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異世界でB地区の神様になったけど、誰にも言えない  作者: フカヒレさん
第三章 騎士道とは乳を護ることと見つけたり
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狩猟祭に向けて(下)

 

 狩猟祭とはつまり、狩った獲物の優劣を競う祭事だ。

 年に一回、二日間という日程の中で、決められた区域内に生息するモンスターを討伐し、その成果や得た素材のレアリティを競うという単純なもの。

 騎士のみならず一般参加……ギルドに登録している冒険者なども参加できるが、年々人数は減少しているらしい。

 それは年々激化する第一騎士団と第二騎士団の対立に起因するものであり、いつしか彼らを支援する貴族と民衆の代理戦争としての意味合いが強くなったからだ。

 そんな国の内部事情になんて関わりたくないと考える冒険者は多く、腕試しで参加する者達以外は観客としてお祭り気分を楽しむのが通例だという。


「行ったぞ、新入り!」


「今度はしくじるんじゃねえぞ!?」


「了解です!」


 例の一悶着から一夜明けて翌日のこと、俺は第二騎士団に伴われて王都の外に居た。

 俺達はマゾルフ領とは違う原生林に足を運び入れ、狩猟祭に向け訓練を行っている。

 最初から見通しの悪い森の中で訓練を行うのはやや危険だが、狩猟祭まで時間がないという事でいきなり危険な区域からスタートになる。

 難易度は推定して下級から中級程度の原生林、下級冒険者と中級冒険者の壁として立ちはだかる場所だという。

 ここで訓練を開始しやがて二時間。ゴロシュとドラワットの双子先輩騎士の合図で飛び出してきたモンスター、フォレスト・ジャッカルを視界に捕らえた。

 奥の牙までハッキリ見えるほど開かれた口の横っ面へ、自分の拳を叩き込む。


「『徹拳(ブラスト・ブロー)!』」


 バンズさんに教えてもらった攻撃系の初級技巧、徹拳だ。

 魔術と技巧を含めたあらゆるスキルの中で、最も習得が容易なスキルであり格闘系の基本スキルでもある。

 体力を通常の三倍消費し五割増しの攻撃力を得るという単純なスキルで、効率が悪いためか習得後はほとんど使われないらしい。

 最下級の状態ではその程度の倍率だが、初級、中級とレベルが上がるごとに改善されていく。ちなみにバンズさんは上級の域にあり、体力を二倍消費し攻撃力を三倍にするという便利っぷりだ。

 体力の消耗が激しい技だが、桁違いのスタミナを誇るバンズさんには持って来いのスキルだ。

 俺もバンズさんの指導ですぐに覚えることが出来たのだが、俺のステータスに表示されたのは例によってなんの情報も得られないものだった。


【灰屋 宗人】

 称号

『乳首の神』


 固有スキル

『乳分析』『乳頂的当』『乳治癒』『索乳』『奪司分乳』『潜在乳力解放』『絶対乳域』


 所有スキル

『徹拳 Lv乳(乳/乳)』


 レベル 乳

 体 力 乳

 魔 量 乳

 筋 力 乳

 魔 力 乳

 敏 捷 乳

 防御力 乳

 右乳首感度 50

 左乳首感度 50 


 乳がゲシュタルト崩壊するわ。それはさておき。


 どぐちゃっ!


「あっ!?」


 命中の瞬間、なんとも嫌な音をさせジャッカルは挽肉になってしまう。血と肉と骨の区別も付かないくらいにバラバラになり、あたりに惨々な血潮をぶちまけてしまった。


「まーたやりやがったなこのボケ!」


「俺達ぁ素材剥ぐ練習しろっつったんだ! だーれがハンバーグの材料を用意しろって言ったよ!?」


「すいません! 本当にすいません! ちくしょう、またやっちまった……!」


 このザマだ。

 力加減が難しく、また飛び掛ってくる獣に若干ビビってしまい無意識のうちに強く叩いていたためにこうなっている。

 俺は平々凡々な日本人なため人を襲って食べてしまうようなモンスターにあったことは無い。そのため、無意識のうちに敵意剥き出しの獣に腰が引けてしまっているのだ。異世界に来てからすぐに大物とかを討伐できる他のヒーローが羨ましい。

