背を向けて走り出す。

 獣はそれを黙って眺めていたが、ふと鼻を鳴らしゆっくりと彼の後から歩み始めた。


「だれ、誰かぁ! 早くッ! 早く来いィィ! 誰かぁあああ! な、なぜ誰も来ないのだ!? ひぃ、ぃい、うわ、く、来るな、ぅ、ぅわぁぁあああ!」


 モーディスにはそれが自分を狙っているものと感じられ、顔中から喚き声を吐き出しながら一目散に逃走した。草木や岩に何度も足元を掬われながら、先ほどまで居た場所へ向かう。そしてあと一息といったところで、何かに足を滑らせ地面にもんどりうつ。

 彼の足を奪い前転をさせたのは真新しい銀の皿だった。


「が、ぐ、つぅ、くぅ……――ッひ、ひぃぃぃ!? く、来るな! クソォッ! き、きさまぁッ! 私を誰か知らんのか!?」


 獣に人語が通用するかどうかなど問題の外にあった。彼の武器はその富や地位以外に残されていなかったのだ。


 ――……。


 その獣は敵意も殺意も無く、ただ歩くだけ。たまたま進んでいる方向に肉付きの良い男が寝ているだけだった。威嚇の為に数度雄叫びを上げてみたが、どうやら不要だったらしい。

 敵にはなりえまい、餌にもなるまい。ならば相手にするまでも無い。


「い、いやだ、やめ、やめてくれ! ぅあぁっ!? や、いやだ! くるな! くるなぁああ! ひぃぃぃ! う、ぁぁああああああーーッ!!」


 しかしうるさい。

 獣にとってはどうでもいい存在だったが、どうにも耳障りだ。いっそこのまま踏み潰してしまえば静かになるかもしれない。

 身体に冷たく硬い物がぶつかったのはそんな事を思ったときだ。


「ご無事ですか、部隊長!」


 獣の後ろの足を切りつけたのは本営に戻る途中のフィリップだった。

 自分で手当てをするため簡易テントがある場所まで来ていたところ、偶然この巨大なモンスターと部隊長に出くわしたのだ。

 後ろから渾身の一太刀を浴びせたのに、肌はおろか体毛すら切断できていない。手に持つミスリル剣が、まるで針のように頼りない。


「お、遅いわこの馬鹿が! 早く、こっコイツを何とかしないか! いいか、貴様の命に代えても私を守れ!」


「…………了解です」


 彼の忠義に報いたのは上位者の怒声だけだった。フィリップの胸中に沸いたのは怒りでも悲哀でもなく、一種の諦めだ。

 騎士とは王国民の見本となるべき存在ではなかったのか。損得を度外視し、か弱き人々の盾になるような在り方が尊いのは教本の中だけなのか。そう憤っていたのは、いつまでだっただろう。

 その時の義憤も苦痛も、もう思い出せない。

 踏みつけられ泥にまみれた剣と理想を両手に、フィリップは勝ち目の無い獣へと飛び込んだ。


 ・


 モーディスが自分達を呼んでいるのは勿論知っていた。しかし、事あるごとに自分達を呼び立てる隊長に嫌気が差していたのも事実であり、聞こえないフリをしたのだ。

 とはいえ、大地ごと揺り動かすような咆哮を聞いた時には流石にそれも止めざるをえなかった。

 準備を整え駆けつけたとき彼らが見たものは、気を失っているモーディスの姿と、誰かのおびただしい血潮だけだった。


 ・


 食欲をあおる良い油の香りが立ち上っていた。精製された物ではなく、野生獣の自然そのものの油だ。

 A部隊とB部隊は合流し、皆が集めた戦利品を一度大本営へ持っていくことになった。例年にないペースでモンスターの素材が集まり、収納袋のキャパシティが心もとなくなった為だ。

 A部隊の数名が運営本部へ走っている間、俺達は昼食の準備を整える。そこは森から抜けた崖の上で、眼下に広がる森を一望できる。逆に上へ顔を向ければ、すっかり遠くなった大本営のある崖壁が見えた。

 昼食はトラベル・バードとかいう渡り鳥とブラウン・ポークとかいう豚みたいな生き物を狩り、それを石の上で焼いたものだ。

 小川の近くにあった良さ気な岩を、メリーベルが例の純ミスリル剣でスパッと斬ったときには拍手に沸いた。

 その切断面の滑らかな石板を川の水で洗い、四隅を石で高さを合わせテーブル状にする。ちょっとした屋外バーベキューの気分だ。見晴らしもいい。小川のせせらぎは緩やかにくだり、どのような蛇行を描いていったのか崖下の大きな川に繋がっているという。