 あまりの威力に賞賛してくれたのは最初だけで、一時間もすれば説教の種だった。


「――ったく、これじゃ訓練になりゃしねえ……」


「あーあ……こんな所まで飛び散ってやがらぁ……」


「……でも、一応は討伐したことになりますから、これを審査員に見せれば得点は入るんじゃないですかね?」


「確かに入るだろうな。だが、効率よく討伐ポイントを稼ぐ為に討伐証明部位の素材を持っていくんだ。一々こんなミンチ肉を荷物に詰めていくのかよ? かさばってしょうがねーだろ」


「それに生肉を二日も持ち歩いてみろ、直ぐに腐っちまうだろうが。おまえそんなモン持って歩きたいンスか?」


 それは確かに嫌だ。

 幾ら容量拡張の魔付加を施した収納袋があったとしても、血肉でドロドロの元モンスターを運ぶのは現実的じゃない。第二騎士団で使っている収納袋は容量が拡張されて実際の五倍は収納が可能だが、質量軽減はたかだか二割程度だ。持ち運ぶ品は吟味しなければならない。


「……でもでも、これだけバラバラになれば解体して『魔石』を取り出す手間も省けるんじゃないですかね?」


 更に往生際悪く言い訳してみるも、二人の顔は冷ややかなものだった。


「これだけ飛び散った破片の中から探せってか? あるかどうかも知れない『魔石』を、しかもウロウロ探す方が面倒くさいだろ」


「それならまだ原型を保ったまま運ぶか、捨てていく方が効率が良いってもんだ」


 ぐうの音も出ない。

『魔石』というのは稀にモンスターの体内から発見されたり、採石場の鉱石に混じって発掘されたりする魔力が塊になったものの総称だ。

 魔力濃度の濃い地域に生息しているとか、魔力を多く含む植物を食べ続けたりすると体外に排出されること無く沈殿し、いつしか結晶となるといわれている。

 生まれつき体内に『魔石』を持っている個体も居るが、大半は後天的なものだという。

 また先天的にしろ後天的にしろ『魔石』を宿した個体は従来の種類より強力な戦闘力を有しており、普通のモンスターと区別し魔物とか魔獣とか呼んでいるらしい

 初めて『魔石』について教えてもらったとき「不摂生したオッサンの胆石とか尿結石みたいだな」と感想を漏らしたら嫌な顔をされた。自分でも嫌な比喩だったと思う。

 結晶化した『魔石』はあらゆる魔道具のエネルギーとして利用されることが多く、いわば天然の電池みたいなものだ。サンリッシュ牧場の魔力灯なんかもそれを使用している。

 品質によっては高値で取引されるので、狩猟祭では討伐ポイントと共に素材ポイントも獲得できる。積極的に狙っていきたい素材だ。


「またやったのか、ハイヤ衛生兵」


 割りと無事だったジャッカルの牙を拾い集めていると、別行動をしていたメリーベルが戻ってきた。両手には首の長い鳥を数羽掴んでいる。


「副団長! いや、その……はい…………」


 バツが悪く彼女の顔をまともに見られない。成績の悪い生徒の気分だ。


「まあ直ぐには無理だろうとは思っていたが、些かぶき……豪快に過ぎないか?」


「副団長、素直に不器用って言ってやりゃあ良いんスよ」


「無理に美点を見つけて褒めようとしなくても良いんでさあ」


 出来れば褒めて伸ばす教育方針でお願いしたい。でも、ついでにスキルを鍛えようというムシ良い考えはもう止そう。


「ほら、適当なモンスターを狩ってきたからこれで練習しろ。ついでに昼食も摂ろう」


 メリーベルは携えた鳥を俺達の前に差し出してそう言った。



 ・


「さすがに手際が良いな……」


 俺がナイフで何とか一羽解体している間にゴロシュとドラワットは三羽、メリーベルは五羽も捌き終わっていた。羽毛も綺麗に毟り取られてあるという徹底っぷりだ。


「食料、装備、アイテムに限度は設けられてはいないが、持ち運べる量には限界がある。収納袋だって数が少ないし、持ち帰る討伐証明部位の事を考えると食料は現地で調達する方が効率が良い。というのがウチの方針でな」


 幸い火には困らないしと、メリーベルは集めてきた枯れ木に魔術で火を灯した。

 それへ切り分けた鶏肉をかざしじっくりと熱を与えていくと、次第に食欲を誘う薫香を漂わせた。

 俺は枯れ木を補充し、双子騎士は携帯していたスパイスをまぶしていく。


「新しく収納袋を買う余裕だって無いし、そういう術式を組めるヤツも居ない。かといってクノリ家にこれ以上甘えるのは駄目だ。ほら、焼けたぞ。お前から食べろ」


「いや副団長、俺は最後で良いって……これ以上ってことは、既に何か援助を受け取ってるんですか?」


「新入りのクセに遠慮なんてするんじゃねえ。いいから食え。俺達は王都に住んでる民や商人達からの援助で成り立っているんだが、クノリ家は第二騎士団における最大の――というか、出資してくれる唯一の貴族でな。ほら、焼けたぞ」


「サンキューアニキ。クノリ家にはもう何年も世話をしてもらっているし、レスティアさんにだって迷惑を掛けっぱなしだ。それに他の貴族が煩いらしい。『第一騎士団にも出資しろ!』とか『第二騎士団にばかり贔屓をするな!』とかな。大貴族なのだから、それに相応しい振る舞いをしろってよ」


「でも、それは向こうも同じじゃないのか? 貴族連中はこぞって自分の子息や息の掛かったものを第一に入団させ多くの寄付だってしてるのに、第二騎士団には見向きもしないじゃないか……あ、旨い」


 王都内の駐在所だってそうだ。高級住宅街というか屋敷が乱立する場所にばかり建っていて、俺達が見回った区域には一箇所しかなかった。

 金銭にモノをいわせ、第一を半ば貴族専用の私兵団としているのがまる分かりだ。贔屓、不公平を訴えるのならその辺りはどうなんだ。


「言われたって自分の事とは思わんのさ。あるいは皆がしているから自分もしていい、文句なら自分じゃなくて、まず他の貴族に言えとかな。ジョエルさんの言い分を借りるなら『羞恥心のない連中に不可能はない』ってヤツだ。ほら、お代わりだ。食えよ新入り」


 ため息が出る。他には貴族らしい振る舞いだのを強制しながら、なんという身の振り方だ。まったく、嫌になる話だよ。


「しかし、全ての貴族が望んで第一騎士団に出資しているわけじゃない」


 お?


「選民思想で凝り固まったヤツもいるが、多くの貴族連中は第一と第二を天秤にかけて、私達より向こうの方がリターンを見込めると判断して出資しているのさ」


 メリーベルの説明にああ、と納得する物がある。

 騎士団の活躍が自分達の名誉に直結するのなら、誰もが勝ち馬に乗りたい。金をドブに棄てるような真似は誰だってしたくないだろう。スポンサーとスポーツ選手みたいな関係だな。


「だから今回の賭けは分の悪いものばかりじゃない。あれだけ挑発したら第一の連中は本気で俺達に勝ちに来るだろうぜ。それを正面から叩き潰せば、第一騎士団の力を疑問視する声は上がるだろう。もしかしたら第一騎士団の側にいる中立的な貴族を、此方に引き入れられるかもしれねえ」