「ただいま戻りました! 現段階での第二と第一のポイントをお伝えします!」


 熱された石の上で肉を滑らせているところで、A部隊の衛生兵兼伝令兵が帰ってきた。

 談話に耽っていた俺達はその伝令に視線を集め、その表情から明るいニュースだと確信する。


「戻ったか! それで、今はどうなっている!?」


「第一は1200ポイント、第二騎士団は3800ポイントです!」


 おお! と感嘆の声が上がる。


「3000!? やったぜ、マジかよ!」


「おいおいおい、三倍差なんて初めてじゃねえか!?」


「この分じゃ折り返しの時には五倍は差が付いてるぜ!」


 口々に喜びの声を上げる。確かにこれは凄いことだ。人数差が倍なのに、ポイントの差はこちらが三倍差で勝っている。つまり、ざっと考えて一人当たりの成果は向こうの六倍ということになる。


「落ち着け皆。第一騎士団が戦利品を出し渋り、収納袋に入れたままという事もある。向こうの収納袋(それ)はコッチのより性能が良いんだから」


 アザンさんの一言で、皆は少し冷静になったらしい。


「しかし、これほどの成果は俺も初めてだ。今年はいけるぞ」


 それでも、この段階でこれほどの大差を付けたという例は過去にない。油断はしていないようだが、喜びを隠せないのも分かる。

 皆の顔に意気が燃え、鼻息まで荒くなっている。


「こっからは更に下に行くんスよね!? だったら、もっともっとポイントは増えるはずッスよ! いくらアイツらが素材貯金してようが追いつけるもんかよ!」


「むしろ俺達がアイツらに素材を分けてやりたいくらいでさあ!」


 双子騎士の冗談にも爆笑が起きるほど皆の笑いの沸点は下がっていた。


「だが下層に行けば行くほど、今のように本営へ素材を持っていく事が困難になる。持ち運ぶ戦利品については吟味しないとな」


 メリーベルの言い分は最もだ。

 これから立入非推奨区域に向かえば、どうしたって本営との連携が難しくなる。物理的な遠さは不便さと比例するといっていい。


「収納袋に入れたアイテムが、本営の収納袋とか倉庫とかに共有されて、どちらからでも取れるように出来たら便利なんですけどね」


 俺の頭に浮かんだのは懐かしき日本のATMだ。メガバンクならば全国どこにいても現金を引き出せるという、今にして思えば凄まじいシステムだ。


「はははは! 確かにそりゃあ便利だ。実現すれば収納と輸送の概念がいっぺんに覆るよ」


 俺の提案、というか願望に笑い出したのはアザンさんだ。やっぱり虫のいい話だったかと、俺も釣られて笑う。

 例えば戦利品に『転移符』を付けて運ぶという方法もあるだろうけど、『転移符』自体のコストが掛かり過ぎる。

 一応、今回の狩猟祭では全員に帰還用『転移符』が配布されてはいるが、これはあくまで緊急時に使用するものだ。ご丁寧にも一人用なので、競技終了間際に戦利品を『転移符』で飛ばし、何人か一緒に帰還するという手も使えない。


「ま、無いものねだりをしたってしょうがないさ。場合によってはC部隊と中継地点を設けてそこで受け渡しをする。過去に無いほどの収納袋は用意したが、身動きが取れないほどの大荷物を運ぶなんて無理はしなくていい」


 その時は俺がまとめて持とう。ハナ達のお陰で力持ちだし。


「よし、休憩は終わりだ。下層へ向かおう」


 副団長の号令で石焼バーベキューの火の始末をし、全員が腰を上げた。下層と言われ、つい崖の下を覗き込む。高い。思わず膝が笑ってしまいそうだ。


「まさか、そんな所から行くわけないだろう。下へ向かうルートはちゃんとある」


 メリーベルが苦笑を浮かべながら注釈してくれた。まだ大荷物とは言えないが、こんな絶壁を上り下りするのは正直億劫だったので、正直ほっとした。

 やがて土埃を軽くはたいたり、川の水で顔を洗ったりしながら、それぞれが得物と今後の段取りを確認する。その時だった。


 ――ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォオオオオオオオオオオオオオオオオ。


 身を竦ませるに足る獣の咆哮が遠雷の様に響いてきた。叫びの発生源は遥か向こう、ちょうど第一騎士団が居るらしい辺りからだった。ギャアギャアと、鳥達が喧しい鳴き声を上げながら天空へ散っていくのが見える。

 皆は弾かれたようにそちらを向き、確認したばかりの武器を手に取った。寸暇は去り、張り詰めた緊張が誰の顔にも走る。


「……大物、っすね。第一騎士団と交戦中ってトコロか?」


「奴らの腕の見せどろこだけど、期待できそうにはねえなあ……」


 先頭にいるゴロシュとドラワットが、やや不器用に笑いながら呟いた。実戦経験も豊富な第二騎士団の皆にとって、声の主が尋常で無い相手だとすぐに察せた。そしてそれが近づいてくる事も。