 なるほど。でも、それも勝てたらの話だろう? レスティアは勝ちフラグだなんて気楽……いや、もう能天気なこといってたけど負けたら目も当てられない。

 レスティアの異動は勿論、メリーベルの剣だって。


「確かに数も規模も装備の充実も何もかもアッチが上だ。だがよ、俺達が明確に勝っている点があるんだぜ?」


「明確に? それって……」


「決まってんだろ。俺達の方が強い」


 兄ゴロシュの言葉を継いだのは弟ドラワットだ。思わずぽかんとしてしまうような、単純で楽観的な根拠を彼は口にした。


「雑魚には目もくれず、第一の連中じゃ敵わないような大物のみを狙えば充分勝ち目はある。不利な条件ばかりだが、俺たちは勝てると思っている」


「それに今回はレスティアさんも参加できる。とはいえ、現場にまで出てくる訳じゃないぜ? 狩猟区域からギリギリの所に居てもらって其処からナビしてもらうのさ」


 作戦らしい作戦とも思えないが、意外に名案のようにも思える。

 レスティアの目なら強力なモンスターやその数で把握できるかもしれない。俺の目は残念ながら哺乳類しか発見できないため、両生類や爬虫類などの接近にはどうしても鈍くなってしまう。


「気になるのは急にレスティア副官の参戦が認められたことだな……昨年までは第一からの抗議もあり、彼女がいくら志願しても参加の許可は降りなかった。今年もそうだろうと思っていたのだが、どういう訳だ……?」


 不安になるようなことを言うのはメリーベルだ。沸いて出た疑念は、照り焼き鶏のようには飲み込めなかったらしい。

 そんなことを聞くと、俺も考えずにはいられない。

 前回まで彼女を参加させなかった理由として、表向きは『戦闘能力を持たない事務員の参加は危険だから認められない』いいうのが最大のものだ。

 それは事実だろうけど、もう一つ無視できない理由があるのも明白だ。

 彼女の持つ能力は、例えば宝探しにおいて一人だけ金属探知機を持っているかのようなものだ。他人からすればズルイと言いたくなる気持ちも分からないでもない。

 だというのに、今回に限って何故反対しなかった? 負けられない事情を抱えているのは向こうも同じはずだ。

 第一騎士団にとってレスティアは目の上のタンコブ、まさか現場でのうやむやに紛れ危害を加えようというのだろうか。

 だとすれば、俺の獲物はモンスターから第一騎士団に変更されてしまう。


「そう怖い顔をするな、ハイヤ衛生兵。その程度の用心は当然する。レスティア副官のそばには数名の隊員と、ジョエルさんを置くとも」


 俺の心情を察したのか、メリーベルは苦笑いを浮かべながらそう説明をしてきた。


「奴らだって、どうこうしようというつもりは無いだろう。事故に見せかけ怪我などを負わせても、真っ先に疑われるのは自分達だって流石に弁えているだろうさ」


 それほどに自分たちの間柄は険悪だと、メリーベルは続けて呟いた。


「案外、自分達のカッコイイ活躍を間近で見てもらいってだけなんじゃねスか?」


「ありえる話でさあ。アイツ、レスティアさんへの色目凄かったし」


 三羽目の焙った鶏を口で裂きながら、双子の騎士は此処には居ない第一副団長をからかった。

 まさか、とは思うがあながち無いとも言えない。昨日の必要以上に煌びやかな鎧と立ち振る舞いを思い出す。目立ちかがり屋の典型だ。

 仮にそうだとして、レスティアの心が善の方向へ動くとは思えない。あの娘はかなりの頑固者だ。彼女の心を射止める者が現れるとするなら、それは少なくとも綺麗な鎧なんかは着ていないだろう。


「さて、もう一頑張りとこうか。ゴロシュとドラワットは連携の確認をしておけ。ハイヤ衛生兵は私が見ておこう」


「「了解ッス(でさあ)」」


「えっ」


 飲み込んだ最後の一口が喉と胃の中間で急停止した。


「なんだその『えっ』というのは。開催までもう幾日もないのだから、私が直々に教えてやろう。昨晩教えた事をどれくらい覚えているか確認したいと思っていたしな」


 頭を抱えたくなった。

 昨晩は第二騎士団本部、メリーベルの部屋に泊まったのだ。若い男女が一つ屋根の下にいて何も起きないわけが無く……なんて事は無く、彼女から色々と教えてもらっていたのだ。

 狩猟祭の舞台になる区域で分布している主なモンスターの種類とその対策。連携の確認、危険な植物、水の探し方、野宿、食べられる虫、などなど。一週間かけて覚えることを一晩で詰め込んだと言えばその密度も察せられるというものだ。

 色気のある展開など皆無で、ラッキースケベのラの字も発生しなかった。

 二つの口笛が完璧なシンクロで俺の耳に届く。


「いやぁ、羨ましいぜ新入り! 副団長に直々に教えてもらえるなんてよォ! 男冥利につきるってモンだわな!」


「懐かしいなぁ! 俺もアニキも副団長に色々教えてもらったんだよな!」


 自分達にも似たような経験があるんだろう、俺は意地の悪い笑みを浮かべる双子を忌々しく見つめるしか出来なかった。


 ・


 王都某所。

 一般的な邸宅の床面積を合計してもまだ足らないような室内は、昼間だというのに薄暗さがあった。

 それは意図して魔力灯の光度を落としているためであり、享楽に興じるため最適の雰囲気を作るために他ならない。

 燈色照明が、客人達を邪魔しないように隅のほうでボンヤリと自己を主張している。

 部屋の中央にはベッドと見紛うばかりの大きな大理石テーブルが置かれており、ワインや果物が整然と並べられている。

 その周りを四角く囲うように革製のソファーが配置してあり、五人ほどの男とその倍近い若い女が悠々と身を沈めていた。


「――つまり、現場での頑張りなどは所詮戦術レベルの話でしかない。より良い大物を狙い、より良い素材を得て勝利を掴もうなどとは、大局を見ることの出来ない負け犬の発想だ」


 露骨な侮蔑の声色でその中の一人、カロル・フォン・ベルジーニュは自己の見解を同席する皆に説明する。

 その副団長の声に追従するのは、同じく毒気に満ちた複数の笑い声だった。蔑みと優越に歪んだ唇が手に持つワイングラスに鈍く反射している。

 傍に控えていた幾人の若い女性のうち一人が、半ば以上減ったグラスへ新たにワインを注いでいく。いずれも露出の多く薄い生地のドレスを纏っており、注ぐ際に前傾になるとその豊かな胸元が灯りによって深い影を作っていた。

 それを来客たち脂っぽい視線で撫で回し、含み笑いだけは上品に保ちつつ酒を愉しむ。

 定期的に行われる第一騎士団のとっては重要な任務の一つだ。

 一本で一般的な国民の平均月収を超えるワインを何本も空け更には王都の高級娼婦を何人も招き、有力な団員を集めて行う彼らの言うところの定例会だ。

 彼らに限った話では無いが、こういう酒宴と会議の区別が付かないような場で重要な会話がたびたび行われている。騎士団の定例会というのもあながち嘘ではない。

 今回の主催、カロルは継ぎ足された赤紫色の液体を口の中で転がすと、傍にいた娼婦の一人を自身の隣に座らせた。


「我々は既に戦略レベルで勝利を収めている。そうとも知らず、自らの首を絞めるような選択をしたものだ。いっそ哀れになるくらいだよ」


 溶けた飴のように絡みつく娼婦の肢体で自分を装飾し、彼はアルコールで回転の良くなった例の饒舌を駆使する。


「だからミス・クノリの参戦を認めたのですか?」


 カロルの最も近くに座る恰幅のいい男が尋ねると、副団長は頷く代わりに唇の端を持ち上げて見せた。

 分かりきった質問だ。レスティア・フォン・クノリの参戦を認めたのは、当然勝利を確信しているからだ。

 最初は参加したミス・クノリを事故に見せかけ怪我でも負わせてやろうかとも考えた。結果、彼女を守る事の出来なかった第二騎士団を非難の的とすることができる。

 しかし、そうなれば真っ先に疑われるのは此方だ。真相究明のため王宮騎士団の動くことになるだろう。いずれ我々第一騎士団が王宮騎士団にとって代わるまで無用な危険は避けるべきだ。

 彼らが今回彼女の参戦に異を唱えなかったのは、もっと単純で心理的なものだ。

 才媛レスティア・フォン・クノリの能力を以ってしても第二騎士団は第一騎士団に遠く及ばないと、周知に知らしめるために敢えて参戦に反対をしなかったのだ。

 彼女の発言力が強化されつつある中、第二騎士団がその才能を活かせない組織だとすればレスティアの配属先を問われる事になるだろう。本人が幾ら拒んでもそうならざるを得ない。