「『レスティア、そちらから確認出来ないか? 正体不明の……恐らくは魔獣クラスと思われる個体が、此方から見て西の方に居る』」


 隊の中心で剣を構えていたメリーベルが通信機を取り、C部隊のレスティアに呼びかける。受信する声を皆にも聞こえるようにして返事を待った。


『――』


「『おい、どうした?』」


『あ、も、申し訳ありません! 此方でも確認できます! で、ですが……これは……魔獣、いえ……いったい、なに……!?』


 遅れてきた彼女の返事も何となく妙だ。明敏なレスティアにしては歯切れが悪く要領を得ない。指揮官の動揺は隊全体に伝播するという事をレスティアだって熟知しているはずなのに、通信魔道具の向こうからは冷静さを欠いた声が続いた。


「『落ち着け。レスティアが判断できないという事は、新種の魔獣である可能性があるということだな? ならば彼我の距離と大体の戦闘力を教えてくれ』」


『……魔力反応が濃すぎて距離がはっきりしませんが、800メートルから1.5キロ! おおよそ時速40キロで接近中! 戦闘力も変動し観測できません! しかし――……推定ステータス・アベレージは400オーバー!』


「なに――!?」


 今度こそ全員に動揺が走る。ステータスの平均値が400を越えるという事は『後悔の巨人』やライジルをも遥かに上回る。間違いなく、俺が相対してきた中では最強の相手だ。


「副団長、交戦は避けるべきです! とても普通の相手とは思えません!」


 そう具申したのは後方で短弓を構えていたアザンさんだ。この様子から、皆にも経験が無いほどの難敵である事が察せられる。


「……どうやら向こうは待ってはくれんようだ。理由は分からんが、真っ直ぐコッチへ向かってきている」


 視線を動かさず、メリーベルは剣を抜き放つ。

 空へ沸き立つ鳥達が徐々に近づき、バキバキと木を倒す音が重なり合って聞こえる。どうやら、かなりの巨漢サマが、自動車並の早さで向かっているらしい。


「……背を向けるのはもう危険か。ゴロシュ、ドラワット、先駆けは任せる。アザン、大型魔獣用の装備を準備だ。残りは私を援護してくれ。迎え撃つ。ただし、全員すぐに撤退できるようにしておけ」


 全員が承諾し、それぞれの持ち場についた。先頭は以前としてゴロシュ、その少し後ろにドラワット。中心にメリーベル、最後尾にアザンさんだ。俺を含む残り十六名の団員は隊列の中央から後半へ並ぶ。

 俺はナイフをベルトにしまい、両手を自由にした。相手が哺乳類なら俺も役に立てる。

 暑いのか寒いのか、肌が外気温を正確に判断できないように感じた。固唾を呑み、約200メートル離れた森の入口を見つめる。


『―――来ます!』


 通信機からの合図は、最後の方が破砕音に紛れて聞こえなくなった。

 のそりと、俺達の緊張を余所にソイツは悠然と出現した。いったい幾本の木々をなぎ倒してきたのだろうか、枝や葉を体中に被っている。それでも彼、もしくは彼女の歩む四本の脚に淀みは一切無かった。

 姿を見せる瞬間になってスピードを落としてくれるとか中々どうしてサービスが利いてるじゃないか、というような軽口も叩けない。

 成人男性の腕ほどの太さと長さを持つ二本の角、深い茶色の体毛に覆われ、あちこちに白と黒の縞々の体毛がアクセントとなっている。

 それは一見するとイノシシだった。ただし日本の山中で見かけるようなサイズではなく、大型トラックと比肩し得る巨体だ。

 その黄緑色の双眸と、俺は何故か目があったような気がした。


「……タイラント・ボアだ……!」


 最後方で構えていたアザンさんが呟き、団員の数名が浅く振り向く。その名称の脅威を正確に察知できたのは、アザンさんを含め何名居ただろう。赤い目を見開いたメリーベルはその一人だったらしい。


「確かか!?」


「図鑑や博物館の標本で見たことがあります! 馬鹿な……とうに絶滅したはずじゃ――副団長、あれは魔獣などではありません! あれは――――神獣種です!」


 オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 咆哮は風のように俺達の全身を叩く。耳を塞いでも到底聴覚への伝播を防げない、苛烈な音の壁だ。

 こうして、第二騎士団と神獣タイラント・ボアとの邂逅は果たされた。


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徐々に寒くなってきましたね

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