 もし彼女を第一へ引き抜きぬくことができなくても、第二への精神的なダメージは致命的な物になるはずだ。彼らにとってレスティアは大きな支柱だ。彼女を頼っても勝てないと徹底的に思い知らせてやれば、今後はもっとやりやすくなる。


(そしていずれは……)


 娼婦を抱く彼の腕に力が篭る。女が小さく非難の声を上げるがカロルは聞いていない。レスティアがその場にいるかのように錯覚し、無意識に引き寄せたのだ。

 レスティア・フォン・クノリが自分の物になるのは時間の問題だ。

 あのように澄ました女を、完全に屈服させることが出来ればさぞ快感だろう。おまけに王国最大ともいわれる大貴族とも縁を結ぶことが出来る。どう料理しても美味しい女だ。

 将来的にはベルジーニュ家の跡取りを産ませる事も出来るし、また産まれた子供を他の貴族へ嫁がせるという事可能だろう。かの血統を欲しがる者達は数え切れないほどいるのだ。

 つまりレスティアは、富と栄達を産み落とす金のガチョウに過ぎない。


「しかし、此度の狩猟祭ではいくつかの懸念が御座います」


 カロルの甘い妄想、もしくは思案を中断したのは団員の声だった。副団長含め、ソファーに腰掛ける男達も苛立たしげに声のしたほうへ振り返った。

 背が高く引き締まった身体を持つ彼は、カロル達のようにソファーには座らずその周りに佇んでいた。彼のみが佇んでいるわけではなく、他に十名程度の団員も同様に外野に立っている。

 彼らには酒も女も、座る場所も無い。ソファーには全員が座るスペースが充分にあるというのにだ。


「私がまず申し上げたい懸念とは、『後悔の巨人』を破壊せしめたという正体不明の団員の存在です」


 カロルは酒の味も忘れるほどの苦々しさを覚えた。

 巷で噂されている先日の事件、王都に突如として出現した巨大なゴーレムの話は当然自分達の耳にも入っている。その噂の中に、かの巨人と互角以上に渡り合った人物が第二騎士団にいるというものがある。


 いわく、筋骨逞しい大男だった。

 いわく、老齢の魔法使いだった。

 いわく、世にも稀な美女だった。

 いわく、いわく、いわく……。

 馬鹿馬鹿しい。

 それは民共が好き勝手に描いている妄想だ。その場に居合わせなかった第一騎士団(我々)への不当な反感から作り上げた偶像に過ぎない。

 万夫不当の英雄など、いかにも愚かな国民が好きそうではないか。


「では卿はそのたった一人の為に、我が第一騎士団が敗北の憂き目に遭うのではないかと心配しているのか?」


 声色にも苦い毒の成分が含まれる。話を聴いていなかったのか、自分は既に勝利していると言ったのだ。奴らがどれだけ現場で結果を残そうが関係ない。


「私見ではありますが、この後者こそがサルテカイツ家襲撃し没落へ追いやった人物だと推測しております。どうか、ゆめゆめ油断なさるべきではないと具申しているのです」


 若い彼の見解をカロルは鼻で笑う。この男はまさか本気でサルテカイツ家を破滅へと追い込んだ犯人を捜しているのだろうか。まったく殊勝なことじゃないか。


「先ほども言っただろう、第二部隊がいくらあがこうが既に手遅れだ。戦略レベルで条件を整えておけば、現場の戦術や責任者がどれだけ役立たずだとしても我々の勝利は動かん」


 これはむしろ味方に対して言った物だった。実際に参加する部隊の力など全くアテにしていないと、特に明敏でなくとも察せられる。狩猟祭実働部隊の責任者たる青年にもそれは分かったが、カロル副団長へ反論はしない。


「それに、かの巨人とやらが一体どれほどの物だったというのだ。噂が一人歩きし話が膨張しているに過ぎん。誇り高き第一騎士団の団員ともあろうものが、街の俗言ごときに左右されるようでは先が思いやられるぞ」


 噂には尾ひれがつくものだ。大トカゲを狩り、竜殺しと名乗りたがる輩は何時だってハエのように沸いてくる。モンスターをまともに見たことのないような低能共が大袈裟に触れ回っているだけだ。

 仮に巨人が噂通りの脅威だったとしても、ただの独りで戦える人物が第二ごときにいるものか。何十名も動員し、ようやく破壊できたのだろう。

 だが第二の主力は王都外に出ていたというから、残された居残りの団員のみで討伐したということになる。

 つまりカロル達の結論は、大したことのないゴーレムを大したことのない連中が倒しただけというものだ。


「下らん議論はもう結構。それより、例の物は準備したのだろうな?」


「……ご命令の通りに用意致しました。ですが、本当に宜しかったのですか?」


「何を躊躇う、まさか怖気づいたのではなるまいな?」


 自分達の勝ちは動きようが無いが念には念をと、カロルは団員達にあるものを用意させていた。

 綿密に計算された罠というものにはほど遠いが、もし運良く成功すれば痛快極まりない。願わくば『錆付き娘』か、自分に水をかけてきた黒髪の更正団員あたりに降りかかって貰いたいものだ。

 特に前者は、剣士として副団長として比較され続けた忌々しさもある。これを機に消えてくれれば、将来の禍根も消えてなくなるというもの。喜ばずにいられようか。


「しかし、上級解毒薬くらいは用意しておくべきかと思います。何も命までは奪わずとも――ぐぁっ!?」


 青年の言葉を遮ったのは飛来したワイングラスだった。中身を半分以上残したガラスの器は団員の額でバラバラに砕け、破片とワインを絨毯にぶちまけた。抑えた額から鮮やかな赤い液体が滲み、床の赤紫色の液体と混ざる。


「差し出口を叩くな。第一騎士団の勝利を疑うことすら許しがたいのに、第二部隊の為に貴重な治癒薬を用意しろとは、男爵家の次男ごときが随分偉くなったな」


 カロルは一瞥すら与えず、娼婦に新しいグラスを用意させた。苦悶の声を上げる青年へ、まずソファーに長く座る者達が遠慮の無い嘲笑を浴びせた。続いて回りに立つ他の団員達の一部がそれに倣う。

 青年が覆う手越しに笑わなかった団員に睨みを飛ばすと、その残りもついに笑い出した。彼らは笑い声こそ大きいが、その眼は決して愉快そうではない。

 笑うなと言っているのではない、その逆だ。自分に同情する態度を見せれば中心にいる人物達に目をつけられるかもしれない。

 それを知っているから、他の彼らも笑うしかない。明日グラスと嘲笑をぶつけられるのは自分たちかもしれないのだ。


「やれやれ、やはり男爵家程度では話になりませんな……ベルジーニュ副団長、上級薬の一式は私が責任を持って保管しておきましょう。ええ、狩猟祭程度に持ち出されないようにね。なに、怪我さえしなければ無用の長物でしょう。我々第一騎士団には造作も無いことでしょうから」


 隣に座る副団長補佐が大きな腹を揺すりながらそう宣言しすると、副団長は機嫌のよさそうに頷いた。

 お前達は安全な所から見ているだけだろうが、と青年は胸のうちで呟いた。

 貴族と周りからは一括りに言われているが、その中にも格差は存在する。特にカロルとその周りを囲う者達は第一騎士団の中でも王都有数の名家だ。座る場所と待遇の差が、第一騎士団の現実そのものだった。

 この定例会に参加したくて参加している者はいったい何人いるだろうか。少なくとも、座ることを許されない団員達の中では極少数に違いない。


(俺も騎士の端くれだ、本当なら正々堂々と実力で勝負したい。分かりきった勝利に、いったい何の価値があるのか)


 そんな青年たちの願いは、ある意味でこの場のあらゆる銘酒や娼婦との一夜より高価で貴重な物だった。


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四国にいってました。

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